電磁波の伝搬路に電気的構造の不連続な変化がある場合、その領域に誘発される表面電流や分極電流による電磁波の再放射現象を散乱という。電磁場と散乱体との間のエネルギーの授受の有無によって、散乱光の波長が変化しない弾性散乱と波長が変化する非弾性散乱に分けられる。弾性散乱には、レイリー散乱やミー散乱(van de Hulst, 1981; Bohren, 1983)があり、どの散乱過程が卓越するかは、波長λと散乱体の粒径 r の関係を示す粒径パラメータ x = 2πr /λ の大きさによって決まる。図1に、入射波長と粒子半径に対する散乱過程の関係を示す。可視光の波長領域では、空気分子はレイリー散乱、ダスト・スモッグ・ヘイズなどのエアロゾル粒子はミー散乱に分類される。さらに粒子サイズが波長よりも大きい雨滴などの散乱は、幾何光学近似で表現できるようになる。また、非弾性散乱には、分子の振動準位や回転準位などの分子エネルギー準位間の遷移に伴い、入射光とは異なる波長の光が散乱されるラマン散乱などがある。
図1 入射波長と粒子半径に対する散乱過程の関係(Petter, 2006より和訳引用、一部改編)
図2に粒子の光散乱における散乱角および散乱面の定義を、図3に入射場の電場がx軸に平行に振動する偏光した光が入射したときの、散乱面における散乱光強度の角度分布(位相関数)を示す。
レイリー散乱
粒径パラメータ x << 1 (図3 (a))の場合は、入射場の変動が散乱体全体に瞬時に発生して、表面の電磁場を静電磁場で近似できるようになる。レイリー散乱は、散乱強度が粒径の6乗に比例、入射波長の4乗に反比例し、前方と後方の散乱強度はほぼ同程度になる(等方散乱という)。空気分子や微小な粒子に白色光が照射されると、レイリー散乱により短波長である青色の光ほど強く散乱される。一方、光路長が長くなると強く散乱される青色の光ほど減衰が大きくなり、長波長側の赤色の散乱成分が卓越するようになる。日中には空が青く見え、太陽放射が大気を通過する際の光路長が延びる夕方に赤く見えるのは、このレイリー散乱過程に起因している。
ミー散乱
粒径パラメータ x ≒ 1(図3 (b))では、前方散乱成分の強度が後方散乱成分に比べて相対的に大きくなり、レイリー散乱で見られるようなθ = 90°に対する対称性は失われていく 。さらに、x > 1(図3 (c))になると、入射場の変動に対して散乱体に誘発される表面電流や分極電流に時間差を生じる。この過渡電流により共振現象が発生して、複雑な強度変動が現れる。球形粒子に対するこのような散乱現象をミー散乱とよび、大気では、エアロゾルや液相の雲粒の光散乱に関与する。ミー散乱過程は、粒径や光の波長のほか、物質固有の散乱・吸収特性を示す複素屈折率に依存する。
1個の粒子に対する消散断面積を幾何学的断面積で割った値を消散効率因子Qextと呼ぶ。消散効率因子は、可視光においてはサブミクロン領域で極大をとり、粒子径が大きくなるほど2に漸近する(図4)。均質な粒子に対するミー散乱過程は、波長と粒径の比である粒径パラメータで決まるため、粒径を固定して波長を変化させた場合も、粗大粒子の消散効率因子は波長によらず2に近い値をとる。つまり、粒子サイズが大きくなると、波長に対する散乱特性の依存性が小さくなる。このことは、サイズが大きい雲粒の光散乱では、色ごとの散乱強度の差がはっきりしなくなり、雲が白っぽく見える理由となる。
図2 粒子の光散乱における散乱角および散乱面の定義。入射光(z軸)と散乱光のなす角をθ,z軸を基準として散乱光が進む平面を散乱面,x軸から散乱面までのなす角をfとする。
図3 複素屈折率 1.55-0i を仮定して計算した、各粒径パラメータ x に対する散乱光強度の角度依存性。 i 1(θ)、 i 2 (θ)は、散乱光の垂直偏光および水平偏光成分を表す。(矢吹, 2018)。
図4 複数の複素屈折率の球形粒子の粒径に対する消散効率因子の変化(入射波長:0.55 μm)
図5 微粒子の光学パラメータ
微粒子の散乱計算コード
微粒子の光学特性を示す各光学パラメータ(図5参照)を数値計算するオープンソースコードには、Bohren and Huffman(1993)による解説本のAppendixにあるBHMIE(混合核粒子の散乱過程を計算するBHCOATなども掲載)、Mishchenko (2002)による非球形粒子の散乱過程(球形粒子を含む)を計算するT-matrix法のコード(https://www.giss.nasa.gov/staff/mmishchenko/t_matrix.html)などが提供されている。また、各種言語の散乱コードおよび関連リンクを集めたscatterlib(http://scatterlib.wikidot.com/start)(Flatau, 1997. 2017年2月最終更新(2022年3月現在 ))も参考になる。
参考文献
Bohren, C. F. and D. R. Huffman, Absorption and scattering of light by small particles, Wiley-Inter Science, pp. 83-154,1983.
Flatau, P.J., Scatterlib: light scattering codes library, Proc. SPIE 2963, Ocean Optics XIII, (6 February 1997).
M. Born and E. Wolf 著, 草川徹, 横田英嗣 訳, 光学の原理 III, 東海大学出版会, 1975.
Mishchenko, M.I., L.D. Travis, and A.A. Lacis, Scattering, Absorption, and Emission of Light by Small Particles, Cambridge University Press, Cambridge, 2002
Petty, G. W., A First Course In Atmospheric Radiation, Sundog Publishing, Madison, Wisconsin, pp.452, 2006.
Van de Hulst, H.C., Light scattering by small particles, Dover, New York, pp. 114-171, 1981.
矢吹正教, エアロゾル学基礎講座―計測8-光散乱式粒子計数法, エアロゾル研究, 33(2), 2018.
(京都大学・矢吹正教) 2022年3月28日 ★