きみの残り香

朝目を覚ますと、大抵隣に相棒はいない。朝食の匂いが漂ってきて、そして目を覚ますという感じだ。勤勉で働き者の相棒は、家事にも手を抜かない。本人曰く、適当でヘタクソだそうだが、オレのように何もしないよりはマシだ。間違いなく。まあ、死を統べる神様たるオレが、家事だの食事当番だの、バカバカしくて似合わないので、別に申し訳ないとは思わないが。むしろ、食事なんてどうでも良いからオレにかまえよ、と思わなくもない。言わないけど。

――と、思っていたのだが、今日は珍しく、オレは相棒が目を覚ましたのとほとんど同時に目を覚ました。

ベッドからそっと出ていく相棒に声をかけても良かったのだが、なんとなく寝た振りをして寝息を立てて様子を伺う。ごそごそと衣擦れの音。着替えをしているらしい。普通に起きて飯を作りに行くんだろうな。面白くねェ。そう思っていると、相棒はタンスからベッドの方に戻ってくると、オレの髪にそっとキスを落として、鼻歌を歌いながら上機嫌に台所に向かっていったのだから、驚いた。

その鼻歌自体が子守唄なあたりどうかと思いつつ、オレは狸寝入りがバレやしないかと気が気じゃなかった。顔、赤くなってないよな。なんだよ、あいつ、毎朝あんなんしてから飯作ってたのかよ。アホか。照れさすんじゃねェよ。

とんとんと包丁がまな板にぶつかる音が聞こえる。ことこと、何かしら汁物も作ってるらしい。作ってる過程を、音だけとは言え見せつけられると、妙に罪悪感が刺激されてしまう。こいつホントにオレのこと好き過ぎだろ。昨晩のやり取りを思い出すだけで恥ずかしいってのに、オレのために早起きして上機嫌で毎朝食事を作ってただなんて、本当にもう、こいつは!

手伝う気がないのは変わらないが、とにかく嬉しいやら照れくさいやらで、無意識にオレはベッドの上で無駄に寝返りを打って暴れていたらしい。なんなら相棒の枕に顔を埋めてもふもふしながら残り香を嗅いでいた。農業大好きなだけあって、土と草と森の匂いがする、気がする。嫌いじゃない。良い匂い、だと思う。

「何してるの、ギグ」

「ぅおわあああああああ!!!!! きゅ、急に入ってくんじゃねーッ!!!!」

突然声をかけられて、ベッドから跳ね起きながらオレは絶叫した。ちなみに相棒の枕は勢い余って相棒めがけてぶん投げた。

「別にドア閉めてないし、台所から丸見えなんだけど……」

気付いてなかったの、と、枕をナイスキャッチした相棒に言われ、そう言えばドアが閉まる音はしてなかったな……と思い出す。みるみるうちに顔が赤くなるのがわかって、オレは慌てて布団を被って全身を隠した。

「可愛いことしてたねえ」

「うっせえ……」

布団に遮られてぼやけていても、相棒がにやけながら言ってるのがわかった。絶対一部始終を見てやがったなコイツ。

「もうすぐご飯だから、ちゃんと起きてきてよね」

「……ん」

聞こえて無くても聞こえててもどっちでも良い、適当な返事を返す。

微かに聞こえる鼻歌と、ほのかに漂ってくる朝食の香りと、布団に残った相棒の匂い。どこもかしこも、オレを照れさせてきて困る。あと五分だけ、これを堪能したら起きよう。そう決めて、オレは布団に包まった。

終わり

wrote:2015-07-03