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不況と女子学生

1929年10月23日水曜日、ニューヨーク株式市場の株価が大暴落し、世界恐慌が始まった。第一次世界大戦終結後、未曾有の好景気に酔っていたアメリカ経済が一瞬にして崩壊したのだ。不況を克服できないまま第二次世界大戦に突入した日本だが、全てを失った戦後に好況が訪れた。第二次世界大戦後の東西冷戦で軍事産業を糧としていた欧米先進国を尻目に、自動車や家電製品を商売にした日本が金満となり、有り余ったお金を懐に世界中の土地を買いあさったのはつい最近のことである。そして第一次世界大戦後のアメリカ同様、日本ではバブル経済がはじけ、出口の見えない不況が続いている。日本の将来を担う若者たちの無気力、無能力を思うとき、あと20年で日本の経済は沈没してしまうのでは心配している。

この経済不況で大学生の就職戦線も非常に厳しいものになっている。それでも階下の公立の研究所に、今年も4月に二人の新人が採用された。一人は男、もう一人は女である。いずれも有名国公立大学出身の修士である。元気のない最近の若者の中では二人とも実にはきはきしていて積極的である。だから採用されたのか。ある日の昼休みにバイクで用事を済ませて帰ってきた見ず知らずの私に、男の方が「わあ、バイクや。貸して!」ときた。そこで、私は彼をライダーにカムバックさせ、夏のボーナスでバイクを買わせた。

ところで、階下の研究所には栄養専門学校が付設されている。「栄養」だから男子学生は一人か二人で、残りは全員女生徒だ。また、専門学校だから、普通で考えれば17~8歳の高卒が入学してくる筈だ。ところが最近入学者の平均年齢が年々高くなってきて、とうとう今年は22.9才にまでなってしまった。高卒の優先枠を除くと、入学者は殆どが四年制大学卒業者なのだ。私の知る限りでは、先の新規採用研究者同様、有名国公立大学卒業者が多く、中には修士もいる。今年は30才の主婦まで入学してきた。就職にあぶれたし、女の就職戦線は今後も厳しいそうなので、栄養士の免許を取って、今のところ就職率100%の当専門学校を卒業するのがどうも目的らしい。

元気のない若者の中では、相対的に女の方が俄然元気だ。就職といったような社会制度の面を考えると、まだまだこの国では女性差別が残っているように思われるが、私的な男女の関係においては、女優位の方向に社会が変わりつつあるようだ。自立心が強く、元気いっぱいで男よりも有能であるにもかかわらず、勤務先で表舞台に立てず隅に追いやられている女たちは、そのエネルギーを外国語会話学校で、酒場で、バイクツーリングで、海外旅行でと爆発させている。

世界の歴史を振り返るとき、その中心は地球を東から辺境の西へ向かって移ってきたようだ。中国から中東、中東から地中海、ユーラシア大陸西端からイギリスを経て北アメリカへと、いずれも当時の辺境の地から大変革が生まれ、そこに歴史の中心が移っていった。つかの間の繁栄に終わりそうなこの国が生き残るためには、いよいよ大改革が必要なようだ。今それができるのは男ではなく、隅に追いやられながらも、エネルギーに満ちたこのような女なのだと思う。

世界中への広がりを持つものの、その人口を考えるとエスペラントはまだまだ少数派だ。日本の女性同様、表舞台に立てず隅に身を置いているのが現実だ。でもエスペランティストにとっては、かえってそれはチャンスなのだ。エスペラントも辺境から世界を変え得るのだろうか。