喰世王の料理人

あんな化物になど勝てるものか。捨て身の覚悟で突撃する仲間たちを背に、私は戦場から抜けだした。あの場で一番強かった二人を苦も無く倒してしまった彼を、私たちがどうにか出来る訳がない。喰らう者と青髪の少女の死体を見つめて……彼は、心の底から楽しそうに笑っていた。恐ろしかった。ああなりたくない、あんな無残な躯を晒して、無駄死なんてしたくない――。

そう思いながら必死で森を駆け抜けて、背後から聴こえていた、騒がしかった仲間たちの蛮声が聞こえなくなって――私はまた、生き残った。

赤く、黒く、銀色に光る夢を見て目を覚ます。また、あの戦いの夢だ。赤毛の少年が、黒い剣を振り回して、巨大な喰らう者や、異世界からやって来た少女、そして、互いに鍛えあった仲間たちを細切れに切り裂く夢。おめおめと逃げ帰って、私は何をしたかったのだろう。

仲間たちと過ごしていた、かつての主人の屋敷に、たった一人で私はいた。オステカの街は随分前に壊されてしまったし、主人もその時に殺された。半壊した屋敷ではあったけれど、大人数を泊めることくらいは出来たから、喰世王を殺すための軍隊はここに集まって訓練に勤しんでいたのだ。

食堂で大人数用の食事を作って、訓練で疲れて戻ってきた仲間たちと未来への希望を語り合った事を思い出す。きっと喰世王を倒して、平和で裕福な暮らしをしよう。愛した者の仇をとって、弔ってやりたい。そんな、それぞれが夢見た未来を、叶える事は出来なかった。

ボロボロのベッドで目を覚まし、残った僅かな食材を胃に流し込んで、殺されてしまった仲間たちの事を考え、あの後、喰世王はどうするのだろうと、ぼんやりと考えているうちに夜になる。眠れば悪夢にうなされ、目覚めれば生き残った罪悪感で死にたくなる。死にたくなくて逃げ出したのに、馬鹿馬鹿しい話だった。

喰世王が再びオウビスカ城を乗っ取った、と聞いたのは、それから一月程経った頃だった。喰世王は、今度は死神を従えて戻ってきたのだという。彼の中にいたはずの死神が、今度は肉体を得たらしい。馬鹿な。

せめて、あの戦いの結末を自分の目で確かめたい。その思いで、私はオステカの街の外へ出た。目指すはあの城。何度か潜入した、魔侮堕血城へ。

喰世王が眠らされてから、あの城は元の姿に戻された。それなのに、今は――また、あの、一年前のあの禍々しい姿に逆戻りしていた。オウビスカ国に住む人々は、一目見てわかる程に覇気がなく、暗い顔をしている。道行く老婆に何があったのか尋ねると、瞳を伏せて、あのバケモノが帰ってきた、と呟いた。

銀色の死神と一緒に戻ってくるなり、喰世王は元の仲間たちを呼び寄せて、多額の税を納めるように告げたと言う。殺されたくなければ、という警告付きで。国から逃げ出す者もいたらしいが、皆殺された、と。じきに世界中にそのお触れが出るだろうと老婆は語った。殺しすぎたから、増えてもらわないと困るだなどと、訳の分からない事を言っていた、とも。

何処にも逃げ場がなくなる。苦しい生活を強いられて、生かさず殺さず、家畜のように喰世王に飼われるようになるのか。絶望しか無い未来に、私は口を閉じた。

老婆は、こちら側の軍隊は、皆死んでしまったのだろう、もう、誰も、どうにも出来ない……と、そう言って、路地の奥へと消えていった。

皆死んだ。私以外、皆。何故あの時逃げ出してしまったのか。彼らと一緒に死んでしまえば良かったのに。そう思うくせに、自分から命を断つ勇気もない。

どうせなら、復活したという喰世王を一目見て、あわよくば一矢報い、それから殺されてしまおうか。きっと彼なら、一思いに私を殺してくれるだろう。

どうやって侵入すれば良いのか、一年と少し前の経験で良くわかっていた。兵士に化けて、城の奥へ奥へと。あの時と違うのは、もはや私には、何も後ろ盾が無いということ。しくじって失敗しても構わない。ただ、色々な心残りを終わらせたかっただけだった。

玉座に一番近い階段。これを登って、廊下をまっすぐ歩けば、きっとそこに喰世王がいる。城内には、ちらほらと兵士の姿があった。一年前に比べれば、ずっと少ない数だったけれど。あの幼い女王は殺されてしまったのか、姿は見えない。見知った顔と幾度かすれ違ったが、特に不審がられた様子はなかった。

重い脚を上げて、階段を登る。出来る限り足音を殺して、廊下をゆっくりと歩いた。少しずつ近づいてくる謁見の間。あの奥で、つまらなさそうな顔で、ぼんやりと何をするでもなく過ごしている少年の姿を想像する。力を振るって、暴れている時の彼はあんなにもいきいきとしていたのに、そうでない時は……何にも関心を示さないように、ともすれば仲間たちの言いなりにさえ見えるように、どうでも良い、それで良い、と、生返事を返していた。寂しそうでもあり、ただ退屈なだけのようにも見えるその態度に、まるで人間ではないような、そんな印象を抱いたものだった。かくして、彼は本当に人間ではなかったのだけれど。

謁見の間の、宝石で飾られた美しい扉の前に立つ。何と言って、彼に近づこうか。この国の情勢は粗方把握したが、皆が皆、死体のように従順に喰世王に従っているとあれば、彼に報告すべきと思われるような事など、皆無に近かった。一年前は、どこで反乱が起きただとか、兵士たちが仲違いしているだとか、いくらでも報告出来る事件が起きていたのに。

まあ良い、こっそりと報告すべきことがあるとでも言って近づいて、ナイフで刺し殺せば、それで済む。そう簡単に済むとは思っていないけれど、それでダメなら――大人しく死のう。

覚悟を決めて手を伸ばし、扉を開けようとしたその時。

「何をしに来たの?」

兜の横を掠めて、背後から扉に向けて突き刺された黒い剣。微動だにできない私に、背後から響いた、底なしに暗く冷たい、その声は――忘れようもない、あの少年の、喰世王のそれだった。

ず、と剣が扉から引き抜かれても、私は動けずにいた。扉へと伸ばしかけた手を引っ込めて、彼が私の兜を外すのを、抵抗もせずに受け入れる。がらん。床に転がった兜が音を立てた。外気に晒された顔に、彼の指先が触れた。

「折角あそこから逃げ出したのに……どうして戻ってきたの?」

するすると肌の上を滑る彼の指先は、血と肉に濡れた化物のものとは思えない程、少年らしかった。私の頬、顎、首をなぞり、戯れとばかりに軽く力を込める。彼が私を縊り殺すのなんて、きっと、赤子の手を捻るような容易いことだろうと理解して、私はやはり、抵抗出来ずにいた。腰に下げた剣を抜いて、突き立てようという気にもならない。怖い。怖いのだ。彼が。ばくばくと鳴る心臓の音と、勝手に荒くなる呼吸。一矢報いようと思っていた癖に。死ぬ覚悟もしていた癖に。

「ねえ、あんた……最初から、こっち側なんじゃないの」

「……何を」

こっち側。その言葉が意味するものが何なのか、わかりたくもなかった。この私が、お前なんかと同類であるはずがない。世話になった主人も、相棒としていた少年も、お前に殺された。仲間たちも、ゴミクズ同然に虐殺された。そんな目に合わされた私が、お前なんかと一緒だと?

「生き汚くて、仲間を簡単に裏切るような、下種の癖に」

「――ッ!」

そこまで言われて、何も出来ない程腑抜けてはいない。私は剣を抜き、背後の化物へと斬りかかった。扱い慣れない剣で、簡単に喰世王が殺せるはずはない。空を切った剣は、次の瞬間には喰世王に蹴り飛ばされ、たちまち私は丸腰になった。

「あんた如きに、俺が殺せる訳無いよ」

ついでに言えば、あんた一人が反抗したところで、もう、どうにもならないしね。喰世王はそう言って、私の喉元に剣を突きつけた。黒い刀身。幾人もの――それこそ、数え切れない程の命を奪った、血塗れの呪われた剣。仲間たちの血が染みこんだそれを、いっそ一思いに私に突き立ててくれたなら、諦めもつくのに。彼は剣を突きつけたまま、私の反応を伺っている。

「……選びなよ。このまま喉にこいつを突き刺して死ぬか。それとも――俺と一緒に、世界をぐちゃぐちゃにするか」

虫も殺さないような顔、と誰かが喰世王を見てそう言った。黙っていれば確かにその通りだと私も思う。そんな幼さの残る顔を歪ませて、彼は実に楽しそうに笑った。

幕下に加わった私に、彼は何を求めるのだろう。腑抜けた人間ばかりの世界で、悪巧みなんて、これ以上やりようが無いのでは無いか。いや、そんなことを考えているなんて、私は一体どうしてしまったのか。これではまるで――。

「……貴方は、私をどうしたいのですか」

やっとの事でそう口にすると、彼は急に興が削がれたように無表情になった。

「質問を質問で返すなよ」

突きつけられた剣が、ちくりと喉に触れる。選択肢を与えられて、情けをかけられた事で生まれていた心の余裕が、さあっと引いていった。そうだ、彼は、これ以上ないくらいに気まぐれで、冷酷な、化物だった。

「ああ、それとも……もっとわかりやすく聞いた方が良かった? 死にたいのか、助かりたいか、どっち?」

そう聞かれたら、私に選べる選択肢なんて、決まっている。

私は結局、彼が言うように、生き汚くて、仲間たちの思いを裏切るような、下種だったのだ。

鎧を脱げと命じられて、簡素なローブを身につけただけの姿で、私は謁見の間に通された。玉座には、黒い鎌を携えた、銀色の髪の男が腰を下ろしている。

「おい相棒、なんだよ、そいつ」

「新しい仲間だよ、ギグ」

あの、銀色の髪の男が例の死神か。ギグと呼ばれた男は、私を舐め回すように見て、ふん、と鼻を鳴らした。

「こんな優男、何の役に立つってんだよ……とびっきりの悪人にも見えねェぜ」

「いや、悪人だよ……なにせ、何度も仲間を裏切って、ここに来たくらいなんだからね」

「へえ……ああ、なるほどな」

あの戦いから土壇場で逃げ出して、結局俺らの下に付くってんなら、確かに大悪党だな。そう言って、ギグはげらげら笑い出した。ギグも。私の顔に見覚えがあるらしい。

「いやはや、大したもんだよ……あんな正義感の塊みてェな連中と一緒にいた癖に、オレらの側につくとは……まともな神経じゃあ、出来る訳ねェ」

もしかして、嫌々戦ってたのか? ギグは私の目の前まで迫り、馬鹿にしたような笑みを浮かべて尋ねた。そんな訳はない。あの時は本気で、世界の為に、何より、死んでいった主人と相棒の為に、喰世王と死神を憎んで、殺そうと思っていた。だが、そんな事を今更口にしたところで意味は無い。だって私は、彼らの側に寝返ると決めてしまったのだから。

「あんまりいじめちゃ駄目だよ、ギグ」

「ああ? 新入りをそう簡単に信用出来るかっての」

「それはそうだけど……ああ、だったら、試したら良いんじゃないの」

「へえ……そりゃあいい考えだな、相棒」

「二人共、ちょっと待っててくれるかな」

「おう、早くしろよ」

私を余所に、彼らは私を試すことにしたらしい。だが、どうやって? 碌でも無い事だろうと予想はつくが、これで彼らの眼鏡に適わなければ、私はきっと殺される。喰世王は足早に謁見の間を出て行った。まるで、近所に買い物に出るような気軽さで。

「……お前は知らねェかもな。お前以外にも、何人かあの場から逃げ出したヤツはいたんだよ」

あの時の相棒には、腰抜けの相手をする余裕は無かった、ってのもあるけどな。ギグはそう説明しながら、壁に掛けられた剣を一本、手に取った。装飾代わりでもあるだろうが、一国の王城の、それも謁見の間に飾られたそれは、いかにも鋭く、上等のものであることが伺える。窓からの光を反射してギラリと輝くそれを、ギグは私の側に突き立てた。

「で、その時、逃げ出した連中、どうしたと思う?」

そりゃあ、全員が全員、そうしたかは知らねェがな。そう前置きして、ギグは口元を歪めた。嫌な予感がした。それを聞いたら、後悔で、死にたくなる気がして――。

「くっくっ……お前とは違って、逃げ出した自分を恥じて、オレらの首を取ろうと攻めてきたのさ」

そいつらを何人か地下に捕らえてるんだよ。相棒はきっと、そいつらを使う気だぜ。ギグはそう言って、玉座の側に置かれたテーブルの上から、良く熟した黄色い果実を手に取って齧り付いた。甘い香りが漂う。良く嗅いだ、懐かしい香りだった。主のいない屋敷で、多くの仲間たちと良く食べた果実の香り。

どうか見知った顔でないことを祈りながら、私は扉が開くのを待った。

刑に処されるのを待つ罪人と言うのは、こういった気分になるのだろうか。否、私は殺される訳ではないのだけれど。それをするということは、きっと、真っ当な自分を殺すことと同義だと、そう思った。

ぎい、と、耳障りな音を立てて、扉が開いた。昏い笑みをたたえた赤毛の少年が、両足の無い男を引きずって入って来たのだ。両手は後ろ手に縛られている。口には猿轡がはめられて、何も話せないようになっていた。

その男は、私の姿を見るなり、身を捩って暴れ始めた。彼が喰世王から何を聞かされてきたかは知らない。私に助けを求めているのか、それとも――。

「こいつは、俺を殺そうとこの城に侵入してきた拳闘士でね。あの時の戦いで――」

「その辺は大体説明しといたぜ、相棒」

「ああ、そうなの」

じゃあ、あんまり言う必要もないかな。喰世王はそう言って、床に転がされていた男をもう一度引きずって、私の目の前に転がした。

布越しのくぐもったうめき声が響く。その男には見覚えがあった。口元は布で覆われているけれど、あの目元、短く切られた金髪、緑の角は――かつての相棒に似ていたから、特別に目をかけていた、セプーの青年に違いなかった。

「俺たちの仲間になるって言うんなら、こいつに止め、さして見せてよ」

「こんな体にされちまったら、殺してやった方が幸せってもんだしなァ」

喰世王とギグのその会話を聞いて、彼は一層大きい声を上げた。声にならない声が、どんな言葉を紡ごうとしているのか考えそうになって、直ぐ側に突き立てられた剣に手を伸ばす。死にたくない。こんな酷い姿で生かされるような、そんな目にも遭いたくはない。もう、私にはこうするしかなかった。

重い剣を手に取って、私は彼を見下ろした。目元には涙さえ浮かべて、私を見上げている。もはや声を上げる事も出来ないらしい。私がどうするか、理解してしまったのだろう。その目が私に訴えている。

――助けて。殺さないで。どうしてあなたがこんなことを。

ごめんなさい。もう、そんな目で見ないで欲しい。私にはもう、どうすることも出来ないのだから。私は貴方が思うような善人ではなかった。慕ってくれた青年を、自分が助かるために手にかけるような、下種だったのだ。

私は、彼の首めがけて、剣を振り下ろした。せめて、苦しまないように、と。首から吹き出た血が、私の服を汚した。元々赤いカーペットが、じわじわと赤黒く染まっていく。白銀の刀身に滴る赤い液体を払って、私はもう動かない青年の体から、喰世王とギグに目線を移した。彼らは満足気に笑っている。期待通りの事を出来た、と思って良いのだろうか。

「上等だよ。さして躊躇う事もなく、かつての仲間を殺せるってんなら……十分だ」

「そうだね」

私に対して、彼らはそう言った。助かった。これで、私はもう無残に殺される事も無い――。

「ねえ、ギグ」

「ああ?」

「これ、食べても良いかな」

「……良いんじゃねェの? 相棒が喰わなきゃあ、どうせカラスの餌だしな」

「え……何、を」

ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、想像していなかった事を口にする喰世王に、私は固まってしまった。食べる? 何を? 喰世王が「これ」と言って指したものは、どう見ても、彼の亡骸で――。

私の質問に答える事もなく、ギグの了承を取り付けた喰世王は、床に横たわったままの彼の側にしゃがみ込むと、ぼきりと腕をむしり取って、齧り付いた。

「なっ……」

「ああ、知らなかったのか? こいつはな、喰えば喰うほど強くなるのさ。なにせ、世界を喰らう者なんだからな」

お前だって見ただろう? お前らのお仲間だった喰らう者たちが、同族を喰らって強くなる所をよ。ギグがそう説明する間にも、彼の体はどんどんと喰世王の胃の中に収まっていく。ぐじゅぐじゅ、ばりばり、生肉も骨も区別なく、汚らしい音を立てながら、喰世王は彼を喰らった。

確かに、こちら側についていた喰らう者たちが、統べる者や同族の喰らう者を食べる所は見ていた。だがあれは、こんな醜い喰らい方じゃなかった。光に包まれた彼らが、そのまま口元へ入っていく、荘厳と言ってもいい光景だったのに。こんなの、まるで獣やモンスターと同じじゃないか。

「うっ……」

胃の奥からこみ上がってくるものをどうにか堪える。喰世王が、実に美味そうに、彼の内臓を喰らっていたからだった。

こんな、こんな化物の元についてしまったのか、私は。改めて背筋が寒くなった。

姿形は人間でも、喰世王はもう完全に、化物になってしまったのだ。かつてのような、ただ破壊して回るだけの、災害のような存在ではない。上位捕食者だ。今まで私たちが脅威だと思っていた世界を喰らう者など、人を喰らったりしないだけ、ずっとずっとまともな脅威だと思えた。

私はようやく、「増えてもらわないと困る」という、喰世王が言っていたという言葉が腑に落ちた。人間を増やして、喰らって、より強くなるつもりなのだ。その先に何があるのかなんて、私には想像もつかない。

家畜のように飼われる、と言うのは、感覚的にそう思っただけのはずなのに、それは今の喰世王に取っては、まさに真実なのだ。この世界の住人たちは、全て喰世王の食料にされる。そうされない為には、少しでも長生きするためには、私のように、喰世王に加担するしか方法は無い。

ヒトを、あんなに美味しそうに喰らうなんて、余りにもおぞましい。そう思うのに、だからこそ、反抗する気はすっかり失せていた。ああなりたくない。それだけを理由に、どんな悪行も躊躇いなく実行出来る確信があった。

彼の体を殆ど喰い尽くし、デザートとばかりにかち割った頭から脳みそを啜る喰世王を見ながら思う。あの戦いで殺された仲間たちも、こんな風に彼に喰いつくされたのだろうかと。

食事を終えた喰世王は、とびきりの無邪気な笑顔で私とギグの方を見た。あの時の戦いに参加しただけあって、中々強くて美味しかったよ、と、喰世王は感想を言う。それに対して、ギグはそうかそうかと相づちを打った。狂ってる。だが私も狂わなければならない。そうでなければ、いずれ彼らの不興を買ってしまうだろう。

喰世王は私を見て、血まみれの手を差し出した。

「強いヒトじゃないと美味しくないんだよね……だからさ、強いヒトを沢山育てるにはどうしたら良いか、一緒に考えてくれないかな」

「……」

私は無言で差し出された手を取った。肯定の意を受け取った喰世王は、私の手を軽く握り返し、ギグが腰を下ろしている玉座へと向かっていった。

「一年であれだけの軍隊を揃えた経験者だろ? 期待出来そうだな、相棒」

「そうだね、ギグ」

喰世王の食事を作らされるのか、私は。料理人になりたかった、かつての甘ったるい夢を思い出す。なんていう皮肉だろう。涙も出ず、乾いた笑いが漏れ出た。それを曲解したらしい二人は、実に楽しげに笑い出す。その笑い声を聞いて、私も大声で笑った。私はもう戻れないのだと、彼らの為に生きなければいけないのだと、そう思うと、もう、笑うしか無くなっていた。

終わり

wrote:2017-02-25