「インドネシア、バリ・ヒンドゥー教の世界観―寺院構造と儀礼を中心として―」
山口 しのぶ 研究員
「インドネシア、バリ・ヒンドゥー教の世界観―寺院構造と儀礼を中心として―」
山口 しのぶ 研究員
インドネシアは 2 億 7500 万人ほどの人口を抱え、その 85%がイスラーム教徒であるが、バリ島は例外的であり、人口約 436 万人の 9 割がヒンドゥー教徒である。紀元 8 世紀までにインド文化がバリに流入したとされるが、その後 11 世紀には、バリのワルマデワ王朝の国王と東ジャワの王女の婚姻により、ジャワのヒンドゥー文化がバリに大きな影響を与えた。さらに 15 世紀には、イスラームの勢力拡大により衰退したヒンドゥーのマジャパヒト王国の国民がバリに移住し、ヒンドゥー化はさらに進んだ。バリ・ヒンドゥー教は、例えば「サン・ヒャン・ウィディ」という唯一神信仰や、「シヴァ=ブッダ」観念、また信仰の基盤としての山岳信仰など、インドのヒンドゥー教とは違った特色を持つ。
バリ島中南部のギャニャール県にあるヒンドゥー寺院サムアン・ティガは11世紀の創建で、それまで対立していたヒンドゥーの諸宗派を、ブラフマ、シワ、ウィスヌ(Brahmā,Śiva, Viṣṇu)の三宗派にまとめる会議の場となった寺院である。境内は入口から最奥まで7つの区域に分かれ、区域ごとに信徒の会合や儀礼のための建物、バリ各地の固有の神々の社、インドから伝わったヒンドゥー神の祠などが複雑に並んでいる。境内は奥に行くほど高い位置にあり、参拝者は山を登るように奥まで上がる。最奥のJeroanの区域では、その中心部にはリンガ・ヨーニ、プリティヴィー女神、ガンガー女神などインド由来の神々の祠があり、それらの神々を防御するようにバリ固有の神々の社が取り囲むような、聖なる空間を作っている。このようにバリの寺院は山岳信仰と結びつき、インド由来神々とバリ固有の神々が秩序だった世界を作っている。
バリ・ヒンドゥー教では儀礼が頻繁に行われるが、その中でも基本的な聖水を作り出す儀礼はサンスクリット儀軌Vedaparikrama(VP)の次第にしたがって行われる。VPの中心的部分と考えられる「僧の身体をシヴァ神にすること」(Śivīkaraṇa)においては、僧はシヴァ神に敬礼し、瞑想によって自身の心臓にあるアートマンを頭頂から身体の外に導く。その後僧はシヴァのマントラを唱え、虚空に存在するシヴァ神からの甘露がほら貝から流れ出し、喉を通って僧の体内に流れ込むのを瞑想し、僧とシヴァ神の一体感を体験する。
このようにバリ・ヒンドゥー教の儀軌には、シヴァ神と僧侶が瞑想を通じ一体感を得るような神秘主義的な要素が含まれている。今後は寺院構造や儀礼の分析などから、バリ・ヒンドゥー教と、インドのシヴァ信仰や密教との共通性や関係性などを課題として研究を進めたい。