最初の二日間を除き曇り空が多く、にわか雨にも遭い、寒いくらいだったカナディアン・ロッキーの山々を東へ下る。ずっと東の地平線上には薄い青空が見える。早くあの下まで行って、輝く太陽の下を走りたい。でも、やはり空は大きくて広い。100km近く走ってEdsonという町に着くと少し青空が広がってきた。
カナディアン・ロッキーから東は、起伏が全くないと言ってもいいほど平らな平野が果てしなく続く。一面に穀物が植え付けられている。これは、静まり返った緑の大洋だ。バイクが突き進む前方も、バックミラーに遠ざかる後方も地平線が一直線に広がっている。その直線を破るのは、その直線状にわずかに盛り上がった林の緑の波だけだ。その緑の海にドラム缶のような形の物が点々と浮かんでいる。日本と違って、干草が丸められているのだ。地平線に消えて行く道路の近くに、時折、灯台のようなものが見える。近づくと、サイロだ。道路と平行してカナダ横断鉄道が走っていて、それが近づいてすぐ横に並んできたり、離れて見えなくなったりを繰り返す。サイロの穀物は今でも鉄道で運ばれているのか、時々、長さが数キロにも及ぶ貨物列車と出会う。
こうしたものを除くと、いくら走っても景色は変わらない。退屈するほど単調だ。だから、写真を撮る気にもならない。 道路は広野を進むので、高速で走っていても全然スピードを感じない。100kmが制限速度だ。でも大抵のクルマは110~120kmで走行している。こんな道なら僕だって怖くはない。少し速度を上げてクルマの速度に合わせる。BMW-R1100Rはカリフォルニアで買ったので速度計はマイル表示だ。110kmは70マイルに当たる。70kmの速度感しかない。この相棒は、制限速度のないアウトバーンの国で生まれたバイクだ。こんなスピードでは、イライラしている。だから機嫌をとるため、時々130kmまで上げてやる。それでも、1100ccのエンジンを積んだR1100Rは不満気だ。 信号もないからなおさらだ。一度町を出て20~30kmくらい走ると、やっと交通標識が現れ、そこには町の名前と町にあるキャンプ場やホテル、ガソリンスタンドの絵が表示されるが、国道は町から離して造られたのか、道路は何もない所を通過して行く場合が多い。ガソリンスタンドは50~100kmくらい走らないとないので、早い目の給油が必要だ。400~500kmも走ると、緑の海の遠くに島のようなものが見えてくる。都会だ。久しぶりの街だ。この間、ほとんど信号はない。人も、大きな町の外でヒッチハイクする若者以外は見かけたことはない。アメリカではヒッチハイカーを見かけなかった。カナダはやはり安全なのだろうか。こんなにも果てしなく田園が続いているのに、どこに隠しているのか農家すらあまり見かけない。交通の障害になるものは、ロッキー山中だけではなく、ここでも唯一動物だけだ。ロッキー山中では、野性のヤギが道路に立ち塞がり交通渋滞を引き起こしたり、
列車も長いがトラックも長い
クルマや人間を恐れないロッキー山中のヤギ、道路の中央で悠然と思索に耽る。
灰色狼が前方の道を横切って思わず振りかえって目で追い続けたことがあった。一度は道路横から飛び出してきたかなり大きな鳥がウィンドシールドに当たり、ヘルメットをかすめたので目の前が一瞬真っ暗になったことがある。この平原でも鹿が道を跳ねながら横切っているのを見た。でも、こんなことは滅多にない。それよりも、蝶蝶や小さな虫のほうがいやらしい。ヘルメットのバイザーにパシッと音をたてて当たり、視界を曇らせてくれる。 ロッキーを離れて二日目にEdsonの町を出てからは、一週間以上ずっと晴天続きだ。日本で、カナダを夏にバイクで横断した本を数冊読んだが、雨の記事が多かったので心配していたのだが、全く嘘のようだ。気温も上がっている。34~35ーCまで上がっているらしい。カナダがこんなに暑くなるとは思っていなかった。空気も乾燥しているので、冷たいコーラやジュースがまた欲しくなる。アメリカの南に帰ってきたみたいだ。もちろんグリップヒータは切り、手袋もまた薄めのものに替える。暑くて乾燥しているので、ウィンドシールド、オイルクーラーやヘルメットに当たった蝶や虫の死骸は、固形化して貼り付き、拭いてもなかなか取れない。 交通標識にはキャンプ場の表示が頻繁に見られるが、暑い上に景色が単純なのでなぜか行く気はしない。ましてや街の中のキャンプ場はいやだ。そうでなくても、田舎だと近くに食料品店がないのでどうしてもキャンプは敬遠してしまう。そこで、メールをしないと決めた日は、国道沿いの小さな町のモーテルに泊まる。アメリカと比べると2~3割安くなった。そんな町を歩いていると、プレーリーという単語の混ざった看板がちらほら見られる。そうだ、この辺りは、中学校で習った北米大陸の大穀倉地帯、プレーリーなんだ。 Saskatchewan州のMoosominという小さな町に入って行く。モーテルが3軒ほどあって、いずれも「シングル$37.95(3100円)、インターネット、…」の看板がかかっている。そのうちの「プレーリー・プライド・モーテル」に泊まる。部屋に入る。懐かしい、ハエが飛んでいる。トイレに入ると、お尻にまでまつわりついてくる。これも久しぶりだ。おまけに壁にハエたたきまで掛けてくれている。嬉しくなって、四匹ばかり成仏させてやる。まだ腕は確かだ。夕食は、道路の向いにバーがあるので、そこへ行く。バーが一番だ。税金込みの値段なのか、不思議と税金を取らない。カウンターでビールや料理のお金を払ってしまうので、チップを渡すタイミングが分からない。そこで、罪悪感を覚えることなく、15%と言われるチップを払わずに店を出ることができる。ハンバーガーばっかりのアメリカやカナダでは、バーの料理が一番美味しい。それにタバコが吸え、もちろんビールが飲める。
ビールは銘柄を聞かれてもわからないので、いつも一番アルコール度の高いものと答える。6%以上のものがある。8%のものも飲んだことがある。このモーテルは、嬉しいことに朝食付きなので、朝モーテルの事務所に行く。客のひとりがEメールのやり取りをしている。こんな片田舎のモーテルでも、インターネットは商売上必要になってきているのだ。そのうち、空いているドアからスズメみたいな小鳥が飛び込んできた。すかさず猫が飛び出してきて、それこそ目にも止まらない速さで小鳥を捕らえ、よほどお腹が空いていたのか、小鳥を弄びもせずその場で頭からきれいに食べてしまった。それはライオンの姿だった。都会の猫はネズミを見て逃げ出すものまで出てくる始末だが、田舎の猫は違う。まだ野性を残していて、柔ではない。その敏捷さ、攻撃性から来る迫力に圧倒され、恐怖感に近い感情すら呼び起こされた。 しかし人間の社会では、こんな片田舎でもあの猫のように野性的で自立していることはできない。役人が社会の隅々まで税金を集めて回る。通りすがりの外国人旅行者にまで税金を求める。37.95ドルの部屋代が、支払う時には42.89ドルになっている。11.5%も税金を取られているのだ。日本からの便りによると、先日の参院選の結果自民党が圧勝したらしい。日本の消費税も、近いうちにこんなに高くなるんだろうか。そうなると、ホームレス、ジョブレスの僕はますます日本に帰れなくなる。
カナダの大陸横断国道を走るバイク達