めくりたい そのスカート
どうして彼はこのお店の制服を着てくれないのでしょう。店長の私が率先して着ているというのに、頑なに着るのを拒むというのはどうかと思うのです。他の従業員の女の子達も怪訝な顔を……って、どうして私の方にその苦笑いを向けているんですか。おかしくないですか。
そう、女の子達とお客さんにはあのふりふりで可愛いメイド服は好評なのですが、私が着ているのはそれほど好評ではないのです。似合ってない訳はないのですが。寸法も完璧、デザインも申し分なし、ついでに言うと私もお肌の手入れは完璧です。少し体格と身長の良い女性にしか見えないはず。それなのに、「店長がアレな趣味でなければもっと良いお店なのに」という評価なのはどういうことなのでしょう。
ついでに言うと、旅をしている間に私が着ていた服を仕立て直して作った服を、爽やかに着こなしている彼の方が店長兼料理人に間違われている現実は一体どういうことなんですか。おかしい。
私は考えました。逆に考えるんだ。着てくれなくたって良いさ、そう考え……ってそんな妥協は許されません。というわけで、期間限定企画、普段と制服を交換した従業員がお出迎え☆サービスです。このために人数分の服を用意するのにどれだけ苦労したことか。しかも一緒に暮らしている彼に気付かれないように準備するというのは難易度ルナティック。もちろん、彼の分のメイド服は私手ずから作りましたとも。スカート短め、ふりふり感マシマシです。ああ可愛い。ちゃんと彼の髪に合わせた赤のメイド服。これ絶対可愛いですよね。むしろ私も着たいくらいです。
「……という訳で、来週は期間限定で衣装交換でお店を開きます」
「良いんじゃないですか、たまには」
「私たちは別に良いですけど」
閉店後の後片付けをする従業員の女の子達に、今回の企画を伝えると、各々平然と承諾してくれた。ありがたい。むしろ店長がまともな格好をするのは願ったり、という雰囲気があるのですがそれはどういうことでしょうか。ちなみに彼は今日お休みです(無理矢理お休みにさせました)。事後承諾ばんざい。
「ただ、あの人がなんて言うか」
「拒否権は無いので問題ありません」
「なるほど」
女の子たちにそれぞれ衣装を配って戸締まりをして、家路を急ぐ私は、彼がどんな顔をするかを想像して楽しくて仕方ありませんでした。きっと嫌がるでしょうね。恥ずかしがって、お店に出てくれないかも知れません。まあ、その時はその時で、女の子達に援護射撃をしてもらいましょう。
「どどどどどういうことなのこれ!!!!!!」
翌日、お店にやってきた彼は、烈火の如く怒り狂い、可愛らしいメイド服を片手に大声で騒ぎ立てました。女の子達は、「ああ、やっぱりなあ……」という顔でこちらを見ています。まあ、私も想像してましたけどね。
「どうもこうもありません。今週一週間はこれです」
「ちょっと待ってなんでいつの間にそんなことになってるの」
「……昨日?」
「昨日の割には準備万端過ぎるよね!!!!!」
ごもっとも。顔を真っ赤にして「何考えてるの……」と呟く彼を尻目に、周りの女性陣に目配せする。彼女達もわりと乗り気らしく、含み笑いをして彼を見ていた。
「大丈夫ですよお、可愛くしてあげますから」
「一週間だけですし、ね?」
「似合いますよお、服も私達のより可愛いですもん」
「えっ、えっ、ちょっと待って! 待ってよお!」
三人に取り囲まれて、彼は女子更衣室に押し込まれていった。彼女たちならきっと可愛らしく仕立て上げてくれることだろう。良かった。私は男子更衣室に、彼が持ってきた制服に着替えに向かった。
元々私が着ていた服を普段から着ているということも、しかもそれを久しぶりに着るということも、ちょっと胸が高鳴る。彼があの可愛い服を着るということには叶わないけれど。
「出来ましたよー!」
「ほら、恥ずかしがってないで早く出てきてくださいって!」
「すっごい可愛くできましたよ!」
「ううう……無理だよお……こんなの恥ずかしいよ……」
彼女たちに手を引かれてやってきた彼は、なるほどとんでもなく可愛らしかった。薄く、それでも元の可愛らしさを引き立てるような化粧を施されて、身長さえ低ければ女の子と言われてもわからないくらい。私とお揃いの三つ編みにしたのは彼女たちの遊び心だろう。グッジョブです。
「あ、剃ったんですね」
「嫌がられましたけど、やっぱり気分出したいじゃないですかぁ」
「うう……スースーするよお……」
ご丁寧に露出している部分の毛を剃られ、胸にわざわざ詰め物までされて、これは本当に、女の子と言われてもわからないレベルだった。
「可愛いですね。すごく」
「嬉しくないよ……」
その恥ずかしそうな表情も含め、物凄く、可愛い。とりあえず後で写真撮りましょうね。かなりじっくりと。
「皆さんの男装もなかなか似合いますね」
いつもの三人娘もお揃いの三つ編みをして、なかなか可愛らしく似合っている。普段の制服もそれなりに好評だが、これはこれでアリかも知れない。
「えへへ、たまには面白いですね!」
「ちょっと裾が長いですけど」
「一週間と言わず、月イチくらいでやりましょうよ!」
「……それは勘弁して」
彼は露骨に嫌そうな顔をしているが、彼女たちも乗り気なら、それくらいの頻度でやるのは大歓迎だ。新しい衣装を考えてみるのも良いかもしれない。
そうこうしているうちに、もう開店時間五分前。一部を除き士気も高まった所で、今日もまた、頑張りましょうか。
「さて、そろそろ開店ですね。今日も一日頑張りましょう」
「「「はーい!」」」
「頑張れないよこんなんじゃあああああ!!!!」
彼の切実な絶叫を聞かなかったことにして、私たちはそれぞれの持ち場に散らばった。
終わり
wrote:2015-07-18