贅沢な食卓
目を覚ましてベッドを出ると、すっかり顔が冷えきっていることに気付いた。隙間風が入るような家の造りはしていないのに、今日は随分と冷える。そう思いながらカーテンを開けると、案の定というかなんというか、灰色の空に雪がちらちらと舞っていた。ここの所寒い日が続いていたからそろそろかと思っていたが、いよいよ本格的な冬の到来という訳だ。冬は冬で、良く売れるようになる商品が山程ある。暖房器具や衣類はもちろん、温かい料理の材料も。身支度をしながらあれこれ考えを巡らせて、そうだ、今夜はシチューが良いと思いつき、自分も所詮は一市民なのだと、ふっと笑い出したくなった。
冷えた廊下を歩き、食堂へと向かう。使用人たちは昼の間だけ来てもらっているから、朝と夜は私とジンバルトの二人だけの時間だった。朝はジンバルトが食事を作って、私がコーヒーを入れる決まりになっている。兄弟揃って少食だから、朝食の内容は焼いたパンと果物くらいのものだが、今日は朝から汁物の匂いが漂っていた。
調理場に顔を出すと、ジンバルトが湯気の立っている鍋をかき回していた。朝からちゃんとした料理をするのは珍しいが、ジンバルトもこの寒さに耐えられなくなったのだろう。おはよう、と挨拶を交わして鍋を覗きこむと、白いスープの中に色とりどりの野菜が浮かんでいた。夜で良いと思っていたのに、朝から作ってくれるとは、我が弟ながらなんと優秀なのだ。
「ちょうど食べたいと思っていたんだよ」
「それは良かった」
肉は残ってなかったから、野菜しか入っていないと謝られたが、朝からそんなに重いものは食べたくない。むしろその方がありがたかった。
トースターで程よく焼けたパンを籠に入れて、机へと運ぶ。コーヒーは食後に入れてやろう。私に続いてジンバルトがシチューを運んで来て、いつもより豪華な食卓が完成した。椅子に腰を下ろして手を合わせる。
「いただきます」
「ん」
匙で温かいシチューを掬って、一口。柔らかく煮こまれた野菜の甘みが溶け込んで、いい味になっている。きっと早い時間から寒さに目を覚まして、こっそり仕込んでいたに違いない。美味しいと言うと、ジンバルトはそうか、とだけ、そっけなく返事をした。
表情はいつも通りの無愛想なそれだが、褒めた時にぶっきらぼうに返事をする時のジンバルトは、内心物凄く照れているのだという事を知っている。なにせ兄弟なのだから。
窓の外では、未だに雪が舞っている。酷くはならなさそうだし、積もるような雪でも無い。日が出て、少しは暖かくなれば良いが……いや、夜になって、またこのシチューを味わうには、あまり暖かくならない方が良いのかも。
すっかり空になったシチュー皿を持って立ち上がると、ジンバルトが自分の空いた皿を差し出した。二人分の皿を受け取って、調理場へ向かう。この調子じゃあ、夜の分は残らないんじゃないか。その時はその時で、他のものを作ってもらおうか。寒い冬の夜に食べたいものを幾つか考えながら、私はシチューのおかわりをよそった。
終わり
wrote:2016-11-26