夫婦ごっこ

一週間ぶりに遠出の仕事から戻ってきたロドは、屋敷に帰ってくるなり疲れたと言って、報告もそこそこに自室に篭ってしまった。それが昼過ぎのことだから、もうそろそろ起きてきて食事をしても良いのだが。ロドはまだ寝ているらしく、隣の部屋は驚くほど静かだった。扉の開閉の音くらいはするはずだし、まだ部屋の中にいるのは間違いない。珍しいとは思いつつ、疲れているのを無理に起こすのも躊躇われて、山と積まれた書類を処理する作業をもう三時間も続けている。昼過ぎには晴れていたのに、いつの間にか降りだした雨が窓を叩いて煩いくらいになっていた。執事や手伝いに来ている者たちにも、雨が酷くなりそうだからと、随分前に帰らせている。

家のためだけにヒトを雇えるようになったのは、ここ数年くらいの事だ。ロドとジンバルトと私でどうにか家を立て直し、この街の商業組織を牛耳るようになって随分経つが、自分たちのために金を使えるようになるまでは、もう少し時間が必要だった。家の事をする者が必要だということは認識していた。三人共、家の事が出来る程暇がある訳でも無いし、何よりそれ程手際良くあれこれ出来るかと言われると……何も言えない。料理だけはジンバルトが得意にしているお陰でどうにかなっていたが、誰か一人は屋敷にいなければならない状態を維持するのが、そもそも難しくなっていた。亡くなった両親が懇意にしていた相手の伝手で、信頼できる者たちを何人か雇い、どうにか家の事も回るようになって……きっと、世間的には成功したと言って良い生活を送れるようになった。よっぽどの事が無ければ、それはずっと続くのだろう。いや、続けていかなければいけない。

家の事だけじゃない。この街の事も背負わされて、重圧を感じない訳が無い。それでもやっていけるのは、唯一の肉親であるジンバルトと、大切な恋人であるロドがいてくれるからだ。彼らがいなくなって一人ぼっちになってしまっていたら、自分はここまでやれていたのか怪しいものだ。両親を亡くした時、もし二人も巻き込まれて死んでしまっていたら。きっと、私は後を追って――いや、やめよう。こんな不吉な想像なんて。

大切にしたい者達、守らなければならないもの、そんなものが沢山あれば、自分の時間を取るのも正直言って難しい。私とジンバルトは書類仕事が主だが、ロドが粗方外に出て働いていて、夜にならなければじっくりと顔を合わせることもない。もちろん、私が遠出をする必要がある時は率先してついてきては来るのだが、一緒に過ごす時間は残念ながら物凄く少なくなっている。出会ったばかりの頃は何も考えず、一緒に遊び呆けていたものだけれど。まあ、いつまでも子供のままではいられない。それは仕方のないことだ。

ふう、と一息ついて、すっかり冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。今日はこの辺にして、いい加減ロドを起こして食事にしようか。いや、久しぶりに一杯やって労ってやるのも良い。そんなことを考えながら椅子から立ち上がり、部屋の扉の方を見ると、そこには。

「……驚かせないでくれないか」

「へへ、久しぶりだから……ちょっとな」

何がちょっとな、だ。用心棒やスパイ活動もしてくれているロドは、気配を消すのもお手の物……とは言え、日常生活でまでその能力を活用しなくても良いのに。呆れ半分驚き半分で固まっている私に、ロドは背中から酒瓶とグラスを取り出して、ニヤリと笑った。ああ、そういうことか。考えることは同じという訳だな。

「土産物か?」

見慣れない瓶のラベルだ。少なくともうちで取り扱ったことは無い。

「ああ、南で採れる珍しい果物で作ったワインだとよ」

美味いかはわからんが、と言って、ロドは私の部屋の応接用のソファに腰を下ろすと、テーブルに瓶とグラスを置いた。ロドの向かいに腰を下ろすと、ロドはポケットからコルク抜きを取り出し、私に投げて寄越した。無言で投げないで欲しい。

「開けてくれよ、俺うまくねェからな」

「……仕方ないな」

コルクを抜いて、中身を二つのグラスに注ぐ。普通のワインとは確かに色が違う。桃色の液体は、ロゼとも違う優しい色合いで、香りもかなり甘い。

「わりィな、こいつはハズレだったか」

「まあ良いさ。度数も低そうだし、もう一本開ければ良い」

グラスの三分の二程注いで瓶を置く。お互い甘口は好みではないが、たまには良いだろう。どうせ摘むものも取って来なければいけないしな。

「じゃあ、お疲れ様」

「おう、お疲れ」

二人でグラスを掲げて、一口飲む。ああ、甘い。これはワインというより果実酒に近い代物だ。

「こいつは……悪かったな」

「いや、まあ……そういうこともあるさ」

「だな」

ロドは自分のグラスの中身を一息で飲み干すと、私にグラスを寄越すようにと手を差し出した。責任取って飲んでやる、という事だろう。ロドにグラスを渡すと、ぐい、と一気に、薄桃色の液体が喉の奥へ消えた。そんなに飲んで大丈夫だろうか。まあ、度数は低そうだし、ロドも弱くは無いから、大した事にはならないだろう。

「別の、取りに行こうぜ」

「ああ」

グラスをテーブルに置くと、ロドはソファから立ち上がった。ロドに続いて私も腰を上げる。やはり、互いの趣味に合うもので口直しをしたい。なんといっても一週間ぶりに会ったのだから。

上等なレストランのそれには及ばないものの、親の趣味で作られたうちの酒蔵には、それなりのものが保管されている。程よく冷えた地下室。確か、最近仕入れて美味かったワインを何本かうちでも買ったはずだが……いや、ワインよりももっと強いものの方が良いか。

「なあロド、何が良い」

壁のランプに火を点けて、棚を物色しながら尋ねる。あまり参考になる回答が返ってくるとは思っていないが。

「あァ? 甘くない奴なら、飲めりゃあなんでも良いぜ」

「そうだな……ウイスキーにするか」

「おう」

前に一緒に飲んで酷く泥酔した時のと同じ酒が一本、手付かずのまま残っている。こいつにするか。今回は潰れないようにしないとな。

――となれば別のグラスもいる。ウイスキーの瓶をロドに渡し、先に戻るように伝え、私は台所へ向かった。

ジンバルトがいれば何かしら凝ったものを作ってくれそうなものだが、今日は生憎不在にしている。思えば、屋敷に二人きりというのも久しぶりだ。まあ、明日までの仕事は特にない。作らなければならない書類も、ついさっき片付け終わってしまった。たまには多少酔っても構わないだろう。……一瓶で足りるだろうか。ここのところ、私もろくに飲まずに仕事漬けになっていたし、久しぶりに飲みたい気分だ。

部屋に戻ると、ロドが本棚を冷やかしながら待っていた。グラスとつまみが載った盆をテーブルに置くと、ロドは読んでいた本を元に戻し、私の前に腰を下ろした。瓶を開けて中身をグラスに注ぐ。きついアルコール臭と、燻したような香ばしい匂い。微かに爽やかな果実の香りがする。

「ああ、あの時のか、これ」

「今度は潰れないでくれよ」

「そっちもだろ」

あの時は本当に酷かった。二人して記憶を無くして、起きたらぐちゃぐちゃになったベッドの上で裸で寝こけていて、起こしに来たジンバルトに――いや、やめよう。思い出したくない。起きた時も最低だったが、その後も酷かった。二日酔いで二人揃って頭痛と吐き気で一日を潰してしまったっけ。

……そんなことがあっても酒飲みというのは馬鹿なもので、酒は悪く無い、下手な飲み方をした自分たちが悪いのだと言って、同じ酒をまた飲むのだ。

改めて琥珀色の液体が入ったグラスを掲げて、口に運ぶ。ちびりと舐めるだけで、香りが鼻を抜ける。飲み下すと、喉が焼けるように熱くなった。この芳しい香りの豊かなこと。いくらでもいけると思ってしまうのが、良くない。蕩けそうな心地で、持ってきたナッツを一つ手に取った。まあ定番と言えば定番の乾き物。ナッツとドライフルーツ、それに干し肉を皿に載せて持ってきている。

「駄目だな、こいつは……」

ロドはさっきとは打って変わって、美味くてたまらない、と言った表情をした。自分も似たような顔をしているのだろうと思いつつ、一言言う。

「……この前みたいなのは御免だぞ」

「わかってるって」

どこがだ。そうやって一気に飲むから回るんだぞ、と、すでに注いだ分の半分程になっているロドのグラスを見ながら言おうとして、やめた。帰ってきて随分寝ていたとは言え、目の前にいるのは疲れて帰ってきた恋人だ。無粋な小言は封印しよう。

それからは、グラスを空けながら仕事の話をした。取引に来た要人を故郷まで送り届けたついでに、あれこれ目ぼしい商品をいくつか見繕って来たそうだ。倉庫にぶち込んだから明日にでも見てみろと言われたものの、この勢いで飲んでいたら、明日は仕事にならない気がする。

こちらはこちらで、ロドがいない間の出来事を話した。大した問題は起きなかったが、希少な織物の注文が入り、ジンバルトがあちこち駆けずり回っている。おかげでしばらくあいつはいない、と言うと、ロドは曖昧に笑った。邪魔者がいなくなった、という顔。弟分だというのに、ロドにとっては私の親類というだけで嫉妬の対象になるらしい。あからさまに仲が悪い訳ではないので黙認しているが。まあ、好かれてるのは気分が悪い話ではない。ジンバルトには悪いけれど。

そう言えば、と、私宛にいくつか見合話が舞い込んだ話を思い出す。冗談混じりにそれを報告すると、ロドはあからさまに不機嫌になった。

「……アンタもいい歳だからな。そりゃあその手の話はいくらでもあるだろうよ」

お互い妻がいておかしくない歳だし、ましてや商業組織の代表だの、その側近だのなんて地位のあることをしていれば、言い寄ってくる女はいくらでもいるだろう。そうぶつぶつと漏らすロドは、いかにも不貞腐れた様子だった。

「嫉妬してるのか?」

「……当たり前だろ」

ロドはグラスに残った酒をぐい、と煽って、煙草に火を点けた。当て付けとばかりに私に煙を吹き付けて、がりがりとナッツを噛む。苦笑して、私も煙草に火を点けた。

「ロドにも来ているんだがね、どうする?」

「……聞くまでもねェだろうが」

「そう言うと思って断っておいたよ」

「……ふん」

ロドが嫉妬深いのは見ての通りだが、私も大概だった。ロドに舞い込む見合話をいくつ握りつぶしたか、もう覚えていない。やんわりと断る事もあれば、完全に無視することもある。初めのうちは、ロドに見合った相手なら考えなくもないと思っていたのだが、今では完全に、どんな相手だろうと断ることにしていた。

「……俺はともかく、アンタはこのままで良いのかよ」

「何がだ」

「結婚とか、そういうの、しなくて良いのかってことだよ」

周りの目もあるだろ、アンタはここの代表だしな。そう言って、ロドは空のグラスに酒を注いだ。酔いも手伝ったのか、勢い良く注がれたそれはグラスの半分程もある。

「……ロドがいるのに、そんなこと出来る訳ないだろ」

「そいつはどういう意味だよ」

ロドは身を乗り出して私を睨みつけた。ああ、なるほど。悪い意味に捉えてしまったのか。自分がいるせいで、女を相手にさせてもらえない、と。どうしてこういう時だけ、悪い方に受け取るんだかな。

「そのままの意味さ。私は見た目通り、一途なものでね」

「……そうかい。なら良い」

ロドは満足気に笑って、グラスを口に運んだ。君がいればそれで十分だと、他に手を出す気にさえならないくらい好きだと、何度言ったら満足するんだ、この男は。この問答も何度目なんだかわからないぞ。

それからは、安心したのかなんなのか、ロドは実に嬉しそうに酒を飲み、煙草を吸った。ゆっくりと味わうように。これなら、この前のように潰れることも無さそうだ。酔いに任せて、向かいの席から私の隣へと移動して、私に半ば体を預けるような体勢になっていて落ち着かないことを除けば、私も楽しい気分で飲めている。会話は少ないものの、遠くで聞こえる雨音が優しく耳に響いて心地良い。いつの間にか雨は随分と弱まってきたようだ。

しばらくの間、雨音を聞きながら酒と煙草を味わっていたが、ロドは何か思いついたように、まだ酒が入ったままのグラスをテーブルに置くと、覚束ない手つきでマッチを擦った。火が点いたばかりの煙草の煙が白く揺らぐ。煙草を持っている手とは逆の手は、いつの間にか私の太腿の上へ置かれていた。甘えたい気分なのかと、私もグラスをテーブルに置いて、ロドの肩を抱き寄せる。寄っかかっていたロドは、これ幸いとばかりに、まるで猫か何かのように私の体に擦りついて来た。その仕草が可愛らしくて、思わず頭を撫でてやる。するとロドは本当に猫になったように私にじゃれついてきた。ソファの上で煙草の灰を落とさないように、よくもまあそこまで暴れられるものだと感心する。私をソファの上に押し倒して、髭に頬ずりしたり、首元に軽く唇を落としてみたり。それが性的な色合いを帯びてくるまで、大した時間はかからなかった。それに抵抗しないあたり、私も期待していたらしい。当たり前だ。私だって、見た目はともかくまだ若い。

ロドは手にしていた煙草の灰を灰皿に落とすと、最後に一息、深く吸って揉み消した。空いた両手で、ごそごそと私の服を脱がしにかかる。シャツのボタンを外され、顕になった胸元へ落とされる唇。酒臭い唾液で濡れたそれで、音を立てて何度も啄むように愛でられると、早くこちらも触ってやりたいと思う。しかし、久しぶりに甘えたいというなら、それも良いだろう。私はロドの頭を撫でてやりながら、されるがままにしておいた。普段責められることは無いからか、快感があるかというと返答に困る感覚ではある。それでも夢中になるロドが珍しいし、そうさせてやるのも良いと思った。のだが。

「……ッ、おい、いい加減にしないか」

乳首を吸われて噛まれて、むず痒いような、なんとも言えない感触が走る。思わず頭を掴んで上げさせると、ロドは悪戯が成功した子供のように笑った。

「良いだろ、たまには。いつもここばっかりされてるから、お返しだよ」

「こら、んっ……や、やめてくれよ」

舌と歯と指先でこりこりと弄られて、声が上ずりそうになるのを必死になって堪える。ああもう、やめて欲しい。こんなこと。焦っている私の様子がおかしいのか、ロドは調子に乗って口と手を動かしている。ああもう、変な気分とは言っても、そうされているとどう我慢していても固くなるものは固くなるもので……駄目だ、これに気付かれたら余計に調子づけるだけだというのに。

「はは……なんだよ、ちゃんと感じてンじゃねェか」

「……うるさい」

ベルトを外して、スラックスを下着ごとずり下ろすと、ロドは飛び出てきたそれを嬉しそうに口に含んだ。さっきみたいに慣れない刺激を与えられるよりは、こちらの方が断然楽なのだが……全く、こちらの言い分は聞かずに、やりたい放題やってくれるものだ。やり返してやりたいが、この体勢だと碌な反撃も出来ない。

せめて、と、ゆっくりと上半身を起こし、私の陰茎を頬張るロドの耳をつう、と弄ってやる。耳はそれほど感じない……というのはロドの言だが、実際はそんなことはない。左耳をそっと指の先で撫でて、付け根の辺りをなぞる。今度は怪我をして千切れた右耳へ手を伸ばす。傷口はとっくの昔に塞がっているけれど、左耳と比べて違和感が残るらしい。先端を失った部分に、優しく、割れたガラスに触るようにゆっくりと指を滑らせた。我慢しているつもりだろうが、微かにびくびくと肩を震わせて、舌がぎこちなく動いて歯が当たって……とくればすぐわかる。ただでさえあまりうまくないはずの口淫をしてくれているのがいじらしいし嬉しいから、止める程激しく攻めてやる気は無いが、こうしてわかりやすく反応してくれると、もっと意地悪してやりたくなる。

しばらく耳を触っていると、顎が疲れたらしいロドが口を離す頃には、すっかり出来上がった蕩けた顔になっていた。どっちが奉仕されていたのか、わかったもんじゃないな。

「ほら、ベッドに行くぞ。私にももっと触らせてくれ」

「ん……」

もしかしたら、今頃になって酒が回ってきたのかも知れない。ロドはふらふらと立ち上がって、服を脱ぎながらベッドの側まで歩くと、そのままどさりと倒れこんだ。その衝撃で布団の羽毛がはらはらと舞う。全く、このまま抱いても大丈夫なんだろうか。水でも飲ませた方が良い気がしてきた。

やれやれとソファから立ち上がる。こちらもロドに脱がされかけた服を脱ぎ、半端に外されたベルトとジッパーを整えながらベッドへ向かう。そのうち、天井を見上げたまま、ロドがぽつぽつと話し始めた。酔っぱらいらしくたどたどしいが、聞き逃さないように私もベッドの縁に腰を下ろしてロドの言葉を待った。

「実はな……アンタに来た見合話……俺も、今まで勝手に断ってた。今回見送りに着いて行った奴も、自分の娘はどうかって言ってたが……」

「どうやって断ったんだ?」

どうにも可愛らしいことを言い出しそうで、頭を撫でて尋ねると、ロドはごろんとこちらを向いて横になった。

「クラスター様には心に決めた相手がいるらしい、ってな……自惚れじゃなくて良かった」

「ロド……」

いつもはこんなに素直じゃない癖に、そんな可愛らしいことを言うのは反則だ。ただでさえ、とろんとした目で、上気した顔で、一週間ぶりに会うことを差し引いても、情欲を煽られる顔をしているというのに。本当にこの男は……。

「んだよ、惚れ直したか?」

余程ニヤけた顔をしてしまっていたのだろう、ロドが得意げに言う。惚れ直した、というか、なんというか。まあ、ロドがそう言うならそうだということにしても良い。

「そうだな……そう受け取ってもらってかまわんよ」

私がそう言うと、ロドは嬉しそうに私の手を取った。それを自分の唇へ持っていくと、軽いキスを落とす。そうか、待ちきれない、ってことで良いんだろうな。だったらキスをするならそこじゃない。こっちだろ。私は身を屈めて、ロドの薄い唇に自分のそれを重ねた。

半分意識の無い、蕩けたロドの体を触る機会と言うのはそれ程多く無い。酒のせいで熱くなったロドの体は、どこもかしこも感じやすくなっていて、抱きがいがあった。こちらが服を脱ぐ暇もなく、早く触るように促しておきながら、ロドは熱いからと言ってさっさと脱いでしまっている。

上半身に施された刺青をなぞって、あちこちに吸い付いて跡を付けてやるだけで、ロドの口からは高い声が上がる。まるで女みたいだな。そう言うと、女にされても良いとロドが返した。もしそうだとしたら、きっと誰にも遠慮することなく伴侶にしていたのに。種族の違いなんてどうでも良いから子供を産ませて、危険な目に合わせたりしないように、大事に大事に屋敷で暮らしてもらっていただろう。でもそれは、ロドにとっては物足りないんじゃないだろうか。どうだろうな。

「ン……あんまり焦らすなよ」

「そんなに我慢出来ないのか?」

さっきから肝心なところには触れずにいるからか、ロドがもどかしげに強請った。ロドの中心はすでに兆している。私に噛みつくようなキスをして、こちらの勃起したものを布越しに撫でて。仕事中は涼しい顔で飄々としている癖に、こういう時は我儘で、我慢のきかないはしたない姿を晒す。それが可愛らしくて、もっと虐めてやりたくなる。

「早く……後ろに欲しい……ッ」

「……駄目だ、もっと私に触らせてくれ」

「ぅあ、ンッ……なんで……」

もっと焦らした方が、可愛い姿が見られると思うからだ。背骨に指を這わせて、尻を揉んで。その奥の窄まりをわざと避けて、戸渡りをすう、と指でなぞる。触って欲しそうにしている竿には触れずに、張った陰嚢をやわやわと揉む。

「こんなにして……私がいない間、抜いて無かったのか?」

「……聞くなよ、ンなこと」

ロドは赤い顔を更に赤くして目を逸らした。返答を期待していた訳では無いから構わない。私の可愛い親友は、私のことだけを考えて生きているようなものだと、よくわかっている。どうせ私のことを考えながら、自分で後ろを弄って慰めていたに決まっている。この街で過ごしている間、ロドは私と三日に上げずに夜毎抱き合っているのだから、一週間も我慢できる訳が無いのだ。こんなに淫らに誘って来たのは、単純に物足りなかったせいだろう。自分でするだけでは、逆に不満が残ったに違い無い。

「教えて欲しいな……ロドがどんな風に慰めてたのか」

「う、うるせェな……ッ」

後ろから抱きかかえる格好で、ロドの腹の辺りを撫でる。徐々に手を胸へと移動させ、乳首の周りに指を這わせた。乳輪をくるくると焦らすように撫でる。乳首を弄られるのが好きだとわかっていて、わざと触らずにいてやった。代わりに、産毛に覆われた耳を噛んで、舐めて、いじめてやると、ロドは肩を竦めてびくびくと反応した。逃げるなと言っても、殆ど条件反射で逃げてしまうのが可愛い。

「ぅあ、やだ、そこ……ッ」

次いで、触れてもいないのに固くなった乳首をこりこりと摘んで引っ張ってやると、ロドは身を捩って、乳首から白い液体を噴き出した。ロドの胸と、私の指が白く汚れる。

嘘だろう。これはどう見ても。指についた液体をぺろりと舐める。乳臭い甘い匂い。

「おい……なんだ、これ」

「あ、やッ……やだ、何、何だよ、これ……ッ」

胸を、まるで女のそれにするように揉みしだいてやると、乳首を弄ってもいないのに、じわじわと母乳が溢れ出した。こんな事態は初めてで、私はもちろん、ロドも酷く困惑していた。

「どういうことだ、これは」

「し、知るか! そんなこと……ッ」

困惑しつつも、乳を零しながらも上気したままのロドの様子からして、乳を出すことも快感であるらしい。そう見て取った私は、体勢を変えて、ロドの上に覆い被さった。

「んっ……う……」

私はロドの張った乳を揉みながら、もう一度乳首に吸い付く。軽く吸ってやるだけで、口の中を乳が満たしていく。酒を呑んだ後に飲むには若干合わない味ではあったが、そんなことはどうでも良い。ロドはこんな弱い吸い付きでは足りないらしく、甘い声も漏らさずに耐えている。もちろん、この程度で済ませる気は無い。私は今度は乳首を軽く噛んで舌で転がし、強く吸い付いた。

「あっ、あ、駄目だ、やめろ、んんッ……!」

冷たい水を飲むように、ごくごくと喉を鳴らして溢れだす母乳を飲み下す。ロドは背を反らせてびくびくと快感に身を捩っていた。ロドの中心もさっきより固く反り返っている。片方の乳首を弄ってやっていた指を、そこへ滑らせた。がちがちになっているそれを、ゆっくりと扱いてやると、ロドはまるで雌猫か何かのように喘いだ。先端に滲んだ先走りを掬って塗りつけて、軽く爪を立てる。同時にロドの腰ががくがくと震えた。

「や、それ以上したら、マジでイッちまうから……ッ」

「かまわないよ、イッても」

乳首から口を離してそう告げて、すぐにもう片方の乳へと唇を寄せる。下の方を弄る手は止めてやらない。さっきよりも勢い良く溢れてくる乳を吸いながら、強く扱いてやると、ロドは掠れた声を上げて果てた。手をどろりとした液体が汚す。久しぶりだからか、飲んでいたからか、いつもよりずっと早い絶頂だった。それはそれで好ましく思え、指についた白濁をべろりと舐めとる。胸から出るものと同じ色なのに、こちらは随分と青臭く、苦い。口直しとばかりに胸にもう一度吸い付いた。

「……も、そこ、いい加減に、しろよ……ッ」

というか、もっと不審がれよ、とロドがぼやいた。確かにここから乳が出るなんて不可思議なことだけれど、さっきまでのやりとりを思い出すと、まるでロドが、私への嫉妬にかられて雌になってしまいたくなったからこうなったように思えるのだった。それだけで乳が出るなんて、たしかに異常なのだけれど。酔っ払った頭では、何か悪い病気なのではないかなんて、暗いことを考えられるようなまともな思考は出来ない。私は返事代わりにロドの乳首をもう一度くにくにと摘んで弄んでやる。

「くっ……本当に、もう、やめっ……ああッ」

ただでさえ普段から弄ってやっているのだ。乳が出るなら尚更感じるだろう。少し歯を立ててやると、ロドから高い声が上がった。口から溢れる程吹き出す母乳に驚きつつ、どうにか飲み下す。ロドは快感から逃げようとしているのか、身を捩った。気持ち良さそうに見えるが、慣れない快感に困惑しているからか、そうそう素直に受け入れられないらしい。

甘露ではあるが、いかんせん際限なく溢れ出てくるのだ、さっきから飲み続けるのも辛くなってきた。そっと唇を赤く熟れた乳首から離すと、ロドは一度達しただけでは足りないのか、大きく足を開いて私を誘った。乳が出ること自体の不可解さを考えることを、ロドも諦めてしまったらしい。

「……足りねェよ、そんなんじゃ……早く、アンタのを入れてくれよ」

吐き出した精液で濡れたままの中心は、さっき射精したばかりだというのにもう固くなりかけている。屹立したものにさえ目を瞑れば、胸から白い乳を零しながら、自分で両足を開いて、私に愛され過ぎて縦に割れた入り口を見せて誘ってくる姿はまるで――。

「本当に雌みたいだぞ、ロド」

「誰、のせいだよ……ッ」

つう、と指で割れ目をなぞると、中からぬるついた液体が溢れ、私の指を誘った。何もしていないのに、こんなに濡れている訳はない。

「いつの間に準備したんだ?」

「んっ……この部屋に来る前……」

「なんだ、呑む前から準備してたのか」

それなのに、焦らすな、なんて、勝手なことを。私に抱かれたいのを我慢して、何食わぬ顔で私と酒を煽っていたとしたら、それはなんとも厭らしい。焦らしていたのはそっちの方じゃないか。たまには、部屋に来るなり抱いてくれと懇願してくれたって良いのに。まあ、お互いにそんな性急な行為を好むような歳ではないが、そんな夜があったって良い。穏やかな日々はかけがえないが、刺激的な夜だって必要だ。今日は、そんなことをしなくても、刺激が強すぎるくらいだけれど。

「ンッ……」

この分なら一気に二本入れても構わないだろう。つぷ、と、右の人差し指と中指を差し込んで、中を拡げる。温かくぬるついたロドの中。いつもより奥が赤く見えるのは気のせいではないだろう、きっと。女のように股を濡らすその姿は、これ以上ないくらいに厭らしい。

「ふ……う、んんッ、あ、くッ……」

くちゅくちゅと中を拡げながら、隙を見て指を三本に増やす。ロドはそれに気付いているのかいないのか、蕩けた顔で腰を揺らしていた。指だけじゃあ物足りないらしい。いつの間にか完全に硬さを取り戻したそれを見れば、どうして欲しいかは一目瞭然だった。

「も、う……良いだろ……ッ、早く……!」

きっと指で慣らすのも焦れったかったのだろう、ロドがきつい目で私を睨み、腕を掴んで促した。これ以上焦らしたら噛みつかれそうな目だ。私はスラックスのジッパーを下ろして、下着の中で窮屈そうにしていた自身を取り出すと、濡れそぼったロドの入り口へと宛てがった。こちらだって、準備する必要なんてないくらいに固くしているのだから、ヒトの事は言えない。

「はぁ……ッ、あ、なん、で……ッ」

一気に貫いてやりたかったが、ここまで焦らしてやったんだから徹底してやろうと、ごくごくゆっくりと、只管時間をかけてロドの中へ押し入った。ロドの両足を掴んで、更に大きく足を開かせ、飲み込んでいくところを見てやった。平均以上の大きさはあるつもりだが、それがロドの中にこうも容易く入っていくというのが、改めて見るととんでもないことのように思えた。このプライドの高い男が自分から望んでこんな行為に没頭して、私と淫蕩に耽っていることも。

私の形を覚えてすぐに拡がる厭らしい穴。薬で蕩けてぬめった中の感触、柔らかい肉が吸い付いてくる心地良い圧迫感、そして、妙に上がった体温。弱いところを先端が掠める間、あえて更にゆっくりと腰を進めてやると、ロドの甘い声が上がると同時に腹が波打った。軽く達したらしい。ロドの中心から、一雫、白濁したものが溢れているのが見えた。

「あ、あ……とっとと、入れろ、って……言ってん、だろ……ッ」

入れられただけで情けなく達してしまうのが嫌なのかも知れない。仕方ない。気を遣られてしまっても困る。お望み通り、そのまま奥までずるりと押し込んだ。ロドは気持ち良さそうに甘い息を吐き、自分の中に入ってきたものの感触を楽しんでいるようだった。ロドの体を抱きしめてこれ以上ないくらいに密着して、その甘い口を塞ぐ。ロドは牛乳が嫌いだったか。今の私の口は乳臭いかも知れないな。でも、自分で出したものなのだから勘弁してもらおう。

酒臭い舌と乳臭い舌が絡んで、それは決して美味しくはないはずなのに、今のロドと舌を絡めるのが興奮して仕方がなかった。それはロドも同じらしく、舌で感じる度にひくひくと中が蠢いて、動いてもいない私のものを刺激した。私が送り込んだ乳臭い唾液を飲み下すロドが愛しくてたまらずに、私は少しずつ腰を動かした。合わせた唇の端から溢れるくぐもった喘ぎ。ロドは私の背に手を回してしがみつき、自分でも私の動きに合わせて腰を振った。

「んッ、ふ、ぅあ、あッ……」

「ロド、ロド……ッ」

繋がった所から響く湿った水音と、肉と肉がぶつかる乾いた音が部屋に響く。どこを突いても擦りあげても、ロドは良い声で鳴いた。こちらも快感を追って、只管ロドの中を抉る。私以上に酒と快感に酔って溶けているロドは、時折高い声を上げて射精していたが、だからと言って気遣う余裕もない。射精するしないに関わらず絶頂する度、ロドの中が私を締め上げた。早く中に出して孕ませろとでも言うように。もちろん、そんなことは有り得ない。どんなに雌のように喘いで乳を出そうが、ロドの体は男そのもので、私との間に子供なんて生まれやしないのだ。いくら私がロドを愛していようが、その体を愛でようが、その事実は変わらない。それでも構わないと互いに誓い合った仲だから、今更そんなことなど気にしていないけれど。

「ク、ラス、ター……も、駄目、だ……ッ、死んじまう……ッ」

あれこれ考えているうちに、ロドが弱々しく私の腕を掴んで、もう無理だと訴え始めた。良くロドの様子を見てやれば、精液で濡れた陰茎はくたりと力を失って、限界らしいことはひと目でわかった。

「すまない、もう、少しだから……」

どろどろの中を、更に勢いを増して突き上げる。それに合わせて、ロドはベッドの上でしか呼ばない私の名前を何度も口にした。照れくさいからと言って、いつもは敬称をつけたり、親友、と呼んだりするロドが、ここでだけ甘えた声で私の名前を呼ぶのがいじらしく、限界はすぐに来た。

ロドのはくはくと呼吸を求める口を塞いで、一滴も溢れ出て来ないように奥に突き入れて私はロドの中へと精を放った。一週間の間、ロドは自身を慰めていたかも知れないが、こちらは一度も抜いていない。ロドの中を私の出したもので一杯にしてやりたい気持ちも相まって、いつも以上に長く、大量に吐精した。

「ん……ッ、おい、出しすぎ……ッ」

「……仕方ないだろ、溜めてたんだから」

射精を終えてロドの中から自身を引き抜きながら釈明する。そんなことを言われても、私にだってどうしようも無い。というか、私は一度しか達してないし、ロドが今日出した全量を足したら同じくらいだろうと思うのだが……。まあ、それは不問にしておいてやろう。引き抜かれたロドのそこは閉じきらずに拡がったまま。それでも、私の出したものを零さずにいるのを見ると、随分と奥に注ぎ込んでしまっていたらしい。このまま零さずに栓をしてやりたいとも思ったが、いかんせん、そんなにすぐには復活しない。

ロドの上にぐったりと体を預けると、触れ合った肌が互いに汗でぐっしょりと濡れていることに気付く。熱い。ぐらんと頭が揺れる。動いたからか、酒が回ってきたかも知れない。ふわふわする覚束ない頭のまま、私はロドの頬に軽く唇を寄せた。そのまま何度も啄むようなキスをする。伸びかけた無精髭が唇に優しくない。ロドはくすぐったいのか、私から逃れようと身動ぎした。

「ん、おい、ちょっと、待てって……んむ」

それでも、私以上に疲れきったロドでは、私の動きを防ぎきれない。逃げるロドの頬をとらえて、唇を塞ぐだけの色気の無いキスをした。至近距離で聞こえるロドの呼吸音。互いの荒い息が徐々に整っていくまで、私は唇を重ねたまま、じっとそうしていた。ロドも途中で私の意図に気付いたのか、されるがままになる。いや、投げ出されていた腕を私のそれに絡めて、手を繋いでくれたのだから、厳密には違うか。

互いの呼吸が整う頃、そっと唇を離すと、ロドは悪戯っぽく笑ったかと思えば、

「……おしまいか?」

と、口を尖らせた。誘われるまま、もう一度口付けると、ロドは満足気に私の頭を撫でた。よく出来ました、って? ロドにされるとなんとも複雑な気分だ。

「ぅおッ、おい!」

「おかえしだよ」

ロドの頭をぐしゃぐしゃに撫で回して、私はロドの上から退いた。不満気な恋人を置いたまま、脱ぎかけたままの服を脱ぐ。半端なままだったから、あちこち皺になっているし、何より汗臭い気がする。互いに脱いだ服を床に散らかしたままだし、これから後始末をすることを考えると……なんとも、億劫だ。

「ん……後片付けなんて良いだろ……このまま寝ようぜ」

「そうは言ってもな……」

ぼちぼちジンバルトが帰って来る予定だ。まさか明日の朝、という最悪のタイミングで帰ってくるということは無いだろうが、万が一ということもある。そして今寝たら、きっと二人共寝坊するのは目に見えていた。となれば……せめて、この散らかった衣服とぐしゃぐしゃのシーツくらいはどうにかしておかなければ、いつぞやの二の舞になりかねない。いや、裸で寝ていれば多少部屋が片付いていたところで関係は無いか……。

「ちょっとだけ待っていてくれ、服だけ片付けるから」

「早くしねェと寝ちまうぞ」

「わかったよ」

怠い体を引きずって、どうにかベッドから降りる。ロドが着ていた服を抱え上げ、とりあえずソファの上に適当に畳んで置いておいた。私の服は……今更寝間着に着替えるでもないだろう、ロドの服の隣に置いておく。シーツと布団もどうにかしたいところだが、ロドが退いてくれそうにもないのを見ると、諦めたほうが良いか。どうせ男二人でくっついて寝ていれば風邪を引くこともないだろう。ランプの灯りを消し、私も大人しくロドの隣へと潜り込んだ。

「寒ィだろ……早くこっち来いって」

「わかったわかった」

寒いだけが理由でなく、単純にこのベッドが成人男性二人を収容するほどの大きさを持たないのもあり、私はロドに体を寄せた。多少汗は引いたとは言え、湿っぽい毛布に包まってという状況は、それ程寝心地が良い訳ではないが、それはそれで構わない。ロドの高い体温は安心する。ロドの下へ腕を差し込んで、こちらへ引き寄せた。脚を絡ませて、セプーらしい産毛の生えた感触を楽しみながら、うとうとしかけているロドの額にキスをする。ロドは眠そうに私にひっついて来た。まるで喉を鳴らす猫か何かだ。このままこの可愛らしい恋人の体温に溶けて眠ってしまいたいが、その前に。

「……そう言えば、胸は大丈夫なのか」

している最中はただ興奮を煽るだけだったが、冷静になると心配になってきた。私に言われて、ようやくロドは思い出したように胸をさすった。痛みや違和感は無いようだし、忘れていたのかも知れない。ロドはしばらく乳首を自分で軽く摘んだりして確かめていたが、そのうち諦めたらしい。腕を私の脇腹に回して抱きついてきた。

「暗いしよくわかんねェな……とりあえずジンバルトが戻ってきたら診てもらうか」

「……それはそれで、複雑な気分だがな」

「ははッ、嫉妬か?」

「そりゃあ、な。弟に恋人の胸を弄られるのは気になるさ」

「クックッ……病気だったらまずいだろ、そこは我慢しろよ」

「わかってるよ」

私も多少かじったとは言え、医術については素人に毛が生えた程度の知識しかない。本職のジンバルトに聞くのが一番だとはわかっているが、それでもなんとなく、落ち着かない。

「で、どうだった? 味の方はよ」

「……まあ、牛乳と変わらないな」

「だろうな、乳臭ェもんなァ」

そう言ってロドはころころと笑った。わかっていて聞いたな。

「あーあ、本当に子供が出来りゃあ良いのによ」

「……本気で言ってるのか」

「おう、そりゃあな」

とびっきりの悪ガキになるだろうな、とロドはぽつぽつと話し出した。男でも女でも、きっと聞き分けのないやんちゃな子供が生まれて、親子喧嘩しまくって、そりゃあ大変だろう、と。アンタの子だからやたらと頭は良くて、ずる賢くって……。そこまで話すと、ロドは突然口をつぐんだ。

「ロド?」

「ん……酔いすぎた。何恥ずかしい事言ってんだかな……」

照れ隠しなのか、ロドは私に背を向けて、それきり黙ってしまった。全く、そんなことを言われたら、困ってしまうだろう。

「馬鹿」

ロドが言ったようなことを、私が考えないはずがあるか。後ろからロドを抱きしめて、うなじに何度か口付けする。それが望めないことなんてとっくの昔にわかっているのだから、妄想くらいしたって良いだろうに。変なところで照れるあたり、真面目なのか何なのか。そんな可愛いことを言われて、その気にならない訳がない。

「ロドが産んでくれるのか? もし出来るとしたら」

「……な、に言ってんだよ、馬鹿」

抱きしめて、と言うのは半分、嘘だな。動けないように、逃げられないように拘束して、私はロドの尻に、勃ちあがりかけたものを擦りつけた。ロドはそれに気付くと、途端に慌て出す。

「おい……待てって、流石に今日はもう……」

「悪いんだが、私はまだ一度しか出してないからな」

「ちょっ、と、待て、おい!」

乾き切らない体液でぬるついたそこは、少し腰を進めるだけで容易に飲み込んでいきそうだった。ロドの制止には耳を貸さずに、私はロドの耳元で囁いた。

「まだいけるだろ……変に恥ずかしがるような妻には、お仕置きしないといけないからな」

「つ、妻って……ぅあ、ば、馬鹿……ッ」

わざと煽るようなことを言って、ロドの中へもう一度突き入れる。濡れそぼったそこは、卑猥な音を立てながら私を受け入れた。不意打ちで入れたせいか、そこはさっきよりきつく感じる。

「ン、おい、なん、で……急にッ……」

「ロドがあんまり可愛いことを言うからだ……私を寝かせないつもりか」

「そんなつもりは……っく、おい、本当に、無理だ、って……」

か細い制止の声を聞く気はない。はじめはゆっくりと、徐々に早く、腰を打ち付けるうち、ロドの口から言葉らしいものは出てこなくなっていった。体勢を変えて、うつ伏せにしたロドの上に乗って後ろから貫くと、ロドは枕に顔を埋めて、艶っぽい吐息を吐く。シーツを握りしめる手に自分のそれを重ねると、震えながら握り返してきた。嫌がってはいないと見て取って、容赦なく腰を振った。全く、この調子じゃあ、本当に朝まで寝かせて貰えそうに無いな。ロドの耳に噛み付きながら、私はもう一度、ロドの一番奥に向けて精液を注ぎ込んだ。

目を覚まして、いの一番に目に飛び込んできたのは愛しい恋人では無かった。眉間に皺を寄せた弟が、部屋のドアを開けて入ってきたところで――目があった瞬間、そのまま扉が閉められた。万が一というのはどうしてこう頻繁に起こるんだ。

ジンバルトへの釈明はともかくとして時計を見る。時刻は昼過ぎをさしていた。まさかここまで寝坊するとは。慌ててベッドからそっと抜け出す。いつの間に眠ったのかも覚えていないし、正直なところ記憶も曖昧だった。体中汗と体液でベタベタするし、とっととシャワーを浴びたいところだが、そのためにはともかく服を着て部屋を出なければならない。察しのいい弟の事、おそらくはそこまで見越して私の部屋と浴室から遠ざかって、食堂にでも引っ込んでいてくれるだろうが……。憂鬱だ。もう、使用人達も屋敷に来てくれている時間じゃないか。彼らにかち合わない保障はない。私室へは入らないように伝えてはいるものの、こんな遅い時間まで私もロドも出てこないとなれば、あれこれ推察されても仕方ない事だ。隠している訳では無いとは言え、あからさま過ぎるのは良くない。朝早くから二人とも出掛けていると思ってくれていると良いのだが。

ロドはと言うと、まだしばらく起きそうに無かった。すうすうと規則正しい寝息が聞こえる。おぼろげな記憶を辿ってみれば、随分と無理をさせたということだけは明確だった。まあ、それ以上に美味しい思いをしたと言えばそうなのだが。ともあれ、昨晩したことを思えば起こしてやる訳にもいかない。私は出来る限り物音を立てないように、忍び足で部屋を出た。

浴室へ向かう途中、互いにあれこれ恥ずかしいことを言いあったことを思い出す。子供がどうのだの、酔っていたとは言えなんということを。家はジンバルトが継げばいい。私はロドと添い遂げるのだと決めているし、ジンバルトも了承した。これ以上の話があるか。それなのに――。ああもう、それもこれもロドが乳を出すからだ。早く起きてジンバルトに診てもらえ。原因をさっさと明らかにして、私を安心させて欲しい。

熱いシャワーを浴びている間も、少しずつはっきりしてきた頭で昨晩のやり取りを思い出してしまっていた。あんなに厭らしいロドなんて初めて見た気がするだとか、乳を吸って馬鹿みたいに興奮してたことだとか。私はなんということを。忘れたい。ロドは忘れてくれているだろうか。いや、無理だろうな。こういうことは覚えている男だ、あれは。

「……おはよ」

「ああ、おはよう」

シャワーから上がると、入れ替わりにロドがやって来た。物音を立てないようにしたつもりだが、寒くて目が覚めたらしい。布団を一枚かけてから出れば良かったか。

「体は大丈夫か」

「ん……頭痛ェ」

「二日酔いだな、それは」

「ああ」

渋い顔をしたまま、ロドは浴室へと消えた。言葉少なだったのは、照れ隠しだろうか。それは流石に自惚れ過ぎか。私としても少しだけ気恥ずかしかったし、それはそれで良かった。

衣服を整え、気が重いまま食堂へ向かう。幸い、そこにはジンバルトしかいなかった。もう昼過ぎだし、まかないを食べる使用人の姿も無い。

「……おかえり、ジンバルト」

「ああ……ただいま」

眉間に皺を寄せたままの弟は、特に追求もせず、淹れたてのコーヒーを私に差し出した。ありがたいが、何も言われないままというのも、それはそれで気まずい。

「いつ戻ったんだ」

ダイニングテーブルについて、コーヒーを啜りながら尋ねる。ジンバルトも自分の分を持って、私の向かいの席へとついた。

「朝一番だ。誰もいないから、一度兄貴の部屋を覗いて……その、寝ていたようだったから」

「す、すまない」

私を起こしたあれは、今日二度目の訪問だった訳だ。恥ずかしがるのは今更だったか。しかし、改めて弟にそう言われるとなかなか辛いものがある。コーヒーが妙に苦く感じた。

「使用人には二人共出掛けていると言ってある」

「……気が利く弟でありがたいよ」

「……まあ、程々にしてくれよ」

「ああ」

弟を働かせておいて、自分は悠々と恋人と昼まで寝ているというのはどういう了見だ、という責めが含まれている気がしないでも無いが、気にしないことにする。一応、こちらはこちらでここ一週間働き詰めだったのだから、働きぶりという点で責められる謂れは無い……はずだ。

しかし、面と向かって否定する訳でも無いあたり、本当に出来た弟だ。兄貴が男と関係しているというだけでも十分おかしいのに、気を遣って、ほんの少し呆れるだけで認めてくれているのだから。年もかなり離れているのに、ジンバルトは随分と大人に見える。

「仕事の方はどうだった」

「……どうにか都合がついたよ。買い付けた商品は倉庫に入れてある」

「そうか、良かった。後で見ておくよ。ジンバルトはしばらく休むと良い」

「そうさせてもらうよ」

そしてまた沈黙。互いに熱いコーヒーを啜りながら、何を話すでもなく時間を過ごすのは辛いものがある。そのうちロドがシャワーから上がって戻ってくるだろうが……。

「あ」

「?」

言うべきか、ここで。早いうちが良い気がするが、いやしかし……本人抜きで相談するのもどうなんだ。しかもしばらく休むように言った矢先に。ジンバルトは素っ頓狂な声を上げた私を心配そうに見つめている。どうしたものか。

その時、私の背後からドアが開く音が響いた。

「お、ジンバルトじゃねェか。帰ってたのか」

「……随分遅い目覚めだな」

「それはてめェの兄貴にも言ってやれよ」

救いの手にしては信用に足らないにも程があるが、ロドがやって来たのはありがたい。ロドは素知らぬ顔で私の隣の席へと腰を下ろすと、俺にもコーヒー頼むわ、とにべもなくジンバルトに言った。ジンバルトはほんの少し眉を顰め、調理場へと消えた。

「……お前、胸はどうなったんだ」

ジンバルトに聞こえないよう、小声でロドに尋ねる。

「ああ? ああ……すっかり忘れてたぜ。もう出ねェんじゃねえか?」

「そんないい加減な……」

「いや、マジだって……ほれ、揉んでも出ねェだろ」

「こんなところで揉むな」

確かに揉んでも服に滲んだりしていないようだが……それでも心配は心配だ。明るいうちからする話題でも無いが、ちゃんと確かめておいて欲しい。そう言うと、ロドは面倒くさそうに、しょうがねェな、とぼやいた。

ジンバルトがコーヒーを持って戻ってくると、ロドはそれをちびちびと啜った。意外と猫舌なのだ、こいつは。コーヒーが冷めるまで、ロドはジンバルトと適当な仕事の話をしていた。寝室で一緒に寝ていたところを見られたことを知らないというのは、幸せなことだ。羨ましい。

少しずつ飲んでいたコーヒーが、ようやく半分ほどに減った頃、ロドは唐突にジンバルトに尋ねた。

「変なこと聞くんだが、男でも乳が出ることってあんのか?」

「は?」

聞き方を考えろ。コーヒーを噴き出しそうになるのをやっとのことで堪える。ジンバルトは硬直していた。

「いや、だから……」

「馬鹿なことを聞くな。そんなことある訳無いだろう」

「ある訳無いってな……あったから聞いてンだろうが」

「は????」

まあ、確かに、それが一般人の反応だということはわかる。すごくよくわかる。しかしそれを堂々過ぎる程堂々と聞くか、普通。

「昨日の夜、滅茶苦茶に乳が出て大変だったんだぜ? なあ、親友」

私に振るな。恥じらえ。どこから突っ込んだら良いのかわからないが、それはおそらくジンバルトも同じだろう。ジンバルトは私とロドを交互に見て、蔑んだような、哀れむような、近づきたくないというような、酷い顔をしていた。

「……で、今も出るのか、それは」

「今は出ねェんだよなァ、もう出尽くしたってことなのかね」

やっとのことでジンバルトが口にした質問の答えも、良く考えれば、昨日どうやって絞り尽くしたのかという話に転じかねないものだった。ジンバルトはいよいよ頭を抱え、症例を調べてみるからしばらく待っていろ、また出たら教えてくれと言って席を立った。コーヒーカップは置いたままだから、暗に面倒事を押し付けやがって、片付けくらいしろ、と言っているのと同じだろう。すまないジンバルト。もっとまともな質問が出来る恋人だったら良かったのだが。

バタン、と台所のドアが閉まる音を背に、ロドは楽しげに笑った。

「ま、出たら出たで、親友は楽しみが増えるから良いかもな」

「……そういう問題じゃないだろう」

困った恋人だ。本当に。人の弟をからかって楽しんでいるようにしか見えなかったぞ。なんでこういうところだけは脳天気なんだ。

「さて、コーヒー飲んだら倉庫にでも行くか」

「……ああ、そうだな」

ロドが昨日、いくつか目ぼしい商品を買い付けてきたと言っていたのは覚えている。ジンバルトも仕入れてきたと言っていたから、ちょうど良いことはちょうど良いが。こいつのこの切替の速さはなんなんだ。ある意味羨ましい。

冷めかけたコーヒーを一息で飲み干して、カップをテーブルに置く。ついでにジンバルトのものも片付けようと手を伸ばす。全く、誰のせいでこんな目に。碌な商品を買い付けてなかったらお仕置きしてやろうか。

「そう言えば、頭痛はもう良いのか」

「ああ、シャワー浴びて水とコーヒー飲んだら大分良くなったよ」

「そうか。なら良い」

ゆっくりとコーヒーを飲むロドを背に、二人分のカップを持って調理場へ移動する。ロドももうすぐ飲み終わるだろうし、洗っているうちに自分で持って来るだろう。やれやれ、うまいことロドのペースに巻き込まれたような気がするな。計算づくなのかそうでないのか判断しづらいが、すべて計算づくだったらと思うと背筋が寒くなるので、何も考えていないのだと思うことにする。そうでなかったら、とんだ小悪魔だ。

さて、半日も寝て過ごしてしまったのだから、これから忙しくしなくてはな。ジンバルトが仕入れてきた商品を確認しなければいけないし、倉庫の商品も整理して書類を作っておかなければ。たまには丸一日休んだって良いだろうとも思うし、我ながら働き過ぎな気がするが、それはもう性分だし、その辺はロドも大して変わらない。いや、元々ロドと一緒に何かをするのが楽しくて、それが遊びから仕事に変わっただけのことなのかも知れない。

「おい、飲み終わったぜ」

カップに洗剤をつけて洗っている途中、ロドが調理場へ顔を出した。

「ああ、こっちに持ってきてくれ」

「ん」

シンクに空のカップを置いて、ロドは私の背後に移動した。かと思うと、腕が腹に回される。

「こら、邪魔をしないでくれないか」

「んー? 聞こえねェな」

本当に、こいつは……。私よりずっと負担がかかってそうなものなのに、どうしてこうも元気なんだか。大して歳も違わないのに。

洗い物をしている間、ロドは私に抱きついて離れない。これでまたジンバルトがタイミング悪くやって来たらどうするつもりなんだ。今更なのはわかっているが、不機嫌にさせてしまった挙句、さらに上乗せして不機嫌にさせるのは本意ではない。

「ほら、終わったから離れろ」

「やだ」

「おい……」

どうにかカップを拭いて、台に置いたというのに、ロドは私から離れない。倉庫に行くんじゃなかったのか。

「あんまりカリカリするなって。こちとら起きたら隣に親友がいなくて寂しかったんだぜ?」

「それは……悪かったが」

「折角、たまにはベッドの上でだらだらいちゃつこうと思ったのによ……親友は一人でシャワー浴びに行くわ、ジンバルトは帰ってくるわで散々だ」

「それはたまたまだろ」

「わかってるよ。それでも、ちょっとくらい拗ねたって良いだろ」

「ん……」

「もうちょっとしたら離れるからよ、我慢してくれや」

「わかったよ」

確かに、ロドからしてみれば、素っ気ない態度に見えたかも知れない。まあ、調理場になんてジンバルトもすぐには来ないだろう。しばらくこうしているのは構わない。甘んじて受け入れてやろう。

私を後ろから抱きしめるロドは、時折力を込めたりしながら、無言でしばらくそうしていた。何か思うことでもあるのかも知れない。逆に、ただ私の体温と匂いを堪能したいだけかも。どうにも恋人の思考回路というのは未だに読み切れないところがある。

二、三分した頃だろうか。腰に回された腕が、ゆっくりと離れていった。ようやく自由になった体。振り返ってロドの顔を見る。何を考えていたんだか、少しだけ赤い。

「……あー、行くか。そろそろ」

「もう良いのか」

「ん、もう出ねェと日が暮れちまうしな」

「そうだな」

町外れにあるうちの倉庫は、屋敷からそれなりに離れた位置にある。急ぎの時は馬車を出すくらいだから、歩けば一時間程度はかかるのだ。遅く出発すると、冗談ではなく本当に日が暮れてしまう。

少しだけ赤い顔については追求せず、私とロドは玄関へ向かった。途中にあるジンバルトの部屋に顔を出し、倉庫へ行ってくると伝え、廊下を歩いていると、玄関先で執事とすれ違った。いつの間に戻られたのですか、と聞かれ、努めて平静に、ついさっきだと答える。また出て来るから留守を頼むと言って、そそくさと玄関を出た。ロドは何か噛み合ってなさそうな顔をしていたが、黙っているようにと、口元に人差し指を立てた。余計な事を言われたくは無い。玄関を出ると、昨晩とは打って変わって、綺麗な青空が広がっていた。

「なんだ、良い散歩日和じゃねェか」

「はは、そうだな」

「帰りは馬車でも捕まえるとして、少し寄り道して行くか」

「そうしよう。腹も減ったしな」

大通りに出て露店を冷やかしながら街をぶらぶら歩こうと決めて歩き出す。私達二人が歩いていると正直目立つのだが、それはそれで、色んな商品や珍しい食べ物を押し付けられるので、かなり得ではあった。パン屋から新商品だと言って渡された珍しい食感のパンを齧りながら、片手には別の店のおかみから渡された果てしなく甘いお茶を持って歩く。食欲旺盛なロドは三口程でパンを食べ尽くし、新たに渡された果物を二人分、器用に持って歩いている。

「こりゃあ、倉庫に着く頃には日が暮れちまうな」

「……まあ、たまには良いんじゃないか。こういうのも」

「そうかもな」

やたらともちもちした顎の疲れるパンをようやく飲み込むと、ロドは貰ったばかりの果物を私に寄越した。ホタポタを赤くしたような色。見た目より軽い。齧ると、しゃく、と小気味いい音がして、甘酸っぱい果汁が溢れだす。

「あ、美味いな。これは」

「今度買いに来ようぜ」

「そうしよう」

どこから仕入れているのか、そういう話も聞きたいところではあるが、今日すべき仕事に上乗せして働かなくても良いか。唯でさえ、倉庫に辿り着けるかも怪しいというのに。

人通りと露店の多い大通りを歩いていると、いつまで経っても前に進めやしない。そう判断した私達は、こっそりと裏通りへ抜けた。すでに貰ったどこぞの新商品や食べ物で、互いの腕は一杯になっている。見かねたどこかの店主が袋を分けてくれたから良かったものの、一度帰ってしまおうかと思ったくらいだった。

「こんな大荷物持って歩くことになるとは思わなかったな」

「私もだよ……久しぶりに外を出たらこれだ。驚いたよ」

「ずっと家に居っぱなしだったのか?」

「まあな……仕事もあったし、ジンバルトもいないとなれば、家を空ける訳にもいかなかったから。朝晩の食事も随分質素にしてしまっていたよ」

「俺も、移動中は似たようなもんだな。保存食ばっかりで味気ねェし……あ、これうまいぞ、食ったか?」

「こっちの揚げ物も美味いぞ」

大通りとは違い、裏通りにはそこまで派手な客引きも無い。落ち着いて商品を見たい人向けと言えば良いのか、私とロドが歩いていても、それは変わりなかった。貰った食べ物で腹は満たせるだろうし、目についた店以外、特に見て歩く必要もない。

少し遠回りにはなってしまうが、大通りを歩くよりは遥かに早く倉庫には着くだろう。とは言え、ただ黙って歩き続けられる程短い道程ではない。私達はぽつぽつと適当な話をしながら通りを歩いた。貰った食べ物を食べつつ感想を言い合ったり、仕入れてきた商品の話をしたり。そうして歩いているうち、重いものを持って歩いていたから、少しずつ息が上がってくる。運動不足がたたったか。もうすぐ倉庫に着くのだし、大した疲れでは無いけれど、それに気付いたロドがからかうように私に声をかけた。

「おいおい、大丈夫かよ親友。息あがってんぞ」

「別に平気だ、ちょっと疲れただけで……」

「そうかいそうかい」

重かったらそいつ、俺に寄越しても良いんだぜ。ロドはニヤニヤ笑いながら、私に片手を差し出す。あまり私を舐めるなよ。ようやく倉庫も見えてきたし、ここまで来て頼る気なんて一切無い。いらん、と断ると、ロドは低い声で笑った。いちいち馬鹿にして、嫌な奴め。

「ロドこそ大丈夫なのか、体は」

「ああ? これくらいでへばるような鍛え方はしてねェんだよ」

「昨日あれだけぐったりしてた癖に、良く言う」

「誰のせいだよ、そりゃあ」

まるで私のせいだと言わんばかりの言い草だが、私だけのせいではないだろうに。どっちから誘って来たと思ってるんだか。そう言い返そうとしたところで、ロドが続けた。

「ま、俺は親友と違って若ェからな、あれくらいどうってことねェけどよ」

「……言ったな」

「おうよ」

どうせ来年にはお前も三十歳になる癖に。確かに運動不足もあるしロドより体力は無いかも知れないが、若さを引き合いに出されるような歳の差がある訳じゃない。たかだか四歳くらいの違いなんて、歳を取れば取るほど、どうでも良くなるっていうのに。

「……覚悟しておけよ、今日も」

「へえ……楽しみにしとくよ……っと」

睨みつける私を軽くいなして、ロドは荷物を下ろし、上着のポケットから倉庫の鍵を取り出した。見張りのセプーに声をかけて、一時間後に馬車を寄越すように伝える。ロドが鍵を開けて、重い扉を押し開けた。中は薄暗くてよく見えないが、荷のシルエットを見るに、最後に見た時より、かなり中身が増えているようだ。

「随分買い付けてきたんだな」

「ああ、珍しいものが多かったからな」

「ジンバルトが仕入れてきたのはどこかな」

「あっちじゃねェか? そこにあるのは、俺が帰ってきた時には見なかったぜ」

「ああ、そうだな……これか」

見れば、端の方に山と織物が積まれている。十分な質と量のものと見て取って、ほっとした。しかし本題はこっちではない。

「で、他は全部、ロドが買ってきたやつか」

「ああ、適当に少しずつ、ってところだが」

「どこがだ……こんなに大量に買ってきて、残ったらどうするんだ」

「その時は……うちで消費するっきゃねェな」

よくあの小さい荷馬車で運んできたな。馬が潰れてなくてよかったが。倉庫の中には、木箱に詰められた商品が大量に並んでいる。見れば、中身は酒瓶だったり雑貨だったり、加工食品だったりと様々で、仕分けするだけでも大変そうだった。この男が整理整頓しながら倉庫に仕舞う訳もない。倉庫に備え付けの帳簿を手に取る。兎にも角にも、物理的にも書面的にも整理しなければ始まらない。一時間後に、と伝えたが、二、三時間はかかりそうだった。失敗した。

日もとっぷりと暮れた頃、ようやく私とロドは帰り支度を始めた。手分けして整頓したせいで腰が痛い。見張りのセプーにも手伝ってもらってようやく終わったが、普段しない力仕事はなかなか疲れた。こんなことなら、ちゃんとヒトを集めて取りかかれば良かったと思う。しかし、確かに商品は良かった。売れる伝手もいくつか思いつくし、うまくいけば儲けられそうだ。とは言え、あちこち痛む体ではこれ以上のことは考えられない。ロドがぴんぴんしているのもまた癪だった。

自分たちでも試してみようと、酒瓶や珍しい食品、雑貨をいくつか見繕って馬車に載せ、ようやく屋敷に着く頃には、すっかり夜になっていた。ジンバルトが好みそうな薬草や乾き物、医療器具なんかも積んで来たから、これで少しは機嫌を直してくれれば良いのだが。

倉庫から持ってきた荷物が入った木箱を持って、屋敷に戻る。手伝ってくれたセプーと荷馬車の運転手にいくらか渡して、玄関の扉に鍵をかけた。使用人たちももう帰っている時間だったから、彼らには随分と働いて貰ってしまっていたな。

さて、労働の後は食事だ。外から見た時、食堂に灯りが点いていたから、きっとジンバルトが食事の用意をしてくれているだろう。食事前なら良いのだが。あいつも酒は好きだったはずだし、迷惑料代わりに好きなものを開けさせて、試すのも良い。

一先ず木箱を玄関先に置いて、食堂へ向かう。薄暗い廊下に、ドアの隙間から灯りが漏れている。ギィ、と扉を開けると、奥の調理場の方に人影が見えた。食堂には香ばしい匂いが漂っている。何かオーブンで焼いているらしい。料理好きなジンバルトにとって、恐らくここ数日の外食続きの生活はさぞ耐え難いものだっただろう。本人の腕前も、そこらにいる下手なシェフより上なのだから尚更だ。朝晩の食事の準備を使用人に任せずにいるのも、ジンバルトの趣味に依るところが大きい。

ジンバルトは私達が戻ったことに気付いているのかいないのか、リビングへ私達が入っても反応が無かった。調理場の方へと顔を出し、忙しなく動き回っているジンバルトに声をかける。

「戻ったぞ」

「遅かったな、何か食べるか」

「ああ」

「もうすぐ出来るから待っていてくれ」

鍋では何かが煮立てられているし、この調子だと殆どフルコースに近いくらいの食事が出てきそうだ。ますますいい酒を出したくなる。

「いくつか酒を持ってきたが、どういうのが合いそうかな」

「肉がメインだから、赤の辛口だな」

「わかった」

少しでも冷やしておいた方が良いだろう。玄関先に置いた木箱を漁りに、私は食堂の外へ出た。ロドは作りかけの料理を冷やかしに、ジンバルトの方へ向かっていった。またつまみ食いするつもりだろう。意地汚い奴め。

瓶のラベルを確認しながら、それらしい物を見繕って食堂へ戻る。つまみ食いと引き換えだろう、ロドは料理の配膳やテーブルの片付けだのを手伝わされていた。持ってきたワインをジンバルトに渡す。ワインクーラーにはすでに氷と水が張られていた。

「何か手伝おうか」

「とりあえず出来た料理を運んでいってくれ。ついでに、うまいこと並べてくれれば良い」

「わかった」

ロドはとにかく運べば良いといった様子で、あまり見た目にこだわらずに並べてしまうからな。サラダの載せられた皿を手に持って、テーブルへ運ぶ。無造作に並べられた料理を小奇麗に並べ直すうち、ロドが次の皿を持ってくる。役割分担出来ていると言えばそうかも知れない。いい加減過ぎるロドが気になると言えば気になるが、これもまた今更という奴だった。

料理が出揃うと、珍しいワインと、久しぶりのジンバルトの料理に舌鼓を打ちながら、朝に出来なかった仕事の詳しい話をしたり、行った先々で見聞きした出来事を聞いたりした。酔いも手伝ったからか、朝はあれだけ不機嫌だったジンバルトも時折笑顔を見せ、得意げに料理の説明をしてくれた。良かった。粗方食べ終わると、ジンバルトが冷蔵庫から冷やしたデザートを出してくれた。なんというか、本職はこっちの方が良いんじゃないだろうか。何種類かの果物が甘酸っぱく煮詰められて、甘いものが苦手な私達でも美味しくいただけるように作られている。しかもワインにも良く合った。

「久しぶりに食べると、本当にジンバルトは料理上手だと実感するよ」

「兄貴は俺がいない間、何を食べてたんだ」

「まあ、その……あるもので適当に、だな」

「兄貴は殆ど料理出来ないからな。少しは練習したらどうだ」

練習とは言っても、その練習の犠牲になる二人のうち、一人は確実にレベルが高いからやりづらいのだ。それに、ロドはなんでも食べるとは言え、小言を言わない訳ではない。

「昔は作ってた時もあったよな」

隣のロドが言うと、ジンバルトは眉を潜めた。おそらく当時のことを思い出しているに違い無かった。

「あれは……とてもじゃないが、褒められたものじゃなかっただろ」

「兄貴はその辺は不器用だったからな」

両親を失って食事を作る人間が家庭にいなくなり、兄だしジンバルトは幼いしで、仕方なく慣れないながらも台所に立って……出来上がるのはやたらと味が薄かったり濃かったりする、どうにか食えなくはないというレベルの食事ばかり。ロドも手伝ってくれてはいたものの、私以上に台所に立った経験のないロドがすることだ、成果は推して知るべしという奴だった。まだ十二、三歳のジンバルトが台所に立って、私達よりずっとまともな食事を作ってからは、申し訳ないと思いつつも全般的に任せるようになった。その頃から、少しずつ傾きかけた家も立ち直りつつあったし、加速度的に仕事が忙しくなってしまったのもある。

「いつも完璧な親友が、料理だけは出来ねェってのも、笑える話だな」

ロドが笑いながら果物を口に運ぶ。正直ロドにだけは言われたくないんだが。

「煩いな……ロドだってコーヒー淹れるくらいしか出来ない癖に」

「まあな、出来なくても苦労しねェしよ」

実際昔は苦労したんだが……まあそれは、家のことを手伝ってもらっている私が言える立場では無いか。

「ロドは単純に悪食なんだろ」

「旨いもんが食えるに越したことはねェがなァ、なんでも旨く食う、ってのが信条なもんでね」

「俺は無理だな。不味いものは不味い」

ジンバルトのその台詞を聞くと、昔は随分と不憫な思いをさせたと思うが、黙って食べていてくれたあたり、本当に出来た弟だ。それはロドも同じだけれど。両親が殺された時、ロドだって怪我をして酷い目に合ったのに、事件に巻き込まれたあの時から今までずっと、私と一緒にいて支えてくれているのだから。もっと楽をさせて、出来るだけ恩返しをしたいと思い続けて、気がつけば十年以上経っているのか。あっという間だったな。ロドからしたら、そんなことは考えなくても良い、一緒にいられれば良いと答えるのだろうが……。そんな風に甘えきりではいられない。体を壊されるなんてもっての外だ。

「ジンバルト。あの……朝の件はどうだった」

「……一応調べては見たが、別にそういう病気なんかは見当たらなかったぞ」

ジンバルトは実に複雑な顔をした。調べてみても余りに情けない症例だったろうし、しっかり調べてくれただけありがたい。

「何の話だ?」

「おい、朝相談しただろ!」

「ああ……すっかり忘れてたぜ」

言いづらい話だからと濁して話したのは自覚しているが、ここまで無頓着だと呆れてしまう。ジンバルトは噴き出しそうになるのを堪えて、肩を震わせている。これだから笑い上戸は。

「全く……自分の体の事だろ」

「別にどこも痛くねェしなァ」

「くっくっ……それが危険なんじゃないのか」

笑い事では無いのだが。自覚がないまま、気が付いたら手遅れ、なんてことになったら……考えるだに恐ろしい。それでも、前例が無いなら様子見しか出来ない話ではある。

「まあまあ……とりあえず、また起きたら調べようか」

「そうだな、今のところ、珍しくてなんとも言えん」

「まあ、あんまり期待してなかったから良いけどよ」

期待も何も忘れてただろうに。ロドは旨そうにワインを飲み干し、瓶にほんの少し残った分を、自分のグラスに注いだ。

「何か悪いものでも食べたんじゃ無いのか?」

「おいおい、そんなガキじゃあるまいし――」

ジンバルトがなんの気なしに茶化して、ロドが果物に伸ばした手を止めて言い返そうとして――。

「「あ」」

「?」

私とロドは顔を見合わせて硬直した。悪いもの。食べた訳じゃないが、昨日、二人共滅多に口にしないものを飲んでいた。

「おい、ロド、昨日のあのワイン……」

「だな、あれくらいしか考えられねェだろ」

「話が見えないが、何か心当たりでもあるのか」

「ああ、ちょっとな」

昨日のあのワイン。私は一口しか飲まなかったが、ロドは二人分飲んでいた。一週間の間、別におかしいものを口にしていたなかったとすれば、考えられるのはアレだけだ。

事の顛末を話すと、ジンバルトは途端に真剣な顔をした。

「後でそれ、俺の部屋に持ってきてくれ。調べてみる」

「ああ、そうするよ」

思い返すとぞっとする。あの時、我慢して私も自分のグラスに注がれた分を飲み干していたなら。ましてや、とりあえず一瓶空けてしまおうと覚悟を決めて飲んでしまっていたら。ロドはともかく私まで酷い目に合う所だったのではないか。笑えない。私の胸から、昨日のロドのように乳が噴き出るのを想像して吐きそうになった。ロドはどうしてそんなに暢気な顔をしていられるんだ。おかしい。

食堂の片付けを終え、ジンバルトにサンプルとしてグラス一杯分の酒を渡して、私とロドは部屋に戻った。食堂から持ってきたグラスも二つある。グラスと例のワインをテーブルに置いて、昨日と同じように向かい合わせに腰を下ろした。

「さて、どうするんだ?」

「……とりあえずもう一回飲んでみるしかねェだろ」

「無理して確認しなくても良いと思うんだが」

「……未知の病気かも、って不安がるよりは、アホな酒でおかしくなったって確定させた方が安心出来るだろ?」

「そうかも知れないがな……」

ジンバルトも調べてくれているのだから、わざわざ試す必要も無いだろうに。渋る私とは正反対に、ロドは私を煽る厭らしい笑みを浮かべていた。

「それに、昨日親友も喜んでたみてェだし、もう一回くらい楽しみたいだろ? な?」

「喜んでたって……それは」

「ああ? あんなの、演技な訳ねェよなァ」

「……」

確かに、昨晩は乳を出すロドに異様に興奮してしまっていたのは認める。認めるが、そんなの、変態みたいじゃないか。はいそうですかと頷く訳にもいかない。

ロドはそんな私の心境を知ってか知らずか、素知らぬ顔で目の前のグラスに例のワインを注ぐと、ぐっと飲み干した。味は好みでないのだから、味わう必要もないのだろう。効いてくるまで、昨日の様子だと、一、二時間という所だろうか。また乳が出て欲しいような、そうでもないような。

「さて、どうなるかね」

「さあな。どっちみち、しばらく待たないと効果は出ないからな……」

「暇つぶしに、また一杯やるか?」

「そうしよう。今日も妙に疲れたよ」

「ハハッ、日頃から運動してねェからだよ」

「悪かったな」

テーブルの上には、昨日の飲みかけの酒瓶が置かれたままになっている。中身も半分程残っているし、暇つぶしには十分な量だ。その酒瓶を手にとって、ロドと私、それぞれのグラスに注ぐ。ついでに煙草に火を点けた。そこまでヘビースモーカーのつもりはないが、思えば昼間から一本も吸っていなかったな。そう思うと、妙に美味く感じる。ロドも同じくだったからか、私に倣って火を点けて、実に美味そうにしていた。

「あー、うめェ」

「半日も吸わないのなんて久しぶりだったな」

「確かに」

体に悪いとは知りながら、こいつも酒もやめられない。付き合ってくれる相手がいるから尚更だった。もしロドがいなかったら、ジンバルトに小言を言われつつ、少しは量も減っただろうか。いや……きっと、酒と煙草をする理由が変わるだけで、今と変わらず嗜んでいる気がする。

「たまには勝負でもするか」

煙草を一本吸い終わる頃、ロドがそう提案した。かまわないよ、と承諾し、テーブルの上の酒と灰皿を端に寄せ、テーブルの下に仕舞ってあるチェスボードを取り出す。ここ一週間、これもすっかりご無沙汰だった。

「今日は俺が黒で良いぜ」

「へえ」

普段はロドが白で先手を取っているのに、珍しい。

「この前送っていったヤツに夜な夜な付き合わされたからな。吠え面かくなよ」

「それは楽しみだ」

いつも私に負かされているロドがそういうなら、私も本気を出さなければいけないな。これを教えたのは私だし、弟子に負けるのは癪だ。何より、今まで私が先手で負けたことは無い。絶対に負かしてやる。

「……チェックメイトだな」

終わってみれば、概ねいつも通りの展開だった。一回戦目、先手の白にこてんぱんにのされたロドは、大人しく先手に回り……ご覧のとおり。幾分減った白い駒、あちこちから包囲されたキング。

「ああクソ、降参だよ、もう」

「まあ、それなりに善戦したじゃないか」

がしがしと頭を掻いて、駒を片付け始めるロドを見て、私はもう一本煙草に火を点けた。ぼちぼち酔いも回ってきた。今ある分を飲み切ったら切り上げよう。

「……あーあ、せめて引き分けにできりゃあな」

「ハハッ、もう一息というところだろ」

手加減してやればもうちょっと良い勝負になるだろうが、目ざといロドはそういう事には敏感なのだった。少しでも手を抜けばそれを察して不機嫌になる。そんなに強くないのだから、大人しく一手待ちなり駒落ちなりで勝負すれば良いものを。ロドがそういったハンデ戦を好まないのはわかっているが。

チェスボードを片付けて、ロドは空になったグラスに酒を注いだ。悔しそうな顔で、一息でそれを飲む。勿体無い飲み方をしやがって。もっと味わって飲めといつも言っているだろうに。

「……なあ、親友」

「ん?」

グラスをテーブルに置いて項垂れたロドに呼びかけられ、嫌な予感がしつつも聞き返す。私を見つめる据わった目。いよいよ酔っぱらったか。

「実はな、あのワイン、一ダース買い付けてきてるんだよ」

「は?」

突然何を。あのワインというのは、まさか、例の怪しいワインか。言われてみれば、昨日の夜に見たものと同じ瓶が入った木箱が倉庫にあった気がする。あれが一ダース。唐突に話を変えるロドに頭がついていけないながらも、その恐ろしい事実に目の前が暗くなった。

「どうっすかねェ……もし本当にこいつが原因だったとしたら、こんないかがわしい効果のある酒、売りになんて出せねェよなァ」

悪そうな顔でロドが言う。

「……何が言いたい」

薄々感づきつつ、律儀に聞き返す。ロドは楽しげに笑った。

「少しずつ、俺達のお楽しみにするっきゃねェ、ってことさ」

ロドはそう言って、煙草に火を点けた。こいつ、どうしてこうも危機感が無いんだ。定期的に摂取してたらどうなるかなんて、わからないのに。

「どんどん悪化したらどうするんだ」

「悪化って?」

「その……どんどん体が女になっていくとか……」

「そうなったら願ったりだろ? 子供が出来たらいくらでも産んでやっからよ」

ロドはふらふらと立ち上がり、私の隣へと移動してきた。私の肩に手を回し、楽しげにひっついてくる。甘い、酒臭い息。これは相当酔ってるな。乳が出るのを確かめるだのと言っておきながら、このまま潰れてしまいそうな勢いじゃないか。

全く、喜んで良いのか、呆れて良いのかわからない。ふざけて言っているのか、本気なのかも。子供が出来づらいこの世界でそんなことを言うのなんて現実味が無い話だし、いや、そもそも体が女になっていくと言っても、流石に出産する部分まで出来る訳が無いし、まずもって喫煙と飲酒は妊婦に悪影響が――ということを、真面目に考えている私もどうなんだ。

「あのな……言っておくが、そんなことしなくたって、私はロドが好きだぞ」

「わかってるさ、たまには刺激が欲しいだろ? それだけの話だって」

「本当に、お前は……」

確かに、たまにはあんな刺激があったって良い。だがそれは、互いの安全が保障されていることが前提でなければ、思う存分楽しめない。そんな軽率に、体を張って楽しもうなどと言って欲しくは無いのだが……。

「それに、今日はもう飲んじまったんだ。あれこれ考えるより……大人しく楽しんだほうが建設的だろ?」

ロドは私の顔に向けて煙を吹きかけた。そういう誘惑をしてくるとは、つまり、もうその気になったってことか。あのワイン、催淫剤でも混ざってるんじゃないだろうか。そうだとしたら、大口を叩いた割にチェスの腕が上がってない事にも説明がつく。

いつまでも煮え切らない態度の私の腕に自分のそれを絡めて、ロドは私の顔を覗き込んだ。

「それとも……こんなはしたない妻は、嫌か?」

私が断るはずがないとわかっている癖に、そんな、子供のような無邪気な顔で厭らしい誘いをしてくるなんて、いけない妻だ。本当に、あれこれ悩んで自制しているのが馬鹿馬鹿しくなる。私以外にそんな姿を見せないでくれよ。酔うと調子に乗りがちだからな。

私はグラスに指一本分だけ残った酒を一口飲むと、隣で物欲しげな顔をしているロドの肩を抱き寄せた。

「……これが空になったら、お望みどおりにしてやるよ」

「へへ……良いねェ。流石俺の旦那だ」

乳が出るかどうかなんて、もう、どちらでも構わない。この堪え性の無い、可愛い年下の男をどうにかして愛でてやりたい。卑猥な体になるのを厭わないあたり、少し自棄が過ぎるところがあるが、それは全部私が好きでどうしようもないからだと言うことを、私だって良くわかっている。だから、こうも愛しくて仕方なくなるのだ。

さて、グラスに残った酒は後一口分。ロドは私が飲み終わるのを、今か今かと待ち望んでいる。昨日は、乳が出る事に驚いたのもあったし、随分と酔いが回っていたのもあって、ただ吸っているだけで興奮してしまっていたな。今日はどうしてやろうか。雌のように鳴くロドはとても可愛らしかった。多少シーツが汚れても構わないから、どれだけ乳が出るか試してやっても良い。もちろん、いつも可愛がっているロドの乳首を思う存分弄り倒してやりながらな。

残った酒をゆっくりと喉の奥に流し込む。ああ、そう言えば、昼に、今日も覚悟しておけ、とロドに言ったっけな。肉体労働で疲れてはいるが、有言実行しなければ男がすたる。私はグラスをテーブルに置くと、ロドの手を引いて、ベッドへと向かった。覚束ない足取りのロドをベッドの上へ押し倒す。ぎしりと二人分の体重でベッドが軋んだ。

「ん……クラスター」

服に手を掛けた私を制しながら、ロドが照れたような顔で声を掛けた。本当に没頭しなければ口にしない私の名前を、こんな時から言うだなんて珍しい。

「どうした?」

性急に過ぎただろうかと、少しだけ不安になりながら聞き返す。ロドは私の心境を笑い飛ばすかのように、狡い顔で口を開いた。

「……妻には優しくしてくれよ、あなた」

何を言うかと思えば。本当に、私の妻はいい性格をしている。

「クックッ……わかったよ、おまえ」

こういう趣味が良いのか悪いのかわからないところも、嫌いじゃない。ロドの手に自分のそれを重ねて、軽く握る。優しく、ね。望み通りにするとも言ったからな。軽く唇を首、頬、そして唇へと順に寄せて、ゆっくりと舌を口内へと差し込む。煙草と酒の匂い。色気も清廉さも無い私の妻。それが優しくしろと言うのがおかしくて、噴き出しそうになるのをどうにか堪えた。きゅ、と少しだけ強く手を握り返されて、それに応えるように舌を絡める。私の胸に押されて、じわりと染み出してくる液体を想像しながら、私達はしばらくそうしていた。

結婚や幸せなんて、諦めていた頃があった。きっとロドは初めから諦めて生きていただろうし、私も両親が殺された時、色々な事を諦めなくてはいけないと思っていた。時間はかかったけれど、そんな私達が、どうにかして今こうして一緒になって、幸せな時を過ごしている。馬鹿馬鹿しいやり取りだって、それが出来るだけ恵まれていると思う。この世界には様々な壊れかけた部分があって、それ全てを解決することは出来ないけれど、だからこそ、今ある幸せを思う存分満喫したって、罰は当たらないはずだ。

失ったものも多かった。でも、一番欲しかったものが、今手元にある。愛しい人。私の妻……と本当に称して良いのかは疑問だが、まあ、本人がそうありたいと言うならそれで良い。流石に大っぴらには出来ないが。

「……ロド」

「ん?」

唇を離して、私はきつくロドの体を抱きしめた。こんなこと、面と向かって言える気がしない。

「……絶対に、誰にもやらないからな」

それはプロポーズにしては乱暴過ぎる言葉かも知れない。それでも、思いついたのがこれだったのだから仕方ない。

ロドは応じるように私の背に手を回した。

「おう……そうしてくれよ。俺だって、アンタ以外とだなんて死んでも御免だ」

私もロドも、お互い負けず劣らず嫉妬深いし、独占欲の塊のような男だ。その欲の行き先が互いに向いている限り、きっと今の幸せが続くだろう。それはつまり、死が二人を分かつまで、ということ。腕の中の熱い体温を逃がさないように、私はもう一度、ロドに口付けた。

終わり

wrote:2016/12/25