東アジアにおける仏教の受容と変容
―智の解釈をめぐって―
東アジアにおける仏教の受容と変容
―智の解釈をめぐって―
本研究は「仏教の受容と変容」に関する研究である。これまで仏教は思想的な研究が中心であった。そして、個々の文化現象としての仏教が取り上げられることがあっても、それが思想と結びつけられて、仏教の大きな流れを形成するという考究はほとんど為されていない。そのために、本研究はその第1段階として、仏教の変容の鍵となる思想や信仰(文化現象)を幾つかの側面から分析し、その仏教の潮流に横たわるものを解明しようとしてきたのである。
本研究はインドに起源を持つ仏教に関し、中国、朝鮮半島、日本などの東アジア文化圏および中国とも歴史的に関連を持つチベット・モンゴル文化圏が、その思想および文化をどのように受容し、また各地域においてどのように変容したかについて、その状況と特色を考察すことにより、仏教を起点にする文化変容の特質および仏教の文化史上の機能について考察することが狙いである。そのために、それぞれの専門の立場から、3年間の研究可能な幾つかのポイントを絞って研究することにしている。まず、初期仏教から大乗が成立するうえで、一体何が問題となったのかを授記や菩薩思想などを経典の成立史の中で解明する。また、それぞれの地域で大きく変容する仏教が、何を中心として変容してきたのかを、重層性のある思想や儀礼、または神仏習合などの様相を呈した固有の仏教などを分析しながら、ポイントを絞りこんであきらかにする。
本研究は以下の3点に注目して研究考察を進めている。
(1)仏教の起源であるインドの仏教思想、文化の研究と、チベット及び、中国、朝鮮半島、日本など東アジア各地域における仏教思想、文
化の受容と変容に関する考察
(2)東アジアにおける仏教思想、文化とその背景となる歴史的、社会的状況との関連の考察
(3)東アジア地域全体に共通する仏教思想、文化の特色に関する考察
特に、ジャータカと大乗仏教成立の関連、大乗仏教の成立過程の実際については未だ未解明であり、この分野はかなりの部分で研究の余地が残されている。また、中国仏教に関しては、中国唯識を中心とした経典解釈の形成と変容、およびそれを受けた朝鮮仏教は、地論宗、摂論宗のさらなる展開が見られる。また、チベット仏教では密教儀礼を中心とした仏教信仰の実態と変容、モンゴル仏教では〈オボー〉と言われる神仏習合の実態とその成立過程など、従来あまり見られなかった研究対象を取り上げながらの研究である。これらに見られる総合的研究は、思想面ばかりでなく仏教の実態的側面からの分析を含み、仏教が受容され変容していく上で基盤となる救いや悟りへの道の体系化といった、宗教的な意味を再確認しうる重要な成果をもたらすと考える。また、日本仏教の受容と変容に関しては、日本古代および中世の政治、社会体制と日本仏教思想の関連を主眼として、密教と浄土仏教の関連性を解明するなど、これまた新たな研究成果が望める。
平成24年度は、平成23年度の研究分担者であった山口弘江客員研究員が環境の大幅な変化によって研究継続が困難なことから、山口氏の勤務先であった金剛大学校・仏教文化研究所のHK研究教授の後任として赴任した、林香奈奨励研究員が研究を分担することになった。林は山口氏と同様に中国仏教の専門家で、中国仏教(玄奘)についての研究で学位を取得した新進気鋭の研究者である。山口弘江と同様、金剛大学との研究交流への尽力が期待されている。
研究代表者 役割分担
渡辺 章悟 研究員 インド大乗仏教の形成と変容
研究分担者 役割分担
竹村 牧男 研究員 日本仏教の形成と変容
山口 しのぶ 研究員 インド・チベット密教の形成と変容
岩井 昌悟 研究員 初期仏教の受容と変化
林 香奈 奨励研究員 中国仏教の形成と変容
橘川 智昭 客員研究員 朝鮮仏教の形成と変容
計良 龍成 客員研究員 インド・チベット仏教の交渉と展開
初期仏教と大乗仏教の成立に関係する仏伝文学は従来も大きな研究の蓄積があるが、岩井章悟研究員はブッダ観の変遷を中心としたインド仏教の思想史に関わる研究を行っており、未知の分野の研究成果を出しつつある。渡辺章悟研究員は大乗仏教の成立論を研究しており、幾つかの研究成果をあげている。本年は大乗の成立に取り組んだ論文を刊行し、さらにガンダーラ写本の研究を通して解明した著書(金剛般若経の研究)が、日本印度学仏教学会にて鈴木〔大拙〕学術財団特別賞を受けた。次に、このインド仏教から中国朝・鮮仏教がどのように展開したのかを唯識思想という思想と智の解釈を巡って、林香奈奨励研究員と橘川智昭客員研究員が研究している。2人ともに最近学位論文で切り開いた法相宗と摂論学派の開明を進めて、国内外の研究者に注目される成果を残しつつある。日本仏教担当の竹村牧男研究員は、日本の浄土教の展開を辿る中に、中国仏教の日本的変容の一端を明らかにしたいと考え、法然から証空への思想の変化を探求している。チベット仏教担当の山口しのぶ研究員は、従来未知の分野だった密教儀礼の儀軌に対する翻訳と実態を調査している。
また、本研究は海外の研究組織との交流を促進して、研究の深化をはかっているが、平成24年度は以下のとおり韓国・中国の研究機
関との研究交流を進めている。
平成24年6月22~23日に開催された韓国・金剛大学校仏教文化研究所、中国・人民大学仏教と宗教学理論研究所、東洋大学の韓・中・日国際仏教学術大会において、竹村牧男研究員が講演し、橘川智昭客員研究員が研究発表を行った。
平成24年6月29日に公開ワークショップを開催し、林香奈奨励研究員(韓国・金剛大学校仏教文化研究所HK教授)と満達・内蒙古師範大学准教授が発表を行った。
研究討議の場としては、平成25年2月13日に「インド・チベット仏教における智の解釈」と題する公開ワークショップを開催し、公益財団法人中村元東方研究所研究員の佐久間留理子氏と田中公明氏をお招きして、佐久間氏と田中氏による発表と質疑応答において討論を行った。60名ほどの参会者があり、ワークショップというよりは、講演会のような形式となったが、両氏の刺激的な発表は、今後の研究や討議を進めていくうえで大きな示唆をもたらすものであった。
以下に、学会活動およびワークショップについて報告する。
第1回韓・中・日国際仏教学術大会への出席
竹村 牧男 研究員
期間 平成24年6月21日~6月23日
調査地 韓国・ソウルフェラムタワー三階フェラムホール(金剛大学校施設)
今回のソウル市出張は、韓国・金剛大学校、中国・人民大学、日本・東洋大学の3大学の仏教学研究者が連携して開催する国際学術大会に出席し、基調講演を行うことを主たる目的とするものであった。上記3大学の仏教学研究者は、昨年9月の日本印度学仏教学会於(龍谷大学に)おいて、「仏性思想の東アジア的展開」と題するミニシンポジウムを行い、今後も東アジア仏教研究を協力して推進することを約束していたが、今回、正式に3大学の主催による第1回の韓・中・日国際仏教学術大会「東アジアにおける仏性・如来蔵思想の受容と変容」が、金剛大学校の担当によりソウル市内にて開催されるに至ったものである。この大会は、金剛大学校開校10周年を記念してのものでもあった。
この開催に先立ち、3大学の仏教専攻の大学院レベルで、今後10年間、持ち回りによりこの学術大会を開催すること、相互に院生の交換事業を行うことを内容とする協定の締結を協議して合意に達し、今回の学会において、金剛大学校総長・鄭柄朝、人民大学副学長・楊慧林、東洋大学学長・竹村牧男が出席してその取り交わしに関する式典を行うことにもなった。
6月21日昼頃、大学を出発し、17時半頃金浦空港に到着、金剛大学校関係者の出迎えを受け、ソウル市内のホテル・プレジデントに送っていただいた。その後、他の関係者らとともに金剛大学校仏教文化研究所長・金天鶴教授主催の歓迎晩餐会に出席した。
6月22日、ホテルより、金剛大学校のホールがある近くのフェラムタワーに行き、まず開会式で金剛大学校開校10周年および国際仏教学術大会の開催に対する祝辞を述べた。ついで、本大会の基調講演として、「『大乗起信論』の人間観」と題する講演をほぼ1時間にわたって行った。この内容は、如来蔵思想の根底には、「苦悩の凡夫とその凡夫を救済する大悲に満ちた仏」という主題があり、『大乗起信論』もそのことを説いているのであって、そのことを見逃してはならない、というものである。このことを、『法華経』、『華厳経』、『如来蔵経』、『宝性論』、等を辿り、また『大乗起信論』の特に真如の用大の思想を掘り下げる中で論じた。この基調講演のあと、上述の協定の取り交わしに関する式典があり、3大学の総長・副学長・学長が固い握手を交わした。
昼食の後、上記総長ら3名は金剛大学校関係の新聞社のビルに移動し、3大学学長会談に臨んだ。会談はすべて英語で行われたが、あらかじめ論題がいくつか提示されていて、私は準備していた英文草稿を読み上げた。最後に、陪席してもらった丸山勇国際部長に若干の手助けをしてもらった。その後、夕刻から金剛大学校副理事長による晩餐会があり、ここでも謝辞を述べるなどした。祝宴は8時半頃終了した。
6月23日、午前中、学術大会に出席し、本学文学部インド哲学科・伊吹敦教授による禅宗における仏性思想の変遷に関する発表と討論、同橘川智昭非常勤講師による法相宗における理仏性と行仏性の議論に関する発表と討論を聴講した。昼食の後、帰国準備に入り、金剛大学校の配慮により若干の市内観光ののち、金浦空港に出発、19時15分発の飛行機で帰途についた。
6月22日(金)~23日(土)に韓国のソウルで開催された
第1回韓・甲・日国際仏教掌術大会主(催金:剛大学・人民大学・東洋大学、主管:金剛大学。
共通テーマ「:東アジアにおける仏性・如来蔵思想の受容と変容」)への参加および発表
橘川 智昭 客員研究員
期間 平成24年6月21日~6月24日
出張先 韓国・ソウルフェラムタワー3階フェラムホール(金剛大学校施設)
6月22日(金)~23日(土)開催の第1回韓・中・日国際仏教学術大会に参加・発表のため韓国に渡航した。本大会は東洋大学(日本)・金剛大学(韓国)・人民大学(中国)の学術交流事業の一環であり、また金剛大学の開校10周年記念行事である。
主催:金剛大学仏教文化研究所(韓国)・人民大学仏教与宗教学理論研究所(中国)・東洋大学大学院文学研究科インド哲学仏教学専攻(日本)、主管金:剛大学仏教文化研究所、後援大:韓仏教天台宗・韓国研究財団
大会テーマ:「東アジアにおける仏性・如来蔵思想の受容と変容」
開催場所:フェルムタワー内フェルムホール(ソウル特別市中区水下洞66)
参加者の宿泊所:ホテル・プレジデント(ソウル特別市中区乙支路一街188―3)
日本からの参加者:竹村牧男(東洋大学学長)・伊吹敦(東洋大学教授)・丸山勇(東洋大学国際部部長)・佐藤厚(東洋大学非常勤講師)・橘川智昭(東洋大学非常勤講師)・菅野博史(創価大学教授・中国人民大学招聰教授)・福士慈稔(身延山大学教授)・望月海慧(身延山大学教授)・吉田叡禮(花園大学准教授)等。
《現地での行動報告》
6月21日(木)前泊移動日。
往き: JL93便(羽田15時35分発、金浦17時55分着)
金浦到着後、直ちにホテル・プレジデントに向かい、19時より同ホテル18階のレストランで金剛大学校仏教文化研究所主催の夕食会に出席。
6月22日(金)大会初日。下記の行事・研究発表に出席した。
開会の辞金:天鶴(金剛大学仏教文化研究所所長)、大会の辞:鄭柄朝(金剛大学総長)、激励の辞:田雲徳(金剛大学法人副理事長)、祝辞:竹村牧男、杨慧林(人民大学副学長)、他。学術交流協定式:鄭柄朝・杨慧林・竹村牧男、基調講演竹:村牧男「『大乗起信論』の人間観」
12時―13時30分フェルムタワー地下2階レストランで大会参加者とともに昼食。
13時30分―15時30分研究発表S e c t i o n 1
司会:李泰昇(韓国、威徳大学)
金星喆(韓国、東国大学)「三論学の仏性論」
論評:崔鉛植(韓国、木浦大学)
崔恩英(金剛大学)「如来蔵系経論と吉蔵の仏性論」
論評:金鎬貴(東国大学)
15時45―17時45分研究発表S e c t i o n 2
司会:金永晋(東国大学校)
史経鵬(人民大学)「竺道生における仏性思想の形成」
論評:河由真(金剛大学)
張風雷(人民大学)「中国天台宗における仏性論の展開」
論評:崔箕杓(金剛大学)
18時30分―20時30分ホテル・プレジデント31階宴会場で開催された金剛大学法人副理事長主催の歓迎晩餐会に出席。
6月23日(土)大会2日目。下記の行事・研究発表に出席した。
10時―12時研究発表S e c t i o n 3
司会:金成哲(金剛大学校)
伊吹敦(東洋大学)「禅宗の成立と仏性観の変容」
論評:李徳辰(韓国、昌原文星大学)
橘川智昭(東洋大学)「理仏性と行仏性」
論評:崔鍾男(韓国、中央僧伽大学)
12時―13時30分フェルムタワー地下2階のレストランで大会参加者とともに昼食。
13時30分―14時30分研究発表S e c t i o n 4
司会:曹潤鎬(韓国、全南大学)
耿晴(台湾、国立政治大学)「浄影寺慧遠の仏性概念について」
論評:朴ボラム(金剛大学)
14時45分―16時45分研究発表S e c t i o n 5
司会:曹潤鎬
石吉岩(金剛大学)「『大乗起信論』関連注釈書に現れる如来蔵解釈の変化」論評:佐藤厚
張文良(人民大学)「中国仏教思想における仏性論の展開―澄観と湛然の思想を中心として―」論評張:珍寧(韓国、円光大学)
16時45分―17時閉会式司会:車相燁(金剛大学)
第2回大会実行委員長挨拶張:風雷、閉会の辞金:天鶴
18時―20時ホテル・プレジデント18階宴会場で開催された金剛大学総長主催歓送晩餐会に出席。
6月24日(日)
10時―12時教保文庫光化門本店(ソウル特別市鍾路区鍾路1街1、教保生命ビル地下1階)において書籍(学術書)購入等。
13時―15時金相鉉(東国大学教授)・崔鍾男(中央僧伽大学教授)・福士慈稔(身延山大学教授)・望月海慧(身延山大学教授)との会食・情報交換、および『日本仏教各宗の新羅・高麗・李朝仏教認識に関する研究』第2巻(身延山大学より発行予定、橘川論文掲載予定)の編集に関する打ち合わせ等。
帰り:JL九四便(金浦19時15分発、羽田21時25分着)
《成果》
(1)東洋大学と金剛大学・人民大学との仏教学学術交流事業の最初の大きな行事が達成された。
(2)中国・朝鮮半島・日本という東アジアの仏教思想史において、仏性思想・如来蔵思想はきわめて重要であり、研究者にとっても必須の思想といえる。本大会はその仏性・如来蔵思想にテーマをしぼりながら、かつ中国仏教史上の主要学派を対象とした研究発表から成り立っているために、専門的な見地から全体像を眺望したり、近年の最新成果を知る上でも非常に有益なものとなった。
(3)東アジア仏教分野の最前線にいる多くの中国・韓国の若手・中堅研究者と面識をもつことができ、親睦を深めることができた。現在、中・韓・日の間ではお互いの学術誌の保有すらまだまだ十全とはいえない状況にあり、今後の情報交換など、私自身の研究のみならず3国の同分野の研究にとって生かされていくことが期待される。また現地滞在の日本人研究者や今回参加した日本の他大学の研究者等との交流により、特に朝鮮仏教思想の研究の上で多くの情報交換を行うことができた。
(4)中・韓・日の3国の研究者が会するということで、配布資料が工夫され(総600頁を超える冊子。すべての発表論文が中国語・韓国
語・日本語として完備されたもの。事前に論評者が設定され、その論評文も3か国語で掲載)、それぞれの発表における通訳者の選定も適切になされており、また大会実行委員長(金剛大学仏教文化研究所所長金天鶴氏)のリーダーシップの下、教員・若手研究員に至るまで明確な役割分担がなされ、その全員が率先して行動するなど、主管校である金剛大学側の綿密周到な準備と全員一丸となったチームワークが発揮されていた。今後同様の行事が開催される上で模範となるものであり、学会運営という観点からみて学ぶべき点が大変多かった。
東洋学研究所の研究所プロジェクトの公開ワークショップにおける発表、日本印度学仏教学会第63回学術大会での研究交流、資料調査
林 香奈 奨励研究員
期間 平成23年6月28日~7月4日
出張先 東洋大学、鶴見大学、大正大学
報告者は現在、金剛大学校仏教文化研究所HK研究教授として韓国に在住しているが、東洋学研究所の研究所プロジェクトの公開ワーク
ショップにおける発表、日本印度学仏教学会第63回学術大会での研究交流、資料調査のため来日した。
6月28日夜に成田空港に到着し、翌29日午後4時頃より東洋大学6号館文学部会議室で開催された、東洋大学東洋学研究所・国際哲学研究センター共催公開ワークショップに、発表者として参加し、「基述・義令記『勝鬘経述記』とその思想について」との題目で、発表を行った。この発表は、現在報告者が研究を進めている、『勝鬘経述記』の概要と思想的特徴、ならびに問題点などを紹介したものである。
『勝鬘経述記』はその奥書によると、慈恩大師基(632―682年)の晩年にあたる670年代後半に、彼の弟子である義令が執筆したものとされる。基は中国法相宗の初祖とされる人物であり、法相宗は後に一乗・三乗の解釈や五姓各別説を巡って、天台宗などと議論を戦わせることになる。『勝鬘経』は代表的如來藏経典であり、一乗に関する内容も含んでいることから、『勝鬘経述記』はそれらの教義に対する基の理解を探る上で重要な文献の1つと言える。
だが、『勝鬘経述記』は基自身ではなく義令の執筆であるためか、同時期に成立したと考えられる基のほかの経疏とはやや異なる構造が見られる上に、誤字脱字なども多く、非常に理解しにくい。発表では、その実例をいくつか挙げながら、申請者が所属する研究プロジェクト「東アジアにおける仏教の受容と変容―智の解釈をめぐって―」の研究の一環として、『勝鬘経述記』も含めた基の思想における智の解釈と、それ以外の中国仏教諸師の解釈の比較などを今後行う予定であると締めくくった。
ワークショップの参加者は20名ほどであり、発表後の質疑では、金剛大学校仏教文化研究所所長の金天鶴先生から、基の考える仏心の体としての四智について、岩井昌悟先生からは仏の授記と仏身に関して、それぞれ質問を受けた。ワークショップでは申請者の後に、内蒙古師範大学准教授の満達氏が「モンゴル仏教音楽について」との題で発表を行い、日本ではあまり知られていないモンゴル仏教における読経のリズムやその由来などについて興味深い話を聞くことができた。
30日には横浜市鶴見区の鶴見大学において開催された日本印度学仏教学会第63回学術大会に発表者として参加し、「基述・義令記『勝鬘経述記』について」との題で発表を行った。発表内容はおおむね前日のワークショップでの内容に準じるため割愛するが、学会においては、以前に『勝鬘経述記』についても研究をされた花園大学の師茂樹先生よりご意見をいただき、『勝鬘経述記』講読成果に関する研究交流の提案もいただいた。
7月1日には同学会において、申請者の研究範囲に関わる中国浄土教に関する研究成果に触れたほか、午後にはパネルディスカッションにおいて貞慶に関する諸分野の先生方の発表を聞く機会も得た。貞慶は日本法相宗の著名な学僧であり、教義的には基の思想にも関係があるため、昨年申請者も関連論文を執筆した。その貞慶に関して、近年美術や神仏習合など、多面的な研究が進められており、パネル発表ではそれらの専門家から最新の研究成果を聞くことができた。
2日には大正大学を訪問し、金剛大学校と大正大学との学術交流の調印式に参加した。大正大学学長である多田孝文先生をはじめ、同大学仏教学部の大塚伸夫先生、曽根宣雄先生、元山公寿先生、神達知純先生などが参加され、平成24年9月の、大塚先生以下大正大学の先生方の金剛大学訪問と発表に関して、通訳や発表時間などに関する確認、調整も行った。調印式終了後は大正大学図書館において、資料の収集を行った。
3日は東洋大学図書館において資料の収集を行い、横超慧日『中国仏教の研究』全3巻など、現在ではなかなか入手が難しい書籍に目を通した。
4日、予定どおりの便にて韓国に帰国した。
日本佛教学会2012年度学術大会への参加および研究発表
岩井 昌悟 研究員
期間 平成24年9月13日~9月14日
出張先 京都(花園大学)
9月13日(木)、14日(金)の日程で花園大学(京都)において開催された日本佛教学会第82回(2012年度)学術大会において学会発表を行う目的で京都に出張した。本学会では毎回の学術大会において共同研究テーマが設定される。今回のテーマは「信仰とは何か─仏弟子ということ─」というものであり、出張者の発表題目は「菩薩の信(saddha)について──佛もまた過去佛の佛弟子か」というものであった。出張者は発表の準備に手間取ったため、13日の諸発表を聞くことを断念せざるを得なかったが、学会の懇親会に参加し、諸研究者と親睦を深め、意見交換することができた。14日の出張者の研究発表ではコメンテーター(佐々木閑・花園大学教授)より数々のアドヴァイスを頂戴し、さらには会場の方々からも数々の質問と意見を頂戴した。「未聞の法を自ら覚る」というブッダと独覚の定義と、菩薩が過去世において過去仏の説法を聞くこととの間の矛盾が研究の中心テーマになってしまい、そこに無理矢理「菩薩の信」という問題を関わらせたため論旨が不明瞭になったことは反省点である。
公開ワークショップ
平成24年6月29日白山校舎文学部会議室
基述・義令記『勝鬘経述記』とその思想について
林 香奈 奨励研究員
(発表要旨)中国法相宗の初祖とされる慈恩大師基(632―682年)は、「百本の疏主」と呼ばれるほど多くの著作を残したことで知られる。その中に、『勝鬘経述記』があるが、奥書によればこれは基の弟子である義令という人物が、基の『勝鬘経』講義を記録し、編纂したものである。五性各別説の立場を取ることで知られる基が、如来蔵思想の代表的経典である『勝鬘経』を解釈したという点において、この文献は非常に興味深い思想的意義を有している。先行研究では基の仏性理解を考察する上で、真撰とほぼ同等の扱いをされており、両者の間の思想的な差異もほとんど認められないようである。しかし、基自身の執筆ではない以上、『勝鬘経述記』が仏性以外についても基の真撰と同様の主張を展開しているのか、確認する必要があるように思われる。そのため、本発表では主に仏身論に焦点をあてながら、『勝鬘経述記』の特色や位置づけを検討した。
『勝鬘経述記』の由来が記されている奥書によれば、義令は咸享年間(670ー674年)から基に従ってその教えを受け、『勝鬘経』と『唯識二十論』の講義を聞き、それを記録・編集してこの述記とした。その後儀鳳2(677)年夏に、洛陽の東太原寺で基がより詳細な『勝鬘経』の講義を行ったとあることから、その内容も反映されている可能性がある。基は同時期に『説無垢称経』や『法華経』などを各地で講義しては、それをもとに注釈書を執筆しており、時期的に不自然な点は見られない。また、基撰とされる著作には偽撰がほぼ確実なものも存在するが、『勝鬘経述記』は義令の名が明記されており、基に仮託して書かれたとは考えにくい。仏身論についての記述を見ても、基の『大乗阿毘達磨雑集論述記』巻第1で明言されている自受用身の体としての四智という表現が『勝鬘経述記』にも確認され、基の著作との思想的な一致が見られる。
だが、『勝鬘経述記』の記述は極めて簡潔であり、自受用身が授記するか否かについて、授記有りと無しの2説が紹介されているものの、いずれが基の見解なのか明記されていないなど、基の思想を探る上で理解しづらい箇所も多い。また、『勝鬘経述記』が基の著作を引用したと考えられる箇所は存在するが、基が『勝鬘経述記』に言及した箇所は見つかっていない。以上のことから、『勝鬘経述記』は基の真撰と比して補助的な文献として扱う必要があると思われる。
公開ワークショップ
平成24年6月29日白山校舎文学部会議室
モンゴル仏教音楽について
満 達 氏
(内蒙古師範大学准教授)
期間 平成23年9月6日~9月8日
調査地 京都(龍谷大学)
(発表要旨)モンゴル仏教音楽とはモンゴル語経文に旋律を付し、モンゴル語で唱える音楽のことである。それに誦経音楽、舞踊音楽、楽器音楽、そしてモンゴルの寺院でチベット語で唱えられる音楽も含まれる。モンゴル語仏教文化の重要な構成部分であるモンゴル仏教音楽の研究は前世紀80・90年代に萌芽し、国内外において数多くの論文が発表された。その結果、モンゴル仏教音楽の形成史、種類、変遷、演奏方法および楽器などについて明瞭になった。その中にモンゴル語誦経音楽の占める量と数が少ないが、モンゴル独特の文化特徴を有し、モンゴル仏教文化、乃至モンゴル文化を理解する上で重要な意義を持っている。なぜなれば、その形成過程はチベット仏教がモンゴル地方で伝承・変遷した過程、同時にまたモンゴル仏教の形成する過程であるといえるからだ。
モンゴル語誦経音楽の形成過程を創造期と完成期に分ける。また、創造期を「旧式誦経法」といい、完成期を「新式誦経法」といわれている。この区切ル方式はメルゲン・ジョー第3世ゲゲン・ロサンダンビギャルツォ(1717~1766)の時からである。16世紀初期、ネージトイン・ホトクト(1557~1653)がモンゴル語誦経音楽を発起し、各地方の寺院に広めた。しかし、現在メルゲン・ジョーはモンゴル語で仏典を歌唱する唯一の寺院であり、モンゴル仏教音楽の伝統を守っている。
モンゴル語誦経音楽の特徴といえば、まず詩句の旋律、音調が規律よくまとめられ、終始統一されている。ロサンダンビギャルツォ氏は従来の翻訳した仏典を詩歌の形式に変換し、シャド(Sad)という調整法で経文に旋律、音調を付し、厳密な韻律規則(新式モンゴル語誦経法)を作り出した。シャドとはチベット語shadで、本来の意味は句読点(—)である。彼は詩句の一行という意味で取り、Sad tegsilehU(行を調整する)といっている。このように韻律化する調整法により大勢のラマたちがリズムに乗って一斉にお経を歌唱便利であった。次に、音調の変更が少なく、リズムの構成も単調である。モンゴル語仏教讃歌は単一曲調を反復しており、モンゴル民歌の形式に似ている。長い経文でもこの形式の中に取り入れれば簡単に覚えられるし、また文字の知らないラマたちが長文のお経を覚え、一斉に唱詠することができた。
今後の課題として、文献学的手法を使い、ロサンダンビギャルツォの翻訳した仏教讃歌をチベット語のそれと比較研究することによりモンゴル語の特徴を明示し、またほかのモンゴル語訳本とも対照して、両者の異同を探りたい。さらに、モンゴルの仏教寺院で歌われているチベット語誦経方式が実際にチベットの仏教寺院で歌われているそれとどのような異同がるかを明らかにしたい。
公開ワークショップ「インド・チベット仏教における智の解釈」
平成25年2月13日白山校舎125記念ホール
インド・チベットにおける般若菩薩の供養法
佐久間 留理子 氏
(公益財団法人中村元東方研究所研究員)
(発表要旨)本発表では、智慧が神格化された般若波羅蜜/般若菩薩の供養法の諸形態について概観した後、インドやチベットにおける成就法(サーダナ、密教的ヨーガ)に説かれた供養法等を中心に解説した。とりわけ般若波羅蜜の成就法の構造において、供養法が如何に組み込まれ昇華されているか、という問題を扱った。概略は次の通りである。
インドにおいて紀元12世紀頃までに個別に成立していた成就法を集めた集成に、『サーダナマーラー』がある。バッタチャルヤ校訂本
によれば、全部で312篇の成就法類が収められ、そこには般若波羅蜜の成就法が合計十篇(Nos.151-160)みられる。これらの中No.159のアサンガ作「般若波羅蜜成就法」は最も長く、また般若波羅蜜に対する外的及び内的供養法を説くので重要である。外的供養では、行者は白檀でマンダラを造り、阿閦を中尊とする密教五仏とそれらの妃に供物を捧げ、呪文を唱えて供養を行う。ここでは、般若波羅蜜は阿閦の妃と考えられている。なおこれと類似したマンダラ諸尊の構成は、同校訂本No.3「金剛座成就法」(但し般若波羅蜜の記述無し)や、アドヴァヤヴァジュラ作『五(如来)の形相』にも説かれる。次に外的供養から内的供養への連結部では、行者が般若波羅蜜のヨーガに入り、無上の正覚を得て、さらに生類をも正覚に安立させるという誓願を立てる。これに続く内的供養の一部では、『初会金剛頂経』所説の金剛界37尊マンダラにも登場する嬉女等の内の四供養女と華等の外の四供養女が観想され、内的供養が視覚化される。そして般若経や本尊の般若波羅蜜が観想される。なおこうした内的供養や本尊の観想は、No.152 にも説かれる。このようにNo.159 では、外的及び内的供養は、行者が本尊を観想し正覚を得る道程の中に組み込まれている。
一方チベット仏教ゲルク派の副法王と称されるパンチェンラマ4世の編纂した成就法集『リンヘン』(ローケシュ・チャンドラ復刻本)には、二篇の般若波羅蜜の成就法(Nos.108, 109)が収められる。これらの中No.109の説明がより詳しい。この成就法では、行者は本尊を観想し、智薩埵、三摩地薩埵、三昧耶薩埵の3種の象徴を重ねることによって、本尊との一体化を果たす。次に灌頂を受けた後、供物を所作タントラの方法に従い加持し、本尊を賞讃し、座にお迎えして供物を捧げる。そして自ら(行者)を含む一切生類に対し、最上の成就を与えることを願った後、本尊にお帰り頂く。この成就法の後半に説かれる供養法は、本尊となった行者が行うものと位置づけられており、そこには仏(神)が仏を供養するといった神秘主義的な傾向がみとめられる。
公開ワークショップ「インド・チベット仏教における智の解釈」
平成25年2月13日白山校舎125記念ホール
チベットにおける般若学の受容
田中 公明 氏
(公益財団法人中村元東方研究所研究員)
(発表要旨)チベットの僧院では、『中論』『現観荘厳論』『倶舎論』『律経』の4種のテキストが重視され、これをマスターしたものが「カシバ」(4つの難典に精通した者)と呼ばれ、尊敬を集めた。現在のチベット仏教の主流をなすゲルク派では、これに『量評釈』を加えた5つの難典が、僧院で学ぶべき主要なカリキュラムとなっている。そしてこの5つの難典を、註釈とともにマスターした者は、「カチュパ」(10の難典に精通した者)と呼ばれた。
さらにゲルク派の根本教法「ラムリム」は、甚深観(サプモタワ)と広大行(ギャチェンチュー)の二系統によって相承された。このうち甚深観は中観系、広大行は唯識系といわれるが、広大行の相承系譜は、弥勒・無著・世親・聖ヴィムクティセーナ・尊者ヴィムクティセーナ・ハリバドラと次第しており、明らかに『現観荘厳論』の相承が意識されている。
このように現在、チベット仏教の主流をなすゲルク派では「弥勒の五法」の中でも『現観荘厳論』が重視され、他の唯識・如来蔵系論書
は『現観荘厳論』研究の中に組み込まれているといっても過言ではない。
インド大乗仏教では中観・唯識の両学系が、パーラ王朝の後期に至るまで併存していた。そして『解深密経』では、小乗の教えは第一転法輪、『般若経』つまり中観は第二転法輪、『解深密経』すなわち唯識は第3転法輪と位置づけられた。『解深密経』は、第1・第2転法輪は未了義、第3転法輪が了義と説いたが、チベットでは、大多数の宗派が中観こそ大乗仏教の根本思想であるとし、第2転法輪を了義、第1と第3転法輪は未了義とする見解が有力となった。これに対してチョナン派は、『涅槃経』『勝鬘経』等の如来蔵経典を第四転法輪とし、これを了義とするが、ゲルク派では如来蔵経典も第3転法輪の1種とする。これによって第2転法輪つまり中観の唯識に対する優位を主張したのである。
したがって「弥勒の五法」のうち、他の4篇は第3転法輪であるから未了義と判ぜられるが、『現観荘厳論』のみは、第2転法輪である『般若経』の解釈学であるから了義ということになる。そこでチベット仏教では、『中論』が『般若経』の顕了の義を解釈するのに対し『現観荘厳論』は『般若経』の隠密義の解明であるとし、『中論』と『現観荘厳論』の両者があいまって、第2転法輪を構成すると考えたのである。
現在のゲルク派の僧院において、「弥勒の五法」のうち『現観荘厳論』のみが独立のカリキュラムとして存続しているのは、このような
理由に基づくと考えられる。
インドの『現観荘厳論』の注釈書では、『般若経』とその関連テキストが参照されることはあっても、『般若経』と関係ない他の経論や密教聖典などを参照することは稀であった。
これに対してチベットの般若学では、『大蔵経』の仏説部(カンギュル)所収のほとんどすべてのテキスト、場合によってはジャータカやアヴァダーナまでが教証として参照される。また論部(テンギュル)では「閻浮提の六荘厳」と呼ばれる巨匠、つまり龍樹・聖天・無著・世親・陳那・法称の六人の著作が参照される。またインドにおける般若学の大成者ハリバドラは、とくに阿闍梨(ロップン)と呼ばれ、その所説が権威あるものとして引用される。これによってチベットの般若学は、『般若経』に限定されず、広く大乗仏教全般を整合的に解釈する教理学となっていったのである。
『般若経』では一切法の空・無自性が強調されるが、悟りとは何か?悟りに至る道程にはどのような段階があるのか?悟りを開いた仏とは何か?このような問題に、いちおう整合的な説明が与えられなくては、大乗仏教は何を目的とし、どのように衆生を救済するのかという問題にまで疑問が生じてくる。すなわち、大乗仏教の存在意義が問われることにもなりかねない。
『現観荘厳論』は、『般若経』、つまり一切法が空・無自性であるということを、徹頭徹尾主張する大乗仏教の根本聖典に基づきながら、大乗仏教の教理体系を整合的に構築しようと試みた。そしてこの方向を継承したチベット仏教では、『般若経』のみならず、他の大乗仏教聖典や、ナーガールジュナ、マイトレーヤなどのインド仏教の巨匠が著した著作によりながら、大乗仏教全体の教理の体系化を図ったといえるのである。