(1)グアテマラへ入る
大雨の中でも傘をさして商売
ホテルの駐車場にバイクを停めた時から、ホテルの掃除係のセニョリータは微笑んでいた。メキシコと違って向こうから元気よく話しかけてこないが、目は温かい。さらに二人加わって三人になった。とにかく暑いのでホテルにビールはないかと聞くと、一人が近くの店で買ってきてやると言う。値段を聞くとメキシコと変わらない。ついでに時間を聞いた。4時だと言う。メキシコより一時間遅れている。そうだ、確かメキシコは夏時間を採っていたんだ。ビールを飲み、Tシャツとショートパンツに着替え、早速両替屋さんに行った。メキシコ側で替えておいた8000円近くのグアテマラ通貨は、国境の思った以上の出費ですでになくなっていたからだ。 入国の時降っていてその後上がっていた雨が、夕暮れにまた降り出した。今度は大雨だ。道には川のように雨水が流れている。こんな雨の中でも、オバさんが傘の下で小物を売ろうと頑張っている。たくましい。今年初めての雨らしい。一時間は続くと言う。待っていられないので、屋根付きの歩道を伝いホテルまで帰った。でもズブ濡れになった。日中、あれだけ熱かった身体が冷えた。ホテルの暑いシャワーは気持ちが良かった。 翌日は高いホテルから逃げるようにして、海岸線を走る国道2号線を東の首都方面に向けバイクを走らせた。心配していたが、主要道路のせいか、道の状態はメキシコ側よりもむしろ良い。50kmほど走って、北側に連なる山の中にある人口15万のグアテマラ第二の都市、Quetzaltenagoに向かう山道を一気に駆け上った。Quetzaltenangoの手前には温泉がいくつかある。今日はそのどこかで泊まるつもりだ。一つ看板を見つけた。谷奥の突き当たりに温泉はあった。人が一杯で、バイクを停める適当な場所もない。しかも、すべてが個室になっていて露天風呂はない。すぐ引き返して、山の上にある温泉に向かった。元々今日はそこのバンガローで泊まるつもりだ。細い山道はどんどん高度を上げていく。すでにジャケットを羽織っていたが、それでもヒンヤリしてきた。温泉には持って来いの感じだ。期待に心が踊る。
山上の温泉に着くとバンガローは金曜日で一つも開いていないと言われる。山の下の町のホテルにバイクの荷物を置いてもう一度帰ってこようか、とも考えたが切り立った岸壁の下の滝壷のような広い露天風呂には一時も早く入りたい。駐車場に戻り、海水パンツとタオルをバッグから取り出し、バイクの見張りを駐車場のにいちゃんに頼んだ。 ロッカーにヘルメットとブーツを入れ、裸になると寒いくらいだ。急いで温泉に飛び込むとプールのように湯は首までくる。こんな深い露天風呂は日本では滅多にない。しばらく浸かっていると何か物足りない。湯温が低めだ。岸壁の下には源泉が流れ込んでいそうなので、そちらへ泳いでいく。あったが湯量は少なくチョロチョロと大きな露天風呂に注ぎ落ちている。でも手を入れると熱いくらいだ。その熱い流れが背中の一部を走る。これで辛抱するしかない。
暖炉まであるホテルの広い部屋
もう少し温度が高ければ最高の温泉なんだが… 温泉に浸かっている間に回りは濃い霧に包まれてきた。湯船の端が見えないくらいだ。バイクに乗って山を下るのが心配になってきた。温泉で知り合ったPedroの家族のクルマの後に付いて行くことにした。道路に出て走り出すと、前方は10m程度しか見えないので、道路がどちらに曲がっているかは前のクルマのテールランプと道路中央の黄色い車線だけだ。前のクルマは早足で歩くくらいのスピードで進んでいく。これは霧ではなく、きっと濃い雲の中を走っているのだ。 結局その日は、たくさんあると聞いていた山の下の町にはホテルが一軒しかなく、しかも駐輪できないので、20kmほど離れたQetzaltenangoの町まで行くことにした。Lonely Planetで見つけておいた安宿の扉は閉まっていて、駐輪できそうもないのですぐ近くの別のホテルに行った。ここは少し高めだが中庭が大きな駐車場になっている。いかにも長い歴史のホテルといった感じだ。一泊1700円と言うのですぐ泊まることにした。重い荷物があるので、いつもどおり一階の部屋を頼んだが、二階にしか部屋はないと言う。しかし、ホテルのにいちゃんは荷物を全て運び上げてくれた。助かった。部屋は、天井の高い広い部屋でベッドが三つも置かれている。部屋の白い壁の下部と床には黒い木が使われていて、暖炉まである。なかなか雰囲気のある部屋だ。
グアテマラ第二の町、Quetzaltenango
グアテマラにはインディオが多い
暗くなってから食事に外に出た。町の中心にある広場が見えるくらいの所にあるホテルなのに、そしてまだ8時というのに、周りは暗くて店も閉まっている。電気のない暗い歩道にはホームレスの人が何人か座り込んでいる。泥酔して何やら言ってくる気持ちの悪い人もいる。それに高度2000mのこの町は、高度2400mのメキシコ・シティーよりもずっと南にあるのに、どうした訳か夜は寒い。近くにレストランが一軒あったので入って見た。吹抜きの高い天井を持つ大きなレストランで、ウエイターも黒いズボンに白いシャツ、蝶ネクタイを締めている。テーブルには蝋燭が灯され、なかなか豪華な雰囲気だ。しかし暗くてメニューの字が読み辛い。そのうち三人のバンドが入ってきて歌い始めた。哀愁を込めた悲しそうな曲だ。全てが明るいメキシコの町と比べて、グアテマラのこの町では、何か全てが暗いような感じがするのだ。メキシコと違って人間も控え気味だ。町には民族衣装を着た女性が多い。グアテマラは中米でもインディオが多い国だ。暗いのはインディオの文化が残っているせいだろうか?
Quetzaltenangoの東北30kmほどの所に、Totonicapanという人口9000人の小さな町がある。僕にはこの町の名前は「東都に活版」と聞こえる。この町に来る気になったのは、温泉があるからだ。
グアテマラ最初の国境の町ではホテルの料金の高さにびっくりしたが、北方の山の中に入ってきてからは全てが安くなってきた。10日いたQuetzaltenangoを昨日出て、まだ北にあるMomostenango(桃捨て南郷?)と小さな山村に行った。ここはグアテマラの中でもインディオの文化が強く残っている所で、屋根も珍しくオレンジ色の瓦で葺かれている。ここのホテルは一泊35ケッツアル(Q35)で日本円にすると600円を切る安さだった。もちろん今回の旅の最安記録だ。今日はそこから約一時間走ってTotonicapanに朝の9時半頃着いた。ホテルはQ60で昨日のほぼ倍だが、それでも1000円くらいだ。それなのに部屋にはベッドが二つとテレビに電話まである。グアテマラは、やはりメキシコより安い。
Totonicapan の石鹸の温泉
ホテルに着いて早速温泉に行ってみた。昨日の夜も随分と冷え込んだので熱い温泉は楽しみだ。温泉は、ホテルから2kmくらいの町外れにある。歩いて行こうとも考えたが、やはりバイクにした。着くと鉄の扉が閉められていて、その向こうに大きな駐車場がある。すぐ門を開けてくれたので、クルマが一台も停まっていない駐車場にバイクを停める。入湯料はQ1(数日前の為替レートで16.8円)という安さだ。冷泉と温泉があるが、どちらにするかと聞かれる。もちろん温泉だ。案内の少年についていくと、すぐに大きな建物が見える。建物の外からも中の浴場が丸見えだ。見ると女ばかりだ。女湯かと思ったら、何と混浴なんだ。しかも湯は牛乳のように白い。いくらなんでも、ここまでは期待していなかった。これはまるで、東北の乳頭温泉、信州の白骨温泉、あるいは木曾の濁河温泉ではないか。グアテマラにもこんな素晴らしい温泉があったのか。 東北のどこかの古い温泉でもそうだったが、ここでも脱衣場はなく、大きな湯屋の四面にベンチのような棚が付けられていて、脱いだ服はそこに置いておく。入浴中の人達は、突然闖入してきた東洋人に奇異な視線を送り続けている。時々、「China?」という声も聞こえてくる。違う、僕は日本人だ。しかも温泉狂だ。温泉なら人前で裸になるのには慣れている。加えて、旅に出てほぼ一年、予想していたように随分痩せた。日本を出る前に胴回りがきつすぎた皮パンが、今ではベルトをしないとスポッと足下まで落ちてしまう。でも、ブルース・リーのような体型になったわけではない。ビール腹が、風船が萎むように小さくなっただけだ。それでも、小さくなった分だけ見苦しさが減り、また腹の下に隠れていたチンチンも見えるようになった。だから、余計に裸になることには抵抗を感じなくなっている。グアテマラの女達の熱い視線を浴びながら、彼女らに尻を見せつつ海水パンツを履く。いくら日本人と言っても、ここはグアテマラだ。日本のように何も着けずに入っていくと、彼らに図り知れないカルチャーショックを与えるばかりか、中にはあまりのショックに気絶して湯に溺れてしまうご婦人も出るかもしれない。
Totonicapan
Totonicapan の路上マーケット
しかし、溺死のその心配は全くなかった。ここの温泉は、日本では考えられないほど浅いのだ。深さはわずか20cmほどしかなく、うつ伏せに寝そべっても肩まで湯が浸からない。失望し、「何でこんなに浅いんや!」と心の中で叫ぶ。しかも湯は、メキシコの「サソリの温泉」のような冷泉ではないが、先日行った山の上の温泉のように生温い。日本人は熱い温泉が好きなんだ! 湯船の中に暗い大きな部屋がある。そこへ移動した。中に入るとサウナ風呂のように、少しムッとして暖かい。湯温も少し上がった。そこでまた寝そべる。 回りではみんな体中に石鹸をつけて洗っている。それを湯船の中で洗い流す。アメリカの映画なんかを見ていると出てくる、あの光景だ。アメリカでは一人が終わると、きっと湯を入れ替えるんだろうから、資源の無駄とは言え、まずは良しとしよう。しかし、ここはみんなが浸かる温泉ではないか。日本のように、浴槽の外で洗えと言いたいがそんな設備はない。文化の違いと諦める。それにしても少し気にかかったことがある。ひょっとして、この白濁は天然の成分ではなく、石鹸ではないのか? 若い女性もチラホラ見える。混浴で有名な東北では昔、銭湯に行くと若い女性がたくさん入浴していたと聞く。しかし最近はおばあちゃんばっかりだ。それに比べると、ここの温泉は昔の東北の雰囲気だ。とは言え、ここはグアテマラ、日本の全裸は期待できない。女性は全員、身体をすっぽりと服で覆って入浴している。ただ、彼女たちも目の前で体を洗うので、時々乳房の一部が見えたりする。日本では、もう経験できない好ましい光景だ。お年寄りは例外で、日本同様、大きな垂乳根を堂々と披露している。これも、そこに美は感じないが、自然で気持ちがいい。 湯温が少し上がったとは言え、しばらく浸かって身体が慣れてくると、やはり物足りない。薄暗い部屋の中で隣のおじいさんに、一番熱い場所はどこかと聞いてみる。部屋の一番奥だと言う。また移動する。湯量は少ないが、源泉は確かに熱い。立派な温泉だ。湯溜まりを見た。白濁していない。透明だ! できることなら、もう少し深い湯船で、石鹸の白濁湯ではなく透明のままの温泉に浸かりたかった。僕はいつもは温泉の後は身体を洗わない。温泉のミネラル成分が身体に浸透して、薬効があると聞くからだ。しかし今日は、ホテルへ帰りシャワーで身体を洗った。日本の温泉が恋しい。
しばらく通信手段のない山の中にいたので、また少しご無沙汰いたしました。
Atitlan 湖
グアテマラ・シティー
グアテマラはとうとう雨季に入り、午後になると毎日のように雨が降っています。Queatzaltenango,の東にAtitlanという湖があります。この湖の南は3000mを越える三つの火山で囲まれています。ある日、天気がいいので12時頃湖の北岸にあるホテルを出て、湖一周のツーリングを敢行しました。出るとすぐに曇ってきて東の山では、前が見えないくらいの厚い雲の中を走りました。三つ目の火山では裾野のダートに入ってしまいました。途中で雨が降り出し後輪が滑り、本当にこわい思いをしました。そのダートを抜けた町で聞くと、そのダートには以前強盗が出たと言います。ここがグアテマラであるということを忘れていました。夕方になり本降りになり、山の上の家で雨宿りさせてもらいました。急にお腹が痛くなったので、大雨の中、戸外にあるトイレを借りました。凄く原始的なトイレで一瞬たじろぎましたが、思い切って出しました。大雨の中、外では子供が傘をさして僕が終わるのを待ってくれてました。カッパに着替えて雨中を走り、ホテルに着く前に陽が落ちてしまいました。暗い中を走るのはこの旅では始めてです。それでヘッドライトのローのライトが切れているのを発見しました。町に着くとハイのライトでは路上のトペスが見えないので、またこわい思いをしました。 予想していたとおり、グアテマラでは全てが安くなり一日2000円以下で旅をしています。タバコはメキシコ並みの一箱150円くらい、酒は高くなり最低のものでも一リットルが800円位します。もうこうなるとタバコと酒の経費が、大きな比重を占めるようになってきました。
グアテマラ・シティーでバイク持ちこみの一ヶ月の許可が延長できなかったので、4~5日中にグアテマラを出なければならなくなりました。そこで、東隣のエル・サルバドールに行きます。エル・サルバドールもバイクの持ちこみに関しては、グアテマラと同じ条件のようなので、もしそうなら一ヶ月したらホンジュラスに入って、そこでスペイン語学校に行こうと考えています。