外国人研究者との連携による東アジア仏教の歴史と思想の解明
外国人研究者との連携による東アジア仏教の歴史と思想の解明
① 研究の背景
本研究の背景になっているのは、中国の人民大学、韓国の金剛大学校との間で結ばれた交流協定である。この協定の柱は、一.毎年、三箇国の輪番の形で開催地を移しながら国際シンポジウム「日・韓・中国際仏教学術大会」(開催国により名称が変わり、韓国で開催される場合は「韓・中・日 国際仏教学術大会」、中国で開催される場合は「中・日・韓 国際仏教学術大会」、日本で開催される場合は「日・韓・中国際仏教学術大会」と称することになっている)を共催する。二.大学院生の相互派遣を行う、という二点であり、本研究プロジェクトは、この第一の柱を実現するためのものである。この国際シンポジウムはもともと二〇二一年度に当初の目標とされた第十回大会を開催することで終了する予定であった。そのため、本プロジェクトでは、二〇二二年度と二〇二三年度においては、この十年間の成果を引き継いで、更に発展させることを目指していた。しかし、開催校の人民大学では、新型コロナの拡大の中、対面での開催を強く希望したため、第十回のシンポジウムが二〇二三年度に持ち越され、急遽、二〇二一年度と二〇二二年度は独自の研究活動を行い、二〇二三年度にこのシンポジウムの開催とその成果の公表を行うように変更せざるを得なくなった。
この国際シンポジウムは、当初、十年間の予定で始まり、この間に発表者、コメンテーター等として参加した日中韓三箇国の研究者は百人を超えており、また、発表内容を日中韓三箇国で自国語に翻訳して刊行するという前代未聞の取り組みとも相侯って、三箇国の国際交流と研究の高度化いう点で非常に大きな役割を果たした。
また、毎年度刊行されてきた『東アジア仏教学術論集』は、発表された論文だけでなく、コメンテーターによるコメントとそのコメントへの回答までも収録するという点で、前例のないものであり、国際シンポジウムでの応酬をヴィヴィッドに伝える新たな試みとして注目されている。
② 研究目的
二〇二三年度の「中・日・韓 国際仏教学術大会」では、過去の成果を振り返るとともに、今後の東アジア仏教研究の指針を与えるために、三箇国から各分野を代表する著名な研究者が集い、「東アジア仏教の未来」というテーマのもとで研究発表をし、それを三箇国で、自国語で刊行することになっている、これによって今後の世界の研究に大きな影響を与えることができると確信している。
当初の計画では、九年に及ぶ「日・中・韓 国際仏教学術大会」の開催で明かになった問題点として、一.発表者が基本的には三箇国の研究者に限られていたこと、二.研究成果の発表も、三箇国以外に対する影響力は必ずしも大きくなかったこと、三.毎回のテーマの決定が開催国の意向に従うことになっていたため、他国では必ずしも重要でないような問題に取り組まざるを得なかったこと等を掲げ、第十回大会を開いた後は、今、日本の学会で最も重要な問題になっている二点、即ち、「近代化と仏教」、「仏教と社会の交渉」の二つをテーマに取り上げて、独自に国際シンポジウム等を開催して、それらの問題点を克服しようと考えたが、上記のような理由により、曖昧な形で開催がのびのびになり、十分に取り組むことができない点もあった。しかしながら、二〇二一年度は、オンラインで、「近代化と仏教」に関する「近代化は仏教をどう変えたか」をテーマとする大規模な国際シンポジウムを開催することができた。
③当該分野におけるこの研究計画の学術的な特色・独創的な点および予想される結果と意義
「日・中・韓 国際仏教学術大会」の開催と『東アジア仏教学術論集』の刊行は、従来から前例のない独創的な試みとして評価されてきたが、東アジアの三箇国から選抜された研究者が、同じテーマのもとで研究発表を行い、また、その成果を各国で共有するという本研究プロジェクトの枠組みは、今後の国際的な学術交流のひな形となるはずである。
④国内外の関連する研究の中での当該研究の位置付け
東アジア仏教に焦点を当てた学会に「東アジア仏教研究会」があるが、特定のテーマを設けて研究活動を推進することはない。この学会でも中国や韓国との交流は行われているが、特別講演的な扱いで、対等の立場での参加ではない。また、中国と日本で「中日仏学会議」が隔年開催の形で継続的に行われているが、毎回、中国で開催されており、また、二箇国のみで韓国を含んでいない。本プロジェクトが十年間にわたって取り組んできた「日・中・韓 国際仏教学術大会」は類例のない独創的な企てであったと言える。
⑤研究目的を達成するための研究組織
本研究のメンバーは以下のとおりである。
研究代表者 役割分担
伊吹 敦 研究員 近代化の中での禅
禅宗の形成と中国社会との交渉
研究分担者 役割分担
高橋典史 研究員 近代における日本人の海外進出と仏教
佐藤 厚 客員研究員 東アジア仏教の近代化に果たした井上円了と東洋大学の役割
原田香織 研究員 仏教と文学
水谷香奈 客員研究員 仏教とジェンダー
各研究代表者・研究分担者が担当する予定の研究課題は、これまで各研究者が積極的に取り組んできた課題の延長線上に設定されており、着実な成果がもたらされている。
⑥二〇二二年度の研究状況と成果
上記のように、本年度は、当初、昨年度から延期された国際シンポジウム、「日・中・韓 国際仏教学術大会」の第十回大会を「東アジア仏教の未来」を統一テーマとして中国の人民大学で開催して、この長年にわたるプロジェクトを終える予定であったが、本年度も状況は改善せず、開催は再び来年度へ繰り延べられた。そのため、急遽、昨年度と同様、独自企画として「文献は何を語るか」を統一テーマとする国際シンポジウムを開催することとし、発表者を募ることとなった。結果として、研究代表者の伊吹敦、研究分担者の佐藤厚の外、蒋海怒(浙江理工大学)、陳志遠(中国社会科学院古代史研究所)、菊地大樹(東京大学史料編纂所)、米田真理子(鳥取大学)、程正(駒澤大学)、大竹晋(宗教評論家・仏典翻訳家)等、国内外の多くの研究者の参加を得て、成功裏に国際シンポジウムを終えることができた。このシンポジウムは、対面とリモートを併用する形で行われ、多くの参加者を得て盛況であった。学問の実用性ばかりが問題にされる風潮の中で「文献学」の意味を問い直そうとする試みが共感を得た理由であろうと考えている。
このシンポジウムのプログラムを以下に示す。
国際シンポジウム「文献は何を語るか」
二〇二二年十月十五日 東洋大学白山キャンパス 六二〇四教室
開会の辞
研究発表
伊吹敦(東洋大学文学部教授・東洋学研究所研究員)
「一つの文献に対する認識はいかに更新され、 いかなる影響を及ぼすか ―敦煌本『六祖壇経』を例として」
程正(駒澤大学仏教学部教授)
「敦煌禪宗文獻は何を語るのか」
大竹晋(宗教評論家・仏典翻訳家)
「杜朏『南岳思禅師法門伝』の逸文」
蒋海怒(浙江理工大学教授)
「石刻文獻與中國禪宗史研究 —
以新出唐代世族夫人墓誌為主要分析對象」
陳志遠(中国社会科学院古代史研究所助理研究員)
「傅大士作品三題」 (リモートによる参加)
佐藤厚(東洋学研究所客員研究員)
「『華厳五教章』の成立をめぐる文献学的問題」
米田真理子(鳥取大学地域学部教授)
「物語と宗教 ―
『千代野物語』の生成と展開」
菊地大樹(東京大学史料編纂所教授)
「環境と身体を結ぶもの ―
聖一派の印信から考える」
閉会の辞
そして、本研究の研究成果発表の刊行物として、『東アジア仏教学術論集』第十一号を二〇二三年二月に刊行した。本号は、上記国際シンポジウム「文献は何を語るか」の特集号となっており、また、本研究所プロジェクトの分担者水谷香奈が投稿した英文論文や、学外の研究者の論文を収めている。本雑誌は、来年度の初めに全国の研究者や研究機関に送付する予定であり、また、その全内容を、東洋大学学術情報リポジトリを通じて世界に発信することになっている。是非一読されたい。