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SAVAGE-650、物騒なアメリカを見る

アメリカは危険だと言われている。実際、多くの人がお金、愛憎により毎日殺されている。つい最近、”Freeze!”がわからないために射殺された日本の若者のニュースが、お金のこと以外はいつも鈍感な日本人を震撼させた。 15年前、ロス・アンジェルスのダウン・タウンは荒んでいた。二度目の渡米だったが、一種異様な雰囲気だった。アメリカが日本ほど安全でないことは知っている。でも、どこまで危険な国になったのか、この目で見たかった。世界のいろいろな国を旅してきたにもかかわらず、少しの不安はあった。おまけに今度の旅はバイクの旅なのである。アメリカ人に聞いた、「ほんとうに危険?」 「トオルはマスコミの話をそのまま信じるの?」 確かに、マス・メディアは誇張を商売にしている。人が犬を咬むからニュースになるのだ。めったに起こらないことだからビッグ・ニュースなのだ。そして、人々は異常なニュースに飢えている。毎日の奴隷的労働で、頭がいつも飢餓状態になっているからだ。 一般的に言うと、俺はアメリカ人の知性を疑っている。戦後の世界で常に戦いを挑んできたのは、アメリカだ。力と金は決して正義ではない。でも、そんなアメリカにも、立派な男が、少なくとも一人はいることを俺は知っている。

SUZUKI Savage-650

マイケルは本物のヒッピーであったが、今はアメリカの医師だ。レーガンがコントラ反対派撲滅のためニカラグアを破壊したのとは逆に、彼は医師としてニカラグアに行き、その再建のために若い日々を捧げた。俺はだいたい「反米」だが、一方、マイケルのような人間を生み出したアメリカを尊敬もしている。 その彼が病気になった。昨年、梅雨の日本を避け、マイケルの住むカリフォルニアを四たび訪ねた。マイケルは忙しい時間を縫って、バイクの手配に奔走してくれた。手に入れたのが、Suzuki Savage-650 だ。650ccもの単気筒エンジンで動くワインレッドのこのバイクは、アメリカ西海岸のカスケード山脈とシェラネヴァダ山脈にある五つの国立公園を、テントと寝袋を積んで駆け抜けた。 アメリカの西部海岸地域には、至る所にいいキャンプ場がある。

マイケルと息子のジョシュア

カリフォルニア州のヨセミテ国立公園

大自然の中にあるから広々としている。一人でテントを張るのには寂しいくらいだ。アメリカは不用心だというから、バイクの鍵を日本から持ってきた。でも、まるで必要ではなかった。キャンプ場では、物を取られる心配はなさそうだ。人が蠢く都会では犯罪を犯す人間であっても、一旦美しい自然に抱かれると、きれいな心を取り戻すのかもしれない。この辺りは、日夜犯罪の絶えないアメリカの大都会とは違って、あまりにも平和な、あまりにも寂しい別世界なのだ。安全で犯罪の匂いすら感じられない。マイケルの住む町も快適で平和だ。10年ぶりに再会したマイケルに言った、「貧しくて危険なアメリカはどこ?」 アメリカの町は、大海原に浮かぶ孤島のようなものだ。町はずれともなると、そこはほとんど自然が支配する土地だ。アメリカ西海岸部では、そんな所にはたいてい民営のキャンプ場があって、設備は抜群だ。

木々の間を走るカスケード山脈の道

アメリカ西海岸101号線沿いのキャンプ場

キャンプ場は、世界一の大木であるレッドウッドの森の中にも、また美しい海岸にも、もちろんたくさんあって、料金は日本と同じ位だが、設備は雲泥の差だ。そうは言っても、日本のキャンプ場も昔と比べて、ずいぶん設備は良くなった。つい先日、紀伊半島、川湯温泉のキャンプ場に行った。日本のキャンプ場で、ホテル並みのキレイなトイレを見たのは初めてだ。それでも、シャワー設備は見なかった。カリフォルニアとオレゴンにおいて Savage-650 が寝たキャンプ場の中で、シャワーがなかったのは、シェラネヴァダ山脈南端にあるホイットニー山のすぐふもとのキャンプ場だけだ。ここのキャンプ場は国営だ。民営でないためか、あるいはあまりにも僻地であるためか、設備は一切ない。入口に鉄製のポストがあって、キャンパーは自分のキャンプ地番号と車両番号を書き、利用料金の10ドルを添えて、そこに入れることになっている。例によって役所特有の傲慢な手抜き経営だと思っていた。 ところが、夕暮近くになって、上品な森林警備官の老婦人がテントにやってきた。「お金のことかな?」と思っていたら、そうではなく、「何か食べ物を持っていませんか?」と聞く。???...意味不明なままパンとジュースがあると見せると、「それは危険でダメ!」と言う。???...ここへ来るまでに、オレゴン州の太平洋岸にあるキャンプ場で会った人は言った、「月夜の晩にバイクに乗ってはいけない。鹿が出てきて、交通事故が絶えない」と。そんなことなら問題はない。バイクに乗らなければ済む話だ。鹿は向こうからは襲って来ない。ところが、このキャンプ場は違う。なんと毎晩、熊が出没してテントの食料を物色するらしい。老警備官は、「食料をロープで熊の手の届かない高い木の枝に吊すか、そうでなければ、誰か車で来ている人に頼んで、車内に保管してもらうか、それもできなければ、私が明朝まで預かりましょう」と言う。テントの中に食料があると、熊が襲ってくると言うのだ。だから、彼女はキャンプ場内のゴミも全部、夜の9時までに回収すると言う。なぜ、夜の9時なのか。日本では夜の9時は真っ暗だ。しかし、カリフォルニアでは夏時間のせいもあって、まだ明るいのだ。案の定?9時9分にゴミ集めのトラックがやってきた。熊の話は、脅しでなくほんとうなのかもしれない。ほんとうにグリズリーの世界なのかもしれない。

ホイットニー山は、標高が4000mもあって、アラスカを除くとアメリカで一番高い山だ。

キャンプ地は山のすぐ下の谷間にあって、背の高い木々の向こうから川のせせらぎが聞こえる。そう言えば熊が出てこない方が不思議なくらいの所だ。10時を過ぎるとキャンプ場は寝静まった。ビール3缶が尿に化けたようだが、トイレは20mほど離れている。熊がこわいので小便をあきらめて寝た。夜中の3時頃だろうか、キャンプ場のざわめきに目が覚めた。何かただならぬ気配だ。キャンプ場のあちこちで叫び声が沸き起こる。車のライトでキャンプ場が明るくなる。何か変だ。やっぱり熊なのか。 "Oh, my God! Oh, my Buddha!!" しかし、眠い。睡魔は熊の恐怖すらをも追い払う。 翌朝、例の警備官がやってきて言う、「おはよう。昨夜も、やっぱり熊が出て、アイスボックスの食料を襲いました」 アメリカのキャンプ場は、ひょっとしてニューヨークよりも危険なのかもしれない。

ホイットニー山