沈着(deposition)は大気エアロゾルや微量ガスの地表面への輸送過程であり,大気中に粒子態・ガス態として存在している様々な化学種の重要な除去過程である.なお,地表面に沈着したエアロゾルは再飛散(resuspension)により再び大気に供給されることがある.
大気中化学種の除去過程としては,沈着のほかに別化学種への変質(transformation),ガス-粒子変換(gas-to-particle conversion)がある1.変質およびガス-粒子変換に係わる化学反応として,気相均一反応(homogeneous gas-phase reactions),雲粒内での水相均一反応(homogeneous aqueous-phase reactions),エアロゾルおよび雲粒内氷粒子表面での不均一反応(heterogeneous reactions)がある1.
微量ガスの除去過程としては変質,ガス-粒子変換,沈着ともに重要である.エアロゾルでは沈着が重要な除去過程であるが,粒径によって沈着機構は異なる(図1).0.1 〜 2 µmの蓄積モード(accumulation mode)の微小粒子(fine particle)では雲底下洗浄(below-cloud scavengingまたはwashout)によっても,乾性沈着(dry deposition)によっても除去されにくく,雲内洗浄(in-cloud scavengingまたはrainout)によって除去される.一方,0.1 µm以下の核生成モード(nucleation mode)の微小粒子は凝集による蓄積モードへの成長,乾性沈着(ブラウン拡散),湿性沈着(雲内洗浄,雲底下洗浄)によって除去される.2 µm以上の粗大粒子(coarse particle)は乾性沈着(重力沈降),湿性沈着(雲内洗浄,雲底下洗浄)によって除去される.
図1 エアロゾル粒子の除去・沈着過程における粒径依存性
図2には,主要な大気汚染物質の排出・輸送・変質・沈着過程を模式図として示している.大気中へ放出されたNOx(g)は酸化反応によりHNO3(g)に変質し,NH3(g)との中和反応によりNH4NO3(p)を生成する(ガス‐粒子変換).同様に,SO2(g)も酸化反応によりH2SO4(p),さらに中和反応によりNH4HSO4(p),(NH4)2SO4(p)を生成する(ガス‐粒子変換).これらは大気中を輸送され,最終的には地表面に沈着して大気から除去される.
図2 大気汚染物質の排出・輸送・変質・沈着過程
【沈着過程の分類】
沈着過程は大きく分けて,湿性沈着(wet deposition)と乾性沈着(dry deposition)に分類される(図3).さらに,湿性沈着のうち,雨量計で計測できない雲(霧),露,霜を湿性沈着と区別してオカルト沈着(occult deposition)と呼んでいる.
図3 大気沈着の分類(湿性沈着:水滴は赤色または黄色文字,氷は白文字)
(1)湿性沈着
湿性沈着は,大気エアロゾルや微量ガスの降水(雨,雪,あられ,ひょう),雲(霧)による地表面への除去過程である.露と霜は水蒸気(ガス)が地表面に輸送され,地表面で水滴または氷となる現象である.通常の雨量計では計測されないが,地域によっては重要な水資源である.生成前(大気から地表面近傍までの水蒸気輸送)は乾性沈着であり,生成後(地表面での水蒸気の凝縮・昇華)は湿性沈着としてカウントされる.地表面に露や霜が生成していると,エアロゾルや微量ガスの乾性沈着量を増加させる2.
湿性沈着は,雲内洗浄(in-cloud scavengingまたはrainout)と雲底下洗浄(below-cloud scavengingまたはwashout)の2つの過程からなる(図2).雲内洗浄は雲粒(霧粒)による大気エアロゾルや微量ガスの洗浄過程,雲底下洗浄は雲底下での降水粒子による大気エアロゾルや微量ガスの洗浄過程である.それぞれ,詳細は雲内洗浄,雲底下洗浄を参照のこと.
(2)乾性沈着
乾性沈着は,非降雨時における大気エアロゾルと微量ガスの地表面(植生,土壌,海洋)への輸送過程である.図4には森林樹冠へのエアロゾル粒子の乾性沈着を示すが,乾性沈着は次の3つの過程からなる3
図4 森林樹冠へのエアロゾルの乾性沈着の模式図
Ra:空気力学抵抗,Rb:準層流抵抗,Rc:樹冠抵抗(表面抵抗)
① 空気力学輸送(aerodynamic transport)
粒子とガスは接地境界層(surface layer)で乱流拡散(turbulent diffusion)によって地表面近傍の準層流層(quasi-laminar layer)までの輸送される.粒径が20 µmを越える粒子は重力沈降によって地表面に輸送される.
接地境界層は表面粗度と対流によって発生した強い小規模な乱流によって特徴付けられる空気層であり,日中に高度50 m程度まで発達するが,夜間は数mに縮小する.準層流層は接地境界層の下にあり,乱流の影響が及ばない厚さ数mmのごく薄い停滞空気層である.なお,乱流拡散とは不規則な速度変化や渦運動などの流体の乱れによって物質が拡散する現象である.
② 分子輸送(molecular transport)またはブラウン輸送(Brownian transport)
準層流層では,ガスは分子拡散(molecular diffusion),粒子はブラウン拡散(Brownian diffusion)によって地表面まで輸送される.なお,分子拡散とは分子の熱運動に基づき,濃度の高いところから低いところへ分子が移動する現象である.粒子ではさえぎり,慣性衝突,泳動(雲内洗浄:図2参照),吸湿成長を考慮する必要があるため複雑である.
③ 地表面での取り込み
ガスは可逆的または不可逆的に地表面に吸収され,粒子は地表面に付着するので,地表面の粗度や濡れ具合が重要な支配要因となる.エアロゾル粒子では地表面が滑らかであると跳ね返って再飛散(resuspension)する.固体粒子よりも液体粒子のほうが地表面に付着しやすい.
ガスや粒子の地表面への輸送のされやすさは,乾性沈着速度(dry deposition velocity)で表される.乾性沈着モデルではガスや粒子の大気中から地表面までの輸送過程を電気回路に見立てて,上記①,②,③の各過程に抵抗(輸送のされにくさ)を考えて理論構築されている.①の抵抗は空気力学抵抗(aerodynamic resistance)Ra,②の抵抗は準層流抵抗(quasi-laminar layer resistance)Rb,③の抵抗は表面抵抗(surface resistance)と呼んでいる.このようなモデルを抵抗モデル(resistance model)という.
乾性沈着度は,直列につらなる3つの抵抗の和をとり,その逆数として以下のように定義する3.ここで,ガスの乾性沈着速度をVdg,粒子の乾性沈着速度をVdpとしている.
粒径の大きな粒子では重力沈降によって落下するため,重力沈降速度Vsが右辺第二項にある.また,粒子では表面抵抗Rc=0と仮定した式であり,実際には表面での跳ね返りを考慮しなければならない.
粒子の乾性沈着速度は0.1 – 2 µmの蓄積モードの微小粒子で最も小さく,地表面に沈着しにくい.この粒径範囲よりも小さくなるほど,あるいは,大きくなるほど乾性沈着速度は大きくなる.小さい粒子は準層流層をブラウン拡散によって輸送されるが,ブラウン拡散は0.05 µm程度で止まる3.2 – 20 µmの粗大粒子は準層流層を慣性によって輸送され,20 µmを越える粗大粒子は重力沈降によって地表面まで輸送される3.
森林では,空気力学抵抗と準層流抵抗は風速,植生の高さ,葉の大きさ,大気安定度に依存し,表面抵抗は気孔の開閉,表皮の湿潤度や沈着物との反応性に依存する.一般に,風速が強く,大気が不安定であり,樹高が高いほど抵抗が小さく,乾性沈着速度は大きくなる.
【湿性沈着に係わる大気水象】
(1)降水(precipitation)4
降水とは,大気中の水蒸気が凝結したり,昇華してできた液体または固体の粒子,すなわち,雨滴(raindrop), 雪片(snowflake),あられ(soft hail),ひょう(hail)が落下する現象,または落下したものの総称である.あられは雪結晶に雲粒が付着して凍った粒子であり,もろい白色の粒子を雪あられ(graupel),堅い粒子を氷あられ(small hail)とよぶ.氷あられは直径5 mm以下の粒子であり,5 mm以上の場合はひょうと呼ぶ.図5には,雨滴,雲粒(霧粒),煙霧粒子,雲凝結核(cloud condensation nuclei;CCN)の大きさと個数濃度を模式図として示す5.
(2)霧(fog)4
霧(fog)は接地した雲(cloud)であり,気象学的には視程1 km未満の大気水象である.山岳では雲と霧の区別は困難である.なお,視程が1 km以上10 km未満の場合がもや(mist)である.霧発生時の相対湿度は100 %に近いが,もや発生時の相対湿度は霧発生時に比べて低く,相対湿度が75 %以上である.視程10 km未満であり,相対湿度75 %未満の場合は煙霧(haze)という.
図5 雲凝結核と大気微小水滴の比較(文献4のFig.1.10をもとに作成)雨滴は半分で表示
霧は生成機構により放射霧(radiation fog),移流霧(advection fog),蒸発霧(steam fog),前線霧(frontal fog),滑昇霧(upslope fog),発生場所により海霧(sea fog),沿岸霧(coastal fog),都市霧(urban fog),谷霧(valley fog),山霧(mountain fog)などに分類される(図6)6.
図6 霧の分類と特性(文献6をもとに作成)
(3)露(dew)4
露は地物が放射冷却(radiation cooling)などにより露点温度(dew point)以下となり,大気中の水蒸気が表面に凝結して生成した水滴である.霜は大気中水蒸気が昇華して地物に生成した氷の結晶である.露点温度が氷点下の場合に霜となる.
非降雨時に植物葉上に水滴が生成している場合,大気中水蒸気の凝結(dewfall),土壌から蒸発した水蒸気の凝結(dewrise),植物葉内から水の滲出(guttation)があるので注意が必要である7(図7).なお,guttaはラテン語でdropの意味である.オカルト沈着は大気中水蒸気の地表面での凝結・昇華なので,明確にする場合には露沈着(dewfall)という.
図7 霧の分類と特性
【参考図書・引用文献】
1. Hobbs, P.V., Introduction to Atmospheric Chemistry, p.80, p.100, Cambridge University Press, 2000.
2. 竹内政樹・大河内博・井川学, 露水の化学組成とその酸性化機構に関する研究,大気環境学会誌,35, 158-169., 2000.
3. Seinfeld, J.H., Pandis, S.N., Atmospheric Chemistry and Physics. Second Edition, pp. 900-927, John Wiley & Sons., Inc., 2006.
4. 気象庁, 「気象観測の手引き, 1998.
5. Lamb, D., Verlinde, J., Physics and Chemistry of Clouds, p.15, Cambridge University Press, 2011.
6. Sampurno, B. L., Eugster, W., Burkard, R., Fog as a Hydrologic Input., In “Encyclopedia of Hydrological Sciences. Part 4. Hydrometeorology: 38”, Wiley Online Library. DOI: 10.1002/0470848944.hsa041, 2006.
7. Moene, A.F., van Dam, J.C., Transport in the Atmosphere-Vegetation-Soil Continuump., p.245 Cambridge University Press, 2014.
(早稲田大学・大河内博) 2016年5月9日 ★