Mirror,Mirror

仕事を終えて、事の次第を報告しようと、ドアノブに手をかけようとしたその時。聞き慣れた声が耳に入り、俺は手を止めた。ああ、またか。半ば呆れた気持ちで、俺は扉に背を向けた。部屋に戻ったとしても、薄い壁を通して、このはしたない声を聞くことになる。でも、自分の部屋と、さっきまで入ろうとしていた部屋以外、俺には居場所がなかった。俺は大人しく、隣にある、自分と兄が寝起きする部屋の扉を開けた。

鍵はかかっていない。荒らされるような物は、何一つ置いていないからだ。重い扉が、ギィ、と耳障りな音を立てて開いた。案の定、乱れたベッド以外、目に入るようなものはない。二人の部屋なのに、ベッドは一つで十分だった。変な意味ではなく、二人揃って寝ることが殆ど無いからだ。そして、珍しく二人揃っていたとしても……兄は、隣の部屋で、そのままロドのベッドを借りて眠ってしまうから、やっぱり一つで十分なのだった。

明け方の薄っすらとした朝日が差し込む、石造りの部屋。どうせなら、分厚い石で壁を作ってくれりゃあ良いのに。荷物を床に乱暴に置いて、ベッドに横になる。疲れてはいた。夜通し歩いて、アジトまで戻って来たのだから、当然だ。なのに、隣から聞こえる喘ぎ声が煩くて、眠れそうにない。

俺と同じ顔、同じ髪、同じ瞳、同じ声で、肌を晒して股を開き猫撫で声を上げて、唯一絶対の相手の愛を強請るなんて、なんという悪夢だ。それなのに、そう出来ない自分を呪いもした。

俺も、あの人に触れたい。触れられたい。その唇を貪って、肌の感触を、香りを堪能して、名前を呼んで、そして――。駄目だ。どれもこれも、俺には出来そうになかった。

俺と兄には、子供の頃の記憶が全く無かった。戦火に巻き込まれた小さな村の瓦礫の中から見つかった、見た目が同じ傷だらけの子供。それが俺と兄であり、俺達を拾ったのがロドだったらしい。

兄というのも、眠っていた双子のうち、先に目覚めた方だから、そんないい加減な理由で決められた違いでしかない。もしかしたら本当は弟だったかも知れないし、何か運命的な手違いで巡りあった、他人の空似なのかも知れなかった。

ともあれ、双子揃って記憶がないことを訝しみながらも、珍しがった(と言うより、面白がった)ロドは、二人を同じように育てて、何処に出しても恥ずかしくない――と言うより、異常な程名の知れた暗殺者に仕立てあげた。俺達は、ロドに認められることだけを生きがいにして、腕を磨いていっただけなのだけれど。

そして二人揃って組織の仕事をこなしていくうち、もっとロドに必要とされるにはどうしたら良いか、互いに考えるようになった。示し合わせた訳ではない。ただ、双子らしく、考える事は同じだっただけの話なのだろうと思う。

俺は、多少無理をしてでもより多くの仕事をしてロドの役に立とうとした。そして兄は、ロドと肉体的な繋がりでもって、深い関係になろうとした。それに気付いた時は、なんて浅ましい、汚らしい考えだと軽蔑したけれど、今となっては、そうした兄が正しかったのではないかと思う。

ロドは、俺を都合の良い駒として只管働かせたし、兄にもそれなりに働かせつつ、都合の良い時に抱く情婦としても扱うようになった。扱いだけ見れば、どちらも同じ最低の扱いなのだけれど、ロドと一緒にいられる分、兄の方がずっとマシだった。少なくとも、俺にとっては。

どうして、俺はああなれなかったのか。そればかりを悔やみながら、こうして隣から響く兄の嬌声に耳を塞ぎ、眠気がやってくるのを待つのは、もう疲れてしまった。双子なのだから、兄と俺には、違いなんて無いのに。戯れでも良いから抱いて欲しいのに。どうしてロドは俺を求めてはくれないんだ。

身を焦がす程の嫉妬と羨望で、あの、自分と同じ顔をした兄を殺してしまいたくなる。けれど、それがロドにとって何の益にもならないことを、俺は痛いほど知っていた。

ギィ、扉が開く音で我に返り、俺は部屋の入り口を見た。上半身裸のまま、情交の跡を隠しもせずに戻ってきた兄が、そこに立っていた。

「なんだ、帰ってたの」

ドアが開く音で、気付かないはずはない。白々しく扉を閉める兄は、いやらしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「ロドに報告しなくて良いの?」

手にしていた服を小さなテーブルの上に置き、兄はベッドの縁に腰掛けた。その動き、その一つ一つが癇に障る。

「……兄さんがいるのに、出来る訳無いだろ」

「ああ、そうだったね。終わったから、もう良いよ」

ロドもまだ、起きてるはずだから。そう言う兄の顔を、今すぐに殴り飛ばしてやりたかった。間近で嗅いだことなど一度もないが、明確にロドのものだとわかる匂いが、鼻をくすぐる。それに混じって、微かに汗と精液の匂いがした。

「……水でも浴びてきたら」

「匂いが気になる?」

「……」

「ハハッ、怖い顔するなよ」

睨みつける俺を、兄は嘲るように笑い飛ばした。俺が兄を憎んでいると知りながら、同じ顔とは思えない程妖艶な笑みを浮かべて、兄は俺の上に跨った。口付けしてしまいそうな程顔を近づけて、優越感を貼り付けた顔で、兄は口を開く。下ろした兄の赤い髪が、さらりと頬に触れた。

「羨ましいなら、お前も俺と同じことをすれば良いだろ」

「……出来る訳無いだろ」

「お前だって、ロドが欲しくてたまんない癖に」

「……退きなよ」

胸に手を置いて、押しのけようと力を込める。案外とすんなり、兄は体を退けてくれた。代わりに、履いていた服を下着ごとずり下ろすと、床に放り投げた。大きく股を開いて、露わになった下半身。兄の、自分と全く同じ作りのそこを見せつけられて、俺は思わず目を逸らした。上半身と同じく、生々しく赤い跡が散らされた大腿が、目に焼き付いて離れない。

「見なよ、あいつにどんなことをされたか教えてやるから」

「知りたくない。アンタが出て行かないなら俺が出て行く」

いつもはこんなことを言い出さないのに、今日は一体どうしたんだ。俺を怒らせるってわかってて、どうして。ベッドから下りようとした俺の手を、兄が掴んだ。

「待ちなよ、ほら……ここ、さっきまでロドのが入ってたの、わかるだろ」

俺を引き止める手と逆の手で、兄は自分の後孔に指を二本突っ込んで、中を拡げて見せた。自分と同じ形をしているはずなのに、そこは赤く熟れていて、厭らしく見え、思わず息を呑んだ。

「ン……ッ」

兄が鼻にかかった声を上げたかと思うと、卑猥な水音を立てて開かれたそこから、どろりと白濁した液体が溢れ、シーツを汚した。

わかってはいたはずだった。ロドと寝ているということは、精液の匂いをさせて戻ってきたということは、そういうことだと。今までだって、行為が終わった後の兄とすれ違う時はそうだった。わかっていたはずだ。なのに――。

「ぅあ、おい! 何して――ッ!」

気がつけば、兄の両脚を押さえつけて、大きく股を広げさせた状態のまま、俺はそこへと舌を伸ばしていた。ロドの出した精液を溢している、兄の後孔へと。

「ヒッ、あ、やめろ……ッ! イヤだ、頼むから――」

兄の悲鳴に近い抗議の声を聞きながら味わったそれは、酷い味と匂いだった。それなのに、狭い孔を指と舌で拡げて、中に出されたものを出来る限り多く吸い出さずにはいられない。何度も吐きそうになりながら、奥から溢れてきたものを飲み尽くすと、自身が酷く勃起していることに気がついた。ロドの出したものを飲むことで、俺は興奮してしまっていたらしい。

「……兄さん、兄さんのせいだ」

自分はこんな、変態なんかじゃない。だからこれは、兄さんが全部悪いんだ。そう、自分に言い聞かせるように呟いて、下着ごと服をずり下ろした。いきり立った自身を、すっかり開ききったそこへ宛がうと、兄は驚いた顔で俺を見た。

「……本気かよ」

「こんなことをさせたのは兄さんだ。自分から誘ったんだろ」

「お前……いや、良いぜ。好きにしろよ」

諦めたのか、何か思う所でもあるのか、兄はいつもの人を喰ったような笑みに戻り、俺の肩に手を添えて促した。言われるまでもなく、そうするつもりだよ。

「う、あ……あ、くッ……」

さっきまで弄っていたせいか、熱く湿ったそこは容易く俺の性器を受け入れた。ずるずると奥まで飲み込まれ、きつく締め付けられる。双子であることを忘れるくらいに気持ちが良い。兄の性器も緩く勃ち上がって、触って欲しそうにしている。絶対に触ってやらないけど。

漏れる声も、快感に歪む顔も、俺と全く同じ顔なのに、どうしてこうも厭らしく見えるんだ。ロドも、これと同じものを見て、同じ声を聞いて、同じ感触を味わって、この熱い体内に射精したのか。そう思うと、腰が止まらない。繋がったところから伝わる快感よりも、ロドと同じことを兄にしているという事実が、たまらなく心を満たした。

先にいったのは兄の方だった。俺は、いったばかりで抵抗する兄を只管責めたてて、満足するまで腰をぶつけた。途中、ロドが付けた赤い跡を消してやろうと思い立ち、兄の体に唇を寄せ、赤黒くなるまで吸い付きもした。まるで殴られたような跡が残った兄の体を見て、俺は一層興奮して、手酷く兄を犯した。

ロドがしたことと同じことをしてやりたい。同時に、ロドが兄に残した痕跡を、一つ残らず消し去りたい。抽送を繰り返したせいで、奥の方から掻き出された精液が、じわじわとシーツを汚していた。ロドに出されたものを全部掻き出し終わるまで、いってやらないから。そう言うと、兄は蕩けきった顔で、びくりと体を震わせた。ああ、なんてだらしないんだろう。

「またいっちゃったの」

そう囁いて耳朶を噛んでやると、兄は細い声を上げた。なんだ、まだまだいけるじゃないか。

俺は仕事から戻ってきたばかりだし、疲れてはいるけれど、まだ一日が始まったところ。どうせアンタも今日は休みだろう。いくら時間をかけてたって構わないはずだ。そう言えばロドへ報告しないといけないけれど……まあ、たまには良いか。ロドは隣の部屋だ。何をしているかなんて、筒抜けだろう。

いや、もしかしたら、俺がまだ戻ってなくて、どこかの誰かが兄を抱いているとしか思っていないかも知れない。互いにロドに必要とされたくて仕方がないと思っていても、所詮俺達なんてその程度の扱いだ。見分けがつかないからと言って、兄に髪を下ろさせて、俺には髪を結わえさせているくらいなんだから。

ああ、今すぐロドがこの部屋にやって来て、この異常な交わりを咎めてくれたら良いのに。そしたら、俺達二人でロドを拘束して、俺達だけのものになるように脅してやるのに。もちろん、そんなことはあり得ないとわかっている。だからこうして、俺はその腹いせを兼ねて、兄を犯すことしか出来ないのだった。

終わり

wrote:2015-11-16