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ユタの山々

163号線でユタ州に入るとすぐに見えるTwin Rocks

モニュメント・バレーのキャンプ地を出て、163号線を北東に向かうとすぐユタ州に入る.ここから191号線を北に走り、ロッキー山脈を縦断する.191号線は東のコロラド州界沿いにユタ州の東端を南北に伸び、時々追い越し車線で3車線になることもあるが、ほとんどが2車線で交通量も少なく110kmで走っていても、バックミラーに小さく見えていたクルマもあっという間に迫ってくる。その度にこちらは追い抜かせるタイミングを計る。そんなに急いでどうするの、と言いたくなる.こちらは時間が腐るほどあって、もっとゆっくり走りたいのだ。第一、日暮れも遅いではないか。こちらは夏時間のせいもあって夜の9時まで日は落ちない。だからあせることはない。と言っても、いつも4時か5時くらいまでにはキャンプ地に着くようにしている。人生、余裕が肝心だ。夜の9時に日が沈む。その太陽は、今日本の空の真上に輝いている。地球はそんなに大きくない。ゆっくり行こう。だから、「その気になればこちらも1100ccのエンジンを積んだBMW、スピードは出そうと思えばいくらでも出せるんだゾ!」と思いつつ自重する。それにしても、ユタ州はどこまで荒涼とした砂漠が続くんだろう。西のネバダ州は砂漠と覚悟していたが、ユタ州も北へ2/3の所まで来ているのに緑は少ない。 こんなアメリカの道を、大自然の中の道を走っていると、突然腹の底から頭の方へ喜びがこみ上げてきて、ハンドルを握ったまま声を上げて大笑いをしてしまう。こんなことは初めてだ。多分、宝くじで三億円当たってもそうなるんではないか。 アメリカのホテルは高く、特に週末には日本同様料金が上がるので、ウィークデーの2日ほどはモーテルに泊まるが、あとは全てキャンプ地にテントを張る.キャンプをするのはお金の面だけではない。人間は勝手なもので暑さの中に曝されると冷たさを求め、寒くなると暑さが恋しくなる。同様に、人工的で快適なホテルにいると、不便ではあるが自然の中のキャンプ地が恋しくなる.キャンプ地には鳥がいる。リス、ウサギ、タヌキ、鹿もいる。時には熊も出る。でも、これではキャンプ地を転々と渡り走る、まるで渡り鳥ではないか。50歳も越え、お金も少しはあるというのに情けない。

ユタ州ではMonticelloとWellingtonという小さな町のモーテルに泊まった。ホテルに泊まるのは主としてEメールをするためだ。バイク紀行を日本へ送るのが主な目的だ。友達からの便りもたくさん届くので、これも楽しみだ.今回は県民税が未納なので支払え、という内容だから何が何でも電話を探さなければならない。県民税53万円余は、いったん弟の銀行口座にインターネットで振込み、それから市役所に支払ってもらうことにする。それにしても出発前には市役所へ行って税金のことは確認したはずだ。税額の決定が出発後の6月中旬になるとしても、知らせてくれていれば誰かにお金を預けておくとか何とかできたはずだ。もしインターネットがなければ脱税者として国際指名手配でもするつもりだったのか。分かってます、こちらは送金するつもりなんです。でも、この二つの町は田舎なんで、電話にパソコンが繋げないんです。 Monticelloでは室内電話にモデムの線は繋げるけど信号が全く来ない。 Wellingtonでは線そのものが繋げない。近くの図書館にまで行く。当然ウィルスを恐れて、こちらの作っておいたメールや文章は読み込ませてくれない。結局、事務所と掛け合って別室の電話や事務所の電話を使わせてもらったが、接続時間10秒ほどで長距離電話料を2.5ドルも取られた。

ユタ州にはいい国立公園がたくさんある。

191号線沿いにあるCanyonlandsとArchesの二つの国立公園を訪ねてみた。いずれも風化を受けた奇岩が林立し、自然は偉大な彫刻家であることを知らされる。その独創性と規模の大きさに比べると、人間の建造物なんか、たかがしれている。特にArchesの国立公園は、日本の海岸に見られる洞窟や中心部が刳り抜かれて弓状に残った岩が多く見られ、海岸線がそのまま2000mの高地に浮かび上がったみたいだ。しかし、ここでは視界を曇らす海水がないので、深い所まではっきり見える。伊勢海老が隠れていそうな岩のスリットもある。海中を散歩しているみたいだ。 Vernalの町は、ソールトレーク・シティーの東150kmくらいの所にあって、ユタ州もここまで北に来ると木々の緑も増える。砂漠は終わったらしい。その町の13km北にSteinakerというダムがあり、ダム湖にはビーチもあってユタ州立公園になっている。ビーチの木陰にはベンチがあって、ここの涼しさは炎天下のバイク上とは雲泥の差だ。これだけ涼しければ冷たいビールは要らなし、湖で泳ぐ気にもならない。本を読む。夕方には湖でシャンプーしてやろう。ついでにヒゲまで剃れば、アメリカ人の顰蹙を買うだろうか。

Arches国立公園。山頂に奇岩が林立する。

Arches国立公園。

Steinakerのダム湖。

先ほど走り抜けてきたVernalの町のほうから花火の上がる音が聞こえる。はじめは雷と思った。そう。きょうは7月4日、アメリカの独立記念日だ。もう日本を出てちょうど一ヶ月になる。きょう通ってきたロッキー山中の小さな村々も閑散としていたが、どの家にも星条旗が賑やかに上げられていた。ところで花火は、キャンプ場では禁止されている。山火事の大きな原因になっているとテレビが報じていた。キャンプ地のテーブルがあるここからは、丘が邪魔になって花火は見えない。しかし今宵は満月だ。月が、山の黒い木々を照らしている.BMWも月の光を受けて輝いている。こちらの花火はあっさりしたもので20分くらいで終わった。と、思ったら30分ほどして、またパラパラと始まった。アメリカ人は休憩が長いようだ。しばらくして、またキャンプ地が静寂に包まれる。今聞こえてくる音は、下のキャンプ地の子供のかすかな話し声と、風にそよぐ木の葉の音だけだ。こんなに静かで月が明るかったら、木陰でも立ち小便ができないではないか! きょうもまた、遅い夕暮れが迫ってきた。いつの間にか東の空に暗雲が立ち込めている、所々に簾を垂らしたように黒い雲が落ちている。あれはきっとスコールだ。日本では天気は西から移ってくるので大丈夫だと思っていたら、あっという間に頭上が暗雲に包まれた。幸いキャンプ場に雨は来なかったが、北の空は大変だ。真っ黒な雲の中を数秒置きに稲妻が走り、雲を赤く染める。これが頭上だと随分怖いだろうと思うが、遠くなので花火見物の気分だ。昨夜の花火は見えなかったけれど、こんなに数多く打ち上げただろうか。やがて東の地平線がオレンジ色に燃え上がった。落雷による山火事かと、高台へ登ってみる。月だ! なんと、夕日と見まちがえるほど赤く、大きな月だ。それがゆっくりと空に昇ってくる。稲妻が雲を染める赤と、月の赤が競演を始める。ただ、きょうの雷は花火と違って不思議と音がない。星がなくても、空は孤独なライダーを楽しませてくれる。

Steinakerのダムから先は上り道でグッと高度が上がる。空気もひんやりしてきた。はるか向こうに雪を残す峰も見える。ロッキー山脈の屋根に当たるんだろうか?山は緑一色に覆われ、背の高い針葉樹や白樺の木々が見られ、風景はこちらの方が雄大だが、ちょっと信州のアルプスを走っている感じだ。木々の芳しい匂いを胸一杯に吸いながら、ゆっくりとバイクを走らせる。ニコチンで汚染された肺も、都会に毒された心も浄化されそうだ。高原の道を気持ち良く走っていると、そのうちワイオミング州にまたがるFlaming Gorgeダム湖に当たる。

このダム湖のキャンプ場は深い谷の崖の上にある。それなのに広い。僕のキャンプ用テーブルが大きな森の中にただ一つ置かれていて、隣のキャンパーは見えない。日本なら一つのキャンプ場が入るほどの広さだ。これだけ広い空間を独り占めにできるんだから、一泊13ドルも安いと思える。でも、夜に熊が出たら心細い、どうしよう。 シェラネバダ山脈以来、ずっと赤土と潅木の暑いところでキャンプしてきたので、高原の涼しい空気と緑の大地に聳え立つ木々には心がなごむ。足もとに、ダムにせき止められた川が深い谷の下を流れる。遠くに連なる川の、まだずっと向こうの山の頂から黒煙が上がっている。山火事だ。数時間前に火が着いたらしい。昨夜の山火事とは違って、今度は本物だ。あの山火事は、こんなキャンプ場も燃やしているんだろうか。崖の上の展望台で若いカップルが結婚式を挙げている。リンカーンの大きなリムジンと純白のドレス、黒いスーツがなければ、それとは分からないほど質素なものだ。結婚式もこんな風に自然にいきたいものだ。

Flaming Gorgeダム湖

Flaming Gorgeダムから見えた山火事