2002年度 公開講演会 発表報告
開催日:2002年12月7日
2002年度 公開講演会 発表報告
開催日:2002年12月7日
五族協和に徹した作家大滝重直
―『劉家の人々』を軸に―
講演者:三田 英彬 教授 (大正大学)
大滝重直と言ってもご存じない方が多いだろう。簡単に記す。昭和17年に第1回大陸開拓文学賞を受賞。この年上半期、下半期とも芥川賞の受賞者はなし。戦後の昭和46年、第2回大宅壮一ノンフイクション賞の候補となる。著作長編小説他20余編。
明治43年秋田県出身。「秋田魁新報」の記者を5年勤め、昭和13年、政府の表現弾圧のきびしさに嫌気がさして退職。石原莞爾から作家周作人(魯迅の弟)を紹介してもらい、北京大学に訪間、教えを乞い、以来7年に渡って中国東北部(旧満州)へ旅し、旧ソ連や蒙古に近い地域の開拓農家を取材調査、文学作品化して来た。島木健作の弟子であり、石原莞爾の考えを支持、東条英機を否定してきた。稀にみるヒューマニストである。
作家の矢田津世子とは坂口安吾より2年早く昭和5年に生田春月の家で紹介され、仲がよかった。但し矢田が3歳上。
『劉家の人々』は昭和16年に刊行した処女長編小説。満州東北部の中国人開拓農家の生活を描いている。翌年には自系ロシア人の生活を描いた長編小説『光と土』も発表。文字通り五族協和を重んじ、人種的偏見などは持っていない。その間に、同じように満州東北部に生きる日本人のことを描き、「中央公論」に連載した長編小説「解氷期」によって、大陸開拓文学賞を授与されている。広い意味でのヒューマニスト。漢民族と共に東亜を守ろうとする考えを持っていた。
私とは昭和46年に初めて会っている。当時筆者は「月刊ペン」誌に北方領土問題を連載していたが、「月刊ペン」の編集者に元雑誌編集者であったことが知られ、編集長を頼まれ、やむなく1年間だけという約束で引き受けた。受けてみたら売込の原稿が2本あり、その1が大滝氏の「北洋漁業船団同乗記」。非常に優れたノンフィクションであり、すぐ『だれも書けなかった北洋船団ルポルタ―ジーュ白夜の海』と題して出版。これが大宅壮一ノンフィクション賞の候補となった。もう1つは中河与一の小説であり連載した。
従来大滝氏について触れたものは著作のオビを別にすれば、川村湊氏による『日本植民地文学精選集』のⅡ期刊行(復刻)における『劉家の人々』の解説1篇に留まるだろう。ただこれ自体は筆者の判断からは間違っているといいたいほど遠い。あまりにも研究者からは知られざる作家であった。で、改めて云々してみたいと考えている。
大滝重直の著作=長編小説7編以上。短編小説1編以上。ノンフィクション2編以上。紀行3編以上。評論3編以上。児童向け著作8編以上。著作は単行本として出版されたものだけで20余編はある。文壇陣との交遊は多くの作家評論家が支持したことだった。そんな大滝重直について研究論文はゼロに近く、わずかに最近復刻された『日本植民地文学精選集』の解説に留まるだろう。そこでは監修者が一言言っている。「『劉家の人々』はまさに日本の『満州支配』のプロバカンダ小説として書かれている」と。この見解は180度異なることを言っておきたい。