はみだし者に愛された男

人身売買などという後ろ暗い商売をしている割に、昨日の風は組織としては至極真っ当な運営がされていた。アジトに住み込みが基本の生活だから住むところには困らないし、必要な服だの備品だのは支給されるし、食事は療術師の連中が用意するからそれなりのものが食える。貯めた金で遊び歩くことも当然出来るし、金が無くても、性的欲求を満たすための商品ならいくらでも地下に囚われていた。

そんな環境を用意してくれている頭領が尊敬されない訳もなく、殆ど例外なく、組織に属する連中はロドのことを尊敬していた。どんな種族でも差別なく、等しく役割と報酬が与えられるのだから、ある意味ではこの世界のどんな場所よりも完成された環境かも知れなかった。主とする事業が犯罪であることを除けば、だが。

食うや食わずの、底辺も底辺の生活をしてきた連中の中には、ロドに対して心酔していると言っても良いくらいの感情を持っている者もいる。行き過ぎた尊敬がすり替わって、情愛を抱く者も。ロドはロドで、来る者拒まずなものだから始末に負えない。それが返って周囲を煽っているのだが、それはそれで構わないという態度である。

とは言え、そもそも書類仕事と重要な取引を殆ど一人で処理しているのだから、ロドがこの組織の中で一番忙しくしていることは全員が知っていた。来る者拒まずとは言え、それは僅かな暇な時間にしか叶わないことであり、お頭の負担にならないように、かつ譲り合って、という二つの事項については暗黙のルールとして存在している。

だから、そのルールを破壊するようなお頭のお気に入りが出来たことは、組織の一部の連中にとってすれば、許しがたいことだったのである。

昨夜もお頭はあの療術師を連れ込んでたらしいぜ、とぼやいたのは、古参の奪人だった。長い付き合いの、相方と言っていいもう一人の奪人が、向かいの席で朝食をかき込みながら呆れた顔をする。

「だったらどうしたってんだよ」

「新入りの癖に、お頭を独り占めしやがってよ。気に入らねェ」

不機嫌そうにコーヒーを飲み干したそいつが、がつんと音を立てて机にマグカップを置く。厨房からうるせえ、備品壊したらぶっ飛ばすぞ、とヤジが飛ぶ。残ったスープを飲み干して、相方がため息をついた。

「お前、お頭が気まぐれだってわかってんだろ。今更ぼやいてたって……」

「いや、度が過ぎるぜ。最近めっきり俺たちを相手にしてくれなくなっちまった」

「そうよ。あたしらだって、たまにはお頭と寝たいってのに」

「おいおい……」

小声でしていたはずの雑談は、耳ざとい連中のおかげで徐々に拡大していった。夜の仕事が多い上、外出している連中も多い。それもあって、律儀に朝食を食いに来る奴らは少ない方だ。だからか、騒がしい奪人を中心に、いつの間にか食堂にいる殆どの連中が集まってきていた。

「確かにあいつが強いのは認めるけど」

「贔屓しないのがお頭の良いところだと思ってたってのによ」

「あいつが何か変な術でもかけてんじゃねェのか」

「そんなことしてたら、絶対に許せないよ」

「おい、何人か乗らねェか。お頭に直談判しに行くんだよ」

ずい、と身を乗り出して、古参の奪人が真剣な目つきで提案した。周囲の連中が目配せしあう。愚痴るだけで良いと思っていたのもあるし、いざ行動に移すとなれば、相手が相手だけに、二つ返事で乗る訳にもいかない。それに、直談判と言っても、もっと俺らに構ってくれ、新参のあいつは何者なんだ、なんて、身勝手過ぎる話である。いくら面倒見が良いお頭だからと言っても、何を言ってるのかと一蹴されてもおかしくはない。

「お前、そりゃあいくらなんでも……」

ようやく相方が窘めると、そいつは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。

「いや、こいつはお頭のためでもあるんだぜ。変な野郎に誑かされてたとしたら、助けてやらなきゃいけねえってもんさ」

「おい、そんな……」

そんな屁理屈、と言おうとしたのに、周りの連中はその一言で乗り気になってきたらしい。一気に周りがざわついた。

「そうだよな、お頭に変な虫がつかねェように守るのも、俺たち部下の役目だ」

「オレは乗るぜ。お頭のことが心配だしなァ」

「お前ら、抜け駆けは良くねェぜ。俺も混ぜろよ」

「あたしも。あんたらだけじゃあお頭を怒らせるだけだし」

もう駄目だこの組織。呆れた相方の奪人はがっくりと肩を落とした。やいのやいのと騒がしくなった食堂へ、もう一声、厨房からうるせえ、とヤジが飛ぶ。その声の主でさえ、話に加わりたそうな顔をしているのだから始末に終えない。

調度良く例の新人の療術師が朝早くアジトを出ており、一週間は戻らないという情報がもたらされると、たちまち今夜人を集めて決行しようという運びになった。その面子とは当然、ロドと寝たことのある不届き者たちである。

大人数で行ってもお頭の取り合いになるだけだ、という至極冷静な判断により、ロドの部屋に入るのは発案者の奪人と、古参の療術師の二人に決まった。うまいこといけば、他に賛同していた連中を呼びにどちらかが走れば良い、ということにして。焔術師の女は残念がっていたが、夜は仕事が入っており不参加となった。

ロドの部屋のドアを控えめにノックして、入れ、の声を待ってドアを開けた。中ではロドが一人、ランプの灯りに照らされて、煙草を咥えながら机に積まれた書類と格闘している。目を通しては仕分けし……を繰り返した結果、机の周辺の床にも書類が散らばり、足の踏み場もないような状態になっていた。余程忙しいらしい。ロドは開いたドアを一瞥すると、すぐに書類に視線を戻した。

「どうしたお前ら、何かあったのか」

忙しいだろうに、こちらの話を聞いてくれるところが、優しいお頭らしい。緩みそうになる口元をどうにかこらえる。忙しそうにしているお頭を見ると、これからしようとしていることに若干の罪悪感を覚えないでもないが……今更引き下がる訳にもいかなかった。

「いや、何かあったって訳じゃあねェんですがね」

「あァ? だったらどうしたってんだよ。俺も暇じゃねェんだ。出てけよ」

ロドはあからさまに不機嫌な顔で煙草を揉み消し、奪人を睨みつけた。お頭のヒステリーは酷い。物にも人にも当たり散らす。普段部下に対してはそれなりに気さくで面倒見も良いだけに、お頭の豹変っぷりを知らない新入りは、初めて見た時酷く狼狽するのが常だった。だがそこは古参らしく、ロドの扱いには慣れている。引き際も心得ているし、どう伝えればお頭が要求を呑むか、大方予想もついている。なんだかんだで、この人は部下を無碍には出来ないのだと、よくわかっているのだった。

「……最近お頭があいつばっかり贔屓しやがるもんだから、鬱憤が溜まってンすよ」

「は?」

「おい! なんで先に……」

直談判とは言え、あの新入りの療術師が何者なのか聞いたり、そういう当り障りのないところから入るとばかり思っていたもう一人は驚いた。確かに最終的にはそこを改善して欲しいと要求することになるかも知れないが、いきなりそこから入る馬鹿があるか。

「たまには俺達も相手してくれなくっちゃあ、寂しくなっちまいますよ」

「馬鹿なこと言ってんじゃねェぞ。てめえら、俺を誰だと……」

続けて下世話な話を要求しだす部下に、ロドはいよいよ殺気立った。この組織にいて、丸腰でいる訳は無い。ついでに、お頭が一番強いことなんて、この組織の誰だって知っていた。二人の背に冷や汗が伝う。それだというのに、奪人はそれを隠しながら居直った。

「ンなことわかってますよ、お頭」

椅子から立ち上がり、腰からナイフを取り出しかけたロドは、その言葉に手を止めた。わかってるなら何故。そう言いたげな視線。それを見て、奪人はしおらしくロドに言う。

「今までは俺達にも優しかったってのに、最近カリカリしてばっかりで……あの療術師に何かされたんじゃねェですかい」

思い当たる節があるのか、ロドはため息をついて椅子に戻った。確かに、周囲から見てもそう取れるくらいには、最近ジンバルトとばかり過ごしているし、やきもきして不機嫌になっているのも自覚があった。しかし、ジンバルトが何かした訳ではない。ロドの方から誘っているだけだ。不機嫌なのも、ジンバルトが理由という訳では無い。その背後にいる誰かを意識してしまうからだ。それをあえて言うつもりは無かったが。

「……変な詮索はやめろ。別に何もねェよ」

「ふうん……じゃあ、いつもみたいに俺達に構ってくださいよ、ねえ?」

あいつ、しばらくいないんでしょ。そう言われ、ロドはもう一本煙草に火を点けて、深く吸い込んだ。次いで、そこら中に散らばった書類をどうするか考え……横槍を入れてきたこいつらにどうにかさせればいいと、そう思うことにした。つまるところ、諦めたのだった。

「……好きにしろ。その前にそこら中の書類、適当に寄せとけよ」

「へへ……おい、下の奴らも呼んで来いよ」

「おい、良いのかよ!」

「お頭が好きにしろって仰ってるんだぜ。早くしろ!」

「お、おう……」

殆ど脅しじゃないか、と思いつつ、療術師が部屋の外へ出るのと同時に、奪人は床に散らばった書類の束を拾い上げて、机の上へ置いていった。久しぶりに間近で見るお頭の顔は、疲れて少しやつれたように見える。お頭は何もないと言っていたが、あの療術師が来てから、お頭がおかしくなってきたような気がするのは間違いじゃないだろう。詮索するなと言われたら従うまでだが、心配するくらいは許されるはずだ。それを口にしたら面倒だから、黙りはするが。

「お前らな……なんでそんなに、俺と寝たがるかね」

書類を揃えて置く奪人に向けて、いくらでもいい女が地下にいるじゃねェか、と、ロドがぽつりと呟いた。それを聞いて、奪人は苦笑した。あんな使い捨ての、泣き叫ぶだけの商品なんてつまらない。自分を形だけでも受け入れてくれる、懐の広い優しいお頭だからこそ、したいのだ。そもそもお頭だって好きものだし、あいつが来るまでは、何の問題もなく互いに楽しんでいたってのに。

「皆、お頭が好きなんですよ。信じてくれたって良いじゃねェですか」

「……変な奴らだ」

「そいつらを預かってるお頭も、ヒトのこと言えねェでしょうに」

「違いねェな」

ようやく笑ったロドは、奪人に向けて煙草を一本投げて寄越した。ありがたく受け取り、ロドから火を分けてもらって吸う。どうやら機嫌も良くなったらしい。寄越された煙草は、随分と香りの良い、上等のものだった。煙草が半分程の長さになった頃、遠くドアの向こうから足音が聞こえてきた。

「……おい、どれだけ連れてくるつもりだよ。好きにしろとは言ったが……」

「まあまあ、多分、お頭見ながら抜くだけでも良いって奴もいますよ」

「……部屋ァ汚すなよ」

「はは……無理ですねこりゃあ」

「しばらく仕事にならねえじゃねェか、馬鹿共が」

「でも撤回は御免ですぜ」

「……限度があるだろ、お前どうにかしろよ」

荒くれ者ばかりの集団で、しかもおっ勃てた馬鹿ばかりとくれば、統率なんて虚しい言葉でしかない。当のお頭がその対象とくれば尚更。どうにかしろよと言われても、自分が筆頭なのだ。抑えがきく訳もない。冷静ぶってはいるが、今回の言い出しっぺは自分だし、自分が一番お頭を抱きたがっているのだから。

二人同時に煙草を揉み消して、それに少し遅れて扉が開いた。入ってきたのは、一緒にいた療術師に加え、奪人と療術師、そして竜人がそれぞれ一人ずつという、種族入り交じる四人の男たち。朝に食堂で騒いだ連中だ。それを見てロドは盛大なため息をつき、肩を落とした。

「……お前ら、せめてちゃんと順番決めろよ」

「安心してくださいよ、喧嘩にならねェように、もうコインで決めてありますから」

隣にいた奪人のその台詞に、ロドはいよいよ項垂れた。もう駄目だこの組織。俺の作った組織だってのに、どこで運営を間違えたのか。元を正せば日頃の鬱憤なり欲求不満を晴らそうと、部下に相手をさせてた時点でこうなることは予想出来……出来る訳ねェだろ。どう考えてもこいつらがおかしい。そんなロドの心中を知ってか知らずか――知らないふりか、入ってきた連中はぞろぞろとロドの側まで歩み寄ってきた。書類が汚れるのだけは御免だ。椅子から立ち上がると、ロドはベッドの方へ移動した。ああクソ、好きにしろだなんて言わなきゃ良かった、と後悔する。前言撤回するのは頭領として最低だ、と考えているロドにとって、今更どうしようもない事態だった。

なんだかんだと文句をたれつつも、これだけの人数の相手をしてくれようという慈悲深いところが、部下たちに好かれる一因だった。むしろ、そういう所を見せるから、余計に集まった連中が興奮しているのだが、そこにロドは気付いていないらしい。

「じゃあ始めましょうか、お頭」

「……はあ、お手柔らかに頼むぞ」

色めき立つ男たちを前に、ロドはため息をついて胸のスカーフに手をかけた。するりと解けた赤い布を放り投げて、ぷちぷちと服のボタンを外す。ベッドに腰を下ろして、不遜な顔で部下たちを見渡した。顕になった胸元。ちらりと覗く乳首を見て、誰かが唾を呑む。

「ほら、誰からだよ。あんまり焦らすんじゃねェぞ」

妙な色気のある自分たちの頭領のお誘いに、順番を決めていたはずなのに、集まった連中は互いに目配せし合った。一番手だと決めていた療術師の男が周りから急かされて一歩前に出る。おずおずとロドへ歩み寄り、躊躇いがちに肩に手を乗せると、意を決したようにベッドの上へ雪崩れ込んだ。周囲の目を気にしていたようだが、触れた途端にタガが外れたらしい。乱暴な手つきでロドの脱ぎかけのシャツを寛げると、胸の突起にむしゃぶりついた。

「――っく」

どういう訳だか、ロドのそこからは乳が出る。ロドはれっきとした男であり、おかしい話ではあるのだが、なぜそんなことになっているのかは誰も知らない。ロド自身も。別に健康に問題は無いし、誰も気にしてはいない。いや、ロド以外の連中はむしろ喜んで歓迎している節がある。吸い付いている療術師の男も例に漏れず、ロドの乳を吸うことに興奮を覚える性質だった。

「はあ……っ、お頭、もっと飲ませてくださいよ」

「……好きにしろ、って言ってンだろ」

飲んでも害が無いことも実証済みだし、味は普通の牛乳と大して変わらないこともあって、吸い付きながらすることがたまらなく興奮するという者は多かった。ロドからの了解を得て、いよいよそいつは勢い良く乳を吸い始める。吸い付いていない方の乳首を指で押し潰し、摘み上げると、そこから母乳が滴りだした。それを見て周囲からヤジが飛ぶ。

「おいおい、俺らの分も残しとけよな」

「つーか、待ってる間暇だしよ、片方は次の奴が飲んでても良いだろ。ねえお頭」

古参の奪人が待機中の連中を焚きつける。集まった連中も例に漏れず、そういった嗜好の持ち主ばかり。我慢がきかなくなった療術師と奪人一人ずつ、こぞってロドの体と胸に手を伸ばした。

「お、おい、お前ら……ッ」

ロドの静止は気にせずに、別の療術師がもう片方の乳に舌を這わせた。零れた雫を舐めとって、先ほど触れられて固くなった乳首に吸い付く。昨晩以降溜め込んでいただろう乳は、おそらくは全員に行き渡る程度には出るだろう。仄かに甘いそれを飲み下しながら、ロドを全裸にしてやろうと下半身へと手を伸ばす。窘めたところで言うことを聞くような状態じゃないことは承知の上だが、次から次へと体を弄られては身がもたない。だというのに、出遅れた奪人が勃起しかけた一物を引きずり出してロドの口元へ突き出した。

「こっちはお留守でしょ、たまにはしゃぶってくださいよ」

あいつ……順番を決めたと言ってた癖に、殆ど意味が無いじゃねェか。しかし、確かに手持ち無沙汰で待たせるのも、やたら時間がかかるだけか。諦めて目の前のそれに舌を伸ばして咥えると、そいつは喜々として喉の奥へと突っ込んだ。えづきそうになるのを堪え、唾液を絡ませた舌で刺激し、吸い付いてやると、そいつはロドの頭を掴んでゆっくりと腰を振った。

「ンッ……流石お頭、うまいっすね」

流石ってのはどういう意味だ。言い返してやりたい気はしたが、口が塞がっていてはそれも出来ない。いつの間にか下半身の腰巻きも外されて、一糸まとわぬ姿にされていた。勃起しかけた陰茎には触れずに、その奥の穴へと、探るように指が這っていく。ぬるついた感触。そう言えばこいつは療術師だったと思った途端、薬品が塗り込められた指先が中へと侵入してきた。

「随分とすぐに入っちまうんですね、やっぱりあの新米と寝てたんでしょ」

「ったく、俺達のお頭を独り占めしやがって……中に残ってねェだろうな」

指を二本差し込んで、中を拡げるようにぐちぐちと弄っていると、徐々にロドの陰茎が固くなっていった。口が塞がっているおかげで感じている声は聞けないが、徐々に質量を増していくそれを見れば一目瞭然だった。中から何かが溢れてくる様子は無い。流石に綺麗にして出て行ったらしい。ともかく、これだけ緩んでいれば入れても問題無いだろう。ずるりと指を引き抜いて、療術師は自身を取り出し、ロドの入り口へと宛てがった。

「そろそろ良いですかね……俺もこれ以上我慢出来ねェし」

「後がつかえてんだ、とっとと済ませろよ」

「はいはい……っと」

本人の了解を得ないまま、療術師がロドの中へと侵入してきた。周囲に急かされたせいか、一気に奥まで突っ込まれ、その衝撃にロドの背筋が跳ねる。ただでさえ指とは違う質量のものをいきなり入れたばかりだと言うのに、すぐさま抽送が始まって、とくれば、遠慮の無い動きに体がついていかない。くぐもった喘ぎが漏れ、しゃぶっていられなくなってくる。

「あー……お頭の中、すげェ気持ち良い……久しぶりにすると、やっぱりくるわ」

周りからもうちょっと手加減しろと言われ、遠慮無く腰をぶつけていた療術師はようやく動きを緩めた。ついでに、いつまでもしゃぶらせてんじゃねェ、と咥えさせている奪人へ文句を言う。そいつが大人しく腰を引くと、間髪入れずに口が開放されたばかりのロドの唇を奪った。さっきまで同僚のものを咥えていたってのに物好きだな、と誰かがぼやく。さっきから胸に吸い付いているもう一人も空気を読んで退いてやっていた。周囲の邪魔者がいなくなったとあって、療術師はロドをきつく抱きしめて、まるで恋人と睦み合うように口づけながら手を握る。それぞれ微妙に嗜好が違うが、こいつは恋人とするように甘ったるく抱くのが趣味であり、それは恐れ多くも自身の頭領にも適用されるらしい。その割にやり方は乱暴だが。肉と肉がぶつかり合う音が部屋に響き、舌と唾液が絡む水音が周囲にも微かに聞こえる。口付けしている療術師にしか聞こえない、ロドの鼻にかかった喘ぎが、更に興奮を煽っていた。

個人の嗜好にわざわざ付き合ってくれる頭領には、本当に頭が上がらない。別にマグロでも誰も文句は言わないのに、ちゃんと腕を相手の背に回して抱き返して、雰囲気を壊さないよう気を遣ってくれているのだ。お頭がそうしているとあれば、部下たちもそれに従うよりない。つまり、なんのかんのとヤジを飛ばしたり、しゃぶらせたりと言った横槍を入れる訳にはいかないということである。

「ったく、こいつをどうしたら良いんだよオレは」

ロドの唾液でてらてらと光っている勃起した自身を軽く握りながら、さっきまでしゃぶらせていた奪人がぼやいた。

「三番手の癖に先走るからだ、馬鹿」

四番手の療術師は、さっきまで率先して乳を吸いに行っていた癖に、冷たい目で奪人を睨んだ。お頭を抱きたい気持ちは共通しているとは言え、別に同僚の一物を見て楽しむ性癖はない。

「……まあ、俺が入れてる時はしゃぶらしても構わねェぜ」

二番手ということになっている古参の奪人が呆れた顔で提案する。

「……無駄に体力使うより、大人しく見物してた方が良い」

一歩引いたところで、空いている椅子に腰を下ろしていた五番手の竜人がぼそりと呟く。御尤もな意見ではあった。

半端なところで止められて抑えがきかない者、とりあえず混ざらずに温存する者と様々だったが、どいつもこいつも、見抜きで済ませる気は無いらしい。こいつは思ったより時間がかかりそうだ。直談判しに来た奪人に向けて、頭領がきつい視線を向けた気がしたが、慌てて目を逸らす。俺だって、皆してそこまで溜まってるとは予想出来……出来なかった訳じゃあねェが、俺だけのせいじゃあ無いですぜ。睨むのは勘弁してくださいよ。そう心の中で謝罪して、どうせ怒られるならやりたい放題やっちまうか、とも思っている。お頭を慕っているのは皆同じだが、狡賢い悪人なのも、また同じなのだ。

待っている間の時間潰しにと、それぞれ手持ちの煙草を咥えて火を点ける。古参の奪人は、先ほどロドからもらった煙草よりも随分とグレードの低いものを吸いながら、殆ど苦々しい気持ちで、同僚とロドの交わりを見つめていた。愛しいお頭が、乳を吸われながら揺さぶられて喘いでいるのを、真っ当な神経でなんて見ていられない。今すぐ混ざりたい気持ちを抑えるためにも、この不味い煙草の酷い味に意識を遣らなければ耐えられそうに無かった。

それから四、五分程して、療術師がロドの中に吐精した。ロドの上から退いた療術師は、荒い息を整えながら、耳元で、ごちそうさまでした、と囁くと、最後にキスをしてベッドからおりる。ロドは達しておらず、物足りなさそうに次の誰かを待っていた。やった、と古参の奪人は思った。俺が一番にお頭をいかせてやれる、と。一番手になれなかったのは残念だったが、これで溜飲を下げてやろう。

「さて、お頭。よろしく」

上着を脱いでロドの上に跨った奪人は、言葉の上では丁寧に挨拶をした。ロドはそれを見て、あからさまに眉をひそめる。こんな展開になった首謀者に対して、優しくしてやる道理は無いとばかりに。

「てめェかよ……とっとと済ませろよ」

「どうですかね、っと」

「ンッ……う」

奪人はロドの穴へと指を差し込んで、中をぐちぐちと弄りだした。中に出されたものが溢れ出てシーツを汚す。滑りが良いのは構わないが、残っているのは気分が良くない。さっきまで男を受け入れていたそこは、指でのもどかしい愛撫では足りないらしく、早くもっと大きい物を寄越せと言わんばかりにきゅうきゅうと締め付けてきた。

「俺はさっきみたいなヘタクソとは違いますからね、ちゃんと気持ちよくしてあげますよ」

「言ってろ」

指を引き抜いて粗方中に出されたものを掻き出し終わると、奪人はロドを四つん這いにして、後ろから少しずつ、焦らすように挿入した。折角久しぶりにお頭を抱けるってのに、あんなに性急に終わらせちまったら勿体無いってもんだ。

「くッ、あ……」

「お頭ここ好きでしょ、ね?」

歯を食いしばって耐えているのが、顔を見なくてもわかる。一気に奥まで入れても良いが、少し手前の所を押し潰してやるのが一番感じるのだ。何度も相手をしているのだから、お頭の良いところなんて、一から十まで知り尽くしている。

「アッ、う、てめえ……ッ!」

「どうしました? 気持ち良いでしょ?」

良いところを突いてやる度に、ロドの口から高い声が上がった。悪態を吐こうが、良さそうな声と締め付けてくる中の感触でどうなっているかは容易くわかる。気持ち良いなら良いと素直に言えば良いものを、言わないところがお頭らしい。そこが良い。簡単に陥落されたらつまらない。

奪人はロドの中に深く挿入すると、胸へと手を伸ばした。乳を搾られながら奥を突かれるのも好きでしょ、と囁いて、ぎゅう、と乳首を摘み上げる。

「――っく、あ」

「はは、すげー締まってる……ッ」

噴き出したロドの母乳がシーツに白い染みを作っていくのを想像しながら、奪人は腰を押し付けて奥をぐりぐりと刺激した。誰よりも強く狡猾で、羨望の的になっている自分たちの頭領が、乳を搾られながら犯されて善がっているなんて、本当にたまらない。これ以上の快楽がこの世にあるだろうかと思える程。

「おい、誰かしゃぶらせても良いぜ。ねえ、お頭?」

「あう……てめェ、んんッ、ん、あッ」

文句を言われる前に抽送を激しくして黙らせる。ロドがどこを突かれたらまともに話せなくなるかもわかっているのだから、それは簡単だった。先ほど寸止めを食らった奪人へ目配せすると、好色そうな顔で笑ってベッドの上へ乗り込んで来た。先ほどと同じように一物を取り出して、ロドの目の前――口元へと持っていった。どんどん調子に乗っていく部下たちに苛々しているのは明白だが、ロドは情けない喘ぎ声を漏らすよりはマシだと思ったのか、大人しくそれを咥えることにしたようだった。むしろとっとと終わらせようと、さっきよりも本腰を入れて奉仕し出した。ささやかな抵抗のように。

「ぅあ、まずいっすよお頭、そんなんされたらすぐイッちまう」

「へへ……馬鹿が、入れる前にイッてたら世話ねェな」

腰を引こうとしても、それは許されない。ロドの手が奪人の脚と一物を掴んで離さなかった。扱かれながらじゅるじゅると吸い付かれて、腰が砕けそうになるのを堪えるのがやっとになっている。それを後ろから貫かれながらこなすのだから、このお頭は本当に、こっちの方も優秀だった。

「ぅう、あ、すんません、もう出ます……ッ」

ロドの喉奥に向けて吐き出すと、ロドはそれを出された端から飲み下した。どれくらい溜め込んでいたのかは知らないが、やたらと粘度の高い液体が喉に張り付いてむせ返りそうになる。どうにか堪え、先端を吸い上げて一滴残らず飲み干すと、ようやく萎えたそれを開放した。頭領の蕩けた顔が勝ち誇った表情に歪む。それを咥えられていた奪人だけが見ていた。こんな淫靡な顔を見たのが自分だけだなんて、この後入れられなくても構わないと思う。いやむしろ、こんな顔を見せられたら、もう二、三度頑張るのなんて容易い。奪人はベッドから下りると、手近な椅子に腰を下ろした。ロドは後ろからの責めに高い声を上げて悦んでいる。悦んでいると、本人は認めないだろうが。

「ちゃんと飲んであげるなんて、さっすがお頭。お優しい」

「う、るせェ……ッ! とっととイッちまえよ……ッ!」

「まだですよ……お頭を先にイかせてあげますからね、っと」

「ヒッ、あ、ああッ」

決して細くはないロドの体を抱えあげて、向かい合わせで抱き合い、深く貫く。奥の奥、滅多に届かないところに押し付けられて、いよいよロドの頭の中は馬鹿になってきた。奪人に揺さぶられるのに合わせて、もっとそこを擦って欲しいと言わんばかりに腰を振る。しがみついていなければおかしくなりそうで、奪人の肩に手を回した。繋がっている部分はどろどろで、ぐじゅぐじゅと卑猥な音を立てている。乳首に歯を立てながら乳を吸い、片手でだらだらと涎を零すものを扱いてやると、ロドは雌のような声を上げて射精した。吐き出されたものが二人の腹を汚して、垂れ落ちた精液が二人の陰毛に染みこむ。

「ん、良く出来ましたね……俺もそろそろ出しますから、もーちょい我慢してくださいね」

「ウッ、あ、やめ、んぐっ……」

達したばかりのところを突き上げられて、辛いくらいの快感でうまく抵抗さえ出来ない。そんなお頭が可愛らしく、深く口付けようとして、がちがちに歯を食いしばっているのに気付いて笑い出したくなった。この人は本当に、どこまでいってもお頭らしいんだな、と思う。そういうところが好きだ。

唇を押し付けたまま、奪人はロドの中に射精した。ロドが出した量とは比べ物にならないくらいの量。今まで溜め込んでいたことは溜め込んでいたが、久しぶりにロドを抱いたことに、自分で思っていた以上に興奮していたらしい。

「はは、ごちそうさまでした」

「……あ、はァ……てめえ、とっとと、退けよッ……」

「はいはい、まだあと三人いますからね」

ずる、とロドの中から引き抜くと、抜いた端から出されたものが溢れ出した。

「ああ、ダメですよお頭。零さないようにしてくださいよ」

「ん、て、めえッ! やめ……ぅあ」

溢れたものを指で掬って、閉じきらないままの穴に押し戻しながら、指でもう一度中を弄ってやる。さっきイッたばかりなのに、また気持ち良さそうにしちまって、まあ。後につかえてなけりゃあ、このまま二発でも三発でもいけるってのに。

「おい、終わったんならとっとと退けって」

「ち、仕方ねェな」

肩を三番手の奪人に掴まれて、渋々指を引き抜いた。まあ良い、三人分、いや、四人分待てば、また自分の順番が回ってくるだろう。

「……じゃあお頭、また後で」

ロドから離れて、奪人はぽつりとそう呟いた。盛った三番手に押し倒されたロドの耳に、それが届いていたかはわからない。届いていたとしても、どういう意味なのか尋ねる暇も無かったけれど。

空が白んできたことで、面々はようやく随分と時間が経ったことを自覚した。概ね日付が変わる頃から始まった狂宴は、二巡目が終わりに差し掛かったところ。素っ裸だったり半裸だったりする男が六人もひしめき合う部屋は、異様な匂いと湿っぽい空気で満たされ、順番待ちの誰かが持ち込んだ酒瓶のおかげで更に酷い有様になっていた。

ベッドの上はぐちゃぐちゃで、シーツも布団も毛布も誰が出したかわからない体液がこびりついて隅に追いやられている。その乱れたベッドの上で、疲労困憊でぐったりした頭領が、うつ伏せで後ろから突き上げられていた。一体何度達したのかわからない。いい加減にしろと一度だけ叱り飛ばしたが、蕩かされた体は言うことを聞かず、酔っ払って更に馬鹿になった部下たちに寄ってたかって犯されて現在に至る。二巡目とは言ったものの、我慢できずに咥えさせた連中が半分以上いることを考えると、殆ど三巡目と言って良かった。

搾られまくった乳は部下たちが揉みしだいたおかげで痣になっているし、乳の出が悪くなった途端、栄養が足りてないだのなんだのと屁理屈を捏ねられて口に陰茎をねじ込まれて無理矢理飲まされる始末。何が悲しくて自分の体内に入ったものをしゃぶらなきゃいけねェんだよ、と言いたいところだったが、抵抗する気力も沸かなくなっていた。牛扱いしやがって、後で面倒くせえ仕事を押し付けまくってやる、と心に決めて、大人しく飲み下していたものの、長時間に及ぶ行為のおかげで、今のロドは意識が朦朧として、まともに頭が働かなくなっている。

「おい、そろそろこの辺にしとこうぜ。お頭もヤバそうだしよ……」

古参の奪人が、ロドを揺さぶっているもう一人の奪人を窘める。ロドもさっきから反応が薄くなっていて、時折びくびくと体を震わせるくらいになっているし、部下たちもいい加減に眠くなってきた。すでに床で寝ている者もいるし、そろそろ夜の仕事から戻ってきた連中が報告にやって来てもおかしくない時間だ。いくら合意の元とは言え、お頭をこんな目に合わせているのが同僚に知れたら、流石にまずい。とりあえず篭った匂いをどうにかしなければ、と、窓を開ける。

「ちょっと待てって……もうすぐイクから」

「どんだけ出すんだよお前、もう四回目じゃね?」

「覚えてねェよ……お頭、もうちょい我慢してくださいね」

もう、どうにでもしてくれ……それも口に出来ないくらいにロドは疲れきっていて、喘ぎまくったおかげで喉も枯れ、指一本さえ動かすのが億劫だった。それなのに、奥を小突かれ、弱い所を擦られれば、体は意志とは関係なく快感を頭に走らせる。もう何度も射精して弱々しく勃起しただけのそこは、薄い精液ともただの先走りともつかないものをとろとろと零すだけになっていた。

「……ッ、お頭、出しますよ……ッ!」

ロドを犯していた奪人が、腰を押し付けて、一番深い所を抉った。他の連中が出したもので満たされたそこに、だくだくと注ぎこむ。奥に感じる熱いものの感触だけが妙に生々しく体内に広がって、殆ど条件反射のように、中のものを締め付けてしまう。抜かれた端から中に出されたものが溢れでて、ベッドに新しい染みを作った。

「あーもう、お頭の中最高すぎるわ」

引き抜いて、そのまま前に倒れこんだそいつは、汗やら誰かの体液やらで湿ったロドの肌に唇を落とした。彫られた刺青を指でなぞって、愛おしそうに頬ずりする。

「お前な、どんだけだよ……お頭、大丈夫っすか」

「……てめえ、ら……後で……殺、す……ッ」

「そいつは勘弁してくださいって」

疲労困憊で意識が飛びそうになってるってのに、開口一番それなあたり、流石うちのお頭は格が違う。そう言いそうになるのを堪え、掠れた声で力なく呟くお頭に、苦笑いして頭を撫でる。大丈夫そうではあるが、部屋の片付けの方が手間だろう。そう言えば、部屋を汚すなと言われた気がする。汚すとかそういう次元の話じゃないくらい、部屋の中はぐちゃぐちゃだった。被害がないのは机と書類だけ。

「おい、てめェもいつまでもお頭の上に乗ってんじゃねェぞ。片付けしろ、片付け」

「お前……もうちょい余韻ってのをだな」

「うるせえ、そろそろお頭がキレそうなんだよ」

そう言われて、ようやくロドの上に乗っていた奪人は体を退けた。

「おいてめェら、いつまでも寝てんじゃねえぞ! 撤収だ」

雑魚寝している連中に向かって叫ぶと、彼らはようやくのそのそと起き出した。興奮していて馬鹿になっていたが、冷静になると酷い絵面だ。人間族にセプーに竜人と、レッドフォッドとクピト族がいないだけの多種多様な面々。これらを分け隔てなく相手にするなんて、お頭は本当に懐の広いお方だぜ。それに甘えきりなのもどうかと思うが、拠り所の無い俺たちにとっては、お頭しかいないのだから仕方ない。そう、仕方ないのだ。

「お頭、起きられます?」

「うっせえな……触んじゃねェ」

触るなと言われても、そんなふらふらの体で水浴びになんて行けないし、そもそも出されたものを掻き出さないと部屋の外にさえ出られない。掻き出すまでもなく、開きっぱなしのそこからは、中に出された白濁がとろとろと溢れ出しているのだが……それはそれで目の毒だ。

「一人じゃ無理でしょ……おい! 誰かお頭を頼む」

「おう、任せろ」

「じゃあ俺が」

「いやオレがやる」

「うるせえ、俺だよ」

「……いい加減にしろてめェら!」

自分が買って出たら悪いかと思って声をかけてみれば、これだ。さっきまで寝ていた癖に、その反応の良さは何なんだよ、と項垂れる。ロドの呆れたようなため息が、部屋に響いた。

昨日の風のアジトの一階には、だだっ広い食堂が設置されている。元は王族が住んでいただろう城らしく、無駄に豪勢な、組織の連中を全員収容してもまだ余裕がある程の広さ。そこで今夜は組織の連中総出で宴会が開かれていた。

「さ、お頭、どんどんどうぞ」

一番奥の、立派な作りの一人がけソファにロドを座らせ、昨晩――というより、朝方の奪人が酌をする。倉庫から出してきた、一番上等なワインだった。奪人の額には冷や汗が浮いているが、ロドは不遜な顔をしたまま、無言で酒を注がれている。

つまるところ、お頭のご機嫌取りの宴会だった。昨晩部屋にやってきた連中は、揃いも揃って古参の力のある連中ばかりだったのもあって、声を掛ければ宴会を開くのは容易い。そもそも、殆ど毎晩どんちゃん騒ぎをしている組織のこと、それが少し豪勢になるくらい、なんてことはないのだった。

「……お前らな、調子良すぎんだよ」

ようやく口を開いたお頭は、連中の意図を正確に汲み取っていた。こんなんで機嫌が直ると思ってんじゃねェぞ。仕事も残ってんのによ。そう睨みつけられて、酒を注ぎに来た奪人は苦笑した。続けざまに、まずもって酌をするんなら、てめえらみたいなむさ苦しい男じゃなく、良い女を寄越せと言われ、慌てて周りの楽師と舞術師に声をかけた。奪人に声をかけられて振り向くなり、不機嫌なお頭が視界に入り――すぐに彼女らは事情を察したらしい。二人が甲斐甲斐しく世話を焼き始めたが、どこまで機嫌を直してくれるものやら。ついでに、古参の奪人に向けて、昨晩参加出来なかった焔術師がきつい視線を送ってきているが、見なかったことにした。詳細を洗いざらい吐いたら燃やされる。

奪人以外にも昨晩ロドが相手をした連中がこぞって料理と酒を持ってやって来ていたが、お頭は万事その調子だった。二人の療術師は普段作らないような手の込んだ料理を作って並べている。ロドの前には、苦手な牛肉を使わずに作ったものを置いて取り分けていたが、不機嫌そうな顔をされただけ。口下手な竜人は怪しげな錠剤を置いて去っていったが、当然、ロドはそれを飲む気にはならずに、近くにいた奪人が無理矢理飲まされて悶絶していた。後で聞くところによると栄養剤だったらしいが、それならそうと言ってから去れば良いのに。

不機嫌なお頭にビクついているのは昨晩の連中だけで、他の組織の連中は、いつも通りに騒いでいる。むしろ、いつもより豪華なのもあり、いつも以上に盛り上がっていると言っても良かった。時折酌に来る連中に対しては、ロドはいつも通りに応対している。決して少なくない人数の組織なのに、ロドは一々全員の顔と名前、その能力と与えた仕事を覚えている。酌をしに来た部下の名前を呼んで雑談して、こっちは気にせず好きにやれ、と、相手になみなみと注ぎ返して、困り顔の部下を見て笑ったり。

小一時間もすると、周りの雰囲気も手伝ってか、ロドの機嫌も幾分か良くなったようだった。薄い笑みを浮かべて、大騒ぎする連中を眺めながら酒を飲んでいる。これなら、昨日はぐらかされたことを聞いても良い気がした。奪人は空になりかけたロドのグラスに酒を注ぎながら尋ねた。

「で、お頭。結局あの新米は何なんです? 有耶無耶のまんまですぜ」

「何なんだ、って、どういう意味だよ」

思った通り、それ程質問に嫌がっていない。睨まれたら引こうと思っていたが。

「だから、やたら仲良くしてらっしゃるようなんでね。古い知り合いか何かかと」

「……古い知り合い、の弟ってところだな」

「へえ」

適当にカマをかけただけなのに、当たらずとも遠からずだったらしい。ロドはなんとなく、遠い昔を思い出しているような、そんな目をして煙草に火を点けた。昨晩のように煙草を一本渡されて、ありがたくいただくことにする。

「それで、面倒見よう、ってことですか」

「……どうだかな」

結局、そこは曖昧なままか。それでもまあ、多少素性が知れたなら十分だろう。それにしても……どういう知り合いだかは知らないが、こんな組織で面倒を見るだなんて、一体どういう間柄なのか。見たところ、それ程生活に困ってそうな育ちをしてるようでもないのに。それ以前の問題として、そんな相手と寝るというのも、なんとも。

「……いらぬ心配かも知れませんがね、その古い知り合いにバレたらマズいんじゃないんすか。寝てんでしょ、新米と」

「うるせえ! 詮索すんなって言ったろ」

「はあ、まあ……そうですが」

言わなきゃ良かった、と奪人は後悔した。小声ながら怒鳴られたとあれば、お頭の直りかけの機嫌はだだ下がりになってしまったと見ていいだろう。どうしようもない。やっちまった。

「ま、お頭の知り合いだってんなら、疑う余地は無ェや。まだ若いみてェだが、腕が立つのはわかりますしね」

「ふん。わかってんなら、てめえらももうちょい腕を磨くんだな。新米に負けてちゃあ、情けねえだろ」

「……了解」

なんとまあ、部下を焚きつけるのがうまいんだ、この人は。こっちは汚れ仕事を本業にして長いのだ。後から出てきた奴に負けるのは、確かに我慢がならない。この組織は力のある奴が上に立つ決まりだ。文句があるなら、実力で勝てという事。

「あと言っとくがな、てめえらはしばらく遠出の仕事だ。せいぜい死なねえように気をつけろよ」

「マジすか! 勘弁してくださいよ」

「どの口で言えんだよ、馬鹿が」

気を引き締め直させておいて、それか。どうやら機嫌はそれ程悪くないらしいが、昨晩の事で怒ったのには変わらないらしい。唐突にどん底に突き落とすとは。

狼狽える奪人と、ころころ笑うお頭に、どんなやり取りがされているのか知らない周りは思う。流石お頭、部下にも気さくでお優しい。この人についていけば、きっとこの先もうまく生きていける――と。それに反して、昨晩の共犯者たちは思う。一体どんな恐ろしいやり取りがされているのかと。あの奪人はお頭の扱いが妙にうまいから、あんな風に微笑ましそうに見えるだけだ。きっと昨晩の連中は丸ごとどこかに飛ばされて、えげつない酷い仕事をさせられる――。

ロドの采配は殆ど完璧と言って良い。一人でどこかに飛ばされることも基本的に無いし、どのチームにも療術師が組み込まれるおかげで滅多に死者なんて出ないのだけれど、死者が出ないこととキツくないことはイコールではない。そして特に厄介な仕事を担当するのは大体古参の連中で、どんなことをさせられるのか概ね予想がつくだけに、青ざめざるを得ないのだった。

「――さて、俺は戻るぞ」

「もう戻るんです?」

周囲の思惑はともかく、空になったグラスをテーブルに置き、煙草を咥えたまま、ロドは席を立った。もらった煙草の煙を吐き出しながら、奪人が尋ねると、ロドは笑って聞き返した。

「誰かさんのおかげで仕事が溜まってんだよ。手伝うか? おい」

「いえ……遠慮しときます」

顔は笑っているが、目は全く笑っていない。ロドは食堂に残る連中に手を振って出て行ってしまった。

やれやれ、と、奪人はようやく落ち着いて酒を煽った。あの後、たっぷり一時間かけて後始末をして、足腰の立たないお頭を部屋に連れ帰ったものの、その後お頭は夕方まで目覚めなかった。余程疲れきっていたのだろう。起き抜けに側にいた自分にいきなり怒鳴り散らしたかと思えば、よろよろと仕事をし出して――夜に宴会をやるから来て欲しいと言われて更に青筋を立てていたのを、側で手伝いをさせられていた自分だけは知っていた。言いに来たのが組織に来てから日の浅い女だったからブチ切れていなかっただけだ、と。ちなみに、その女に誘いに来させたのは、当然この奪人である。新入りには――特に女には、多少お頭も甘いのだと、よくわかっているのだった。

さて、俺ももう少し呑んだら手伝いに行くか、と考えながら、奪人は煙草を揉み消した。遠慮しておくとは言ったものの、お頭の仕事の邪魔をしまくったことは申し訳なく思っている。少しくらいは手伝わないと、筋が通らない。もちろん、手伝いに行くこと自体には、悪いことをしたという償いの気持ちだけではなく、下心も多分に含まれているのだが。複数人でするのも嫌いじゃないが、出来ることならお頭を独り占めしたいと考えるのは誰だって同じだ。それがルール違反だとわかっていても。

今しばらく、この宴会は終わらないだろう。昨晩の連中は、お頭を怖がって部屋には近づきそうにない。となれば……今が絶好のチャンスな訳だ。

舌なめずりをして、奪人はグラスにほんの少しだけ残った酒を飲み干すと、そっと食堂を抜けだした。

終わり

wrote:2016/12/25