二〇一九年十一月二十三日 東洋大学白山キャンパス 六一〇二教室
初期真宗における真実報土の理解
─特に了海の『他力信心聞書』を中心に─
板敷 真純 院生研究員
〔発表要旨〕中国浄土教の道綽(四七六~五四二)と善導(六一三~六八一)は、阿弥陀仏は誓願と修行に報いて仏となった報身仏であるために、この阿弥陀仏の浄土を報土というと説いている。親鸞(一一七三~一一六二)によれば、この報土には真実報土と方便化土の二土があり、真実報土には他力真実の信心を得た行者が往生し、本願を信じない自力の善人は方便化土に往生すると記し、これらはどちも阿弥陀仏の真化の浄土と主張している。
先行研究では、このような主張は善導、源信の説を独自に解釈したもので、親鸞以前には見られない特異な見解であるといわれている。また親鸞は、現生に正定聚に住して、真実報土に至るとも記しており、これらは、親鸞が説いた現生正定聚という位が、真実報土と不可分の関係を持つことを示している。このような主張は、往生思想の根幹にあたる部分であるために、常に注視されてきた。
しかしこれらの点は、非常に重要であるにも関わらず、このような真実報土について、親鸞の門弟たちがどのように理解していたかについては、必ずしも明確になっていない。唯一、唯円の『歎異抄』に報土に対する記述があるのみである。このように親鸞の門弟達の中で真実報土に対する理解が明らかになっていないという点は、初期真宗の浄土観、往生観を究明するうえで、大きな問題であった。
ここで注目すべきは、初期真宗で活躍した麻布了海(一二三九~一三二〇)の作といわれる『他力信心聞書』に、真実報土に関する記述が見られる点である。『他力信心聞書』では、全十四問答中の三問答をさいて、報土についての説明をしているが、この点についての詳細な論究は行われてこなかった。
本論では麻布了海の作といわれる『他力信心聞書』に焦点をあてて、真実報土と方便化土について検討を行う。これにより、初期真宗の門弟たちの真実報土の理解について明らかにすることが出来、日本浄土教の浄土観の一面を究明することが出来ると考える。
了海の『他力信心聞書』を中心に、初期真宗の真実報土の理解を検討したところ、以下のことが分かった。親鸞とは異なる主張をしたといわれる了海の『他力信心聞書』であるが、その文中から、親鸞の真実報土と方便化土の思想は理解していたと考えられる。しかし法蔵菩薩が選択した二百十億の浄土や「総」、「別」の浄土などの特異な浄土観は、善知識即仏説の影響が見られる。
韓国における『天地八陽神呪経』の霊的機能
佐藤 厚 客員研究員
〔発表要旨〕『天地八陽神呪経』は、八世紀頃に成立したとされる中国成立経典(いわゆる偽経)で、東アジアから中央アジアにわたり広く流行した。朝鮮半島でも流行し、それは現在に続いている。本発表では、朝鮮半島で流行した理由を探るため、経典が有する機能を「霊的機能」と呼び、『八陽経』そのものと、朝鮮半島における『八陽経』関連の文献をもとにその様相を整理した。
第一に『八陽経』自身が説く霊的機能を確認した。その中心は、土地家屋関係と葬祭日程関係の二つである。前者は、家を新築、改造したり、墓地を選定する時、土地の神々を恐れたり方角を気にする人々に対し、『八陽経』読誦により解決することを説く。後者は、葬式や結婚式の日取りなどを気にする人々に対して『八陽経』読誦により問題が解決することを説く。このように『八陽経』は古代の俗信に囚われた人々に対してそれよりも強い力を持つことを強調した経典である。そしてこれが広範囲に普及した理由でもある。
第二に朝鮮半島における霊的機能を三つに分けて検討した。
①最初に『八陽経』序文を検討した。これは朝鮮半島でのテキストにしか見られない。そこに説かれる霊的機能も『八陽経』自身とほぼ同じであるが八部神衆の働きを強調することが特徴である。
②二番目に十八世紀に朝鮮で作られた「八陽経密伝」という『八陽経』の霊的能力を説く文章を検討した。そこでは五名の人物が『八陽経』読誦により、現世富貴と死後の善処への往生を得たことが説かれる。
③三番目に近代での例を二つ検討した。第一の例は、ある女の人が子供を欲したが、その女性に取り憑いた鬼神(幽霊)のために子供ができない。それを読経師が『八陽経』を読誦することにより退散させた話である。第二の例は、一九三〇年代の仏教雑誌の記事である。それは慶尚北道に住む父親の話である。息子が数年前に亡くなり悲しんでいると、ある青年が訪ねてきた。その青年は一度死んで「死後の世界」に行き生き返ったという。そして死後の世界で、その父親の息子が自分の供養のために生きている家族に『八陽経』読誦を依頼することが説かれている。
以上、『八陽経』の霊的機能は、経典自身に説かれるものを基礎として、受容される中でいろいろな力、機能が付与されるようになった。②「八陽経密伝」の場合は、現世利益と来世往生という機能が付加されていた。これは当時の朝鮮仏教者が『八陽経』に期待したものであろう。③の鬼神退散や死後の世界との交流は、直接的に霊的世界との交流により、子供ができずに悩んでいる女性、息子を失い悲しんでいる父親の慰労の役割を果たしている。こうした機能により朝鮮半島で『八陽経』が普及していることがわかった。