①研究の背景

 本研究の背景になっているのは、中国の人民大学、韓国の金剛大学校との間で結ばれた交流協定である。この協定の柱は、一.毎年、三箇国の輪番の形で開催地を移しながら国際シンポジウム「日・韓・中国際仏教学術大会」(開催国により名称が変わり、韓国で開催される場合は「韓・中・日国際仏教学術大」、中国で開催される場合は「中・日・韓仏教学術大会」、日本で開催される場合は「日・韓・中国際仏教学術大会」と称することになっている)を共催する、二.大学院生の相互派遣を行う、という二点であり、本研究プロジェクトは、この第一の柱を実現するためのものである。この国際シンポジウムも、二〇二〇年度は九年目を迎え、七月に本学で開催される予定であったが、新型コロナ感染症の影響のために、残念ながら書面による会議の形に改められた。このシンポジウムについては、提出された発表者の論文、コメンテーターのコメント、発表者によるコメントへの回答の翻訳、編集作業を行い、『東アジア仏教学術論集』第九号を刊行した。

 この国際シンポジウムは、当初、十年間の予定で始まったため、二〇二一年度で一区切りとなるはずであった。実際、この間に発表者、コメンテーター等として参加した日中韓三箇国の研究者は百人を超えており、また、発表内容を日中韓三箇国で自国語に翻訳して刊行するという前代未聞の取り組みとも相侯って、三箇国の国際交流と研究の高度化いう点で非常に大きな役割を果たした。

 また、毎年度刊行してきた『東アジア仏教学術論集』は、発表された論文だけでなく、コメンテーターによるコメントとそのコメントへの回答までも収録するという点で、前例のないものであり、国際シンポジウムでの応酬をヴィヴィッドに伝える新たな試みとして注目されている。本プロジェクトの一年目、即ち、二〇二一年度は、この従来の取り組みを総括しようとしたものであり、二年目と三年目、即ち、二〇二二年度と二〇二三年度はこの経験を継承・発展させようとするものである。ただ、本年度も結局のところ、コロナ禍は収まらず、第十回の国際シンポジウムは来年度以降に持ち越された。そのため、当初予定の一年目と二年目を入れ替え、本年度は独自の企画で国際シンポジウムの開催を行い、その成果を『東アジア仏教学術論集』として刊行することになった。

②研究目的

 日中韓の三大学が国際シンポジウムを共催してきたことが大きな成果をもたらしたことは上記のごとくであるが、一方でいくつかの弊害もあった。例えば、発表者が基本的には三箇国の研究者に限られていたこと、また、研究成果の発表も、三箇国以外に対する影響力は必ずしも大きくなかったこと、毎回のテーマの決定が開催国の意向に従うことになっていたため、他国では必ずしも重要でないような問題に取り組まざるを得なかったこと、等を挙げることができる。そこで、第十回の学術大会を終えた後は、このような制約を取り払い、今、日本の学会で最も重要な問題になっている二点、即ち、「近代化と仏教」、「仏教と社会の交渉」の二つをテーマに取り上げて、国内外の外国人研究者を招聘して、主催する研究会やシンポジウム、所属学会等で発表を行い、その独自の視点を学ぶとともに、その発表内容を、研究代表者・分担者の研究成果とともに『東アジア仏教学術論集』に掲載して社会に還元する予定であった。

 ただ、前述のような状況のため、当初の予定の一年目と二年目以降を入れ替え、二〇二一年度から独自企画で国際シンポジウムを開催することにした。そして、実際、リモートによって、「近代化は仏教をどう変えたか」をテーマとする大規模な国際シンポジウムを開催することができた。

 本研究プロジェクトで注目すべきは、研究代表者、研究分担者が英語で積極的に発表を行い(ネイティヴの研究者に校閲や英訳を依頼)、『東アジア仏教学術論集』に掲載するという新たな試みを始めようとしているということである。これによって、従来の取り組みでは研究成果の共有が三箇国に止まっていたのを、一気に世界全体に拡大することができ、また、既に高い評価を得ている『東アジア仏教学術論集』の刊行を継続するとともに、その内容をいっそう充実させることを目指している。ただし、この試みは、現在、翻訳を依頼している段階で、具体的な成果は来年度以降になる予定である。

③ 当該分野におけるこの研究計画の学術的な特色・独創的な点および予想される結果と意義

 「日中韓国際仏教学術大会」の開催と『東アジア仏教学術論集』の刊行は、従来から前例のない独創的な試みとして評価されてきたが、今回のプロジェクトでは、それを継承発展させ、三箇国に止まらない研究者の招聘と英語での研究成果の発信が可能になるため、いよいよ東アジア仏教研究の分野で注目を集めるであろうことが期待される。この分野における日本の研究のレヴェルは極めて高いにも拘わらず、世界全体から見た場合、十分には評価されていないことを残念に思っていたが、この試みによって、このような現状を少しでも変えうるのではないかと期待している。

 ④ 国内外の関連する研究の中での当該研究の位置付け

 東アジア仏教に焦点を当てた学会に「東アジア仏教研究会」があるが、特定のテーマを設けて研究活動を推進することはないし、中国や韓国との交流は行われているが、英語での研究発表は行われていない。

 ⑤ 研究目的を達成するための研究計画、研究組織、研究方法

 本研究プロジェクトは、三箇年を通じて東アジア仏教の解明を目的とする点では一貫しているものの、中国の人民大学、韓国の金剛大学校との交流協定に基づく研究協力を主眼とする二〇二一年度と、それが終了した後の、二〇二二年度以降とでは、一部、内容が異なっている。そこで、二〇二一年度と二〇二二年度以降に分けて計画を立てた。

 二〇二一年度は、「日中韓国際仏教学術大会」において、日本を代表する東アジア仏教の研究者が発表を行う必要があるため、研究代表者が、自らの研究を振り返りつつ、今後の研究の指針を示すような論文を執筆し、東洋学研究所、ならびに本プロジェクトを代表して発表することを計画した。また、他大学所属の著名な研究者を中国、あるいは韓国に派遣する費用や、中国語・韓国語論文の翻訳代、更にはその成果をまとめる『東アジア仏教学術論集』第十号の編集に当たる研究支援者の人件費、雑誌の印刷製本費・配布代等、そして、次年度以降の研究活動やシンポジウム運営の参考にするため、後述の科学研究費助成事業による研究「海外の研究者との連携による中国・日本における禅思想の形成と受容に関する研究」において、東洋学研究所内に設置された「国際禅研究プロジェクト」との共催の形での国際シンポジウムの運営に当たり、そのための費用を本研究の申請時に計上した。

 二〇二二年度と二〇二三年度については、次のような研究組織を立ち上げ、これに基づいて研究を行い、十年間に亘った中国・韓国との研究協力の成果を継承・発展させてゆく。

 本研究のメンバーは以下のとおりである。

  研究代表者  役割分担

 伊吹  敦 研究員 近代化の中での禅

禅宗の形成と中国社会との交渉

  研究分担者  役割分担

 高橋 典史 研究員 禅を中心とする東アジア仏教の世界へ

の拡大とその意義

89 (東洋大学 東洋学研究所活動報告)

 佐藤  厚 客員研究員 東アジア仏教の近代化に果たした井上

円了と東洋大学の役割

 原田 香織 研究員 仏教と文学

 水谷 香奈 客員研究員 仏教とジェンダー

 研究支援者 板敷真純奨励研究員(十月より)

 各研究代表者・研究分担者が担当する予定の研究課題は、これまで各研究者が積極的に取り組んできた課題の延長線上に設定されており、着実な成果が期待できる。これらの研究を遂行するに当たって必要な図書の購入、現地調査・あるいは学会等での成果の発表等に必要な旅費等を支出する。

 また、毎年度、春学期に定例研究会を、また、秋学期には、国内外の著名な研究者を招聘してシンポジウムを開催し(いずれも公開の形で開催し、また、プロジェクト会議を併催)、研究プロジェクトの構成員中の何名かが発表を行い、それによって研究状況の把握、研究成果の相互確認に努める。更に、これらの機会に発表された論文、あるいは投稿論文は、毎年度、『東アジア仏教学術論集』として刊行して主要研究機関や関係する研究者に配布し、また、東洋大学学術情報リポジトリにもアップして、社会への情報発信に努める予定であり、これらに必要な経費を支出する。

 なお、『東アジア仏教学術論集』については、これまでにない取り組みとして、プロジェクト構成員が英語で論文を執筆し、それを掲載する予定である。ネイティヴチェックや、場合によっては英訳が必要であり、予算の関係もあるので、毎回、何篇載せられるかは問題であるが、高い研究レヴェルにありながら、英語での発信が少ないために世界的には余り知られていない日本の東アジア仏教研究を──更には、この分野に強みを持つ東洋大学の存在を一世界に知らしめるうえで、大きな役割を果たすものと期待している。

 ⑥二〇二一年度の研究状況と成果

 二〇二一年度は、「中・日・韓仏教学術大会」を中国の人民大学で開催する予定で、上述の通り計画を立てていたが、コロナ禍の影響が収まらず、開催校の人民大学から、二〇二二年度にあらためて開催したいという要請があり、韓国側、日本側も同意した。

 そこで、二〇二一年度は、研究所プロジェクトのスタッフが自身の研究を高めることを目指して、独自に研究活動と成果の公表を行い、そして国際シンポジウムを開催して学術交流を行うことにした。こうして、「近代化は仏教をどう変えたのか」というテーマを設定し、講演者として台湾の近代仏教研究の大家である侯坤宏氏をお迎えするとともに、近年活躍の著しい若手研究者を招いて二日間にわたる大規模なシンポジウムを開催した。

 このシンポジウムのプログラムを以下に示す。

 国際シンポジウム「近代化は仏教をどう変えたのか」

 十月三十日

 基調講演

  侯坤宏(玄奘大学教授)

   「逐歩走向「近代化」的臺灣佛敎──兼及來自日本的影響」

 研究発表

  陳継東(青山学院大学教授)

   「『令知会雑誌』掲載の赫舎里如山「十宗概説」について」

  碧海寿広(武蔵野大学准教授)

   「仏教者はいかにして学校をつくるか──高楠順次郎の場合」

  坂井田夕起子(愛知大学国際問題研究所客員研究員)

   「近代日本仏教と中国人僧侶──太虚の弟子大醒を中心に」

  川邉雄大(日本文化大学講師)

   「真宗僧と近代──松本白華を例として」

 十月三十一日

 研究発表

  呉佩遙(東北大学大学院)

   「近代日本における「人格論」の諸相

     ─境野黄洋と新仏教運動に着目して」

  長谷川琢哉(東洋大学井上円了センター研究助手)

   「井上円了の仏教改良と哲学館

     ─近代仏教史におけるその位置づけをめぐって」

  水谷香奈客員研究員

   「村上専精『仏教統一論』に見る中国仏教史観」

  伊吹敦研究員(東洋大学教授)

   「近代中國における佛教學的知見の流入と佛敎認識の變化」

 当日は、講演・研究の後、全体にわたる討論が行われた。詳細については、二〇二一年度に刊行された『東アジア仏教学術論集』第十号を参照されたい。