平成二十七年六月二十七日東洋大学白山キャンパススカイホール

初期真宗における正定聚不退転の思想

板敷真純院生研究員

〔発表要旨〕正定聚とは、正定聚、邪定聚、不定聚の三定聚の内の一つで、正しくさとりを得ることが定まった類聚を意味する。不退転とは、サンスクリット語のavinirvartanya で阿毘跋致とも音写し、修道の結果仏になることが定まり、再び悪趣や凡夫の位に退歩しないことを意味する。この正定聚と不退転の思想は、真宗においては信心の問題と直結するものであり、親鸞の初期の著作である『教行信証』にも見られ、後には如来等同、便同弥勒思想に発展した。この思想は後の存覚の『浄土真要鈔』や『六要鈔』で展開されていく。真宗における正定聚不退転については、現在までの先行研究によって論じられており、それによれば正定聚不退転は、親鸞教学の代表的な思想であり、初出である『教行信証』から一貫した主張といわれてきた。本論では親鸞の現生正定聚の思想が晩年になるにつれて強調されている点について注目し、この理由について考察を行い、初期真宗における正定聚不退転の思想の展開について追求した。『教行信証』と親鸞の消息を中心に現生正定聚の思想を検討した結果、次のようなことが判明した。まず元仁元年(一二二四)に関東で記された『教行信証』から見える親鸞の正定聚不退転の思想は、初期には独自に行った書き下しから現生正定聚を読み取るのみであった。しかし建長七年(一二五五)の第二次改訂時に書き改められた『教行信証』信巻末の現生十種益において現生を強調していることが分かった。この建長七年(一二五五)前後は、東国において建長三年(一二五一)に始まった正定聚不退転の問題が活発になった時期で、臨終来迎との問題など東国門弟に混乱が生じていたことが親鸞の消息から読み取れる。

正定聚の問題が始めて消息の文面に現れるのは、建長三年(一二五一)であるが、親鸞が門弟の中で往生人と認めた数少ない念仏者であるひらつかの入道と明法房弁円が往生した年でもあった。有力な念仏者が一年で二人も没するという事態に関東の門弟は困惑していただろうことが予想される。以上のように親鸞が東国門徒への正定聚不退転の教化に失敗した結果、建長七年(一二五五)の第二次改訂時において現生を強調したと考えられる。


平成二十七年六月二十七日東洋大学白山キャンパススカイホール

東洋学における多言語対照検索ツールの利用について

石川美惠客員研究員

〔発表要旨〕近年はウェブ上の検索システムの発展にも目覚ましいものがあり、通常の辞書以外にも、オンライン梵蔵語彙集(Indo-Tibetan LexicalResource)、オンライン多言語(主に梵蔵漢)対照大蔵経(Thesaurus Literaturae Buddhicae)、多言語対照単語集(大阪大学多言語資源研究グループ。但し検索機能はない表形式)、あるいは外国文献特許出願申請書調査用翻訳システム(東芝、特許庁)等、グローバルかつ国家的プロジェクトが多方面から進められつつある。しかし、日本語と中国語・欧米語、あるいはサンスクリット語・チベット語といった多言語を対照させた辞書や検索ツールは、現状では実用段階に至っていない。

仏教や東洋史を学ぶ際には、原語(仏教であれば、サンスクリット語やパーリ語)が何であるか、チベット語や漢語(モンゴル語や満州語、あるいは西域諸語など)にはどのように訳されていったのかを吟味する必要が、しばしば生じる。写本自体が次々とオンラインもしくはPDF化される現在,同じようにパソコン上で操作出来るような、多言語を一覧で対照できる辞書や用例辞典の必要性を、筆者は以前から感じていた。

筆者の提示する多言語対照検索ツールの特徴は、百カ国語以上に対応でき、ツールを外部データ取り込みタイプにすれば,梵蔵漢対応語彙集や現在進行中の仏教語の欧米語訳対応語彙集および用例集など、入力された語彙集をその都度ファイルとして選択し検索することもできる。また、対象データ群を選択し,複数の文献を合体させたデータを取り込み,その中から単語検索を行うことも,将来的には可能である。

つまり、汎用性・簡易性に優れた多言語対応検索ツールであり、

(ⅰ)ツールはデータベースを整備するだけでどのようなテキストにも対応出来る

(ⅱ)検索機能付きで、データ内のどの言語を検索しても用語が抽出できる。故にデータを整備すれば,ウェブ上でもまだ殆ど見ない逆引き辞典、つまり日本語(和)―梵―蔵―漢―(英)等の辞書としても利用出来るようになる

(ⅲ)利用者が独自のデータベースを構築して、オリジナルの検索キットに転用することも可能である

(ⅳ)エクセルを使用し入力するため(MacユーザーでもOffice2008 for Mac 以後のOSであれば入力可能)、データの入力環境を選ばない。

(ⅴ)開発はエクセルVBAでコーディングするため、基本的には筆者が一人で開発・作成でき,コストを大幅に削減できる。

本ツールに関しては、昨年、仏教伝道協会の研究助成金(平成二十六・二十七年度)を頂くことができ、東洋大学仏教会・仏教青年会で「単語検索ツール:イェシェーキメロン(ye shes kyi me long)・プロジェクト」を始動させ、四カ国語対応語彙集『翻訳名義大集』(榊亮三郎著、国書刊行会、昭和五十六年再刊(大正十四年初版)の九、五六五語すべての入力を終えている。本年の二十七年度は、般若経文献の英訳をものしたE. Conzeの梵蔵英対照辞書の入力を進めており、これが完成すれば梵蔵漢和英の五カ国語対照検索ツールが完成する。

これは、今後の多言語対照検索ツールの土台になりうるものと考える。