悪党の在り方

等間隔に並んだランプの明かりに照らされた廊下は、何の臭いかわからない、湿っぽい臭いで満たされていた。こんな所に用事がある訳ではないけれど、折角だからギグが無理矢理おっ建てた城の中を探検してやろうと思い、この地下までやって来たのだった。

「おい相棒、こんな空間、オレは知らねェぜ」

「だったら尚更、見ておきたいじゃない」

ギグさえ知らない部屋。一体何が隠されているのか、知りたくもなる。

長い石造りの廊下をひたひたと歩き、ようやく辿り着いた木製の扉。木製の割に、ゴツい南京錠がかけられている。牢屋か何かか、ここは。中に誰かいるのか、錠は外されている。分厚い扉を引いて開けると、そこには。

「……ロド、何してるの」

「おう、喰世王さんか。そっちこそ、どうしたんだ? こんな所に」

部屋の中は、思ったよりも明るかった。煌々と灯るランプの明かりに浮かぶ青い人影は、手にした紙に何かを書き込みながら返事をした。思っていた通り、ロドの目の前には牢があり、いくつもの人影が蠢いている。

「てめェ、オレの知らないところで勝手なことしてんじゃねェぞ」

ギグも知らない部屋で、ここにいるのが当然とでも言うように佇んでいるロドを見て、ギグは機嫌を損ねたらしい。

「勝手なことたぁ、心外だなァ。俺は仕事をしてんだぜ?」

ロドはギグの凄んだ声なんて気にしない風で、煙草の煙を吐き出した。

「仕事って?」

「俺達の組織の仕事は知ってんだろ? 人を攫って、売り捌く。いつも通りの仕事をしてるだけさ」

牢の中、鉄格子の奥に目を凝らすと、ほとんど裸に近い格好の女達が、暗い瞳で宙を見つめている。微かに聞こえる啜り泣き。確かに高く売れそうな美人揃いではあった。人間、セプー、ワーウィンなんかも混じっている。よくもまあ、こんなに集めたもんだ。

「……こんな状況でも、買いたがる人なんているの」

「こんなご時世だからこそ、さ」

現実逃避したい金持ちは、まだまだいるってこったな。ロドはそう言って、小さなテーブルに重ねられた紙を一枚取って、また何か書き込んでいた。

「……馬鹿だなぁ。そんなの、つまんないのにね」

一人か二人、人間を買ったところで、何百人と殺しまくる気持ち良さとは比較にならないのに。そう言うと、ロドは文字を書き込んだ紙をテーブルに戻し、備え付けの椅子に腰掛けた。ゆっくりと味わうように煙草を吸い、牢の奥に向けて煙を吐き出す。女達は変わらず、何の反応も示さなかった。

俺もロドの前に腰を下ろし、差し出された煙草を受け取る。ロドが吸っている煙草から火を分けてもらい、深く煙を吸い込んだ。咽そうになるのを堪えて、煙を吐き出す。それを見たロドは笑って、子供か何かに言い聞かせるように言った。

「悪党にも色々あるのさ。親友みたいに殺しまくるのが好きなのもいれば、人をモノみたいに扱って金を稼ぐのが好きな、俺みたいなのもいる。他にも、弱者を踏みにじって絶望させるのがたまらなく好きな下衆もいる。ま、持ちつ持たれつ、利用させてもらえば良いのさ」

「ふうん」

言われてみれば、そうかもね。俺の周りに集まった連中は、揃いも揃って悪党ばかり。それなのに、皆それぞれ性質は違うみたいだった。でも、悪党同士、気が合わない訳ではないのは面白い。ロドの言う通り、持ちつ持たれつってヤツなんだろう。

煙草を吸いながら牢の中から微かに聞こえる啜り泣きを聴きつつ、そんなことを考えていると、牢の奥から手下らしいセプーがやって来て、ロドに何かしら耳打ちをした。それを聞いたロドは真面目な顔になって椅子から立ち上がり、吸っていた煙草を揉み消した。何か面倒でも起きたらしい。

「何かあったの」

「ああ、ちょっとな……女が一人、逃げ出したらしい」

もう買い手も決まってたのによ、とロドは舌打ちをした。ロドは俺に三本程の煙草と、マッチを渡すと、気怠そうに口を開く。

「そんな訳で、この城の牢獄は、俺の仕事場だ。勝手に使わせてもらってるのは悪かったが……ま、勘弁してくれや」

なんなら女の一人や二人、使っても構わんぜ。殺さなけりゃあな。そう軽口を叩きながら、ロドは牢の奥へ消えていった。女を探しに行くのか、それとも、新しく調達するのかはわからない。

とにかく、もうここには用事はない。女の悲鳴を聞くのは嫌いじゃないが、こんな半分死んだような女達を殺したって、大して面白くなさそうだから。俺はもらった煙草とマッチを手に取り、牢を後にした。

城に戻ろうと薄暗い廊下を歩きながら、ギグが不満気に呟く。

「あの野郎、たったこれっぽっちで勝手にこの部屋使おうってのかよ」

「……まあ良いじゃない、また貰えばさ」

「……オレは、あんまり煙草は好きじゃねェ」

ギグのその呟きを聞いて、俺は大笑いした。ロドから貰った煙草に火を点けて、ギグへの嫌がらせとばかりに深く吸い込む。俺も、実はそんなに好きじゃないんだ。しかめっ面をするギグを想像しながら、俺は暗い天井に向けて煙を吐き出した。

終わり

wrote: 2015-10-18