命がけの鬼ごっこ

死神憑きの赤毛の少年は、その細い体躯に似合わない、黒い大剣を振り回し、無邪気に笑って兵士たちを惨殺していた。戦いにすらならない。彼の髪が銀に変わったと思えば、周囲の兵士たちは一瞬にして死体と化して、そこら中に転がってしまった。もう、おしまいだ。こんな化物になんて、勝てる訳はない。

レビンがあの少年とまともにやり合えているのを見て、ようやく希望らしいものを感じられたけれど、それでも、あれはとても、撃退したとまでは言えないと思った。

レビンや町の人間たちは、少年が引き上げていったのを見て喜んでいたけれど、私は悪い予感ばかりが胸を過ぎって、落ち着かずにいた。あれは、何かもっと恐ろしいものになって、私達にまた襲い掛かってくる。そんな気がして。

兵士の振りをして潜入した禍々しい城で、私は、その少年に再会した。気付かれてはいないとわかっていても、あの何処までも暗く光る金の瞳に見つめられると、次の瞬間には首と胴が離れてしまったような寒気を感じる。相手は、私の半分程度しか生きていないはずの子供なのに。

「ねえ」

「……なんでしょうか」

数多くいる兵士たちの中から、少年が私を手招きして呼び寄せた。

殺されてしまうのではないか。そうでなくても、きっと碌な用事ではないに決まっている。脚が震えそうになるのを必死で堪え、私は少年の前に跪いた。彼は満足げに笑うと、

「ぼくと、遊んでよ」

そう、私に小さな手を差し出した。子供らしい小さな手のひら。握り慣れない大剣を持っているせいで、ところどころに小さな傷が付いていた。彼の笑顔は、歳相応の、可愛らしい少年のそれに過ぎないのに。

もしかしたら、彼は、本当にただの少年なのではないか。きっと、彼に取り憑いた死神が、あんな凶行に誘っているだけ。どうにかして、あの死神を引き離す事が出来れば――。

「おい、聞いてんのかよ」

「――! 申し訳ありません。もちろん、ご一緒させていただきます」

耳に飛び込んできた死神の声に、慌てて返事を返し、少年の手を取った。機嫌を損ねれば命はない。そんなこと、わかっていたはずなのに。

「じゃあぼくと、鬼ごっこして遊んでくれる? ぼくが鬼になるから、十数える間に逃げてね」

「捕まったらどうなるか、わかってんだろ?」

「……はい」

無邪気に喜ぶ少年の声と、低く響く死神の声。これでは、どちらに転んでも行き着く先は同じではないか。

いーち、にーい、さーん。数を数え始めた少年の声を背に、私は全速力で城の廊下を駆け抜けた。本気で追いかけっこをしたところで、私に勝てる見込みなどない。急いで変装を解いて、身を隠さなくては。

城の一室で鎧を脱ぎ捨て、城の外まで必死に走る。人気のないところが何処かを、いの一番に把握しておいて良かった。街中まで来れば、もう気付かれることはないだろう。後は、出来るだけ遠く、町の外まで逃げるだけ。

あの少年を開放する術はないのだろうか。呼吸を整えながら、そんなことを考える。本当はきっと、ただの寂しがりやの少年なのではないか。それを慰める方法を知らないだけの、哀れな少年だったとしたら……。いや、そうだとしても、あれだけのことをしておいて、ただ許される訳はない。あれを殺さなければ気が済まない人間は、この世界にいくらでもいる。

それから一年。森の中に封じられていた少年を、私たちは寄ってたかって殺しにかかった。あの少年は、やはりただの狂った殺人者に過ぎなかったのだ。そう思うことにして。

一年かけて共に鍛えあったはずの仲間たちは、少年の剣の下、次々と殺され、喰われてしまった。これでもまだ届かないのか。少年は、口元を赤く汚し、笑いながら剣を振るっている。飛び散った血と臓物を浴びて、そこら中に転がった人間たちに喰らいついては、また笑う。彼の赤い髪は、地毛なのか血で汚れたものなのか、もうわからない。

私が攻撃したところで、彼を殺すことなど不可能だとわかっていたが、こうなってしまえば、逃げたところで結果は同じだ。

私は殆ど自棄になって、少年に向けて走り出した。彼はまた新たな獲物が来たとばかりに顔を歪める。せめて一矢報いてから死んでやろう。手にしたナイフに力を込めて、精一杯突きつける。それなのにナイフは虚しく空を切り、彼は黒い剣を私の腹に突き入れた。幾人もの血を吸ったそれは、鈍く、重く、私の体を貫く。

「……やっと、捕まえた」

膝が折れ、ずるりと剣が引き抜かれる。腹から、口から、取り返しのつかない量の血が漏れだして、同時に体が冷たくなっていくのを感じた。長い長い鬼ごっこが、ようやく終わるらしい。やはり彼自身が、死神に過ぎなかったのだ。変な期待をした私が愚かだった。

少年は、私の顔を見て嬉しそうに笑うと、いただきます、と言って、私の頭に齧り付いた。

終わり

wrote:2015-10-01