・概要
流体現象の基礎方程式を数値的に解くことで,さまざまな流れの性質や,流体中での物質輸送,熱輸送などの現象を解析する手法を数値流体解析(CFD)と呼ぶ。CFDは実験や理論解析に比べ非常に汎用性の高い手法であるが,膨大な数値データの演算処理や解析結果のグラフィック処理を行うため,解析用コンピュータとコンピュータプログラムが必須である。最近ではCFDを目的とした汎用ソフトウエアも多く市販されている。
・流れの基礎方程式
流体には圧縮性流体と非圧縮性流体とがあるが,現象速度が音速に比べ遅い場合には気体でも非圧縮性流体として扱うことが多い。非圧縮性流体の基礎方程式を以下に示す。
ここに,u:速度,ρ:密度,x:座標,t:時間,μ:粘性係数,f:外力である。
圧縮性流体では基礎方程式中のすべての従属変数が状態方程式を介して連結されるが,非圧縮性流体では,運動量と圧力とを関係付け連続の式を満足させる特殊な操作が必要となる。圧力のポアソン方程式を用いて速度場・圧力場を連成させるMAC法(Marker And Cell Method),SIMPLE法(Semi-implicit Method for Pressure-Linked Equation)などが用いられる。最近では,SIMPLE法を発展させたPISO法(Pressure-Implicit with Splitting of Operators)もよく用いられる。
・離散化と計算手法
CFDでは,対象とする流れ場を細かな領域に分割し,これらの細領域について基礎方程式を代数方程式に置き換え(この操作を離散化と呼ぶ),対象領域内で方程式を満足する近似解を初期値・境界値問題として求める。
離散化には,差分法(FDM:Finite Difference Method),有限体積法(FVM:Finite Volume Method) ,有限要素法(FEM:Finite Element Method)が用いられる。基礎方程式中の一次微分項(移流項)の扱いは,特に計算の安定性や慣性効果の再現精度に大きく影響するため,様々な高精度のスキームが提案されている。一次微分項の離散化に勾配の保存を考慮したCIP(Constrained Interpolation Profile Scheme)も,電磁気,弾性体力学との複合問題など安定性を必要とするシミュレーションに多く用いられている。
・乱流のシミュレーション
乱流現象を対象としたCFDでは,空間的なフィルタリング操作により導出される格子平均モデル5)を用いて変動を非定常に再現するLES(Large Eddy Simulation)と,変動を含む二次モーメント項を乱流モデルで表現する方法とがある。
時間平均モデルは比較的少ない演算量で乱流を解析できるため,特に工学的な検討に多く用いられている。乱流モデルにはレイノルズ方程式に基づく時間平均モデル(RANS:Reynolds Averaged Navier-Stokesモデルと呼ばれる)がある。
乱流モデルとしては,k-ε型に方程式モデルが従来から最もよく用いられている。しかし,オリジナルのモデル(標準k-εモデルと呼ばれる)は十分に乱れた流れ場を対象としてモデル化されているため,乱流エネルギーを過大評価する傾向があり,物体近傍における剥離や再付着点を正しく再現できないことが指摘されている。このため最近では,乱流に対して繰り込み群理論(Renormalization Group Theory)を適用したRNG k-εモデルや,壁面近傍の層流領域を扱うことのできる各種低レイノルズ数型k-εモデルが用いられることも多い。
・エアロゾル挙動の解析
エアロゾル挙動の解析手法には,オイラー的に解析する方法とラグランジュ的に粒子追跡を行う方法とがある。オイラー法では,エアロゾル粒子の個数濃度について拡散方程式を立て,運動量方程式と連成して解析する。一方,ラグランジュ法では各々の粒子について運動方程式を立て,非定常に粒子追跡を行う。一般に,粒子濃度の時間変化や表面への沈着量など定量的な検討を行う場合にはオイラー法が有利であるが,物体表面への慣性衝突など粒子ひとつひとつの挙動が重要となる問題ではラグランジュ法が有効な場合もある。
・最近の技術動向
市販されている汎用ソフトウエアのほとんどは有限体積法を採用しており,これに加えて各種RANSモデルを選択できるようにしている。最近では,LESが適用可能な汎用ソフトも増えている。
オープンソースのGNU General Public Licenseで提供されているOpenFOAM(Open source Field Operation And Manipulation)は,無償で使用できるCFDシミュレーションソフトとして利用者も増えている。様々な現象を解くための標準ソルバや乱流モデルが揃っており,同じくオープンソースの可視化ソフトParaViewと組み合わせることでひととおりの流体シミュレーションを行うことができる。
・従来のCFDとは異なる流体シミュレーション手法
従来の手法とは根本的に異なる手法として,連続体としての流体の動きを微小スケールの離散的な粒子の動きにより再現する格子セルオートマトン法(Lattice Gas Cellular Automata),格子ボルツマン法(LBM:Lattice Boltzmann Method)が、近年急速に発展している。これらの手法では,分子スケールのモデルからマクロな流体現象を解析するため,スケール差が大きな複合現象を扱うエアロゾル分野での適用が今後期待できる。
粒子法(代表的な手法としてSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法,MPS(Moving Particle Semi-implicit)法がある)も,近年急速に発展している。粒子法では連続体である流体の運動を有限の数の粒子の運動として離散化する。この手法では離散化に流体粒子を使用し,また固体壁などの境界も粒子で近似されるので,従来のCFDのように解析領域をメッシュ分割する必要がない。また流体粒子は時間発展とともにラグランジュ的に移動できるので,自由表面流体(気相中の液体の流れなどを扱う問題)のシミュレーションに有利である。
参考文献
1) Harlow, F.H. and Welch, J.E.: Numerical Calculation of Time-Dependent Viscous Incompressible Flow of Fluid with Free Surface, The Physics of Fluids, Volume 8, pp. 2182-2189,1965.
2) Patankar, S.V., “Numerical Heat transfer and Fluid Flow”, Hemisphere Publishing Corp., 1980.
3) Smagorinsky, J.: General Circulation Experiments with the Primitive Equations: I. The Basic Experiment, Monthly Weather Review, vol.91, No.3, pp. 99-164, 1963.
4) Launder, B.E. and Spalding, D.B., “Mathematical Models of Turbulence”, Academic Press, 1972.
5) Kawamura, H. and Kawashima, N.,: A proposal of κ-ε model with relevance to the near wall turbulence, Proc. Int Symp. on Turbulence, Heat and Mass Transf., pp. P.I.1,1-P.I.1.4, 1994.
6) Nagano, Y. and Shimada, M.: Development of a two-equation heat transfer model based on direct simulation of turbulent flows with different Prandtl numbers, Phys. Fluids,Vol. 8, pp. 3379-3402, 1996.
7) Wilcox, D.C., "Turbulence Modeling for CFD", DCW Industries, Inc., La Canada, CA, 1993.
8) 矢部孝, 内海隆行, 尾形陽一「CIP法 原子から宇宙までを解くマルチスケール解法」, 森北出版, 2003.
9) W.G.Hoover, 志田晃一郎(訳)「粒子法による力学 - 連続体シミュレーションへの展開」, 森北出版, 2008.
10) 越塚誠一, 柴田和也, 室谷浩平 「粒子法入門 - 流体シミュレーションの基礎から並列計算と可視化まで」, 丸善, 2014.
(芝浦工業大学・諏訪 好英) 2022年8月6日 ★