それでも時間は過ぎていく

遊びに行こうと言えば、良いよと言う。一緒に旅に出ようと言えば、良いよと言う。二人きりで住もうと言っても、良いよと言った。それなのに、そこから先には全く進まないのは一体どういう事なんだ。

嫌がっている風もなければ、渋々従うようでもない。でも、自分から何かをしたいと言うことは、滅多になかった。あるとすれば……かつて一緒に世界を救ったゴミむし共に会いに行きたいという、オレとしては非常に不本意な要望ばかり。オレと何かをしたいだの、そう言った要求は、思い出す限り何もなかった。

再会した時の、相棒の喜びようは良く覚えている。オレの姿を見るなり飛びついて、大泣きしながらきつく抱きしめて離さない相棒を、オレはよしよしと撫でてやり……メスセプーの横槍がなければそのままキスの一つでもしてやれそうだったってのに。

それからオレたちは一緒に旅をしたり、伝説のホタポタを探しに出たり、何故だかまた融合したり分離したり、リタリーの店でしこたま働かされたりしながら、最終的には迷いの森で二人きりで暮らすことにした。

暮らすと言っても、ずっと森の中にいっぱなしって訳でもなく、外に遊びに出たり、旅に出たりもするのだが。それでも、二人だけの空間があるってのは良い。相棒は分けて貰ったホタポタの苗を植えてみたり、家庭菜園の真似事なんかをしたりして、この家で大いに楽しんでいる。オレはそれを見て、どう考えても相棒が最高に相棒だと再確認する訳だ。

だが、これだけだ。神様として、それはゴミむしらしすぎてどうかとも思うのだが、オレは相棒とこの温い関係で終わりたくはなかった。じゃあ何をしたいのかと言われると、良くわかっていない。一般的なゴミむしたちが好き合ってしているあれこれをしてみたいとは口が裂けても言えないが、実際、してみたくはある。だが、どうしたら相棒とそんなことが出来るのか、皆目見当がつかないのだった。

相棒は相棒で、こうしてオレと過ごすだけで十分だと言わんばかりに、満足気に毎日農業に精を出しては、一緒に飯を喰い、それぞれ風呂に入って寝るという健康的過ぎる生活を送っている。嫌だとは言わないが、退屈だ。楽しそうな相棒は見ていて飽きないが、物足りなさ過ぎる。

「で? 死を統べる神ともあろうお方が、矮小なゴミむしである私なんぞに恋の相談をしに来たと」

「うるせえ、茶化してんじゃねェよ」

という訳で、オレが知る限り最も頭が良く、ずる賢いゴミむしに協力を求めに来たのだが、見ての通り苦笑いを堪えながら茶化される始末。ちなみに相棒は店の手伝いを買って出て、そこら中駆けまわっている。おかげでこいつと話をする余裕があるのがありがたいが、こいつくらいしか相談出来る相手がいないってのは……我ながら、終わってる。

「……はあ、結局貴方は彼とどうしたいんですか」

店の片隅のテーブル席で、こいつが淹れたやたら美味い茶を啜り、ホタポタを入れたらしいとんでもなくうまい菓子にかぶりつくオレを、リタリーが呆れ顔で見つめている。どうしたい、と言われると言葉に詰まった。触りたい、撫でたい、抱きしめたいし、出来ることなら……あちこち舐めてやったり齧り付いてやったりもしてみたい。この欲求をどう表現したものかと頭でこねくり回して、ぽつぽつと口にすると、それはとてつもなく情けない言葉になった。

「そんなの……もっとくっついて、触ってだな……」

「……平たく言うと性交渉に持ち込みたいと」

「バッ……かじゃねェの!?!? 誰もそんなん言ってねェだろ!!」

「ほとんど言ってるようなもんでしょうが」

「うるせえ! とにかくどうやったら良いか教えろっつーんだよ!!」

余りに歯に衣着せない物言いに、盛大にマグカップと皿を床にぶち撒けながらまくし立てると、リタリーはさも面倒くさそうな顔になった。賑わっている店内が一瞬だけ静かになったが、ゴミむし共はこちらを一瞥しただけで、元の騒がしさに戻った。オレが来ると大体こういう展開になる。常連たちはそれを十分すぎるほど理解しているのだろう。

「どうやったら、ですか……まずもって、彼にそういう意思があるのかどうか」

「うっ……それは」

ウェイトレスたちが持ってきたほうきとちりとりで、散らばった食器を手早く片付けながら、リタリーは、オレが今までずっと考えないようにしてきたことを指摘した。

「確かめてないんですか」

「……どうやって確かめろっつーんだよ」

「聞けば良いじゃないですか。貴方達一緒に住んでるんでしょう?」

「聞けるか!」

屈んで片付けを続けながら、リタリーはいちいちごもっとも過ぎることを言う。どう聞いたら良いかわからねェって言ってんだろ! だからそれを教えろっつーの。

「ちょっと、大丈夫? ギグ、何やったの」

「げ」

テラス席の方にいた相棒が、こちらの騒々しさに気付いてやって来た。粗方片付け終わっているとは言え、ほうきとちりとりを持っているリタリーを見て、相棒はオレを睨んだ。やべえ。店に迷惑をかけると相棒はそれなりに怒るんだよな。

「いやその……おいリタリー、なんとか言ってやれよ」

割れた食器が入った紙袋を持ったリタリーは、やれやれと言った表情でゆっくりと立ち上がった。

「……全く、手間のかかる死神ですね、本当に」

リタリーは紙袋をウェイトレスに渡すと、相棒にテーブルに座るよう促した。何がなんだかわからないという顔をした相棒の隣にオレも腰を下ろして、リタリーと二対一で向かい合わせに座る。なんだこの三者面談。オレも何がなんだかわからねェ。

「貴方、ずっとギグと住んでますけど、結婚とか、子供が欲しいとか、そういうのは考えないのですか?」

「えっ? どうしたの、急に」

「いえ……なんとなく、気になったので。貴方ももう二十歳過ぎてますしね」

何さくっとそこから聞いてんだよ! 開幕からオレは無言でリタリーを睨みつけた。駄目だこの女装癖の変態料理人。やっぱりこいつなんかに相談しなきゃ良かった。

相棒は首をかしげながら、それでもちゃんと考えてくれているらしく、うんうん唸っている。融合して旅をしていたあの頃から、相棒はそれなりに女に囲まれていたし、それなりに好意を持たれてもいたと思う。それに平和になった今となってはベビーラッシュも良いところで、結婚だの子作りだのを意識しないでいる方が難しい。

だからこいつの質問は当然と言えば当然だし、それを相棒が肯定したとしても、無理からぬことだと、本当はわかっている。わかっているが、許容出来るかは別の話だ。

オレは相棒が何と答えるか、固唾を呑んで待っていた。相棒が望むことをしてやりたい。我儘を言って欲しい。いつもそう考えているけれど、それが自分以外に向けられる望みだとしたら、それを呑むことはきっと、出来ない。

しかして、相棒が口にした答えは――。

「……ギグと一緒にいるのが楽しいから、興味ないかな」

それを聞いた時の俺の心境ときたら、それはもう嬉しいとかいうレベルじゃなかった。こいつは、世間一般の幸せではなく、俺を選んでくれたのだ。そう捉えて差し支えない返事をしてくれたのだ。俺が一方的に連れ回して遊んでいるだけなんじゃないかと思ったこともあったけれど、相棒は相棒で、それをしっかりと楽しんでくれていたとわかると、本当に安心した。良かった。

リタリーはあからさまにほっとした顔をしているだろう俺を見て、なんとも言えない苦笑いをしている。……ほっとけ。

「それに、俺って人間じゃないらしいし、もしそうなったら相手に悪いんじゃないかなって」

「……それは」

「あ、ごめん。気にしてないよ」

「なら良いんですが……」

気を遣ってくれたらしいウェイトレスの一人が、三人分のお茶を出してくれ、三人でそれを啜る。

人間じゃないことを、相棒が普段意識することは殆ど無いだろう。オレと一緒にいる限り、喰らう者としての力を使う必要なんて無いのだから。

でも、誰かと結ばれるということを考えた時、普通の人間のように子供を為したり出来るかはわからない。もし出来たとしても、いずれは自分の子供にさえ置いて行かれ、一人ぼっちになってしまうかもしれない。それなら、誰とも結ばれない方が良いと、そう考えても仕方がないと思う。

でも、そんな後ろ向きな気持ちで、オレを選んで欲しくはない。だからやっぱり、今のままの気持ちでは足りないのだ。

「……まあ、すでにギグと結婚してるみたいなものですものね、貴方」

一息つこうともう一口茶を啜ろうとして、オレは盛大に咳込んだ。てめえ何いきなり直球過ぎること言ってんだよ! アホか!

「ギグと? 俺もギグも男だよ?」

相棒も普通に聞き返してんじゃねェよ!

「世の中には同性でそういう関係になる人もいるようですけど」

「ええー……そうなの? でも、俺とギグはそういうのとは違うんじゃないかな? ねえ、ギグはどう思う?」

「……さあな」

オレに振るなオレに。違う……と言って欲しくなかったというのが正直なところだが、それをどう伝えたら良いかはわからない。それに、違うんだったらなんなんだ。結婚してます、それはそれで、何か違うとオレも思う。そんな痒い関係では無いと思うし、そうなりたい訳でもない。ただ、もう少しだけ、深い関係になりたいだけだ。それをどう表現したら良いのかがわからないから、悩んでいる訳で。

相棒はリタリーから言われたことを反芻するように、またあれこれ思案しているらしい。男夫婦だなんて気持ち悪い、あり得ないなんて言われたらどうしたら良いんだ、オレは。夫婦という関係になりたいという訳ではないとは言え、それを否定されてしまったら、この先に進むこと自体出来なくなりそうで怖い……んだが。

「うーん……ちょっと想像出来ないな」

あっ、これ死んだ。いや、オレ死を統べる神だけど。おいリタリー、そんな目でオレを見るのは止めろ。

「おい相棒、今日はもう帰るぞ……」

余りのいたたまれなさに、オレは相棒の手を引いて無理矢理立たせ、席を立った。

「えっ、もう? まだギグの食事代の分働いてないんだけど……」

「良いですよたまには。私の奢りです」

「ええっ!? 良いの!? っていうかギグがお皿とか割っちゃったのに……」

「本当に良いですから……これ、おみやげに持って行ってください」

リタリーは何処から取り出したのか、カゴに満載された菓子を相棒に渡した。恐らくオレに食わせたのと同じ菓子。物凄くありがたいが、その謎の気遣いが胸に痛い。

「えええええッ!?!? どうしたの、今日何かあったの?」

「いや……なんというか……申し訳ないことをしたので」

「どういうこと?」

「あーもー良いから帰るぞッ! おいリタリー! あとで殺すからな!」

「はいはい、またどうぞ」

哀れむようなリタリーの視線を背に受けながら、オレは相棒と一緒に猛スピードで家へと飛んで帰った。ああクソ、やっぱり聞くんじゃなかった。

夕暮れに染まる迷いの森の家に着いて、相棒は台所のテーブルに貰った菓子を置き、嬉しそうに笑った。

「どうしたんだろうね、急にこんなにくれるなんて」

「……」

「何か良いことでもあったのかな」

「……」

良いこと、ではない。ただオレのことを哀れんで、こんなに大量の菓子を寄越したんだ、あいつは。ゴミ虫に同情されるなんぞオレのプライドが許さないが……今はそんなことより、相棒の返答の方が悲しすぎた。

「ねえギグ、聞いてる?」

「聞いてるよ」

返答の仕様が無いから黙っているだけだ。相棒は心配そうに、玄関先で立ち尽くすオレの顔を覗き込んだ。

「ギグもどうかした? なんか機嫌悪そうだけど」

どうかしただと? 機嫌が悪そうだって? そりゃあ、当たり前だ。好きな相手に、直接的ではないにせよ拒絶されたのだ。機嫌が悪くなったって、仕方ない。

一緒にいるのは楽しい。でも、世間一般の夫婦のように、恋人のように、触れ合ったりするのは考えられない。そんなことを言われたら……悲しすぎるだろ。

相棒はオレの苦悩なんかには気付かずに、いつも通りのすっとぼけた顔でオレを見ている。自分でも何でこいつにここまで惹かれているのかわからないが、こいつを何もかも自分のものにしてやりたくて、好きで、大好きで、抱きしめたくて、とにかく、このままじゃあ駄目だ。

考えられない。想像できない。だったら……試してやろうじゃねェかよ。もう、ここまで来たら開き直るしか、オレに出来ることはない。このまま、現状維持で我慢出来るような性格はしてねェからな。

「……相棒は、オレのこと好きかよ」

「? 好きだよ? 当たり前でしょ」

オレの意を決した質問に、相棒は平然と答えた。こいつにとっては、好き合っているのは当然のことで、そんなの、改めて確かめるような事じゃないらしい。それは嬉しい。そうであって欲しかったのだから。でも。

「だったら……ッ!」

「ちょ、ちょっと、ギグ……!?」

オレは目の前の相棒を、きつく抱きしめた。応じてくれるかどうかなんてのは二の次で、とにかく相棒を自分の腕の中に閉じ込めてしまいたかった。顔なんて見られない。直ぐ側に、きっと困惑した相棒の顔があると思うと、それを確かめるのが怖かった。

「……こんなことされても、嫌じゃねェかよ」

結んだ相棒の赤い髪を見つめながら、オレは、自分でも驚くくらいに小さな声で尋ねた。相棒の温かい体温が伝わって、それはとても心地良いのに、まるで凍えたみたいに声が震える。

「あの、その……ギグ、どうしちゃったの……?」

「――ッ!」

嫌か嫌じゃないか、それ以前に、オレがこんなことをするということが、相棒にとっては考えられないことだったのか。相棒の返事はつまり、そういうことだ。オレは頭がかっと熱くなるのを感じて、相棒を抱きしめるのをやめ、その代わりに、相棒の口元目掛けて自分の唇を重ねようとし――。

「え、んぐッ……ったあ……」

「……悪ィ」

歯と歯がぶつかって、オレと相棒は離れた。なんだよ、キス程度もうまく出来ねェなんて、馬鹿みてえだ。

「ギグ……本当に、どうしちゃったの?」

「……オレは、相棒と……もっと色んな事してェんだよ」

「それって」

「言っとくが、どっかに遊びに行くとか、そういう次元の話じゃねェからな」

「……じゃあ」

「相棒、ちょっとこっち来い」

「あ、ギグ……」

相棒の手を引いて、オレは寝室へと駆け出した。すぐ隣の部屋なのに、足が重くて、やけに遠く感じる。オレに引かれるままに、相棒は付いて来てくれたが、何を考えているのかはわからない。

寝室の巨大なベッドの上で向かい合わせに座ると、相棒が不安げに口を開いた。

「……ギグは、俺と、その……えっちなこと、したいってこと?」

「……そうだよ」

もう、そう表現するより他にない。オレは大人しく頷いた。

「俺、男だよ?」

「知ってる」

「おっぱいとか無いけど」

「知ってる」

「えっと、その……女の子みたいな穴とか無いけど」

「んなこた知ってるっつーの!」

相棒が男だということくらい、二度も融合したくらいなのだから知り尽くしている。相棒は、困った顔で俯いた。

「……どうやったら良いか、知らないんだけど」

「そんなもん、オレだって詳しくは知らねェよ」

大雑把な知識はあるが、詳細なんてわからない。快感を得られるとされている部分を触って、男女がするような交尾の真似事をしてみればいいというくらいの、お粗末な知識。

「なにそれ、じゃあ何するつもりなの……」

相棒は若干引いたような顔をした。こっちだって、いきなり持っている知識を総動員して、あれこれ試してみるつもりはない。

「知らねェよ……とりあえず、相棒に触りたいって、それしか考えてねェんだから」

「……変なの」

オレの返事を聞いて、相棒はくすくすと笑った。思っていたより、ずっと幼い触れ合いを求められていると知ったからなのか。そんな反応をされてしまうと気恥ずかしくなる。

「うるせェ! っつーか、相棒はどうなんだよ、そんなことされても、嫌じゃねェのかよ」

「……ちょっと想像は出来ないけど、ギグがしたいんなら、良いよ」

またそれか、と、オレは少しだけ気落ちした。受け入れて貰えるのは嬉しいが……これじゃあ、いつもと同じだ。オレがしたいことを、ただ受け入れるだけの。

「んだよそれ……」

不満さを隠しもせずに漏らすと、相棒は優しく笑って、オレの頭を撫でた。

「ギグがしたいことは、俺のしたいことだよ」

「……」

「……それに、ギグは絶対俺が嫌がることはしないでしょ」

「……うん」

それは当然だ。今回のことだって、相棒が嫌だと言うのなら諦めるつもりでいたのだから。幼い子供に言い聞かせるように優しい声で言う相棒につられて、思わず子供のように返事をしてしまうと、相棒はにっこりと笑った。

「じゃあ、良いよ。しても」

「嫌じゃねェのかよ」

「……されてみなくちゃわからないよ」

「わかった」

相棒は相棒なりに、覚悟を決めて俺に身を任せようとしているらしい。それなら……もう、躊躇う必要は無くなった。

俺は相棒の頬をそっと撫でると、ゆっくりと唇を近付けた。触れる直前で一瞬だけ息を止めて、今度は失敗しないように、優しくそれを重ねる。見開かれたままの金の目。こういう時って、目を閉じるものなんだろうか。わからないが、焦点の合わないぼやけた視界が金色で埋め尽くされるのは綺麗だ。だからこのままで良い気がする。

相棒の唇は柔らかく、オレは感触を確かめるように、二度三度、啄むように自分のそれを重ねた。されるがままだった相棒も、オレがするのに合わせてキスを返して、それが嬉しくて、延々とそれに没頭した。

「……顔赤いね」

「うっせェ……相棒もだろ」

「ん……なんか、恥ずかしいかも」

夕暮れで赤かった空は、いつの間にか夜の帳が下りて、暗くなっている。頼りない月明かりのおかげで、互いの顔がやっと見えるくらい。それでも、互いの顔が赤いのがわかるあたり、二人揃って、相当参っていた。

「どうしよう……これから」

「……とりあえず、脱いどくか」

「ん……」

一緒にいそいそと服を脱ぎ、ベッドの下に放り投げる。ついでに、サイドテーブルの上、殆ど使ったことのないランプに火を点けた。暗いままにしておくのは勿体無いと思ったから。何度か一緒に風呂に入ったことだってあるし、そもそも融合していた時に相棒の裸なんて飽きるほど見ていたが、こうしていざ触れても良いと言われた中で相棒の体を見てみれば、妙な色気を感じて、興奮した。

「……あんまりじろじろ見ないでよ」

「何でだよ」

「……恥ずかしいから」

毛布を引き寄せて、折角脱いだ肌を隠そうとする相棒ににじり寄って、毛布を一思いに剥ぎ取ると、相棒は慌てて股間の辺りを隠すように、オレに背を向けた。

「恥ずかしいところなんか何にもねェだろ」

「ギグは大っぴらにしすぎるんだよ」

「そうかあ?」

相棒の白い背中をつうっと撫でて、びくりと震える相棒が可愛らしくて、オレは思わず肩甲骨の辺りに唇を寄せた。唇だけじゃ足りない。もっと、色んな所の感触を確かめたい。恥ずかしがるならちょうど良いと、相棒をうつ伏せにして、オレは背中のあちこちに吸い付いた。軽く吸ってやるだけで、そこら中に赤い跡が残る。相棒は時折身じろぎしているが、感じているのかはわからない。

吸うだけじゃ面白くない。そうだ、相棒はどんな味がするのか、確かめてみようか。舌を出して、背骨に添って腰から首へべろりと舐めあげる。リタリーの店で働いていたせいか、汗の塩っ辛い味がした。このまま齧り付いて咀嚼したら、きっとどんな肉より美味く感じるだろう。痛がる相棒は見たくないし、そんなことは絶対にしないが。

それでも、どんな食感がするのか気になって、うなじの辺りの柔らかそうな肉に、戯れに歯を立てて齧りついてみる。途端、相棒の体が、陸に上げられた魚のように跳ねた。

「ひゃッ、な、何するの」

驚いて飛びのくと、相棒は噛まれたところを手で押さえ、真っ赤な顔でオレを睨んだ。思わず身を引いてしまったが、そういうことか。

「ほら相棒、良いから手、退けな」

「や、やだ……なんかそこ、変……」

「ほら、良いから」

嫌だと言われたら止めると言っておきながら、オレは相棒の手をとって、そこを露わにした。薄桃色にオレの歯型が残っている。オレはそこを焦らすように舐め、軽く吸い、きつく跡が残るように強く吸った。相棒はベッドのシーツを握りしめ、体をびくびくと痙攣させた。声を殺しているのがわかる。初めて明確な快感らしいものを与えられて、声を上げるのが怖いのだろう。

口を離してやると、そこは相棒の髪よりも赤く、まるで殴られたような跡が残っていた。傷つけてしまったような気になって、そこに軽く、触れるだけのキスを落とすと、それだけで相棒は体を震わせて反応した。

「気持ち良かったのか?」

耳元でそう囁くと、相棒は真っ赤な顔でこちらを見た。上気して潤んだ金の目。困ったように寄せられた眉。聞くまでもないが、相棒の口から聞きたかった。

「う……わかんないけど、ぞくぞくして、頭おかしくなりそう」

「へえ」

オレはうつ伏せにしていた相棒の肩を掴んで仰向けにさせ、乱暴に足を開かせた。予想していた通り、そこは鎌首をもたげて、固くなりかけている。

「じゃあこいつがこうなってんのはどうしてなんだよ」

「み、見ないでよ……」

「オレだって見せてるんだから良いだろ」

隠そうとする相棒の手を掴んで制止する。

「良くないよ……」

「何が良くねェんだよ」

「だって、その……」

「恥ずかしいってのは無しな」

相棒はまだ半勃ちといった状態だが、オレはと言うとすっかり屹立していた。むしろ触ってるだけでこんな状態にしているオレの方が恥ずかしいだろう。それに、こうなったのを見るのだって初めてではない。融合している間、何度か見たことがあったはずだ。

「……ギグのえっち」

「そりゃどーも」

赤い顔で、こちらを潤んだ瞳で睨みつける相棒の可愛らしいこと。俺は相棒の勃ちあがりかけた陰茎に手を伸ばし、そっと触れた。恐らく、誰にも触られたことのないそこに。

「んッ……そんなところ、触らないでよ」

優しく握り、ゆっくりと上下に動かすと、それは徐々に固くなっていった。嫌そうにはしているが、感じていない訳では無いらしい。それにしても、触るなとは。ここに触らなかったら話が進まないだろうに。むしろ、今すぐにでもここにむしゃぶりつきたいくらいなのに、触ったくらいで文句を言われては困る。

「なあ、ここ、自分で弄ったりしねェのかよ」

「な……ッ、何言ってんの」

する訳無いでしょ。そう上ずった声で言われて、オレは固まった。

「お前何歳だよ……びびるわ」

「だって……しなくても生きていけるし」

「いったことは」

「? よくわかんないけど……無いんじゃないの」

「はあ? 夢精とかもねェのかよ」

「何それ? 多分無いと思うけど……」

それを聞いて、オレは完全に脱力した。確かに、相棒とこういうことをしてみたいと思うようになってから、そもそも相棒に性欲らしいものがあるのか甚だ疑問に思ってはいた。融合している間、朝やら疲れている時やらに勃っていることはあったのだけれど、こいつが自分で処理しているのを見たことはついぞ無かった。一緒に暮らすようになっても、四六時中一緒にいるのだから、自慰に耽る時間なんてありはしない。でもまさか、そもそも射精したことさえ無いとはどういうことだ。

「お前、子供の作り方とかは知ってんだろ」

「馬鹿にしてる? 知ってるよ、当たり前でしょ」

「馬鹿にはしてねェけどよ……マジかよ相棒」

まさかの精通に立ち会うところからとは。嬉しいような気もするが、色々心配になってきた。オレより世界の常識は知っている癖に、自分のことについてはまるで無頓着。育てたヤツの顔が見たい。顔知ってるけどな。

「まあ良いか……相棒、とりあえず続けるからな。どんな感じが言えよ」

「……わかったけど、痛いことしないでね」

「痛くは無いと思うけどな……」

さっきより若干縮んだそれを握り、改めて扱いてやりながら、オレは相棒のことについてぐるぐる考えていた。ガジル人の形をした世界を喰らう者として作られた相棒の体。統べる者をはじめ、神とされる生き物は、いわゆる三大欲求に当たるものを意識的に抑えることが出来る。だがそもそも、それを知らされずに生まれ育ったとしたら……こうなるって訳か。

あのババァも、人間として育てたってんなら、ちゃんとそれを徹底しろよ。中途半端にするから、こいつは所々普通と違って、一般的な成人男性として可哀想なことになってんじゃねェかよ。

「ちょっと、ギグ……もう、止めてよ……」

「あ? 何でだよ」

相棒の泣きそうな声に、オレは手を止めた。良くないはずはない。すっかり勃ちあがったそれは、先端から涎を垂らしてびくびく震えている。

「なんか、怖い顔してるし……思ってたのと違うなら、止めようよ」

「……違う、そんなんじゃ……ちょっと、考え事だよ。相棒がもっといやらしくなってくれるにはどうしたら良いか、ってな」

「馬鹿じゃないの……」

納得したかどうかはわからないが、相棒は赤い顔をオレから背けた。我慢しているらしいが、さっきから腰が浮いて、気持ち良さそうにしていることは知っている。もっと弄ってやれば、オレの望む通りに相棒は射精してくれるだろう。でも、このまま手でってのは、芸がない。

「なあ、相棒も、オレの触ってくれよ」

「えっ……どうしたら良いかわかんないよ」

「オレがしたみたいに握って、擦ってくれりゃあ良いからよ」

「ん……わかった」

膝を立てて向かい合わせの体勢というのもやりづらく、オレは相棒ごとベッドに横になった。さっきよりも顔を近づけられるから、表情が良く見えて良い。引き続き陰茎を扱いてやると、与えられる感覚を我慢するように、ぴくぴくと眉間に皺が寄るのが可愛かった。荒い息遣いがいやらしいし、時折漏れる喘ぎがとてつもなく卑猥で腰にくる。

ぎこちない手つきで触られて、飛び抜けて気持ち良い訳でもないのに、興奮し過ぎてすぐにイッてしまいそうだった。流石に相棒より先に出す訳にもいかず、こちらも手の動きを早めてやると、相棒は空いている手でオレの肩を掴んだ。

「あ、だ、駄目……ギグ、止めて」

「いきそうなんだろ? 我慢すんなって」

相棒の手は、すでにオレの陰茎を触る余裕を無くして、どうにかオレを止めさせようと腕を掴んで制止しようとしていた。でもオレは、相棒ごときの力で止められるような、柔な作りはしていない。

「やっ……だ、ってば……! あ、あッ……!」

手のひらを温い液体がどろりと汚す。イッてしまった相棒は、オレの顔を見ないように俯いて、はあはあと荒い息を吐いた。一体どんな顔をしているのだろう。恥ずかしすぎて赤い顔をしているのか、それとも、怒った顔をしているのか。それを想像しながら手のひらを汚す液体を舐めとると、生き物らしい生臭い匂いと味がした。お世辞にも美味いとは言えないが、これはこれで、人間らしさを捨てられない相棒らしくて良い。

「……やめてって、言ったのに」

そんな泣きそうな、潤んだ瞳で睨まれてもな。それはもう、オレを更に煽る以外の効果を持たない。オレの顔を見上げているのを良い事に、オレはもう一度、相棒の唇を奪った。嫌がらないってことは、そういう事だと受け取って良いんだろうか。

「ギグって、どうしてこう……強引なの」

相棒の柔らかい唇を堪能して、荒かった息が落ち着いた頃を見計らって開放すると、相棒はたちまち文句を言った。言っている事は文句以外の何物でも無いけれど、オレに抱きついて離れないってことは、悪くなかったってことだろう。強引なのは性分だし、それに付き合うのにももう慣れたはずだ。

「気持ち良かっただろ?」

「うるさいな……今そういう話をしてる訳じゃないでしょ」

「……じゃあなんの話だよ」

「何って……ギグが、人の話も聞かないで勝手に」

「勝手に?」

「勝手に……その……」

言い淀んでしまった相棒が可愛すぎて、オレはたまらずもう一度キスをした。ああだこうだと文句を言うのも、全部照れ隠しだ。そう思うと、相棒とこうして裸で抱き合ってキスをしているということが、これ以上無いくらい満たされる事の気がして、いつまでだってこうしていたいと思う。

髪を指先で弄りながら頭を撫でてやると、相棒はまるで眠るように目を閉じた。そう言えば、キスをする時は目を閉じるのがルールだったか? 目を開けていたほうが、相手の綺麗な目が見えて良いのに。そう思わなくもなかったが、相棒に倣ってオレも目を閉じた。

上手く出来るかはわからなかったが、折角だからとオレは、相棒の口の中へ侵入しようと、自分の舌を伸ばした。相棒は少しだけ身じろぎして、その後、オレの舌を迎え入れるように、少しだけ唇を開いた。その狭い隙間にずるりと舌を差し込んで、相棒の温い口の中へ入る。舌先が硬い歯に触れると、それもすぐに開かれて、温かい肉が舌に当たった。

相棒の舌。相棒の舌はどんな味がするんだろう。それを確かめようと舐めてみたが、残念ながらというかなんというか、特に味は無い。そりゃあそうか。甘いものばかり食べてるから、もしかしたら甘いかもなんて、馬鹿な考えが浮かんだのだけれど。

ごくりと相棒が唾液を飲む音が耳に響く。相棒が飲み下したものの幾分かは、オレの唾液かと思うと興奮した。もっとだらだらと送り込んでやりたいが、嫌がるだろうか。また今度試してやろう。いい加減に開放してやらないと、息が苦しそうだ。

唇を離すと、相棒は唾液で濡れた唇を拭い(これはわりとショックだった)、さっきより一層泣きそうな顔をした。嘘だろ。ここまできて嫌だったってのかよ。

「ギグって本当に……なんで俺なんかにこんなことしたいの」

なんでって言われても困る。お前だからしたいのだと、どうしたら伝わるんだ。どうして……俺の特別だってことを、理解してくれないんだ。

「相棒だから……好きだからだよ」

こんな当たり前過ぎる上に、痒くなってきそうな事をわざわざ言わせないで欲しい。出来るだけ真面目ぶって言うと、相棒は苦笑した。

「じゃあ俺も……ギグの相棒だから、嫌じゃなかったのかな」

苦笑とは言え、さっきの泣きそうな顔に比べたらずっとマシな顔だ。でも、そんな風に、嫌じゃない理由を探さなくてもいいのに。拒絶されないなら、理由なんてどうだって良かった。

「……さあな、そうなんじゃねェの」

そう、そっけなく答えると、相棒は笑みを深くして、俺に体を摺り寄せて目を閉じた。今が何時かはわからないが、あれこれしているうちに疲れてしまったのかも知れない。正直言って、オレの方は興奮しきって治まりがきかないのだけれど、眠そうな相棒に続きを強請ることも出来ない。それに、折角オレに体を預けてくれたのだから、このまま相棒を抱きしめて眠るのが一番良いだろう。

少し汗ばんだ肌の暖かさを味わいながら、相棒の赤い髪を撫でていると、相棒からすうすうと規則的な呼吸音が聞こえてきた。やっぱり、眠かったのか。

裸で抱き合っていて、さっきまで随分と刺激的なことをしていたのに、一人でさっさと寝ちまうなんて、本当に相棒は酷なことをする。生殺しにも程があるだろ。それでも、今までのように手を繋いで寝るだけの、ほとんど触れ合うことのない夜に比べたら、ずっと良い。

明日はもっと、先に進めるだろうか。相棒にもっと触りたい。オレに触られていないところがなくなるまで、頭のてっぺんから爪先まで、余すところ無く全てに。そして、早く、一つになってしまいたい。

腕の中で眠る相棒は、オレが何を考えているのか全然わかって無いんだろうな。それはそれで可愛いが、色々と心配になる。そんな無防備でいて、誰かに騙されたらどうすんだよ。あの変態料理人とかによ。ふに、と頬を摘んでやると、相棒は眉を顰めて身じろぎした。それでも起きないあたり、慣れないことをして余程疲れたんだろうな。

オレも寝てしまおうかと思ったが、ランプの灯りが邪魔だった。でも、灯りを消すために、相棒を抱きしめる大切な作業を止める訳にもいかない。仕方ない。ランプの灯りが消えるまで、こうして相棒の綺麗な赤い髪を見つめているのも悪くないか。もしかしたら、ふっと目を覚まして、続きが出来るかも知れない。

――ギグがしたいことは、俺のしたいことだよ。

相棒はそう言っていた。だったら、相棒も望んでくれるはずだ。そうだろ? 気が長い方では無いけれど、それでも、相棒がついて来られるようなペースで進もうと努力してるつもりだ。だから相棒も、きっと一緒に歩いてくれるはずだ。

オレは、出来る限りこの暖かさを味わえるように、起こさないようにそっと、相棒の体を抱き寄せた。人間らしい、健康的な汗の匂いがする。……駄目だ。相棒らしい匂いを嗅いでいると、また興奮しそうになっていけない。しばらく眠れそうにないのに、こうも煽られるばかりでは、こちらの神経が保たないんじゃないか。

……とはいえ、相棒に嫌われる訳にもいかないので、オレはそれからランプの灯りが消えるまでの二時間と少しの間、ずっと悶々としたまま時を過ごした。部屋が暗闇に包まれて、ようやく眠れるかと思った瞬間、相棒が目を覚ましやがった時のオレの心境ときたら。しかも、なんだか眠れないしお腹も空いた、リタリーから貰ったお菓子でも食べようよ、だあ? お前今までのオレの我慢は何だったんだよふざけんな。

そんな訳で、開き直って暗がりの中で延々と相棒の体中を甘噛してやったのだが、朝になって飯を用意されない程怒られる事だろうか。解せねェ。がっつき過ぎたのかオレは。加減がわからん。

そんな調子じゃあ、思っていた以上に進展は遅く、一ヶ月経っても状況はそれ程変わっていない。久しぶりに会った変態料理人は、むくれたオレと、いつも通り過ぎる顔の相棒を交互に見て、まだやってないんですかと爆笑した。そのうち殺す。てめェが死ぬまでには決着つけてやると言うと、どれだけ気長なんですかとまた笑われた。

でもまあ、少しずつでも進んでいるだけ、前よりはずっと良い。毎日少しずつでも、見たことのない相棒の姿が見られるんだから、それだけでも十分嬉しかった。

オレと相棒には限りない時間がある。それでも時間は過ぎていく。それがなんだか不安で、焦ってしまうのかも知れない。でも、そんなゴミむしらしい焦りなんて、もうオレたちは感じる必要はない。まあ、嫌がらせを兼ねて、あの変態料理人にオレと相棒の仲を見せつけたい気持ちはあるがな。

今日も相棒は農業に精を出している。水やりと収穫を終えたら一緒に飯を喰い、夜になったら一緒に風呂に入って、ベッドに入ったら体を触り合って眠るのだろう。退屈しない日々がこれからずっと、きっと永遠に続くなんて、オレはなんて幸せなんだろう。

「おい相棒、たまには手伝ってやるよ」

「良いの? じゃあ、そっちのホタポタの収穫お願いね。熟れたやつしか取っちゃダメだよ」

「わかってるよ」

そう言えば、相棒が植えたこいつ、もうオレ達の背丈を追い越して、ちゃんと実を付けるようになってたんだな。

木の下に置かれた籠を手に取ってふわりと空を飛ぶ。綺麗な黄色に色づいたホタポタを一つもぎ取って、籠に入れた。甘い香りが漂って、つまみ食いしたい気持ちになったが、我慢しておく。すぐバレちまうからな。

夏の風がぬるく頬を撫でる。もうすぐ昼だ。ようやく一日の折り返し。もう二、三個ホタポタを収穫したら、相棒の隣へ急降下して驚かせてやろう。

少しずつ過ぎていく時間を噛みしめるように、オレは時折相棒の働く姿を目で追いながら、ホタポタの実に手をかけていった。

終わり

wrote:2016-04-06