平成二十八年七月二日 東洋大学白山キャンパス 五二〇四教室
世親の阿含経解釈 ―『釈軌論』第二章について
堀内 俊郎 客員研究員
〔発表要旨〕堀内俊郎客員研究員は「世親の阿含経解釈―『釈軌論』第二章について―」と題する発表を行った。発表要旨は以下の通り。「インド仏教の学匠である世親(ヴァスバンドゥ)が、阿含・ニカーヤから抜粋された経典中の語句に対して詳細な解釈を行ったものが、『釈軌論(経典解釈方法論)』第二章である。同章について報告者は『世親の阿含経解釈 ―『釈軌論』第二章訳註―』(山喜房佛書林、二〇一六年五月)なる訳註研究を上梓した。本発表ではそれに基づき、阿含の経句に対する世親の解釈の特徴や、仏教用語を理解する上での問題点などを指摘する」。発表では初めに世親の著作一覧が示され、その中での『釈軌論』の位置づけや先行研究が提示された。その上で『釈軌論』全体のシノプシスが提示され、その中での『釈軌論』第二章の位置が示された。同章は五章からなる『釈軌論』で最も長大な章であり、全体の四割強を占め、百三にも及ぶ阿含経典からの短い引用句(経典の一節、経節)と、それに対する解釈で成り立っている。堀内前掲書は同章に対して経典の出典比定を行い、徳慧による註釈も参照しつつ、詳細な訳註を提示したものである。同発表では『釈軌論』第二章における阿含解釈の特徴として、同第一章で解釈の方法として提示されたところの「一語に多義あり」や、「同義語が説かれた目的」へ適宜言及があり、世親が一見無意味な重複に見える仏典の言葉の一つ一つに意味を見いだしながら解釈していることが指摘された。また、同章ではそれぞれの経節に対して複数の解釈が提示される場合が多いのだが、徳慧の註釈によれば毘婆沙師や「ラーフラ長老たち」に比定されたり、世親の意図であると説明されていることがあることが指摘された。また、経典解釈中で複数回言及される「聖教(lung,āgama)」について、一例を除いては経節に対して複数の解釈を提示する中の最後に登場する。いくつかは、先行研究も示唆するように、『瑜伽論』に対応が見られる。四カ所では、『聖教』としては項目しか挙げられていないにも関わらず世親がその項目を詳細に解釈していることは、世親と近いところにあった伝承を記したことを意味するか、などと指摘された。最後に、経句を解釈する際の注意点として、琴の弦は緩みすぎても張り詰め過ぎてもいけないという経典と自灯明法灯明として言い習わされる経句を含む経典が取り上げられ、両経典が瞑想という文脈のもとで解釈されていることに注意が必要であることが指摘された。
平成二十八年七月二日 東洋大学白山キャンパス 五二〇四教室
アウンサンスーチーのノーベル賞受賞講演を読解する
―〈平和〉と〈四諦の社会化〉の観点から―
田﨑 國彦 客員研究員
〔発表要旨〕ドオ・アウンサンスーチー(Aung San Suu Kyi, Dドオaw は女性への敬称、一九四五年六月十七日生…スーチーと略称)は、ビルマ第二期軍部独裁政権(一九八九年九月から二〇一一年十一月まで)によって国家防御法が適用され、第一回自宅監禁――一九八九年七月二十日より一九九五年七月十日に解放されるまで――に服するなか、一九九一年十月十四日(発表日)、アジア女性として初めてノーベル平和賞を受賞した。しかし、監禁中であったために、本人は同年十二月十日の受賞式には出席できず、夫君マイケル・アリス、子息アレクサンダーとキムが代わって受賞し、長男アレクサンダーが受賞講スピーチ演を行った。二〇一二年六月十六日、彼女は、第三回監禁――二〇〇三年五月から二〇〇九年八月まで、さらに一年の延長を経て二〇一〇年十一月まで――の解放後、二十一年振りにノルウェーのオスロにおいて、英語による二十九分の「ノーベル平和賞受賞講演(Nobel Peace Prize AcceptanceSpeech… 受賞講演と略称)」を行った。
受賞講演は、導入部(挨拶の言葉、「息子アレクサンダーとの楽しい思い出」、受賞講演の「二つの主題」の提示)、第一主題(ノーベル賞受賞の意味)、第二主題(平和とは何か)、終極部(謝辞)から構成されるが、スーチーは、第一主題の中で、自宅監禁時に経験した苦しみ、および同様の苦しみを経験するビルマと世界の人々に言及している。スーチーは、自宅監禁時まったくリアリティーを感じなかったと述べているが、発表者は、この「リアリティーの喪失」を、「愛別離苦」と「怨憎会苦」の内実・実質を示すもの、すなわち二苦の新たな理解を示すものと読解し、さらにハンナ・アーレントが『全体主義の起源3』において語る「孤立」と「孤独」の問題とも結びつけて発表した。
スーチーは、第二主題の冒頭において「平和のビルマ的概念は、調和と健全さを阻む諸要因の制止(あるいは消滅)cessation から生じる幸福として説明されます。文字通りには、nyein-chan という語(ビルマ語)は、火が消された時におとずれる効果的な清涼さ(冷たさ)と翻訳されます」と述べるが、発表者は、cessation は滅諦の滅に対応し、nニェインジャンyein-chan(平和の意)は、スーチーが「文字通りの語義」とする一文から、nibbāna(火が消えるを語源とする語)とsītibhūta(清涼さ、煩悩が消えて心が静まった境地)にもとづくビルマ語と理解する。彼女が平和をこのように理解することは、〈四諦の社会化〉において、滅を目指して人々が共に歩むという道の理解、さらには“平和への絶えざる社会の変容・変革としての道程〟の礎となり、こうした変革・変容を可能ならしめる“理論的な根拠〟ともなっている。
スーチーは、平和(滅)について、「私たちの世界における〝絶対的な平和〟は、達成不可能なゴールです。しかし、私たちは、砂漠の旅人が救いへと導く一つの星をじっと見つめるように、眼を目標に定め、平和を目指して旅を続けなければならないのです」と述べている。発表者は、こうした平和に関する言説は、決して否定的見解ではなく、彼女の民主化運動が、上座部仏教を活用しながら、言わば「人々のエンパワーメントと対話を媒介にして、平和を、民主主義を形成し続けていく運動であること」を物語っていると理解する。人間は、絶対的な平和をあくまでも目標として設定し、普段に・不断に(縁起的に)苦を伴う暴力を弱体化させつつ苦を軽減し、平和を創造する道程を歩んでいくのである。こうした“平和を目指す共同の努力は、「滅」に至らんとする「道」に相当する。
スーチーは、さらに、人間をこの努力、すなわち「道」に駆り立てる原動力や推進力として、「慈悲(mettā とkarunā: love, loving-kindness とcompassion)をあげる。これは、現代世界において慈悲が担いうる新たな役割である。(以上、田﨑國彦客員研究員の研究発表の要旨は、研究所長の監修のもと、研究所でまとめた。)