きっと元からそうだった

寂れた街並み、痩せこけた人々。彼らが貧相な武器を手に、蛮声を上げて自分に向かってくるのを、黙って見てなどいられない。彼らは、自分を殺そうとしている。それはどう見ても明らかで、であるならば、自分が死なないように戦わなければならない。

手元には黒い剣があった。ずしりとした重みが、むしろ落ち着く。きっと、こいつらを全員斬り伏せても、壊れたりしないだろう。

自分が何者なのかも思い出せない。気がついたら、ぼろぼろの街の中、一人立ち尽くしていただけだった。自分を見るなり、周りの人達は一斉に武器を取った。自分は、色んな人に恨まれているらしい。何をしてきたかなんて思い出せないけれど、一目見ただけで殺そうと思うような相手なのだろう、自分は。……とくれば、きっと何か、取り返しのつかないようなことをしでかしたに違いない。俺は一体何を、彼らに対してしてきたのだろう。思い出せない。何も。けれど、俺は死ぬ訳にはいかない。

刃こぼれした剣で切りかかってくる女の腹を、真横に切り裂いた。溢れ出る血と臓物が、ひび割れた石畳に広がる。赤い。綺麗だ。いい匂いもする。懐かしい気もした。それを口に出来たらどんなに満たされるだろうかと、おかしい事を考えそうになったけれど、どうも頭を使っている暇は無いらしい。そこら中、殺気まみれの人々が、彼女のように迫ってきていたからだ。

自分でも不思議なくらい、勝手に体が動いた。重いはずの剣を思うままに振り回して、襲い掛かってくる連中を片っ端から殺していく。彼らは皆、無念さと恨みを詰め込んだ悲鳴を上げて倒れていった。そんなに俺を殺したかったのか。馬鹿だなあ。もっと強くなってから襲ってくれば良かったのに。

襲い掛かってくる連中を粗方片付けると、遠巻きに眺めていた人々が震えながらすすり泣いている声が耳に入ってきた。煩い。耳障り。もっと、本気で絶望して、泣き叫んでくれた方が、気持ち良いのに。

その煩い声をかき消したくて、俺は転がっている死体を踏みつけながら、彼らの元へと歩み寄った。彼らは逃げ出す気力もなく、動けずにいる。つまらない。つまらない。俺を殺そうという気力もないのか。弱っちいやつは、嫌いだ。無力な癖に、大口を叩いて支配しようとするような、身の程知らずは特に――虫唾が走る。

俺の目の前にいる女は、幼い子供を後ろに隠して、何やらきゃんきゃん叫び始めた。どうやら母親らしい。人殺し、死ね、近寄るな、子供に手を出すな。そして、背後に隠した子供に、早く逃げろと叫んだ。母親に言われるまま、その子は路地裏へと逃げ出そうと駆け出して――銀髪の男に、捕まった。

「いやああああッ、お願い、許して、その子を離してッ」

我が子を拘束されて半狂乱になった女に縋りつかれても、その男は顔色一つ変えず、実に楽しそうに、その子を俺に向けて放り投げた。石畳の上に乱暴に転がされた子供は、痛みに泣き出す。その子に抱きついて、女も一緒になって泣き叫ぶ。それを一瞥して、男は俺に言った。

「ほら、好きにしろよ」

俺はこの男を知っている。俺のことを一番理解してくれていた男だ。人間じゃない、そうだ、こいつは神様だ。俺の中にいた、神様。俺は、この神様と一緒に――。

「――ありがとう、ギグ」

おう、と、ギグは返事をして、ふわりと空へ飛んだ。すぐ側の建物の屋根の上にギグが腰を下ろすのを見届けると、俺は地面で抱き合ったままの親子を見下ろした。どうやったらより悲惨なのか、思い出すまでもなく俺は知っている。

首の無い子供の死体と、それに覆い被さるように倒れた女の死体。それを見下ろしたままの俺に、屋根から下りてきたらしいギグが声をかけた。

「よう、やっぱり、変わらなかっただろ?」

「そうみたいだね」

ギグの姿を見てから俺は、忘れていたことを少しずつ思い出していた。自分が最初から「こう」だったのか確認したいと言って、クルテッグに頼んで記憶を消してもらったことを。

俺のことを知っていた皆が皆「お前はそんなやつじゃなかった」「ギグのせいでおかしくなった」と言っていたから、そんな訳はないと、証明したくなったのだ。ギグと分離できた今、記憶を消してもらえば、本当の自分がどんな性格だったのかが明らかになるはずだ、と。

結果はご覧の通り、俺は元からこうだった。ギグの事はきっかけに過ぎなかった。周りの連中は余程、俺の事なんてどうでも良かったに違いない。誰一人として、俺の本質に気付けなかったのだから。

「で、どうする? 相棒の実験の犠牲になった、この街の連中は」

「どうするもこうするも……俺の胃袋の中に入ってもらう以外、何かあるの」

俺が目覚めた街の中心部は、ものの見事に死体だらけになっている。白い石畳は血で染め上げられて、元の色なんてわからない。ギグは俺の言葉を聞いて、嬉しそうに笑った。

「くっくっ……何もねェよ。好きにしな。久しぶりの食事だろ」

「うん」

流石に腐った肉を喰らう趣味はない。まだ死にたてのうちに、いただいてしまうとしよう。俺は身をかがめて、さっき殺したばかりの親子の服を引きちぎり、白い肌へと歯を立てた。甘い甘い肉の味がする。美味しい。口元を拭って周りを見渡す。まだまだ沢山食べ物があることが、たまらなく嬉しくて、自然に笑いがこぼれた。

俺が生まれついての化け物で、本当に良かった。自分を疑っていた訳じゃあないけれど、もし自分が善良で、里の連中が言うような性格だったら、きっと途方もなくつまらない生き方しか出来なかっただろう。考えただけでもおぞましい。

血塗れのまま笑う俺のすぐ側から、呆れたようなギグのため息が聞こえた。こんないかれた野郎が、元々善良だった訳ねェっての、と。ああ、俺もそう思うよ、ギグ。

終わり

wrote:2017-06-11