涼みに行こう

世界ってこんなに暑かったっけ。そう思うくらいに、今年の夏は暑かった。決して風通しが悪い訳ではないのに、窓を全開にしていても、風なんて入ってきやしなかった。となると、外に出たってそれは同じで、そもそも風が吹いていないのだから、涼みようが無い。直射日光を浴びずに済むだけ、家の中のほうがマシなのだと思うしか無かった。

「ねえギグ、暑いね」

「んー、そうだな」

そんな実のない会話をしてしまうくらい、暑くて何もする気が起きない。寝室のベッドで二人で横になり、俺とギグはごろごろしていた。ギグは神様らしく、多少の体感温度の調節が出来るようで、俺に比べれば平然としている。こういう時ばかりは、もっと自分の体が神様らしくても良いのにと思う。

「……せめて風が吹いてくれれば良いのに」

そうぼやくと、ギグはいきなりガバッと起き上がり、満面の笑みを俺に向けた。

「ど、どうしたの」

「良いこと思いついたぜ相棒、海に行こうぜ」

「え」

海? 海って、つまり、水棲族の拠点とか、そういう所? 確かに水に入ったら涼しいかも知れないけど、でも、こんな日に外に出るの?

困惑している俺の手を引いて、ギグは無理矢理俺を玄関まで連れ出した。

「逆に考えるんだよ相棒、風が無ェってんなら、こっちから動きゃあ良いんだぜ」

「ちょ、ちょっと待って、それってどういう……」

「良いか、絶対手ェ離すなよ!」

俺の話を一切聞いていないギグは、俺の手をきつく握ると、羽を広げて空高く上昇した。悲鳴を上げる余裕さえ与えないくらい、凄まじい速さ。さっきまでいた家が、森が、あんなに小さくなっている。かと思えば、海のある方向へと、真っ逆さまに急降下した。

こっちから動いて風を感じろだなんて、無茶苦茶だ。振り落とされやしないかと、とにかくギグの手を握り返して、どうにか早く地上に着くことを祈るしかなかった。

誰もいない、強烈に日差しを照り返す一面の砂浜。海辺らしく、多少は風も吹いていて、それは確かに心地良かった。けれど、得意げに微笑むギグを見ると、俺はどうにも、手放しで喜ぶ気分にはなれなかった。

「な、涼しかっただろ?」

「……どっちかっていうと、肝が冷えたかな」

「似たようなもんだろ!? とりあえず泳ごうぜ!」

相変わらず、俺の嫌味も聞こえていないらしい。ギグは海に向かって駆け出していた。仕方ない。涼みたいという望みを叶えてくれたことは、叶えてくれたんだしね。

恐ろしく熱くなった砂浜を猛スピードで走りながら、俺はギグの背中を追いかけた。

終わり

wrote:2015-11-25