106jp

(1)2001年7月15日 モンタナからのメール

(2)緑のモンタナ

(3)アメリカのキャンプ場

(1)2001年7月15日 モンタナからのメール

7月15日の朝イエローストーンを出て、前夜キャンプ場で出会ったBMWのオジさんライダー二人と途中まで一緒に走りモンタナ州に入りました。田舎道を130kmで走ったので少しだけ緊張しました。

あと一週間か10日くらいでカナダです。ここまで来ると暑さも少し和らいできて、Tシャツ一枚で外に出ると少し肌寒い感じがします。

キャンプ場では時間があるので、そして書いてくれと言わんばかりのテーブルが必ずあるので、ノートを買って暇つぶしに旅日記を書きました。最初はエスペラント機関紙のために義務的に書き始めたのですが、今では癖になり量が増えすぎてしまいました。このままでは機関紙がとても追いつけないので、最新の消息を先にお送りします。

とにかく今までのところ何のトラブルもなく、元気に旅を続けています。

(2)緑のモンタナ

イエローストーンを出るとモンタナ州だ。すぐ北にあるBozemanという町のモーテルに行く。このモーテルは一室だけ浴室を設け、全宿泊客に開放している。聞けば温泉ではなく普通の水を沸かしているだけだと言う。それでもありがたい。風呂には、日本を出てからもちろん一回も入っていない。近くに温泉はないのかと聞くと、町の郊外15kmのところにあると言う。全く期待せずに聞いたのだが、温泉狂の僕にとっては吉報だ。イエローストーンでは温泉が地上に涌き出ていた。その近くにあるこの町に温泉が出ても、何の不思議もない。さっそく行ってみると、なかなかのものだ。岩の露天風呂とまではいかないが、健康ランドをずっと質素にしたような感じで、それでも浴槽が九つあってその一つは25mプールになっている。残りの浴槽は、熱い風呂から水風呂まで、温度を何段階にも変えるという配慮まで施している。それだけではない。さらにサウナ風呂まであるではないか。湿式と乾式のサウナがあって、それぞれAmazon Rain ForestとSahara Desertという名前を付けていた。浴場の隣は、最近日本の都会でも見られるフィットネス・クラブになっている。これで700円(5.5ドル)は、むしろ日本より安いではないか。日本ではそんなに長風呂をしなかった僕だが、ついつい嬉しくなって二時間半もねばってしまった。日本で恋しいものは温泉だけだ。

Bozemanから北は、緑の絨毯を敷き詰めたような牧草地や田園が続く。

砂漠の赤土より、やはり緑がいい。そこに馬や牛が遊んでいる。これがロッキー山中かと思うほど広い平原だ。イエローストーンで見たロッキー大分水嶺の標識には、8200~8400フィートとあった。そこからそんなに下ってきた記憶がないので、この辺りは2000mを越える高さだ。 さらにロッキーを北上するにつれて、なだらかな山が増えてくる。山道を駆け抜けると、また広大な高原が現れる。緑の中に白い一本の道が遠くまで続いている。バックミラーを見ても後続車はない。だから、きょうは一台にも追いぬかれていない。僕だけの道だ。かなり涼しくなってくる。皮パン、皮ジャンでも決して暑くはない。むしろそうでなければ寒いくらいだ。砂漠の極暑地帯を抜けてからメッシュのグローブを薄い皮のものに替えていたのだが、それでは指が少し冷たくなってきた。ちょうどいい機会だと、まだ一度も使っていないグリップヒータに電気を流す。おっ、効くではないか! この相棒はなかなか心憎い奴だ。 やがて道は、いよいよ山の中に入っていく。左手にSalmon Lakeという湖が見える。あまりにもきれいな所なので、ここでキャンプと思うが、食料がない。さらに北に進む。また湖だ。スーパーがあるので食料を買い込む。ここから先30km余りは鹿がよく道路に飛び出すので、くれぐれも注意するように言われる。なるほど、キャンプ場に着くとすぐ鹿が歓迎の挨拶に来てくれた。今までキャンプ場ではずっと、テーブルが木陰にある場所を選んできた。しかしきょうは違う。なるべく日当たりのいいテーブルを探している。涼しくなってきたのだ。その陽の当たるテーブルでビールを飲みながら夕食を取っていると、食料を物色してリスがテーブルの上を忍者のように駆け回る。こいつは大胆なのか馬鹿なのか、人間を恐れない。

モンタナ州Ovande付近。背後の山には手付かずの自然が残されている。

Seeley Lake。Salmon Lakeのすぐ北にある。このキャンプ場でアラバマから来た自転車野郎と遭う。

Seeley Lake。リスが食事を物色しに来る。

どんどん近づいてきて、このままでは指までかじられそうだ。仕方なくクラッカーを一切れあげたら、両手でつかんで立ち食いし、ニコッと微笑んで森の中に消えていった。あの警戒心の強いリスにまで、ナメられるようになってしまったのか、情けない。これはビールのための幻想であってほしい。でなければ、今晩、熊まで出てレイプされるかもしれない。キャンプ場の樹も高くなった。10階建てのビルほどあるだろうか。あの樹のてっぺんまで登って逃げても、相手が熊ならダメだろうか。すぐそこの湖に逃げても、アメリカの子供は泳いでいたが、日本人の僕には冷たそうだし、それに確か熊も泳げたんではなかったか。その前に熊は、ああ見えてもオリンピックの100mランナーより足が速いらしい。湖に着く前に捕まってしまう。 朝になってテントから出ると、鹿が近くを歩いている。カラスとリスが、ゴミ箱から溢れたゴミの中の餌をあさっている。昨夜は自転車野郎が隣のキャンプサイトにいた。アラバマを出てカナダを回り、これからロッキー山脈を南に縦断し、メキシコまで行くらしい。彼の行く道は、全てダートの山道だ。だから、それ用の特殊な地図を持っている。日が暮れると、誰もいない山中でテントを張る。マウンテン・ライオンにも遭遇したことがある。熊にも非常に敏感だ。熊撃退用のスプレーまで持っている。それなのに、このキャンプ場には食料保存用の鉄製容器が置かれていない。樹に吊るすのも適当な枝が一つもない。彼の発案で便所の屋根の上に放り上げることにする。アラバマのフィアンセが恋しいと言う彼の一日の支出は平均6ドル。6ドルでは食料費だけだ。僕はまだこんな旅をしたことがない。若さは恐ろしい。 モンタナ州の最北部、カナダとの国境にGlacier国立公園がある。

Glacier国立公園。峠を上る。

Glacier国立公園。峠を下る。

公園に近づくにつれ森は深くなる。その深い森を切りぬいて道路が進む。見えるのは道路の両側を囲う緑の壁だけだ。公園の西ゲートで5ドル払う。しばらくは蛇行する樹木の谷が続く。樹の切れ目から、左手に青い湖が見える。道路は次第に高度を上げる。山だ。この道は、本物の谷を走っていたのだ。天を突き上げる巨大な岩山が、道路を覆いかぶすように迫っている。これがまさしくロッキー山脈なのだ。前方に屏風のように立ちふさがる山がある。道はそちらへ向かって登っていく。屏風の中ほどまで登ると、今まで走ってきた道は遥か下の深い谷の底に見える。屏風の横方向に切り裂いた道は狭く、谷川のガードレールといえば30~40cmの高さの石を並べているだけだ。時速130km以上でぶっ飛ばすアメリカ人も、さすがにここでは40km以下にに落として、こわごわ運転しているのがわかる。僕は谷側の道を走っている。まっさかさまに落ちている深い谷を見るのが怖いので、知らず知らずのうちに道路の中央側にバイクを寄せてしまう。道は曲がりくねっている。突然、対向車が出てくる。右も怖い、左も怖いのだ。崖の道を上り詰めたLogan峠には広い駐車場があり、ここからはまだ雪の残る峰々や、山を垂直に落ちる滝が一望できる。峠を降りた所では、3064mのJackson山に残る氷河が見える。地球温暖化の影響か、氷河は溶けて後退しているらしい。 Logan峠を通るロッキー大分水嶺は、この公園を東西に二分するように走っていて、東に流れ落ちた水は、アメリカの北の端から南の端のメキシコ湾までミシシッピー河となって、長い旅を続ける。 (3)アメリカのキャンプ場

円が値下がりしている。アメリカは、まだバブル景気の余波が残っている。そのせいもあるのか、アメリカのホテルも、日本のホテルや旅館と比べるとまだましだが、以前に比べると結構高くなった。モーテルは安い所で30ドル位、普通は70ドル以上する。日本でモーテルに相当するのは、ビジネスホテルだろう。そのビジネスホテルは5000円(40ドル)はするから、30ドルはむしろ安い。それに日本のビジネスホテルは座る場所にすら苦労するくらい狭いが、アメリカのモーテルは広く、僕が住んでいたアパートよりずっと快適だ。

とは言っても、毎日モーテルに泊まっていては破産する。そこでキャンプ場にテントを張る。キャンプ場も、以前に来た時は5ドル程度だったが、アメリカ政府が値上げして10~16ドルになっているが、それでもモーテルに泊まることを思えば3~4泊はできる。

キャンプはモーテルよりは不便だが、そこには豊かな自然がある。モニュメントバレーでは、地平線上に完全な半円を描く虹を見た.イエローストーンでは、二重に架かる虹を見た。灼熱の大地に雹が降った。花火のように連発する稲妻を見た。キャンプ場には、さまざまな鳥に加え、リス、ウサギ、狸、鹿、時には熊にも遭える。動物園ではなく、彼等の生活の場に闖入するわけだ。彼等も生存のために食料が必要だ。だから熊だけでなく、他の動物にも注意が肝心だ。

イエローストーンのキャンプ場

リスにまで馬鹿にされた。

鹿がキャンプ場を散歩する。

アメリカのキャンプ場で、熊は一度現れたがその当たりの藪をウロウロしただけだった。しかし、狸には食料を入れたバッグに穴を開けられた。リスには目の前でポップコーンの袋を破られ、少し掠められた。熊を用心して便所の屋根の上に置いていた食料袋から,ハムを何者かに盗まれた。自然はいいことばかりではないが、退屈しない。 ロッキー山脈とその西には国立公園がたくさんある。そしてそこには、法律で決まっているのか、必ずキャンプ場がある。しかも公園の一番いい場所に設けられている。日本における、お金のない若者のためにどこでもいいからテントを張らせてやろうという発想とは根本的に違う。旅や遊びに関する捉え方は、日本ではまだまだ未熟だ。 日本のキャンプ場は場所も悪ければ、設備も悪い。まず狭い。空いている所には全てテントが張り巡らされていて、地面が見えないくらいだ。アメリカでは隣のテントが遠すぎて、キャンパーの顔が見えないくらいだ。時には一つのキャンプサイトだけで、日本のキャンプ場全体の広さがある。そんなに広いので、張ろうと思えばテントはいくらでも張れるが、テントを張る場所は限られていて、そこには必ずテーブルと炉が設けられている。熊の出る地域では、食料保管用の鉄製容器すら用意されている。次に、キャンプで気になるのは便所だ。アメリカのキャンプ場の便所は広くて、ホテルの便所のようにきれい。そして臭わない。水洗でない便所もあるが、その場合は必ず煙突を設け、そこから悪臭を出すようにしている。最後に、便所に行くためには食べなければならないが、人気の高い大きなキャンプ場にはスーパーマーケットすらあることがある。そんなキャンプ場にはシャワー室やコインランドリーもある。ただし、シャワーはどこでも有料で通常は5分で1ドル、イエローストーンでは何と3.5ドルもする言っていた。

キャンプ場に着くとすぐ、キャンプサイトを見て回る。自分の気に入ったサイトが決まれば、キャンプ場の入り口にお金を入れる封筒と、その封筒を入れる鉄のポストが置かれているので、封筒に利用料を入れ、サイト番号等を書き添えてポストに投げ込む。お金を払わなければ、後でレインジャーが見回りに来るので、タダで泊まってやろうとしても無理だ。

一人旅の僕には10~16ドルは結構負担だが、人数が増えても利用料は同じなので多人数になると本当に安くつく。ただし、そうなると住みついてコミューンでも作られたら困るからか、滞在は通常一週間に限られている。 日本のキャンプ場では、お年寄りを見たことがない。たいていは若者のグループだけだ。しかし、アメリカでは若い人達は少なく、むしろお年寄りの夫婦や家族連れの方が多い。そして彼等の多くは大きなキャンピングカーでやって来る。中にはバスほど大きなものもある。ベッドがあるのに、家ほどある大きなテントと、それにペットの犬まで積み込んでいる人もいる。まさに「動く家」、モービル・ホームだ。日本人の多くはささやかな家を持つことを夢にして一生働き続けているが、アメリカ人は大きな家の他に、動く家まで持っている。大きなキャンピングカーは、アメリカ人の成功の証なのかもしれない。バイクに最小限の荷物しか積めないライダーにとっては、こうしたキャンパーは癪にさわり、醜悪に感じることもあるが、それでも日本のお年寄り達が団体旅行で温泉へ行き、馬鹿騒ぎをするよりもずっと健康的で知的な感じさえする。

バスほどあるキャンピング・カー