平成二十六年七月五日 東洋大学白山キャンパス 五三〇五教室

 『金光明経』における陀羅尼について

―「最浄地陀羅尼品」と「金勝陀羅尼品」を中心に―

ウルジージャルガル 院生研究員   

 〔発表要旨〕「陀羅尼」(dhāraṇī)は「保つ」を意味する第一類動詞語根dhṛ(Dhātupāṭha 1.948: dhṛÑ dhā́raṇe)から派生する語で、仏陀の教え、すなわち大乗の教義を学習し心に保つことを意味し、初期大乗経典では菩薩の備えるべき徳性の一つとして説かれて来た。『大智度論』は陀羅尼に「能持」(保つもの)、能遮(遮るもの)という語釈を与え、これを得た菩薩は聞いた教えすべてを記憶して忘れなくなると述べている。後に密教が成立して来ると、陀羅尼は真言(mantra)と統合されて説かれるようになる。

 陀羅尼は初期大乗経典『八千頌般若』「薩波陀倫品」等で言及されており、『法華経』には陀羅尼そのものについて説く「陀羅尼品」も現れる。中期大乗経典である『金光明経』(Suv)も例外ではなく、その成立、発展段階において多数の陀羅尼が挿入されている。Suv で陀羅尼について説く独立の章(parivarta)としては「最浄地陀羅尼」(*Viśuddhabhūmidhāraṇī)、「金勝陀羅尼」(Hiraṇyāvatīdhāraṇī)、「無染著陀羅尼」(*Asaṅgadhāraṇī)、「如意宝珠陀羅尼」(*Cintāmaṇi [ratna]dhāraṇī)という四つの章が存在する。これらの陀羅尼に関する章には梵文原典は存在しないが、チベット語訳、漢訳とそれに基づくモンゴル語訳、ウイグル語訳が伝承されている。

 上記四つの章を扱う先行研究は、説かれる陀羅尼の数を指摘したものであるか、或いは内容を概説したものである。しかし「最浄地陀羅尼品」を始めとする章が、具体的にどのような陀羅尼を説いているかという問題は未だ十分に解明されているとは言えない。

 本発表は「最浄地陀羅尼品」と「金勝陀羅尼品」の二章を中心に、同章で具体的にどのような陀羅尼が説かれているかについて考察した。その考察結果は次のように要約される。

(1)「最浄地陀羅尼品」では、菩薩の十地の各地で獲得される、教法を記憶して忘れない効力をもたらす「聞持陀羅尼」(dhāraṇadhāraṇī)と、菩薩を守護するための「真言陀羅尼」(mantradhāraṇī)が説かれている。

(2)また同品ではSuv を読誦する功徳として、十種の陀羅尼門(dhāraṇīmukha)を獲得できることも説かれる。

(3)「金勝陀羅尼品」では「聞持陀羅尼」に習熟するための儀礼実行の手順と実践方法について具体的に述べている。儀礼実行手順を説く部分で、五仏や十方諸仏、十の菩薩を引き合いに出し、「真言陀羅尼」を説く。この箇所は後の密教のマンダラの基礎形成に影響を与えたと考えられる。

(4)また同品の「聞持陀羅尼」に習熟するための儀礼実行手順の記述を踏まえれば、その実践方法を説く部分に現れるマンダラは、「聞持陀羅尼」に習熟するための手段と見なされている。