韓国海印寺所蔵「起信抄」断簡調査報告
佐藤 厚 客員研究員
韓国海印寺所蔵「起信抄」断簡調査報告
佐藤 厚 客員研究員
韓国海印寺に「起信抄」断簡が所蔵されている。これは巻五の第十一丁、十二丁、二十一丁、二十二丁の四枚と、巻七の第二十五丁、二十六丁の合計六枚、文字数は約三六〇〇文字である。作者および板行年月などは不詳である。
先行研究には藤田亮策と大屋徳城の研究がある。藤田は『海印寺雑板攷』(一九九二年、原著は一九四四年)において、第一に、「起信抄(鈔)」という題目を持ち、かつ全体が七巻以上ある著作から、宋代の延俊の『起信論演奥鈔』十巻の一部と推定し、さらに断簡の行字数から、高麗義天が刊行した続蔵の復刻と考えた。一方大屋は『寧楽仏教史論』(一九三八年)で、根拠は示さないが、これが宗密『大乗起信論疏』の注釈であることを述べている。
これら研究を念頭に置きつつ、発表者は基礎的作業として翻刻を行い引用経論の調査を行った。
調査の結果、判明したのは、第一に、大屋徳城の指摘のように、断簡が宗密の『大乗起信論疏』の注釈と考えられることである。宗密は法蔵の『大乗起信論義記』に基づいて『大乗起信論疏』を撰述したが、その際『義記』の文を一部改変している。その部分が断簡に引用されていることから、これが宗密のものであることが判明した。大屋は宗密の注釈の根拠を示さなかったが、これによって明らかになった。
続いて注釈箇所を示すが、宗密のものは見易い刊本がないため便宜的に法蔵『義記』を用いて示す。第一に、巻五の第十一丁、十二丁は、『大乗起信論』の心生滅門の冒頭部分「心生滅者、依如来蔵故、有生滅心。所謂不生不滅、与生滅和合、非一非異。為阿梨耶識。」(大正三二・五七六中)を注釈した『起信論義記』巻中本(大正四四・二五四下)に対する解釈である。
第二に、二十一丁、二十二丁は『大乗起信論』の心生滅門の「此識有二種義。能攝一切法生一切法。」(大正三二・五七六中)を注釈した『起信論義記』巻中本(大正四四・二五五下)から(同・二五六上)に対する注釈である。
第三に、巻七は『大乗起信論』の無明熏習の部分「無明熏習義、有二種。云何為二。一者根本熏習。以能成就業識義故。二者所起見愛熏習。以能成就分別事識義故。云何熏習起浄法不斷。所謂以有真如法故能熏習無明。」(大正蔵三二・五七八中)を注釈した『起信論義記』巻下本(大正四四・二七一上)に対する解釈である。
続いて引用文献は『起信論』、『起信論疏』を除くと、玄奘譯『成唯識論』、窺基『成唯識論述記』、僧肇『寶藏論』などであるが、注目されるのは龍樹造とされる『釈摩訶衍論』を三回引用することである。『起信論疏』の注釈で『釈摩訶衍論』を利用するのは宋代の子璿『筆削記』にもみられるが、本断簡は『筆削記』よりも積極的に引用している。