甘すぎた果実

季節は夏。うだるような暑さ、いくらでかい窓を開け放していたとしても、容赦なく太陽は照りつけて、部屋の温度を上げていく。無駄に日当たりの良い、この寝室の立地が悪いのだ。かと言って、どこかへ涼みに行くのも面倒で、相棒と二人、暑さと戦うしか、することはない。

巷では今年は不作になるだろうと噂になっているし、実際そうなるだろう。だからと言って、あいつら、別に税金減らすなんて温いことはしないだろうな。俺はゴミむしがどうなろうと知ったこっちゃないが、シェマたちはそういった圧政をしくのが楽しいらしい。まあ、好きにすれば良い。

オレと相棒は、周囲がどんな状態になろうと、いつも通りだ。適当に喰って、寝て、たまに運動して、そうやって過ごすだろう。何があっても、それは変わることはない。

とは言え、相棒がつまらなさそうな顔をしているのはいつものことだが、その額には汗が滲んでいる。いや、額と言わず、ほとんど全身、じっとりと湿っていて、見ているだけで暑苦しい。

暑さを言い訳にして、俺も相棒も素っ裸で、寝室でごろごろしているのだが、まだ日が沈む気配さえない。することが無いと、余計に時間の進みは遅く感じるもんだ。オレも相棒も、ぽつぽつと会話をしつつ、相棒は仰向けで天井を見つめ、オレは相棒を背にベッドの縁に腰掛けて、ぼんやりと外を見ていた。

「……暑いね」

「そうだな」

言われるまでもなく、暑い。こんな季節に外に出ようなんて奴らは、一体何を考えてるんだろうな。まあ、部屋にいてもこれくらい暑いのだから、どこか涼しい場所を求めて出かけるという発想も、悪くもないのかもしれない。

「ギグってさ、海とか見たことある?」

「あったかもな」

「涼しいのかなあ」

「少なくとも、ここよりは涼しいんじゃねェの」

水に入れば、の話だがな。砂浜ってヤツは、日の光を容赦なく照り返して、余計に暑く感じるもんだ。ついでに、お前を海に連れてってやるような優しさを、オレは持ち合わせていない。

「……喉、乾いた」

「……そうだな」

喉が乾いているのなら、その辺に置かれた果物でも喰ったらどうだ。生温く熟して、さぞかし甘ったるくなってるだろうよ。逆に水が飲みたくなりそうだな。

そうしてぞんざいに相棒に返事をしていると、オレの後ろで、相棒がもぞもぞと動く音がした。振り向くのさえ億劫だ。そのまま放っておくと、妙に冷たい指先が、オレの肩に触れた。

こんなに暑いのに、と少し驚いて、触れられた左肩の方を向くと、そこには、口角を上げて、物欲しげに笑う相棒の顔があった。目が合うと、相棒は一層笑みを深くして、口を開いた。

「ね、噛んでも良い?」

無言で噛まなくなっただけ、成長してるんだろうか。いや、拒否されるのをわかっていて確認する辺り、馬鹿だな。

「なんでそうなるんだよ、馬鹿か」

一応、理由を聞いておく。絶対に碌でもない理由だがな。相棒はオレの体をベッドに引き倒すと、楽しそうな顔で、オレの顔を覗き込んだ。

「ギグを食べたら、喉も潤うかなって、さ」

「……本当に、懲りねェな。お前は」

そう言って、相棒の顔に手を伸ばす。日の光に照らされた相棒は、汗が光って、湿った髪が肌に貼り付いて……とりあえず、見た目だけは扇情的だった。

喰わせる訳にはいかないが、喉が乾いたのなら、飲ませられるものはこれくらいだろ。相棒の唇を引き寄せて、口付けさせる。舌を差し込んで開かせたそこに、どろりと唾液を送り込んで、飲み下したのを確認すると、オレは唇を離した。相棒は不満げな顔で笑い、オレの首筋に顔を近づけると、大きく口を開けて――。

「やめろっつーの」

「いたっ」

一撃、額にでこぴんを食らわせて噛みつかれるのを阻止すると、オレは相棒の腕を捕まえて、乱暴に押し倒した。本当にコイツは、少し目を離すとすぐこれだ。冗談なんだか本気なんだか、計りかねるのがまた困る。どっちも、なんだろうがな。

動けないように腕を押さえながら、額を僅かに赤くして不遜な顔で笑う相棒を見下ろす。本当に、コイツは馬鹿だ。

「一遍、死んだ方が良いんじゃねェの? そしたら流石に学習すんだろ」

いくらオレを喰らおうとしたところで、毎回返り討ちに合ってんだから、いい加減に諦めろっつーの。

そう言うと、相棒は一瞬驚いた顔をして、また笑った。

「良いの? そんなこと言って」

「何がだよ」

その反応は予想外で、思わず聞き返す。すると相棒は、さっきとは打って変わった優しい笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。

「俺がいなきゃ、駄目な癖に」

俺が死んじゃったら、ギグはきっとつまらなさ過ぎて、死んじゃうよ。

相棒のその言葉に、どきりと心臓が跳ねる。相棒の言う通り、こいつが死んじまったら、オレは――。いや、そんな訳は無い。相棒が死んだ程度で、オレが死ぬ、だって?

「っは、馬鹿なこと言ってんじゃねェよ。それはお前の方だろ」

オレを喰らって、殺してしまったら、それこそお前はつまらなさ過ぎて死んじまうぜ、きっと。

そう言うと相棒は、オレをきつく睨みつけた。

「……何それ、ギグこそ冗談言わないでよ」

明らかに不機嫌になった顔。それを見ると、なんとなく嬉しくなる。こいつが表情を歪ませて、感情を露にするのを見るのは好きだ。それがどんな感情だろうと、オレには好ましく映る。

「試してみろよ、出来るもんならな」

そう、最期にもう一度煽って、オレはお返しとばかりに、相棒の首筋に噛み付いた。ぶつりと肉が切れる音と、鉄の味が口の中に広がる。それは紛れもなく血の味なのに、妙に甘ったるく感じた。まるで、そこらに転がっている熟した果実のような。

「……覚えてろよ」

「おーおー、怖い怖い」

血が滲んだ歯型と、悔しそうな顔の相棒を見て、オレは笑う。また、懲りずに噛み付いてこいよ。そうでなきゃ、面白くねェからな。

オレは相棒の首筋についた歯型をべろりと舐め、溢れ出す血を飲み込んだ。それは、逆に喉が乾いてしまうくらい、甘かった。

終わり

wrote: 2015-07-27