インドへは3回目の旅だが、今回はバイク旅行だ。カルカッタのエスペラント会に中古バイク屋さんを見つけてくれるように頼んだ。返事はなかった。国際返信用切手を同封したから、手紙が着かなかったのだろう。昔から、インドの郵便局では切手に消印を押してもらうまでは安心できないと言われている。郵便局員は切手を懐に入れて、手紙はゴミ箱に捨てるというのだ。
でも実際は逆で、インド人は親切で気前がよい。チェンナイでは、バイクの手配をしてくれた人達が私の滞在中ずっとクルマであちこち案内してくれたし、食事は全ておごってくれた。インドの田舎でバイクが故障したときには、土地の人の家に3日間もお世話になった。バイクを盗む人もいない。警官も旅行者にたからない。そして南インドのお寺は、日本のように拝観料というものは一切取らない。
インドの人は穏和だが、気候は過激だ。夏には50度以上の猛暑で多数人が死ぬという。南インドでは冬でも30度を越す暑さだが、西ガーツ山脈の2000mを越える避暑地に行けば、夜は寒くて眠れない。
インドでは気候も過激だが、貧富の差も中途半端ではない。ボンベイの夜は、今もそうらしいが、町中が路上生活者の寝床になる。20年前には、その数は200万人とも言われていた。全員、全身を白い布で覆われていたので死体のようで、悪夢を見ているような光景だった。
こんな状態なので、インドでは乞食が多く、識字率も50%位と低い。でも、その一方ではお金持ちの教育水準は高い。"Zen and the Art of Motorcycle Maintenance" を読んだという人に二人会った。この本はアンダーグランドのベストセラーで、実は難解な哲学書だ。バイクではなく「心」のメンテナンスの本なのだ。
インドではしかし、心よりバイクのメンテナンスの方がずっと大事だ。チェンナイで手に入れたバイクは、インド製のRoyal Enfield―350だ。インド人のYESは、世界の常識とは逆に、首を左右に振るが、このバイクも変わっている。ブレーキが左足、チェンジが右足と左右が逆になっているだけでなく、チェンジ・シフトのアップ・ダウンまで逆だ。
こんなバイクに跨って決死の思いで道路に出ると、道路がまた気まぐれだ。鳥まで加わって、ありとあらゆる動物が路上で遊ぶ。人間もまた勝手気ままに、道路一杯に米を干す。殺人バスは対向車に正面衝突を挑む。道路は道路で落とし穴を作ってバイクを待ち受ける。
南インドはのどかな田舎だと思っていたのに、海岸沿いの道路には人が溢れている。それもそうだ、この国には10億人も人がいるのだ。しかも毎年2000万人も人口が増えている。その人達は数千の異なる言語を話し、おまけに州が違うと文字まで違う。
道路では牛車の列が悠然と行進しているというのに、最近ではコンピュータ産業が盛んだし、自前の核装置も持っている。去年20年ぶりに核を爆発させて世界を驚かせた。インドには石油はないが、ウランがある。昔、そのウランを素手で運んでいるという噂があった。いくら人件費が安いといっても危険ではないのか。
人件費が安いということは物価も低いということだ。安いホテルだと一泊200円もしない。アメリカ製のコーラも30円だ。安いだけでなく、ある時飲み終えた瓶の底から錆びた電池が出てきた。おまけのつもりか。
コーラだけではなく、インドの飲み物には要注意だ。Super Strong 5000というビールがある。日本酒並の強さだから、2本も飲めばヘベレケになる。ウィスキーとなるともっとこわい。酔うだけではなく、時にはメチルアルコールのため失明する。
職場のトイレでトイレットペーパーがきれていたことがある。困った私はその時、インド式水洗法で危機を脱した。ところが、お尻が濡れているのでパンツがはけない。インドのトイレには紙はない。インドの男達も最近は西洋式のズボンをはいている。無事帰国した今も、それが謎だ。