(1)2001年9月11日 マリーランド州からのメール
今ごろ日本でも朝のニュースで大騒ぎしていることと思います。それとも東京の台風でそれどころではありませんか?
今朝、アメリカで一番安かったモーテルで9時に起きてシャワーを浴び、朝食のパンを食べていると部屋の電気が消えました。隣の客がテロリストによるニューヨークのワールド・トレードセンター襲撃のことを教えてくれました。ニューヨークは遠いのに何でこんなところで停電したのかと思いながら、ラジオでニュースを聞いていると30~40kmの近くにもハイジャックされた飛行機が落ちたと言います。ワシントンのペンタゴンも攻撃を受けたと言います。泊まっていたのはワシントンの西約200kmの小さな町で、モーテルには電話もありませんでした。さっき150kmほど西南にあるFront Royalと言う街についてやっと連絡が取れるようになりました。途中で検問とかやっているんでは、と思いましたが全くいつもと変わりませんでした。テレビもラジオも全局一日中このニュースを流しています。
ニューヨークは行く気がなかったんですが、ワシントンには行こうかなと思っていたのでラッキーでした。
みなさまにお送りしてきたメールの一部は大阪エスペラント会のホームページに掲載されることになっていましたが(ほんの一部は載っていました)、Mondvojagoと言う独立したホームページを持つことになりました。トロントのエスペランティストが同市のエスペラントのホームページを作ったというので、大船に乗ったつもりトロントに行ったのですが彼は時間がなくてほとんど教えてもらえませんでした。そこて仕方なくHTMLの本を買って、今作成中です。ほぼ形ができてきましたが、まだ張りつける写真がたくさんあるのでもう少し時間がかかります。できればお知らせします。
ところで、関西では台風の被害はなかったんですか。
こちらもアメリカ襲撃のニュースが、テレビ、ラジオで一日中流されています。戴いたメールを拝見していますと、日本でもワールドトレードセンター・ビルの第一回炎上から、テレビが報道していたようですね。僕はその頃はまだ寝てました。9時半頃に泊まっていたモーテル一帯が停電になったので、その後はラジオで事の推移を追ってました。テレビを見たのは次のモーテルに着いた夕方ですから、近くにいながらみなさまよりもあの迫力ある映像を見るのは送れたかもしれません。こちらのテレビでは中東のゲリラの戦闘シーン何かが、頻繁に、脈絡なく画面のバックに映し出されて、何かマスメディアが戦争への意識形成をしているような気がします。「第二のパールハーバー」という言葉が事件発生当初から使われています。政府高官の言葉もだんだんと激しさを増してきました。何かイヤな予感がします。この事件は僕が日本から持ってきたトム・クランシーの“Executive Orders"の内容とよく似ています。この本、1300ぺーじほどあって、まだ300ページほどしか読んでいませんが、伏線で中東がずっと出てきます。本はお話なので先のストーリーは楽しみですが、せっかく退職してバイク旅行を楽しんでいるのに、このまま平和な世界であって欲しいと祈ります。 僕は旅行者なので、またパソコンでモーテルに閉じこもったままなので、事件当日のモーテルの人達を除いて、その辺の人達とこの話題をしゃべったことはありません。テレビがなければ全く何もなかったような静かで平和なアパラチア山中を、真っ青な青空に恵まれ走っています。もう3ヶ月以上経ちますが、ほんとうに2~3回くらいしか雨にあっていないんです。アパラチアの尾根伝いに走る道は、ライダーは多く見かけますが、クルマはほとんど走っていないので、日本のライダー諸君には申し訳ないほど快適です。ワシントンの少し西から入って、もう400キロほど走ってきました。ここはちょうど中間くらいなので、あと二日ほどこのまま山の上を南南西に走り、アパラチア山脈を縦走します。その後は、フロリダ半島を回りテキサスに行くつもりです。
ホームページの基本的な作りができました。二日前に大阪のプロバイダーにデータを送信したんですが、僕のコンピュータで表示されていた写真の大部分が表示されませんでした。このことを数人宛のメールに書いたんですが、きのうこのモーテルについてインターネットに接続すると、早速NECの友達から返事がきて、写真ファイルがプロバイダーの命名規則に違反していると教えてくれました。僕のファイル名はほとんど漢字になっていたので、早速英数字に変えました。ところが全く効果がありません。先頭一文字の大文字小文字が関係しているのか、ハイフンが悪いのか、ファイル名はひょっとして合計8文字以内なのか、でもハイフン付きの長いファイルでも表示されているものもある。いろいろ試している内に朝になってしまいました。タバコを吸いすぎて吐き気がする。もう打つ手はないと観念して、もう一度そのNECのメールを読み直しました。さすが優秀なプロ、ちゃんと書いてくれてるではありませんか。「このプロバイダのFAQには、 ―「ファイル名は拡張子も含めて、半角英数小文字をご使用ください。また、漢字、カタカナ、記号等のご使用はお控えください。」― と載っていました。」と。早とちりなんです、僕はいつも。「漢字、カタカナ、記号」だけ読んで、「ああ、漢字を直せば良い」と思ってしまったんです。結論は拡張子だったんです。PHOTOSHOPでGifに書き出したファイルの拡張子の“gif”が大文字になっていたのを思い出しました。僕は普段、エクスプローラには拡張子を表示しない設定にしているので気が付かなかったんです。それから拡張子を小文字にしてデータを更新したら、朝の6時を過ぎていました。
そんな訳で、まだ出来上がっていませんが、今までのメールや過去にエスペラントで書いた文も整理して載せましたので、よかったら見てください。写真を張りつけたのは、第一回目の「バイク入手」と「12の独り言」の一部だけですが、これからボチボチ追加していきます。また旅行してきた道程の地図も入れときました。URLは、
http:/mondvojago.hoops.ne.jp
NECの菅原さん、戸崎さん、ありがとうございました。
トロントからナイアガラの滝まではすぐ近くで、100km少しの距離だ。五大湖は西からスペリオル湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、オンタリオ湖とつながっていて、ナイアガラの滝は南のエリー湖の水が北のオンタリオ湖に流れ落ちるところにある。
ナイアガラの滝
ナイアガラの滝
オンタリオ湖の水はセントローレンス河に流れ出て、その後北東に向かい、モントリオールを通って、最後は大西洋に消える。五つの湖はそれぞれが海のように大きく、この辺りでは水資源の問題は絶対に起こり得ないだろうと思っていたが、本当かどうか知らないが、ある人の話では、ほとんど全てが塩水で淡水はスペリオル湖の北部だけらしい。ナイアガラの滝の少し下流には橋が架けられていて、橋の西側がカナダ、東側がアメリカだ。カナダ側の方が滝がよく見えるからか、観光客もホテルもカナダ側に集まり、アメリカ側は閑散としている。カナダ側には滝に流れ落ちる川に平行してのすぐ横に散歩道があるので、水が深い滝に向かって流れ落ちるのを目の前に見ることができる。しかし、滝の近くは水飛沫がひどく、カッパを借りて着ている観光客も多い。僕は皮ジャン、皮パンの中なので大丈夫だ。確かにすごい規模の滝だが、映画やテレビで何回か見ているので、「スクリーンの映像と全く同じだ」、という感じで感動は少ない。 ナイアガラの滝のアメリカ側はニューヨーク州で、隣接するバッファローはかなり大きな町で、ここにニューヨーク州立大学がある。僕の古い友人で、去年乳癌で他界した松井真知子が30才を越えてから留学した大学だ。だから、この街には旅に出る前から興味があった。しかし実際に来てみると、街は縦横に走る広い道路で分断され、道路の向かいにある店まで買い物に行くのも気が重くなるくらいだ。道路の広さが、人間が歩き回る速度では追いつかないのだ。クルマのために設計されているので、どんなに近くでもクルマを使う方が安全だ。僕はこんな街には暮したくない。人間のスケールを超えているから落ち着かないのだ。
バッファローから国道219号線を南に下る。100kmも走らない内にペンシルベニア州に入る。一面の森の中に切り開かれた農場が点在する。この州とその周辺のそうした農場にはアーミッシュと呼ばれるキリスト教徒が多く暮している。
アーミッシュの農場
アーミッシュの馬車
彼等は電気を使わない。道路にまで電線が引かれているのだが、彼等はそこから住居まで電線を引き込まない。だから彼等の家には当然、テレビのアンテナはない。移動するのにも馬車を使う。馬車は黒く塗られている。何か中世にタイムスリップしたような感じだ。彼等はまた、平和を愛するので戦争のための徴兵を拒否する。国家が押しつける教育にも反対するらしい。無関係な税なら払わないとも言われている。このアメリカにあってすごい集団だ。 国道219号線はペンシルベニアの西よりを北から南に走り、やがてマリーランド州に入る。ペンシルベニアとの州境で、スーパーマーケット、ファーストフードのレストランとモーテルの三つの建物がある交差点に通りかかった。宿泊にはいい立地条件だ。ファーストフードがバーであれば理想的なのだが、そうはうまくいかない。モーテルの値段を聞く。「ええ? 税込みで22ドル?」。安い! アメリカのモーテルでは最低記録だ。即座に二日分を払う。 モーテルの部屋の前にバイクを止めると、きれいな白髪頭の、背の低い僕よりもさらに背の低い年配の男が話しかけてきた。少しビッコをひいている。バイクで旅をしていると日本と同様、北米でも多くの人が話しかけてくる。彼の英語には訛りがない。隣の部屋に泊まっている。夜になって、また彼としゃべった。翌日も一日中ホームページ作りを終えて夜になってから、彼と語り合った。彼の話がおもしろいのでもう一晩泊まることにした。彼はJimmy Higgies という名で、67才。ニューヨークのマンハッタンで生まれ、幼少の頃に両親は離婚、その後母親が死亡、叔母に育てられたという。靴磨きをしながら苦労して育ったが、彼は自分でBad BOYだったという。これまでずっと独身で結婚したことはないという。僕と同じだ。定職を持たず、ずっと放浪してきたという。ところが不思議なことに、「今、お金はどうしているんですか?」と聞くと、月4万円ほどの年金で、アメリカ中ヒッチハイクをしながら渡り暮らしていると言う。アメリカでは働いていなくても年金がもらえるのか。それにしてもこの物価高のアメリカで月4万円の放浪は絶望的に困難だ。当然ながら毎晩モーテルに泊まるわけにはいかない。ほとんどは、公園やその辺の適当なところで寝るらしい。彼は暑い所が嫌いで寒い地方がいいらしい。これからカナダの国境近くのミシガンに向かうと言う。あの当たりはこれからどんどん寒くなる。だから僕は暖かい南に逃げてきたのだ。彼の持ち物は小さなバッグだけだ。もちろんテントの寝袋も持っていない。雪の中でシートに包まって寝るらしい。寒くはありませんかと聞くと、やはり寒いという。強い人だ。
ホームレス、ジョブレスは今の僕と同じだが、僕との決定的な違いは彼にはお金がないことだ。それなのに彼は達観しているのか、淡々としていて一切の暗さはない。彼の話を聞いていて、久しぶり声を出して笑いに笑い、笑いの涙が止まらなかった。フーテンのトラさんのように、話し方に絶妙のリズムがあって、話が次から次へ軽妙に展開していく。多くを持たず放浪生活を送る彼は権力に反対で、トラさん同様、権威や知的階級の馬鹿さ、愚かさを揶揄する。反対に自分は、学問から無縁だが、人から、社会から多くの真実を学んだストリート・スマートだと自負する。彼はお金が全てのアメリカ社会を批判する。彼は全てを他人のせいにするアメリカを批判する。彼は言う、「他人に尊敬されたかったら、まず自分を尊敬しなければならない」、「アメリカの歴史の真実を知りたければ、アメリカではなくカナダで書かれた本を読め」と。僕は、自分を、また自分の社会を、一度自分から切り離し別の視点から客観的に眺め直すことのできる人が、ほんとうに知的だと思う。彼は、宝くじに当たったら、まずズボンとシャツを数枚買って、次にコンビニが近くにあって、モーテルの部屋が三つあるだけの小さな家が欲しいと?う。欲のないささやかな夢だ。
一日22ドルの安モーテルの4日目、9月11日、Jimmyはポケットに10ドルしかないのでモーテルを出ることにしていた。だから僕も出るつもりだった。朝の9時に起きて、シャワーを浴び、パンを牛乳で流し込んでいたら、部屋の電気が消えた。Jimmyが僕の部屋の前をウロウロしている。部屋を出ると、「トオル、ニューヨークのワールド・トレード・センターって、知ってる?」と聞く。「ええ」。「飛行機がビルに突っ込んだらしい」。「事故ではなく故意ですか?」。「テロのようだ」。「それが原因で停電したとしたら、ニューヨークは遠過ぎません?」。「わからない」。「まさか、報道を統制するため政府が全土の電気を止めたんではないでしょうね?」。ここで、Jimmyは何かを思いつき部屋に消えた。出てきた彼は手に自慢の短波ラジオを持っている。ラジオからは、「ワシントンも攻撃された」、「WTCのビルが今、倒壊した」、「関連はわからないが、ペンシルベニアのピッツバーグの南西60マイル付近にも一機墜落した」とニュースが続く。「このすぐ近くではないですか、それで停電なんですかね」。
ニューヨーク炎上の後、我が敬愛するマイケルからEメールが届いた。テロの原因はアメリカにあって、アメリカの自業自得というのだ。戦後アメリカは、国益のため、自国の経済権益を守るため世界中の人々を苦しめてきた。事件から10日経った今、アメリカの多くの人が星条旗を掲げ、いざ戦争だという異常なムードの中にあっても、この男は知的で冷静だ。さすがアメリカの政策のために苦しむニカラグアの人々のために、若い日々を捧げただけのことはある。
この旅を決意してから、日夜高橋真梨子の歌に狂っている。彼女の声もいいが、歌詞もいい。その一曲に、「人を愛するため、人は生まれた。苦しみの数だけ、優しくなれるはず」と言う言葉がある。痛みを経験しない者は、他人の痛みが分からないのだ。
人の痛みを知ると人間は少しは謙虚になれると思う。話は少し変わるが、我々は学校で、また社会に出てからも、日本にいながらでもなぜか英語に苦しめられてきた。そんな苦労も知らないで、出来の悪いアメリカ人などは、日本にいる日本人に向かって「なぜオマエは英語がしゃべれない。馬鹿ではないのか。」とか「英語は世界共通語で地球上で最高の言語だ」とも言い出しかねない。こんな傲慢な人に限って、何年日本に住んでいても日本語ができない。この前、トロントで、海外でははじめてエスペランティストに会った。7人に会ったが、みんな英語が自分の言葉で、英語がこのまま世界唯一の共通語であり続けると、計り知れない利益を享受できるのに、それを敢えて否定しエスペラントの維持・普及に努めている。立派だと思う。
アメリカはテロリズムに対して開戦を宣言した。しかし、僕はアメリカの勝利はないと思う。アメリカはベトナムでゲリラ戦に敗退した。ベトコンは自国の自然と人々を最大限に利用してアメリカを撤退させた。しかし、これはまだ従来の戦闘方式の枠内だ。今度のテロリズムは、科学技術文明とそれが生み出した都市文明の弱点をゲリラ戦で破壊しようとしている。核施設の事故からもわかるように、我々の科学技術は安全という面から見ると非常に脆弱だ。細心の注意を払っても安全を維持するのは困難だ。反対に、これを壊す気になれば極めて簡単だ。問題解決の本質は簡単だ。破壊しようとする人間を生み出さないことだ。アメリカは、戦争、戦争と言う前に、なぜテロリストが命をかけてまであのような行動を取ったのかを考える必要があると思う。彼らの痛みも少しは知るべきだと思う。
9月11日、正午になってモーテルを出て、アパラチア山脈に向けて走り出した。
Jimmyはこの状況で移動するのは得策ではないと言ってモーテルに残った。部屋代は次回、お金があるときに払うらしい。アパラチア山脈は、ここからワシントンに向かう途中にあってワシントンのすぐ近くだ。ワシントン市内に入るわけではないので大丈夫どろう。田舎の道はクルマもほとんどなく、途中で通過する小さな町々も何事もなかったように静かだ。もちろん心配していた交通規制や検問もない。ワシントンの西約100kmの所に、アパラチア山脈を縦断する山岳道路、Skyline Driveの入り口があって、この道路はShenandoah国立公園の中を走り続けるので有料だ。入園料として5ドル払う。 Skyline Driveは、そのままBlue Ridge Parkwayにつながり、900kmにわたり南西に伸びるアパラチア山脈の尾根を伝って縦断する。右に左に大パノラマが展開する二車線道路で、クルマは少ないがバイクは多い。まるでバイクのツーリングのために造られたような道路だ。天気もいい。ニューヨークやワシントンはまだ燃えているが、ここは平和な別世界だ。
アパラチアの山岳道路
アパラチア山脈の風景