祈りより純粋に、呪いより一途に

「オレは、てめェのことが一番嫌いだからな」

店に顔を出して、食材を喰らい尽くして帰るギグを見送る際、ギグは私にそう言った。私の可愛い恋人は、ギグに、またね、と告げて、店の奥で皿洗いに精を出している。私とギグの会話を聞かれる心配はない。

「それは、貴方の相棒が、私の恋人だからですか」

「……相棒を泣かしたくねェから、生かしてやってるだけだぞ、てめェ」

少し煽ってやれば、ギグは殺気を隠しもせずに、ぎろりと私を睨んだ。鎌の切っ先を喉元に突き付けられたような、鋭い視線。

「それは、彼に感謝しなくてはいけませんね」

「ふん、とっとと事故なり病気なりで死ねよ、てめェ」

この凶悪な死神が、私に対して出来る精一杯の抵抗が、この程度。自ら手を下せないことが、こんなにももどかしいことかと、ギグは苦々しく思っているに違いない。

「生憎、これでも健康と身の安全には気を遣っている方ですからね。ご期待に添えそうにありません」

「ち、また来るぜ。それまでせいぜい寝首をかかれないように気をつけるんだな」

「……またのお越しを、お待ちしております」

店を出るなり、ギグは羽を開いて飛び去った。こちらを振り返りもしない。そんなに、私の顔を見るのが苦痛ですか。そうでしょうね。

この死神の、半身へ注ぐ愛情というのものには、全く持って恐れ入る。私に対してはあの通りだが、私と彼が恋仲であると知りながら、彼に対して辛く当たるでもなく、穏やかに見守る姿勢を崩さないとは。いずれ私が先立つと知っているからかも知れないが、それでも、その心の広さには感服する他無い。

彼の為に犠牲になって、彼の為にこの世界へ戻ってきたと思ったら、半身はすでに別の男のものになっていて。しかも自分の元には戻らないと知らされて、それで怒らずに祝福出来るとは、どんな心境なのだろう。

厨房に戻ると、皿を洗い終えた彼が、棚に食器を仕舞っているところだった。私も重ねられた皿を取って、食器棚に仕舞う。

「ギグ、もう帰ったの」

「ええ、貴方によろしくと言っていましたよ」

言われてもいないことを彼に告げる。彼に取ってすれば、私もギグも、同じように大切なのだと思う。その方向性が違うだけ。ギグは別れがたい相棒であって、私は恋人。どちらがより大切かという質問は、馬鹿げている。

「ギグがあんなに食べちゃうから、後片付けが大変だよ」

「しかも無銭飲食ですからね……赤字が増えるばかりで、良いことありません」

「ごめんね、ギグが」

「……だからといって、貴方が料金の肩代わりをすることもないと思いますが」

「俺は良いんだよ、リタリーと一緒なら、お金なんていらないしね」

「……お人好しすぎて、心配になるんですが」

「へへ」

片付けをしながら、こうして甘えてくる彼は、本当に可愛らしい。私のことを心から信頼して、好きでいてくれている。今すぐ抱きしめて、私だけのものだと囁いてやりたくもなる。だがそれは、家に帰ってからだ。

初めて目にしたギグの姿は、純粋に、美しかった。綺麗な銀の髪が風に揺れて、冷たくも澄んだ青の瞳が、穏やかに彼を見つめている。禍々しい装飾はともかく、細身の体と色白の肌は、どこか神聖さを感じる程、綺麗だった。

この神の愛が注がれる唯一の存在は、私の手の中にある。そう思うと、どこか背徳的な悦びが、腹の底から湧き上がるのを感じた。と同時に、毎晩私の腕に指を絡ませて、甘い声で抱擁を強請る彼は、ギグに対して後ろめたさを感じることは無いのだろうか、という疑問が浮かぶ。そんなことを気にしてどうするのだと思いつつ、ギグのことなど考えもつかないくらい、私に溺れていれば良いと願っている。

夜もとっぷりと更けた頃。二人で寝台に入るなり、彼は私に体を擦り寄せて、キスを強請った。それに応じて熱く熟れた口内を舐り、舌を甘く噛んで、優しく髪を撫でてやると、彼は嬉しそうに私に抱きついた。

「明日はお休みだし……ね?」

暗がりで、彼の金の瞳が鈍く光る。そんな誘い方、いつの間に覚えたんですか。全く。

「……疲れてたんじゃないんですか」

「ん……平気だよ。だから……」

そんな風に言われては、断る理由なんてなかった。お風呂では随分ぐったりとして、半分眠ったようになっていたのに、随分と元気じゃないですか。……どことは言いませんけどね。

彼の寝間着のボタンを外し、滑らかな肌へ指を滑らせる。あの死神さえ触れたことのない場所へ、私は触れることを許されているのだ。

ふと、今頃ギグは、何処でどんな顔で、何をしているのだろうと考えた。一人で、苦虫を噛み潰したような顔で、何処かを飛び回っているのかも知れない。

私は、彼の甘い声を聴きながら、一人寂しい夜を過ごす死神のことを、ほんの少しだけ哀れんだ。

終わり

wrote:2015-09-10