隠し事は許さない

家の側の家庭菜園とホタポタの木の面倒を見て、部屋に帰ってきた相棒は、今日の天気の良さも相まって、汗だくになっていた。収穫してきたいくつかの野菜と、熟れたホタポタが入った籠をテーブルに置いて、暑い暑いと言いながら、相棒は服を着替えに寝室へと向かっていく。

俺が座っているテーブルの上にホタポタを置いて、台所を出ていくなんて、迂闊なことをしやがって。オレは我慢できずに、採れたて新鮮な黄色い果実に手を伸ばした。

「ちょっとギグ、まだ食べないでよ」

寝室から響く声にたしなめられて手を引く。こいつの背中には目が付いてんのか。いや、透視か何かかも。

「もう、油断も隙も無いんだから」

さっきより随分薄着になった相棒が戻ってきて、呆れ顔でオレと向かい合わせの椅子に腰を下ろす。

「んだよ、このまま放っておく方が不用心なんだろ」

「……そうかもね」

手の込んだものを作っても、ホタポタばっかり食べちゃうんだから。そう言って、相棒はテーブルの上に置いた籠を抱えて、流しへ持って行った。ぶつぶつと文句を言いながら、相棒は収穫した野菜を保存箱に入れたり、今日使う分の野菜を水洗いしたり、そして時折こちらを睨みつけたりした。ちょっとつまみ食いしようとしただけにしては、妙に態度が刺々しい気がする。

「なんだよ、今日は随分機嫌が悪いじゃねェか」

オレがなんかしたかよ。そう尋ねると、相棒は水に濡れた手をタオルで拭いて、オレの前にもう一度座った。今日したことと言えば寝て、朝飯食って、ホタポタをつまみ食いしようとした、それだけだってのに。

相棒の金の目がぎろりとこちらを射抜いてくる。なんだかわからんが、物凄く怒ってるんじゃないか、これは。

「昨日、リタリーのお店に行ったでしょ」

「げ」

「美味しそうな匂いさせて戻って来たら、黙っててもわかるからね」

「う……」

「別に行くなとは言わないけど、ずっと黙ってるのはどうかと思うよ」

バレてたのか。確かに一人でちょっと出かけてくると言って、こっそり食べに行っていた。黙っていたのは、無銭飲食をしたことがバレると怒られるからであって……というか、それにしても何でこんな時間差で怒るんだこいつ。

「自分から話してくれるかと思ったけど、ずっと秘密にするつもりみたいだったのが、なんか……もやもやする」

「あー……悪かった」

毎回怒られるのが面倒で、黙っていようとしたのが悪かったのか。何も言われないから、バレずに済んだと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

無銭飲食がバレても怒られるし、秘密にしようとしても怒られるって、そりゃあもう、打つ手がない。帰りに風呂でも借りて、残り香を落として来たら良いんだろうか。いや、変な勘違いされそうだな。石鹸の匂いを漂わせていたら、風呂に入って帰って来るようなことをしたってどういうことなの、なんて言われて、余計に話がこじれるに決まっている。そんなことしたら、いよいよ殺されそうだ。

俺が謝ったからか、相棒は幾分機嫌を直したらしい。代わりにため息をついて、テーブルの上に突っ伏して、気怠そうにぼやき始めた。

「それにさ……折角美味しいもの作っても、俺なんかよりリタリーのご飯とかホタポタのほうが良いって思われてそうで、物凄くしんどいんだけど」

「お、おう……別に不味いとは言ってねえだろ……つーか、ちゃんと美味いって言ってるだろ……」

本職のリタリーが作る料理と、相棒の作るそれとは、どうやったって質が違う訳で、それぞれ違った良さがあると思っている。作り慣れないせいでいまいちな物が出来上がる時もあるけれど、不味いと言ったことは一度もない。感謝もしている。ついでに言うと、リタリーと同じように作れと言ったこともない。ホタポタ好きなのは、もうどうしようもないから許して欲しい。

そう伝えると、相棒はむくれながら、俺を見た。

「そうなんだけどさ……とりあえず、たまにはギグも作ってよ、ご飯」

「絶対無理だってわかってるだろ、それ」

今まで何度か台所に立ってはみたものの、散々な結果になったことを、相棒は痛いほど知っている。消し炭になった食材と、部屋に残った焦げ臭さ。後片付けで二人共疲れきってしまう。食材と時間と体力を無駄にするだけだった。それなのに。

「なんでまた、今日は作って欲しいなんて思ったんだよ」

「……暑すぎて、なんか疲れちゃったんだよ」

「そういうことかよ」

確かに、着替えたばかりだというのに、相棒の体には汗が浮いている。気温や湿度で不快になったり汗をかいたりしないオレからしたら、良くわからない感覚だが、随分と体力を削られているらしい。漂う土と太陽と、汗の匂い。相棒のだと思えば、別に嫌な匂いではないけれど、暑苦しいと言えばそうかもしれない。

仕方ねえな。相棒がお望みなら、半年ぶりくらいに腕を振るってやるとするか。

「良いのかよ、また台所が黒焦げになるかも知れねェぞ」

オレは最後の確認とばかりに、相棒にそう尋ねた。

「……今日は暑いし、あんまり火を使わないで冷たいものを作ってくれるなら、多少はマシかなって」

「……お前、オレを何だと思ってんだよ」

「料理が壊滅的にヘタクソな神様」

返す言葉も無いが、そこまで言われて何も作らずにいられるか! オレは椅子から立ち上がり、相棒に向けて宣言した。

「見てろよ、絶対うまいもん作ってやるからな」

「……期待してないけど、お腹すいたから早く作ってね……」

「うるせえ! とっとと風呂でも入って来い!」

さっぱりしてきたら、オレの手料理でもてなしてやるから覚悟しろよ。そう言うと、相棒は、自分の見ていないところで料理をされるのが不安で仕方ないらしく、顔を青くしている。何だよその態度は。もう、知らねえからな。

無理矢理風呂場に相棒を押し込めて、流しに並べられた、相棒が水洗いした野菜を手に取った。何を作るつもりだったのかもわからないが、とりあえず千切ってサラダにしたり適当に切って煮込んだりすればどうにかなるだろう、多分。

あの様子だと、恐らく相棒は物凄い速さで風呂から上がるだろう。時間は余りない。オレはかつてない程の集中力で、手にした人参を叩き割った。

終わり

wrote:2015-12-13