意識を保っていられる時間が短くなって、余計なことをしている時間がないことはわかっていても、食欲という三大欲求の一角を担う欲求には抗えない。それを満たすために、目の前に並べられた、贅の限りをつくした料理をひたすら口に運ぶのだけど、どういう訳だか、いくら食べても食べたりなかった。
オウビスカ国は農業大国というだけあって、味については申し分ない。五感を共有しているギグも、それについては満足げだ。俺が寝ている間にも、破壊活動をしているとき以外は、ひたすら食べているらしいことからも、それは間違いなかった。
味にも文句は無いし、実際に腹も膨れてはいるはずなのに、どうしてだか体のどこかが飢えている。それは、そうだ、あの時。オステカの街で、いくら斬りつけても倒れない、あのレビンとかいうセプーと戦った後に感じた空腹――というより、飢餓感を、より強くしたような感じだった。あれから、何をどれだけ食べれば満たされるのかもわからないまま過ごしている。
「おい、お前。ちょっとこっちに来いよ」
「は、はい!」
長テーブルいっぱいに並べられた食事をあらかた一人で食べつくし、それでも物足りない俺は、おかわりを持ってくるように言おうと、扉のそばに立っている二人の兵士のうち、俺に近い位置に立っているほうに声をかけた。
「おい相棒、まだ食うのかよ」
「うん、どうしてだか、お腹がすいて仕方ないんだ」
呆れた声で言うギグに、そう返す。
「マジかよ……オレはもう腹いっぱいで苦しいくらいだぜ?」
どうやら胃袋の感覚も共有しているらしいことに驚きつつ、言われてみれば物理的にこんなに腹に入れてしまって大丈夫なのかと不安になる。苦しいって言うなら、ギグのためにこの辺で終わりにしておいてあげようかな。
「……じゃあ、あと一口だけ」
「仕方ねーなあ、何食うんだよ」
「そうだね……」
ここに来てから、きっとこの世にあるだろう食事はすべて食べつくした感があった。今まで食べたことの無いもの、そんなものがあるだろうか。それを食べたら、この飢えも満たされるだろうか。
あ、そうだ。食べ物と言えるかは微妙だけど、さっきから良い匂いを漂わせているものが、隣に立っているじゃないか。
「ねえ、お前、もうちょっとこっちにおいでよ」
「……はい、なんでしょうか」
呼びつけておいたままの兵士に手招きする。鎧と兜で顔と体を隠していて体格や表情は見えないが、こんな状態の城内に残っているのだから、随分と強いのだろう。つい最近気づいたのだけど、強いやつは、何故だか良い匂いがする。里の連中やレイド国の騎士団、水棲族たちは弱すぎて、今まで気づけなかったに違いない。こいつ、食べたら美味しいかな?
おずおずと兵士はこちらに近づき、俺のそばまで来て立ち止まった。と同時に、椅子のそばの床に突き刺していた剣を引き抜き、兵士の心臓を狙って突き刺す。
「あ……がッ……!」
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げるギグを尻目に、床に崩れ落ちる前に兵士の右腕を引っつかんで、心臓から引き抜いた剣で、食べやすいように腕を切り落とした。剣を再度床に突き刺し、生暖かさの残る腕から、手甲を外す。思ったより細いな。
「ななな、何やってんだよ相棒!」
「……これ、食べたら美味しいかなって」
「うめーわけねーだろーが! んなもん食うんじゃねー! 腹壊すぞ!」
「そうかなあ」
喰世王が腹痛で寝込む、なんて面白いね。寝首をかきにやってくる奴らがいっぱい出てきそうだけど。それにしても、ギグがここまで慌てるなんて珍しい。
「せめて焼いてから食えよ! 生肉はオレの趣味じゃねー!」
「あ、そうなんだ」
好みじゃないなら仕方ないな。ギグもこれ、美味しそうって言ってくれるかと思ったのに、残念だ。
「最後の一口なら、そこの果物でも食っとけよ」
「仕方ないなあ」
確かに、デザートにはそっちのほうが合ってるのかも。でも、せっかく切ったのにもったいないな。誰か代わりに食べてくれる人がいると良いんだけど、この部屋にいるのはもう一人しかいない。期待はしてないけど、まあ、物は試しかな。
「……食べる?」
同僚だっただろう、扉の前のもう一人の兵士に手に持った腕を差し出すと、そいつは尻餅をつき、がたがたと震えだした。
「あ、あ……」
「……食うわけねーだろ、相棒」
「だよねえ」
腕を床に放り投げて、俺はデザートの黄色い果物を摘んだ。甘く柔らかい実を噛み砕き、口を満たす果汁を飲み下す。美味しい。でも、やっぱりなんとなく、物足りない。
「さて、腹も膨れたし、一暴れしに行こうぜ!」
「そうだね」
暴れれば、多少はこの物足りなさも薄れるだろう。血だまりが広がった床を背に、俺とギグは食堂を後にした。願わくば、今まで食べたことの無い美味も、ついでに見つかりますように。
終わり
wrote:2014−12−21