NOと言える男

兄やギグと親しくしているその先輩は、学校の中でも知らない人はいないくらいの有名人だった。それは当然、悪い意味で。留年した上、停学もしょっちゅうで、先生も見限っているという噂もある。兄から聞いた話では、今年はとりあえず卒業見込み、だそうだけど、それは多分、これ以上何も問題を起こさなければ、という話だろう。

そんな先輩と、どういう展開だかはわからないが、今度の休みに四人で遊びに行くことになってしまった。学年は一つ上だが、留年しているからその人は俺より二つも年上という事になる。そんな人と何を話したら良いんだ。兄とギグが一緒なのがまだ救いだけれど、二人きりで取り残されたらもう、どうしたら良いのかわからなくなりそう。

まあ、兄もギグも、そこまで白状ではないだろう、多分……。

と、思っていたのだけれど、そうだった、兄もギグも、熱中すると周りが見えなくなるタイプだったんだ。四人で入ったゲームセンターで、兄は好き勝手に格闘ゲームで対戦を始めるわ、ギグは音ゲーでとんでもない指捌きを見せているわで、どちらも俺には踏み込めない領域だった。そうなると必然的に、その先輩と過ごす事になる訳で……。

「あいつらいっつも適当に遊びやがってよ……そんなら二人で行けよ……なあ?」

「はは……なんかいつも兄(ギグもだけど)がお世話になってて申し訳ないっていうか」

「……本当に、兄貴と正反対なんだな、お前さん」

「よく言われます……」

話してみれば、噂と違ってかなりしっかりした人らしかった。というか、先輩相手にタメ口な上に態度もでかい兄も大概だし、むしろそっちの方が問題な気がしてくる。

ゲーセンのど真ん中で二人立ち尽くすのもどうかと言う話になり、かと言って特にやりたいゲームがある訳でもない俺は、先輩がたまにやっているという麻雀のアーケードゲームについていくことにした。麻雀なんてやったこと無いし、ゲーセンの奥まった位置にあるそれをプレイするのは微妙に怖いのだけれど、格ゲーだの音ゲーだのに比べたら、まだ大人しくて良いと思う。ルールは教えてくれるとも言ってくれたし、思ったよりずっと優しい人なのかも知れない。

と、思った俺が馬鹿だった。

「って、煙草吸うんですか!?」

駄目だ、この人は滅茶苦茶に不良だ。おもいっきり平然と煙草をポケットから取り出して口に咥えたかと思うとライターで火を点けて吸い始めていた。不良だとは聞いていたけど、卒業出来そうだと言うからすっかり更生したものだと思っていたのに。

驚く俺に、目の前の人は煙を吐き出して、呆れたような、驚いたような顔をした。

「お前、兄貴もギグも吸ってんじゃねェか……そんなに驚くような事じゃな」

「え、ええ!?!?」

「……知らなかったのかよ」

確かにちょっと臭い時もあったけど、それはゲーセンとかその辺で移った臭いだとばかり思っていた。まさか本人が吸ってるなんて考えもしなかった……。兄さんがそんなに不良だったなんて。というかギグも吸ってるって、そんなの……なんで言ってくれなかったんだ。酷い。

「お前さんも一口吸ってみるかい」

新品の煙草を一本差し出され、悪そうな笑みを浮かべる先輩。未成年のうちからそんなの吸うなんて、いけないに決まってる。

「い、いらないです!」

慌てて拒否すると、先輩はきょとんとした顔をした後、何故だか優しい笑みを浮かべて、俺に差し出していた煙草を仕舞った。

「……真面目だねェ、兄貴と違って」

「……それもよく言われます」

先輩はいよいよゲラゲラ笑って、さもうまそうに煙草を吸った。こちらに煙が届かないように、気を遣って煙を吐き出すのを見ると、不良だけど、悪い人ではないことは実感出来る。でも、なんというか……複雑な気分だ。

それから、兄とギグが飽きるまで、俺は先輩の麻雀講座を頷きながら聞いていた。それはとてもわかりやすかった気がするけれど、嗅ぎ慣れない煙草の香りのせいで、俺は半分も理解出来ずに終わってしまったのだった。

終わり

wrote:2016-02-15