深海の底のような君の側

今が何時なのか、よくわからない。窓から見える空が、朝焼けとも夕焼けとも言えないような色に染まって、かろうじて昼でも夜でもないことがわかるくらい。

空気は冷たくも温かくもない。夏の夜のようでもあるし、春の夕方のような気もする。もしかしたら、小春日和なだけで、冬なのかも。

ギグと二人きりで、誰にも会わずに過ごしていると、時間感覚がいつの間にか失われてしまっていけない。ベッドサイドのテーブルの上には、薄っすらと埃が積もっている。かつての仲間たちがどうしているのか、生きているのかさえ、わからない。そして、それを知る術も、もう、わからなかった。

隣ですうすうと寝息を立てているギグは、安心しきった穏やかな顔をしている。それを見て、俺はふっと笑った。可愛いと言えば聞こえは良いが、阿呆面と言えば阿呆面ってヤツだ。俺は軽く頬を摘んで引っ張った。微かに眉が寄せられて、半開きになった口がひん曲がる。思わず、出会った頃の不機嫌な顔をしていた顔のギグを思い出した。手を離すと、たちまちギグは、元通りの顔で寝息を立てる。俺はくっくっと、声を殺して笑った。起こしちゃ悪いと思っても、声を抑えるのに苦労した。そんなに寝るのが好きな神様なんて、ギグくらいなものなんじゃないの。他の神様たちに比べて、まだまだ若いのにね。

でも、ギグがそんなに眠り続けたい気持ちも、良くわかる。眠っている間に見る夢は、深くて温い海の中で、二人手を繋いで、漂っているだけの、只管に幸せな夢なのだから。自分が溶けて、相手を包み込んでいるような気もするし、相手が溶けて、自分を包み込んでいるような気もする。とにかく、互いの距離が何処までもゼロに近くて、繋いだ手が、かろうじて互いが別のものだと教えてくれる、そんな途方もない夢。

こうして夢の途中で目を覚ましてしまうのは、きっとまだ、俺が神様らしくないからなんだろうと思う。何処までもその幸福に浸っていられる程、現実を捨てられないでいるから、こうして目を覚ましてしまうんだ。

ギグももうすぐ目を覚ますだろう。片方が目覚めると、すぐ側で手を繋いでいた存在が段々と消えていって、寂しくなってしまうから。

「ん……」

ほら、もうそろそろかな。寝苦しそうに、ギグがこちらに寝返りをうった。何かを探すように、ギグの白い指先がシーツの上を彷徨っている。その指先を掴まえて優しく握り、起こさないようにそっと、額にキスをした。

握り返された指先の感触に安心しながら、少しずつ白んできた空を見る。早く、朝にならないかな。幸せな夢を見ているギグを、もっとはっきり見たいんだ。

ギグが目を覚ましたら何をしよう。抱き合って、キスをして、そしてまた、手を繋いで眠ろうか。今度はいつ目覚めるかな。

いつか二人共目を覚まさなくなって、ギグの瞳と同じ、青くて暗い、光さえ届かない海の底で、二人きりで漂い続けるのかも。それはそれで、ずっと幸せでいられる気がする。俺はもう一度、祈りを込めて、ギグの額にキスをした。

終わり

wrote:2015-08-19