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ウルグアイにも温泉があった

ウルグアイの首都モンテビデオは、ラ・プラタ川を挟んでブエノス・アイレスから200kmほど東にある。日本の標準時が定められている明石から地球の中心を通って掘り続けると、モンテビデオの1,000kmほど東の大西洋に達する。ブエノス・アイレスからは対岸の町Coloniaとモンテ・ビデオ行きのフェリーが出ているので、僕は最初フェリーでColoniaに渡りモンテビデオまで走るつもりだった。しかし、モンテビデオも治安が悪く、ピストル強盗が出没して日本人旅行者も何人か被害にあったと聞いた。僕はブエノス・アイレスでは殴られただけで済んだが、ピストルとなると大事に至る。君子危うきに近寄らず、だ。モンテビデオは止めて北から陸路でウルグアイに入ることにした。

ラ・プラタ川の支流で北から南に流れるウルグアイ川には、アルゼンチンとウルグアイを結ぶ橋が三つ架かっている。ブエノス・アイレスに一番近い橋は、200kmほど北に行った所に架かっている。僕は、アルゼンチンの国境事務所は橋の西側のアルゼンチン領にあると信じ切っていた。しかしゲートがあるだけで建物はなかった。トラックの運転手は、ずっと前方の橋の方にあると教えてくれた。しばらく走ると大きな橋が遠くに見えてきた。しかし建物らしきものはない。ウルグアイからパラグアイに行くためには、もう一度アルゼンチンに戻らなければならないので、アルゼンチンを黙って出る訳にはいかない。Uターンしてまたゲートに引き返し確認したら、やはり橋の方にあると言う。バイクはウルグアイ川に架かる大きな橋を越えてウルグアイに入ってしまった。アルゼンチンの国境事務所はウルグアイの事務所と同じ建物の同じ部屋にあった。窓口もなく机を並べているだけなので、どちらがアルゼンチンなのか分からない。便利と言えば便利だが、却って混乱した。両国の関係の深さが知れる国境だった。

ウルグアイ川に平行して、舗装された国道が走っている。道路の両側は緑の絨毯を敷き詰めたような平野だ。しかし家はほとんどない。クルマもほとんど走っていない。時折、牛の群れを見るだけだ。思い起こせば、チリ、パタゴニアとほとんど無人の荒野を走ってきた。砂漠かそれに近い土地だった。だからガソリンの補給が易しくなかった。しかし、ウルグアイは緑一色の豊かな土地だ。牧場があると言うことは、人が住んでいるはずだ。ガソリン・スタンドも100km以内にある。二番目の橋は、最初の橋から100kmほど北に架かっていた。三番目の橋はさらに120km北にある。この間に温泉が数ヶ所ある。アンデス山脈を離れると温泉はないものと思っていたが、こんな平野部にも温泉があったのだ。ブエノス・アイレスに着いた4月1日は、北半球で言えば10月1日だが、真夏の暑さだった。それがこのところ涼しくなってきた。ウルグアイに入ったのは4月24日だ。いよいよもう晩秋の感じだ。気温もめっきり下がってきて、夜は寒いくらいだ。寒くなると温泉はありがたい。だからウルグアイに来た。

ウルグアイは緑一色の豊かな土地だ

Guaviyu温泉のモーテル

Guaviyuの温泉

最初の温泉はGuaviyuという温泉で、道路に面して入口がある。アクセスがこんなに楽な温泉は今までなかった。入口を入ると広大な敷地の中に、一戸建ての大きなモーテルが立ち並んでいる。10人から20人ほど泊まれそうな大きな建物だ。山の中の温泉は土地が限られているが、平野で土地が有り余っているウルグアイだからこんな温泉が造れるのだろう。一泊25ドルと書かれていた。温泉は入口に近い所に造られていた。全てが露天で、十分泳げるほど大きな湯船が四つと、それよりも小さな浴槽が五つもあった。ところが入浴客はいつも15人ほどだった。入浴客で混み合う日本の温泉では、リラックスするどころか下手をすると疲れてしまうこともあるが、ここの温泉は本当にゆったりできる。しかも早朝から夜の12時まで無料で入れる。ただ、この温泉も湯温が低いのと、コンクリートのプールで情緒に欠けるのが欠点だ。入口の案内では大学生の大会が開かれるので部屋はないと言われた。敷地内は芝生と木に覆われている。キャンプ場も設けられている。日本では見たこともないような大きなキャンプ場だが、テントは10張りもない。どうしてもここに泊まりたい。テントをボゴタに置いてきたことを初めて後悔した。だが運良く、?から1kmほど離れた所に部屋が見つかった。モーテルの一部屋は一泊1,800円だったが、安宿のような建物もあって、そこはトイレは共用だが四泊で3,500円にしてくれた。一泊900円程度だから日本では入浴料の金額だ。

この温泉リゾートには、土産物屋さん、コンビニ、それにレストランが五軒もある。ここは町ではないので、来る前には少し心配していたが食事に困ることがない上、酒、タバコまで売っている。それに町と違って安全だ。町でないから夜は暗い。暗い分だけ空が明るい。入口近くのレストランまで歩く。懐中電灯を持って部屋を出たが、所々に電灯があるのと、空が明るいので使わなかった。明るい三日月が出ているが、星はそれ以上に明るく空を照らしている。今日は天気が好いのではっきりと天の川が見える。天の川を無数の明るい星が埋めている。南十字星もその一つだ。南十字星は、パタゴニアの南ではほぼ天頂に見えたが、ここでは少し低くなった。メキシコから南はずっと町のホテルに泊まってきた。ロッキー山脈以来のキャンプ気分だ。

学生の大会が始まる金曜日には予約が入っていたので、ホテルを出なければならなかった。木曜日は一日中雨だった。心配したが、金曜日に目を覚ますと空は雲一つなく晴れ上がっていた。二番目の温泉は、わずか40km北にある。30分で着いた。Daymanというこの温泉も道路のすぐ近くにあった。しかし、Guaviyuの温泉と違って、ホテルは全て温泉の敷地の外にある。したがってここでは温泉は有料だ。だが150円という安さだ。温泉の近所にはホテルが軒を並べ、小さな町を作っている。中には独自の温泉を持っているホテルもある。観光客は、日本では浴衣だが、ここではバス・ローブを来て通りを歩いている。土産物屋もあり、建物は違うがまるで日本の温泉町だ。一軒だがインターネット・カフェまである。

温泉の入口の向いにあるホテルの前にバイクを泊めて、空室があるかどうか聞きに行った。高そうなホテルだが、他の安いホテルを教えてくれるだろう。案の定、一泊3,800円と言われた。しかも明日はメーデーで部屋は全て予約が入っていて一泊しかできないと言う。まだ安いホテルは他にあると聞いたが、どこも満室ではないかと心配になった。ホテルを出ると警官が二人、しきりに僕のBMWを見つめている。いつもどおり、旅のことを聞かれた。カリフォルニアから2年11ヶ月近くかけてここまで来たと答えると驚いていた。安いホテルはないかと聞くと、一人はバイクの見張りをし、もう一人が連れて行ってくれた。一泊2,250円を1,900円にしてくれた。月曜日からは560円になるという。1,900円は高いが仕方がない。泊まることにした。日曜日になって1,900円を払いに行ったら、一日早く560円に割り引いてくれた。チリのサンチャゴで一泊分の25ドルが未払いだと言われたのとは大きな違いだ。ホテルは温泉から1kmほど離れた町外れにあった。温泉まで少し距離があるが、安全だし道にはクルマも走っていない。運動不足の僕にはちょうどいい散歩だ。夜は星空を見上げながら歩くのもいい。ホテルの部屋にはトイレに小さなバルコニー、テレビ、空調、冷蔵庫それに小さな炊事場まである。

Dayman温泉で泊まったホテル

天気は良い。さっそく温泉に行った。ここの温泉も芝生の中に大きな湯船が8つあった。入浴客は多い。ホテルが一杯のはずだ。ここの温泉は、Guaviyuの温泉の温泉より湯温が高いと聞いていたので楽しみにしていた。入口を入ってすぐ、子供達が遊んでいる浴槽がある。手を浸けると温度が低い。すぐ隣の大きな屋根に覆われた浴槽に移った。39度と書かれていて、まずまずだ。ずっと奥には大きな露天風呂が四つあって、そこの方が温度が高いと聞いたので、またそちらへ移った。だが温度は低い。まるで温水プールだ。がっかりした。39度の浴槽に戻り、そこで夕暮れまでいた。外気の温度が次第に下がってきたので、湯船から湯気が上がり出した。見ると子供が遊んでいる浴槽の真中からも湯気が上がっている。浅い浴槽に取り囲まれた中にもう一つ浴槽があったのだ。温度は42度だった。素晴らしい。日本の温泉の温度に近い。これなら浴槽から外へ出ても寒さを感じない。空に月が出てきた。もう半月にまで大きくなった。やがて空はさらに暗くなり星が輝き出した。熱い温泉から星空を見る。この旅で始めてだ。

Daymanの温泉

インターネット・カフェの主人、Mario

インターネット・カフェへ行くと、簡単に接続を許してくれた。受け取ったメールのニ通は、ブエノス・アイレスでインタビューを受けたジャーナリストからだった。僕が彼に送ったBMWに跨った写真は、画素が荒いのでできれば誰かに撮り直してもらって再度送ってくれという内容だった。僕のカメラはビデオなので写真は大きくすると全く鮮明さに欠けるのだ。新聞か雑誌または本なのかは知らないけれど、大きな写真を入れてくれるのだろうか。そのことをカフェの主人であるMarioに言うと、彼は良いデジカメを持っているので何時でも撮ってやると言ってくれた。翌日さっそくBMWに乗ってカフェへ行った。写真を撮った後は、その写真の何枚かを店のPCから前に座っている僕にメールで送ってくれた。さすがに綺麗な写真だった。Marioはお金は要らないと言った。ウルグアイの人も親切な人が多い。ウルグアイの温泉は期待以上だった。特にDaymanの温泉は最高だった。二つの温泉では毎日ほど、長時間入浴した。今まで温泉に入った後は、決まって胃の調子が悪くなった。しかし、今回は吐かない。これまでの温泉は全て高地にあった。初めて低地にある温泉だからかもしれない。ウルグアイは温泉が目的だった。もう用事はない。この温泉から10kmほど北には三番目の橋が架かっていて、もうその先にはアルゼンチンに戻る橋はない。このままウルグアイ川の東岸を進んでから、ブラジルに入り、そこからイグアスの滝を見てパラグアイに入ってもいいのだが、日本人移民が多くて関係の深いブラジルの入国には、なぜか南北アメリカで唯一ビザが必要だ。だから僕はもう一度アルゼンチンに入り、先にパラグアイに行ってからイグアスの滝に向かうことにする。