静かな団欒

引き取った男の子は、無口で何を考えているかわからない、良く言えば落ち着いた子だった。お世辞にも目付きは良くないし、子供らしい無邪気さが無い。一緒に暮らすようになって三ヶ月程経つけれど、殆ど打ち解けた感じがしなかった。全くと言って良いほど会話も盛り上がらないし、一緒に遊ぶでもなく、本を呼んだり一人でふらりと遊びに出る方が好きらしい。

そんな状態だから、ただいま、と言うと、かろうじて、おかえりなさい、と返してくれるようにはなったのは、大きな進歩だと思う……思っていたのだけれど。

片付けをするリタリーを置いて家に戻り、玄関のドアを開けて、ただいま、と言っても、その日は返事がなかった。どうしたんだろう。何かあったのだろうか。電気もついておらず、家中真っ暗で、もしかして家出、という悪い予感に肝を冷やしながら、俺は玄関、廊下、居間――と、電気を点けて回った。

と、灯りで照らされた居間の中、ソファに横になって、本を枕にして眠っているロドが目に入った。なんだ、寝ちゃってたのか。起こしてしまうのも可哀想だ。俺はそのまま、物音を立てないように居間を出て、洗面所からバスタオルを一枚持って来ると、そっとその細い体にかけてやった。

引き取っておいて、こうして夜遅くまで帰らない親代わりの二人を見て、この子は何を思うんだろう。やっぱり、寂しいんだろうか。……寂しい、よなあ。

「……ごめんね」

規則正しい寝息に向けてそう呟いて、俺は居間を出た。ロドはきっとお腹を空かせている。リタリーが帰ってくるまでに、下ごしらえを済ませておかないと。

俺が帰宅してから三十分。ロドも目を覚まして、二人揃って帰ってきたリタリーを出迎える。リタリーはいつも通り、いそいそと夕飯の支度を始めた。

食堂の手伝いをしている割に、俺の料理の腕はお世辞にも良いとは言えない。食材を切ってどうにか味噌汁を作ってリタリーの帰りを待ち、ロドと並んで、夕飯が出来上がるのを待つのがいつもの流れだった。

無口ではあるし、何を考えているかわからないとは言ったものの、食事の時だけは別だった。子供らしく、食べるのは大好きらしい。まあ、それは俺も同じなんだけど。

二人並んでテーブルにつき、だんだんと台所に充満していく良い匂いにわくわくして、出来上がった料理をつまみ食いしようとして、二人揃ってリタリーに怒られる。ロドと顔を見合わせて、気まずそうに笑うのも、いつものことになっていた。

炊きたてのご飯、温かい味噌汁と焼きたての魚、自家製ドレッシングがかけられた色鮮やかなサラダが並べられて、三人揃ってテーブルにつく。

「いただきます」

挨拶をするやいなや、ロドは行儀よく、しかし勢い良く食べ始める。好き嫌いのないらしいロドは、何を出されても、美味しそうにたくさん食べるのだった。

「おかわり」

ロドと同じタイミングでお茶碗をリタリーに差し出して、ころころと笑われるのも恒例になっている。リタリーはいつもロドのご飯を先に盛るのだけど、俺のおかわりがよそわれるまで、ロドは律儀に待ってくれていた。

必要最低限の会話しか無いのだけれど、こういう静かな団欒で、少しずつ打ち解けていっている気がして嬉しくなる。もう少しこの子が大きくなったら、後片付けを一緒にしたり、夕飯の支度を手分けしてやったり、そういうことが出来るようになるんだろうか。

そう遠くない未来を想像しながら、俺は美味しそうに白米を頬張るロドの横顔を見て、思わずニヤけてしまった。

「何笑ってるんですか」

「いや……リタリーのご飯は美味しいなあ、って思って。ね?」

怪訝な目で見られてしまい、思わずロドに話を振る。ロドは複雑そうな顔をして、それでも、小さく頷いてくれた。それを見て、リタリーは苦笑する。

「褒めてくれるのは嬉しいですが、ちゃんとよく噛んで食べてください。ロドを見習って」

「えっ」

もしかして、ロドをリタリーと育ててると思ってるのは俺だけで、リタリーからしたら子供を二人養ってるようなもので、ロドも俺のことを父親というより年の離れた兄くらいにしか思ってないのかも。ああ、ロドも笑いを堪えてるし!

皆で笑いながらご飯を食べるって、凄く嬉しいはずなのに……複雑だ。でも、こうして少しずつ家族らしくなれたら良いな。物凄くちゃんとよく噛んで食べているロドを横目で見ながら、俺も白米を口に運んだ。

終わり

wrote:2016-05-05