そんなもの目に入らない

ざあざあ降りの雨。春だというのに、酷く冷たく降り注ぐそれは、まるで目の前の少年に殺された連中の涙か何かかと思うくらいに、痛いほど肌に刺さる。

先導したのは自分だった。反乱を企てている中規模の集落があると言って、単身乗り込む喰世王について行き、煙草をふかしながら、目の前の惨劇を眺めていた。

女子供にも容赦はしない。むしろ、泣き叫ぶ男や女の目の前で、彼らの愛しい相手を嬲り殺しにしさえする少年は、赤い髪を一層赤く染めながら、楽しそうに笑っていた。

壊れた瓦礫や、人間だったものが積み重なった血だらけの丘で、そいつはすっかり静まり返った集落を眺めていた。いつしか降りだした雨は、血を洗い流すように、徐々に勢いを増していく。

「よお、随分派手に暴れたもんだな、親友さんよ」

「……まだ、足りないかな」

「そりゃあ、大したもんだ」

百を超える集落の住民たちを殺し尽くしておいて、まだ足りないなんて、本当にこいつは底が知れない。呆れ半分でもう一本、煙草に火を点けると、少年は剣の切っ先を俺の目の前に突き付けて、笑った。ぞくりと背筋に嫌な汗が流れる。おいおい、何の冗談だ、こりゃあ。

「ねえ、ロドだって足りないんじゃないの」

「なんだって?」

努めて冷静ぶって、何も無かったように煙草を深く吸って聞き返す。足りないだと? この俺が? あれだけの死体を見りゃあ、もう腹いっぱいだってのに。

「……ただ見てるだけじゃあ、つまらないでしょ」

俺と、少しだけ遊んでよ。血と雨に濡れて、一層妖しく金の瞳を光らせながら、そいつは言った。絶対に、俺に対してだけは言って欲しくなかった言葉を。

「言っただろ、俺は頭脳労働専門だってな……」

命のやり取りを楽しめるような性格はしてないってのに。たった二口吸っただけの煙草を瓦礫の山へ向けて投げ、俺は腰に下げていたナイフを二本取り出し、一歩距離を置いた。拒絶しようがしまいが、こいつはすでにやる気らしい。昂ぶった気を隠しもしないで、少年は剣を構えた。

「手加減しろよ」

「さあ……どうかな」

「笑えん冗談はよしてくれや、親友」

ただ遊ぶだけなら、力任せに暴れるだけのガキ一人、どうにでもなる自信はあった。だが、あの死神様が出てくるとあれば、話は別だ。あんな化物に出てこられちゃあ、話になりやしない。

ったく、早死にしないために、こいつに取り入ったってのによ。死神憑きに気に入られ過ぎるのも考えものって訳か。冷たい雨は、まだしばらく止みそうに無い。覚悟を決めて、俺は地面を蹴った。

終わり

wrote:2015-11-25