少年の幸せ
彼があんなに嫌らしく、はしたなく、私を求めてくるということに、幻滅とも愉悦ともつかない気持ちを抱きつつ、私は彼の体を貪った。
初めての癖に、こんなに私を咥え込んで、恥ずかしくないんですか。ああ、もういってしまうんですか、いやらしいですね。おやおや、溢しちゃ駄目ですよ、貴方が出して欲しいって言ったんですから。
卑猥な言葉を吐く度に、彼は泣きながら体を震わせて悦んだ。声を抑えるように諌めに来たつもりが、それ以上の高い声をあげさせることに没頭するとは、本当に馬鹿げている。私はいつの間にか、この細い体が、その身の丈に合わない快楽に酔って、おかしくなっていくのを見るのが、楽しくて仕方なくなっていた。
好きだなんだと言っておきながら、羞恥に顔を歪める彼を見たくてたまらず、優しくしようと思っていたのに、執拗に攻め立てて。最後の方になると、彼はまともな言葉を紡げずに、びくびくと体を痙攣させて、細い声を上げるだけになっていた。
いつの間にか気をやってしまった彼は、シーツにうつ伏せで体を沈めて動かなくなっている。全身ぐっしょりと汗で濡れて、私のものを咥えていたそこからは、だらだらと白濁を溢していた。
「……どーよ、具合の方は」
「……貴方はどうだったんですか」
「こいつと一緒によがってても気持ち悪いだろ、感覚共有は切ってんだよ」
「なるほど」
考えてみれば、彼が怪我をしても、一緒になって痛がっているのは見たことがなかった。自由に感覚共有を操作出来るということだろう。便利なことだ。
「で、どうだった?」
「……良かったですよ、見ての通りだと思いますが」
良かった、のは本当だ。少年らしい細い体は当然のように狭く、子供らしい高い体温は熱く、それが良くない訳がない……のだが。
「お前も相当楽しそうだったな」
「まあ……楽しくはありましたがね」
良かったし、している間は楽しかったのだが、いざ我に返ると、どうにも罪悪感が大きくなってくる。体中に散った赤い跡だの、手首に残った擦り傷だの、私が出したものでどろどろになった後孔だの、痛々しい程の行為の跡が目に飛び込んでくる。私でさえこの有様なのだから、彼の心痛たるやどれ程なのか。
普段彼を気遣い、優しくしようと努めていた私が、彼をここまで手酷く抱いてしまったなど、誰が想像出来るだろう。裏切られた、と、彼はきっと思っているに違いない。もっとして欲しいと言っていたが、半ば言わせたようなものだったし、ギグに散々調教されていたのだから、とてもじゃないが合意の下とは言えなかった。
「……こいつ、相当ショックだったみてェだな」
「でしょうね」
「あのリタリーがこんなことするはずない、ってな。オレもまさか、ここまでやるとは思わなかったけどよ」
「……それは」
こちらも同じです、と、言う資格なんて、私にはない。彼をここまで犯しておいて、どんな顔で彼に接したら良いのか。考えても仕方がないのだけれど。
「おい、どこ行くんだよ」
「……湯をとって来るんですよ。このまま放っておけないですから」
「へえ、お優しいことで」
「ふん」
衣服を正して、ギグの軽口を聞き流しながら、私は部屋を出た。もう夜もとっぷりと更けている。誰も彼もが眠っているだろう。家主の趣味のせいか、防音性が高いのがありがたかった。夜中に歩き回っても、誰も気にはしないはずだ。
少し温まってはいるが、まだ風呂には湯が張られている。半分ほど桶に湯を汲んで、洗いざらしのタオルを浸した。本当はもう一度風呂に入りたいくらいだが、そうも言っていられない。早く戻ってやらなければ。鍵のかかっていない部屋に、彼を一人で置いておくのは不安だった。彼の部屋に入ろうとする者などいないと思っていても、あのままの彼が誰かに見つかったらどうなるか、考えるだに恐ろしい。
誰にも会うはずがないとばかり思っていたのに、足早に彼の部屋まで戻る途中、薄暗い廊下に人影が見えた。駄目だ、すれ違ってしまう。誰だ、あれは――。
「レビン、どうしたんですか、こんな夜中に」
「おう、お前こそどうしたんだよ、それ」
私が抱えた湯桶を指差し、レビンが訝しげにこちらを見る。
「ああ……あの子が熱を出してしまったみたいで、体を拭いてやろうと」
「面倒臭ェな、明日出発出来ねーじゃねェか」
咄嗟に口から出た言葉を聞いて、レビンはあからさまに不機嫌になった。当たらずとも遠からず、と言った言い訳だったが、どうにかうまいこと信じ込んでくれたらしい。
「一日二日は、休ませないといけないでしょうね」
「ち、とっとと先に進みてェのによ、困ったガキだぜ」
それから二言三言言葉を交わし、レビンは部屋に戻っていった。良かった。酷く跡を残してしまったので、明日また旅に出るのはどう頑張っても無理だ。口からでまかせに近かったが、これでどうにか言い訳が出来たな。
それにしても、本当に、彼らはあの子を気遣わないな。廊下の一番奥、少し離れた部屋。それがまるであの子の立ち位置を表しているようで、なんとも言えない気持ちになる。その隣の部屋を使っている私は、一体どう思われているのだろう。どうにか、彼に寄り添ってあげられたらとは思っている……いや、いた、のだが。
彼の部屋のドアを開け、湯桶を置くより先に鍵をかける。誰にも入って来られないようにしなければ、落ち着かない。
サイドテーブルに湯桶を置き、タオルを絞る。ギグは何も喋らない。もう、眠ってしまったのだろうか。
「……リタリー、なの」
枯れた細い声。どきりとして横たわる彼を見ると、焦点の定まらない目でこちらを見ていた。
「……ええ、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃ、ない……」
「……そうでしょうね」
気遣う言葉を吐く資格なんて、無い癖に。そう思いながら、濡らしたタオルで彼の体を優しく拭いてやる。彼は抵抗もせずに、されるがまま私に体を預けた。少しだけ眉を顰められたものの、中を掻き出して薬を塗ってやり、とりあえず寝間着に着替えさせる。裸のままでは、本当に風邪を引いてしまいかねない。
とりあえず、傷らしいものは手首のものくらいだったし、治療してしまえば綺麗に消えてくれるだろう。しかし、そこら中の赤い跡はどう誤魔化したものか。一日二日で消えるようなものでもない気がする。後先考えずに没頭してしまうなんて、これではレビンを叱れないな。私の方がよっぽど、取り返しのつかないことをしてしまった。
「……」
「……すみません、大分無理をさせてしまいましたね」
ベッドサイドに腰を下ろし、彼の頭をそっと撫でる。謝るなら、初めから手を出さなければ良いのに。彼が好きだと言ったのは本当なのに、実際にしたことは、これだ。何を言っても信じてもらえないだろう。いや、このメンバーの中で頼れるのは私くらいなものなのだから、もしかしたら――そんな、自分にとって都合の良い妄想をして、私は自分の狡さに吐き気がした。
どうにか着替えさせたのは良いものの、とてもじゃないが満足に動けそうになかった。彼はベッドに横になったまま、どんな顔をすれば良いのかわからない、何を言ったら良いのかもわからない、そんな目で私を見ている。私だって、何を言って良いのかわかっていないというのに。
言い訳、謝罪、どちらも、これ以上私が口にして良いものではなかった。結局のところ、いつも通りに接するしか、私に出来ることはない。
「明日と明後日は、この街で休みましょうか」
「……明日になれば、動けるよ」
気遣って言ったつもりの言葉を、彼は強がって拒否した。今、体を動かせそうにないことはわかっているらしい。私が気にしているのは、そこではないのだが。
「貴方、その格好で出られるんですか?」
「……どういうこと?」
「そこら中、そんな跡をつけて歩いてたら、恥ずかしいでしょう」
「え、何、これ」
どうやらわかっていなかったらしい。私が指差した先、彼の鎖骨や胸、肩の辺り、わざと目立つような場所に散らされた赤い跡を見て、彼はようやく顔を赤くした。その辺のものはまだマシな方で、彼の視界からは見えない首元には、隠しきれないくらいきつく、赤黒いと言っても良いくらいの跡が残されている。
「……私が付けておいて何ですが、その格好では、犯されましたと言って歩いているのと同じですよ」
彼は私の言葉を聞いて、また涙目になった。思い出すだけでも嫌なのか。そうなっても仕方ない程のことをしておいて、私は少しだけ残念に思う。後悔や罪悪感はあっても、彼をこの手に抱いたこと自体は、舞い上がるほど嬉しかったのだから。
彼は私から目を逸らし、辛そうな顔で口を開いた。
「……でも、これ以上皆に迷惑かけられないよ」
周りの誰からも大事にされなくても、それでも、誰かのために頑張ろうとするあたり、本当に、この子は……。仕方ない。裁縫は苦手ではない。それだけのことをしでかしたのだから、どうにか見繕って手直ししておこう。
「わかりました。そこまで言うなら、その辺が隠れるような服を用意しますよ」
「ん、ありがとう」
「……自分を犯した相手に礼を言うなんて、随分と脳天気なんじゃありませんか」
下手くそな笑顔に、私は皮肉を返した。彼はどうしていつも、こうなんだ。
その人の良さといじらしさに、守ってやりたくなると同時に、その腹の奥に溜め込んでいるだろうものを、吐き出させてやりたくもなる。だからこそ、ああやって辱めてやりたくなるのかも知れない。散々酷い目に合わせてやったら、いよいよもって泣き叫んで、本心から助けを求めてくれるんじゃないかと、そう期待しているのかも。当然、そんなのは、言い訳に過ぎないけれど。
「……なんで、あんなことしたの」
私はいつの間にか眉を寄せて、考え込んでいたらしい。彼が心配そうに、私に尋ねた。まだ私を信じられると言うのなら、本当に彼は、脳が天気なのかも知れない。そしてそれに縋りたいと思う私もまた、余程頭が温かいらしかった。
「言ったでしょう、貴方が好きで、可愛らしいからですよ」
柔らかな頬を優しく撫でてそう言うと、彼は泣きそうな顔になった。
「それなのに……ギグと同じような、酷いことばっかりしたじゃない」
していることは同じなのに、ギグはただ面白いからと言い、私は好きだからと言う。先刻も今も、私が好きだと言ったのは同じなのに、乱暴にしたり優しくしたり。彼が何を信じていいのか、わからなくなるのも当然だった。
「……わからないよ。ギグも、同じなの?」
それは違うと、断言してしまいたかった。私とギグでは、貴方に対する想いは絶対に違うと。そう言い切りたくても、私もギグも、彼にしでかしたことは対して変わらない。むしろ、実際に手を出せる分、私の方が酷いくらいなのに。
彼は、ころりと私に背を向けて、ぽつりと呟いた。
「それとも、好きでも嫌いでも、あんなこと、したいと思うの?」
「……」
そうだと言ってしまったら、どんなに楽か。ギグは貴方のことが嫌いで、あんなことをしていたけれど、私は違う。貴方をずっと、大切にします。そう言えたならどんなに良いだろう。きっと彼は、何か言いたげな顔をして、本当に? と聞き返すだろう。本当だと言えば信じるし、そんなに簡単に信じるなんて馬鹿ですねと言えば、泣きそうな顔で押し黙るに違いない。彼は、自分が傷つくことには目を瞑り、どこまでも人を信じる、そんな愚かな少年だから。
そうは言っても、彼を本当に大切に出来ると言い切れる程、私も人間が出来てはいない。あの痴態を一度見ただけで満足できる程、欲のない人間にはなれそうになかった。
「少なくとも私は、貴方が好きで、可愛らしいから、もっといやらしいところを見たいと思っています。これからもね。ギグはどうだか知りませんが」
結局、飾り気もなく口に出せるのは、こんなところだった。彼は嫌がるだろうし、幻滅するだろう。彼が無邪気に私を慕っていたあの頃には戻れないと言うことも、当然、わかっている。それでも、下手に誤魔化す気にはならなかった。
私の言葉を聞いて、彼はもぞもぞとこちらに向き直り、複雑な顔で私を見た。
「……まだ、したいの?」
「貴方が嫌じゃなければね」
髪をそっと撫でると、彼はくすぐったそうに身じろいだ。
「……なに、それ」
「あんなにいやらしく悦んでおいて、良くなかったとは言わせませんよ」
「……あれは、その」
今度は赤くなって、目線を泳がせる。そのわかりやすい反応が、可愛らしいということを、彼はきっとわかっていない。
「それに、ギグに言われるままあんなことをしていたら、そのうち私以外にもバレてとんでもないことになりますよ」
「あ……それは、だめ」
私以外、となると、本当に困るのだろう。彼は本当に焦った顔をした。これでレビン辺りにバレようものなら、いよいよ色んな意味で旅を続けられなくなるかも知れない。それは私にとっても本意ではなかった。
「大丈夫ですよ、これからは私が見張っててあげますから」
「それは……何か間違ってる気がする……」
じとりと私を睨みながら、彼は布団を口元まで被り、目をこすった。話しているうちに疲れがやってきたような感じだ。あれだけのことをしたのだから無理もない。
「眠いのですか」
「ん……」
私の問いかけにまともに返事も出来ず、彼は目を閉じた。程なくして、薄暗い部屋の中に寝息が響き始める。これは、朝までぐっすりだろうな。
彼が眠ってしまったのに合わせて、ギグが何かしら言ってくるかと思ったが、意外にも反応は無かった。ギグもさっさと眠ってしまったのだろう。
安堵とも焦燥とも言えないようなため息を一つついて、私は彼を起こさないように、そっと部屋を出た。羽織物と、首元を隠せるようなスカーフか何かを用意しなくては。
自分の部屋に戻り、ランプの明かりを灯す。薄明るくなった部屋で、私は一人、ベッドに体を埋めた。あの子の細い体が、私の手で快楽に溺れていくのを思い出して、また体が熱くなるのを感じる。そして、彼のいやらしい姿を見ていたのが、ギグだけだったと思うと、どうしようもなく嫉妬した。初々しく快感に戸惑う彼の姿を、嫌悪感に苛まれながら自分で慰める彼の姿を、ギグは私以上に長く見ていたのだ。これからも、私が知らないうちに彼がギグの指示であられもない姿を晒すかも知れないと思うと、気が気じゃない。
見張っている、と言ったのは、他の連中にバレないようにという理由だけではなかった。ギグに言われるがまま痴態を演じる彼に、我慢がならないからだった。あくまでも彼を支える立場であろうとしていたのに、今夜の一件で、彼に介入していなくては正気でいられなくなってしまっている。
旅は順調……と言って良いのか、私には判断がつかないでいた。どうあれ、この旅が終わるまで、私は正気を保って要られるだろうか。そして彼も、ギグに体を乗っ取られずに、旅を終えることが出来るのだろうか。
時計の針は午前一時を回っている。私は荷の中から、予備の羽織と裁縫道具を取り出し、彼の部屋へと戻った。