君がそれで良いなら、良いよ
二人で暮らすためだけの質素な家で、夕食後のホタポタを食べるのは一番の心安らぐ一時だ。随分と丸くなったと思われそうだが、暴れるのも楽しいが、相棒とゆったりとした時間を過ごすのも悪くない。
とは言いつつ、あまり刺激がないのも退屈だ。かと言って相棒が食器を片付けるのを手伝うなんて出来ないし、目の前の更にうず高く積まれたホタポタを前に、ただぼーっと相棒の背中を見て待っているのも辛い。要するに相棒待ちの時間が手持ち無沙汰でつまらんのだった。
しかしそれを責めてしまうと、どうせ片付けを手伝えだの、ホタポタを食べやすく切って待ってろだの、出来もしないことを指示されて、出来ねーって知ってるだろ、と返事するだけの無駄な会話をする羽目になるのはわかっている。
食ってから洗い物すればいいじゃねーかと言ったこともあるが、ホタポタ食べた後に片付けとかしたくないでしょ、とごもっともなことを言われてから、何も言えなくなった。オレもホタポタ食ったら風呂入って寝たいからな。
することがないとなると、つまらない思考に耽るくらいしかすることがない。ふと、これだけオレにべったりな相棒は、オレがいなくなったらどうするんだろうと、馬鹿なことを考えた。まあ、たまにはそんな空想に浸るのも悪くないか。
家事全般を相棒に任せきりなので、生活自体はオレがいなくてもどうということはないだろうが、相棒は相棒でオレがいないとダメなヤツだ。どんな顔するんだろうな。怒るか泣くか、それとも意外とせいせいしたりするのかも。
思えば相棒が本気で怒るところや、わんわん泣くところなんて、見たことなかったな。無銭飲食の常習犯で、しょっちゅうオレに説教する相棒ではあるが、ガチで切れたのは見たことがない。ガンツフルトが死んだ時はちょっと泣いてたが、それも赤ん坊のように泣き出すという感じではなかった。
……試してみようか、少しだけ。
「なァ相棒、オレ、近々一人で旅に出ようかと思ってよ」
水音が響く台所に向けて、そう声をかける。
「……どうして?」
相棒は、振り向きもせずに、淡々と手を動かしながらそう返した。心なしか声がいつもより低い。
「どうしてって……別に理由はねェけど、たまには一人になりたい時もあるだろ」
「……そう」
いや、やっぱり声が低い。というか、なんだこの威圧感。怖いぞ。そんなに想定外の発言だったんだろうか。
「んーだよ、オレがいなくて寂しいって?」
わざとおどけて、茶化すようにそう言ったと同時だった。相棒ががちゃん、と音を立てて皿を水切りラックに置いたのは。そしてふきんで手を拭きながら、相棒はゆっくりとこちらを向いた。
「……別に。ギグがそうしたいなら、良いよ」
相棒って、こんな顔も出来たのか。ランプの灯りに照らされた金の瞳が、ギラギラとこちらを睨みつけ、その顔には確かに怒りが滲んでいる。血の気が引く、というのを生まれて初めて実感しながら、オレは言ってはいけないことを言ったらしいことを理解した。
「……そ、んな顔しといて、そりゃねーんじゃねーの」
慌てて椅子から立ち上がり、なだめようと手を伸ばす。
「うるさいな、勝手にしたら」
伸ばした手をたやすく払われたかと思うと、相棒はすたすたと玄関に向かって歩き出した。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
流石にそこまで怒るか普通。制止しようと肩を掴むと、ようやく相棒は足を止めた。ほっとしたのもつかの間、さっきより更にきつい視線でオレを睨む。
「……別に、どこだって良いでしょ」
掴まれた肩などお構いなしに、相棒は玄関のドアを開けた。待て待て待てって!
「おい! 良いから待てって! 冗談だって! ちょっとからかっただけだって!」
からかった手前、必死になってネタバレするのも恥ずかしいと思っていたが、相棒が完全に切れていて本気で家出する気だとわかると、もうそんなことも言ってられなくなった。
「冗談?」
ようやく足を止め、少しだけ表情を和らげた相棒がこちらを見た。良かった。
「お、おう。冗談だよ、冗談。オレが相棒を置いてどっか行くわけねーだろ」
「……そう」
冗談と言ったら怒られるかも知れないと一瞬だけ思ったが、口にしてしまった以上引っ込める訳にもいかない。必死になだめすかして、止めに相棒を後ろから抱きしめると、ようやく冷め切った空気が元に戻る気がした。怖かった。ちょっとからかうだけのつもりだったのに、どうしてこうなった。
「冗談はリタリーのお店の無銭飲食の総額だけにしてよね」
相棒は無言で玄関のドアを締めると、いつもの調子に戻ってそう言った。ほっとしたというより気が抜けた。抱きしめていた体を開放してやると、相棒はやはりいつも通りの朗らかな表情で台所に戻っていった。
「さ、ホタポタ食べよっか」
「おう……そうだな……」
その笑顔の裏に、何やら薄暗いものを隠していそうで怖いんだが、とりあえず相棒に続いて椅子に腰を下ろす。
「ギグ、お願いがあるんだけど」
「ん? なんだよ」
「明日畑の水やりして欲しいな」
「お、おう。良いぜ」
「あと、庭の草むしりもお願いして良い?」
「わ、わかった」
小さなナイフでさくさくとホタポタを切っては取り皿に盛っていく相棒の手つきが、いつになく恐ろしげに見えたので、オレは言われるがまま、滅多にしない畑仕事の約束を取り付けられたのだった。
しかもあんまり甘くないところをオレの取り皿に乗せやがったので相棒は本当に怒ると怖い。甘さ控えめのホタポタを口にしながら、オレはもう二度と、一人にする系のからかいはしないと心に決めたのだった。
終わり
wrote:2015年6月1日