私の知らない大事な人

ロドが地下で呑んだくれているとジンバルトから聞き、俺は嬉々として地下の酒蔵へ向かった。酒と煙草を教えてもらった、あの、薄暗くて黴臭く、汚らしい場所。ギグは嫌そうにしていたけれど、まあ良いだろう。寝てれば関係ない訳だしね。前に味わったあの酒の味は悪くなかった。煙草も、それなりに嫌いじゃない。何より、ロドと話をするのは、なんとなく落ち着いたから。

がちゃりと重苦しい酒蔵の扉を開けると、頼りないランプの明かりに照らされて、ロドがグラスを傾けているのが目に入った。焦点の合わない瞳は、入ってきた俺さえ見つめずに、宙を泳いでいる。随分と酔っているらしい。空の酒瓶と、割れたグラスが幾つか、床に転がっている。

「……ロド、おはよう」

「ああ……親友さんか」

声をかけられて、ようやくロドはこちらを見た。ロドの正面の椅子に腰を下ろす。空いたグラスに乱暴に酒を注ぎ、一息で飲み干した。おかわりを注ごうと酒瓶を手に取ると、ロドも手にしていたグラスをこちらに向けた。もう限界なのがわかるくらい、手元が怪しい。この前はそんなに酔って無かったし、弱いようにも見えないのに。

「どうしたの、そんなに酔って」

「……なんでもねェよ」

酒を注ぎながら尋ねても、不機嫌そうにそっけない返事を返すだけ。寝ている間に何かあったんだろうか。ギグを起こして聞いてみても良いけれど、面倒だ。寝ている間のことは夢で朧気に見ているが、夥しい量の死体に塗れた光景から、ロドに関わることを見つけ出すのは難しい。

「……ねえ、俺が寝てる間のこと、教えてよ」

「ふん、そんなの、ギグさんに聞きゃあ良いだろう」

「……つれないね」

本人に聞いたところで、答えてくれそうにない。仕方がないから、ロドに付きあって酒を飲むことにする。潰れたアンタを、好きなようにするのも面白そうだ。

俺もそれなりに早いペースで飲んでいるのに、それに付き合うロドは一向に潰れる気配が無かった。酷い酔い方なのは目に見えて明らかなのに、意識を保って、自分を傷つけているような、そんな風にも見える。

そんな表情を、俺は何度も見た記憶がある。目の前で子どもや恋人、伴侶を殺された人間の、自分の無力さを責めて、傷ついた顔。

何瓶目かの空の酒瓶を床に転がして、俺はグラスを置いてロドに言った。

「……俺さあ、アンタのことならなんでも知ってるよ」

「何言ってんだ、親友さんよ」

唐突な俺の言葉に、ロドはぎろりと俺を睨みつけた。明らかに苛立っている。それでも激昂しないあたり、ロドはまだ冷静らしい。ああ、それ、崩してやりたいな。

俺は椅子から立ち上がり、ロドの隣に立った。改めて見ると、目の周りの隈が酷いし、顔色も悪い。酒を飲んでいるのに、血色が悪いなんて相当だ。やっとのことで立っている、そんな感じだった。

俺は身を屈めて、ロドの口元に自分の唇を近づけて、キスする振りをして囁いた。

「大事な人を殺されたんじゃないの、俺にさ」

「――!」

見開かれたロドの瞳。次の瞬間、首元に衝撃が走った。それと殆ど同時に、割れたグラスが飛び散った床に背中を叩きつけられる。破片が幾つか刺さり、鋭い痛みが走った。でも、そんなことはどうだって良かった。

「ぐ、が……ッ、あ……」

普段頭脳労働専門だとは思えない程の力。酔っているとは思えない程的確な締め方。頭がぐらりと揺れて、視界が眩しくなってくる。

ロドが明確な殺意を持って、俺の首を締め上げている。戯れではなく、俺を殺そうとして。その事実が余りに愛しくて、俺はそっとロドの頬を撫でた。

アンタが正気に戻るのが先か、俺が絞め殺されるのが先か、勝負しようよ。ねえ、聞いてるの? ああ、そもそも、聞く気が無いんだね。ギグも寝ている。俺に起こす気は無い。つまり、このまま殺されるより他にないって訳だ。

ロドの大事な人、って誰だったのかな。ギグが切り裂きまくったあの無数の死体の中のどれか一つ。せめてどれだったのかくらい、教えてから殺して欲しかった。

終わり

wrote:2015-11-04