令和7年7月19日(土) オンライン(Google Meet)
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「廃仏毀釈」「神仏分離」「神仏習合」を問い直す
林 淳 客員研究員
明治元年の神仏混淆を廃止した法令において「廃仏毀釈」「神仏分離」「神仏習合」の語は用いられていなかった。この3つの語はどのような経緯で使用され普及したのかを問い、その背景と歴史的な文脈を検討する。神仏混淆を廃止した法令は、神社空間から仏教的な要素を排除することが命じている。法令は、本地仏、社僧、鰐口、権現号などを神社から排除するを目的にしたが、寺院や仏具の破壊を意図していなかった。法令が出てから地方で廃仏の動きが起こったが、真宗の僧侶や門徒の間では真宗の破滅を目的とした「排仏毀釈」だという流言が広がった。政府は「排仏毀釈」の意図はないことを弁明したが、真宗本山は政府に対して、藩知事によって為された廃仏・寺院整理を中止するように要請し、「排仏毀釈」の語を利用し廃仏を牽制した。苗木藩、松本藩、富山藩の廃仏・寺院整理の年表を見ていくと、版籍奉還から廃藩置県の間に国学を影響を受けた藩知事が藩政改革を行い、その一環として廃仏・寺院整理、神葬祭を実施しようとした。しかし廃藩置県で、従来の藩が無くなり知事が交代し、藩政改革は頓挫した。「排仏毀釈」という語は使われなくなった。「神仏分離」は、島地黙雷、大内青巒の活動が関わる。彼らが三条の教則、大教院を批判するにあたって、それらは「神仏混淆」であるから「神仏判然」が行われるべきと弁じた。明治8年に大教院が解散し、教部省は「信教の自由保障」の口達を出した。島地たちの勝利であり、第2の「神仏判然」となった。「神仏判然」の中に政治と宗教の分離の意味が組み込まれ、「神仏分離」の語が定着したというのが発表者の仮説である。「神仏習合」は、古代宗教史の文脈で試行錯誤の過程で「神仏二道」「神仏の協調」等とともに使われたが、辻善之助の論文によって「神仏習合」は定着した。これらの3つの語の普及には、明治30年代以降の仏教史学という新しい学問分野の成立が深く関わっている。村上専精、鷲尾順敬が中心になって仏経史学は継続したが、40年代には「廃仏毀釈」の特集号を組み、史料と情報の収集に努めた。それが、後の『明治神仏分離史料』の刊行につながった。編者であった村上、鷲尾、辻は、「廃仏毀釈」は国学者による蛮行であって、神仏の調和や神即仏という日本の良き伝統を破壊したと非難した。帝国学士院の委託助成金をえて東京帝国大学の史料編纂所で辻、鷲尾を中心にした史料収集が大規模に行われた。日本仏教の美風は「神仏習合」にあったという編者たちの「廃仏毀釈」の歴史記述は、学界や教科書にも引き継がれて、さらに我々の常識を形作ることになった。
エマニュエル=トッドの文明批判と現代日本社会の霊性
中里 巧 客員研究員
エマニュエル=トッド(Emmanuel Todd 1951-)は、著作『西洋の敗北』などで、西ヨーロッパやアメリカの衰退を指摘して、その原因としてキリスト教の道徳的意義の衰退があると云い、「宗教ゾンビ」・「宗教ゼロ」といった言葉を使って、道徳的意義の再生の必要を訴えている。トッドの視点から、現代日本の霊性について、金光教・自由宗教一神会・高橋信次・中川昌蔵・佐藤愛子を取り上げて今後の日本における霊性の在り方について展望を述べてみる。1.トッドのヨーロッパ批判: 戦後1960年代以降、キリスト教はゾンビ化して、中味のない形骸化(習俗のみが残る)した。宗教ニヒリズムは、イギリス功利主義に由来する。とりわけ2020年以降、キリスト教はゼロ化が顕著となり、ニヒリズムが蔓延して今日に至る。現在のグローバリズム・新自由主義は、強欲・宗教的空虚さに満ちている。カトリックは外面的に、集団の監理化・倫理の強化に向かう。プロテスタンティズムは内面的に、聖書の読書・教育の普及・経済の拡大・万人祭司(平等観)と予定説(不平等観)の相克(差別を容認する民主主義)。ロシア正教は、ニヒリズムから一線を画している。2.現代日本の霊性:(1)金光教:神名の変遷「日天四・月天四・丑寅・鬼門金乃神大明神様・二上八小八百金神のこらず金神、安政4年丁巳年10月13日」から、「生神金光大神、天地金乃神」へ。幕末から明治へかけての国家・習俗・社会体制・内面的道徳倫理の激変のなかで、原初的な金神(宗教的意識の最古層にある霊性)が現出する。神の特性:天地の霊性(自然神)。汚れを嫌わない神。教祖の霊性をとおして出現する。宗派や主義主張にこだわらない。(2)自由宗教一神会:すべての神々の霊性を一言して表現する「名無一神多の命」(名無一身多の命)(名無一神大の命)と呼称する。実質的に云って、神道(浅見宗平の言葉を使えば、古代神道:宗教組織や教義がなかった頃の原初的な神の霊性)にすべてを立ち戻って、理解している。自力信仰の側面が強い。(3)高橋信次:宗教宗派にはこだわりがないが、実質的に仏教が背景にある他力信仰については、きわめて否定的であり、自力信仰(八正道・八不中道・五戒・四諦といった仏教的倫理規範)が主軸。(4)中川昌蔵:既存既成の宗教体制は好まず、講演と若干の本の出版に終始する。幸せのソフト「今日1日、親切にしようと思う・明るく朗らかにしようと思う・謙虚にしようと思う・素直になろうと思う・感謝しようと思う」を強調する。(5)佐藤愛子:美輪明宏・江原啓之・相曽誠治など、霊能者と巡り会う。最後に中川昌蔵と出会い、霊障が消失していく。3.展望: (1)既存既成の宗教に固執しない、(2)慈愛を基盤とする霊性、(3)個人を単位とする功利主義的な発送とは異なる人々の交わりを基盤とする幸福感、(4)内面的倫理規範としては、感謝や謙虚といった礼儀、(5)自力、(6)学問の基本能力は、言行一致の能力としての知恵にあること。
華厳・毘盧遮那仏の説法について
竹村 牧男 客員研究員
『華厳経』は、釈尊成道の後、第二七日に説かれた経典として有名である。その釈尊は、毘盧遮那仏と呼ばれている。華厳宗では、この毘盧遮那仏の説法を非常に深く掘り下げて捉えている。『華厳五教章』によれば、この毘盧遮那仏は、「融三世間十身具足の毘盧遮那法身仏」と見なされている。この十身仏という理解は、大乗仏教一般の三身論を超えた、独自のものである。
その説時は成道後、第二七日というものの、その時に、「海印定の中に於て同時に重重の法門を演説す。主伴具足し円通自在にして、九世十世を該ね、因陀羅微細の境界を尽す」等と説かれ、その時に「即ち一切時を摂す。若しは前、若しは後、各の不可説劫なり。前後際に通じて、並びに此の一時の中に摂在す」とも説かれる。また説処については、「此の一乗は要ず蓮華蔵世界海の中の、衆宝菩提樹下に在り、則ち七処八会等を摂す。及び余の不可説不可説の諸の世界海、並びに此の中に在り。一処に一切処を摂するを以ての故に」等と明かされている。
さらにその教主は、三世間(智正覚世間・器世間・衆生世間)を尽くして説法するという。宋本には、その教証として、『華厳経』「普賢行品」の「仏説菩薩説、刹説衆生説、三世一切説」が示されている。
一方、『五教章』「建立乗」には、「一には性海果分。是れ不可説の義に当たれり。何を以ての故に。教と相応せざるが故に。即ち十仏の自境界なり。…… 二には縁起因分。即ち普賢の境界なり」とあって、果分については説けないとされている。いわゆる、「因分可説・果分不可説」の立場である。
しかし上来、見たところから言えば、毘盧遮那仏自身は、海印三昧に依拠しつつ、三世間の全体で説法していることであろう。とすれば、毘盧遮那仏の果分について説くことはできないが、その果分は説いている、説くことはできる、と見るべきである。その限りにおいては、華厳の毘盧遮那仏にも、「果分可説」と言える部分があると考えられる。そのことは、密教の大日如来が法身(自性身)説法を演じ、そのことにおいて「果分可説」であると主張されることに、通じていると思われるのである。