大気中に浮遊し,生物に由来する有機物粒子の総称である。真菌(カビやキノコ)および細菌,ウィルス,花粉,動植物の細胞断片などを含む。特に,真菌と細菌は,ヒト健康や生態系に影響を及ぼすだけでなく,雲形成にも関わる可能性があるため,学術的な関心が高い。
大気微生物1)
大気中を浮遊する微生物であり,真菌および細菌,ウィルスが含まれる。真菌と細菌は,耕作地および都市部,森林,砂漠,外洋,沿岸海域,極域などの大気中に普遍的に浮遊しており,その細胞密度は,場所によって変動するものの,1 m3の空気あたり104~106 粒子の程度である。特に,人が密集する都市部や生物活性の高い森林において,微生物の浮遊細胞数は恒常的に高くなるのに対し,地表面の微生物数が少ない砂漠や極域では,大気微生物は極めて少ない。ただし,砂漠で砂塵が生じると,砂と伴に微生物が大気中に舞い上がり,浮遊細胞数は激増する。
一方,高度数千メートル上空の大気粒子からも,真菌および細菌が分離培養されており,大気微生物は地球上を数千kmの道のりで長距離輸送される場合もある。特に,先述の砂漠で生じる砂塵は,風下においてダストイベントを引き起こすとともに,大気中の微生物粒子を多いときは100倍以上に急増させる2)。長距離輸送されてくる微生物によって,風下の微生物群集構造も大きく変化することもある。
1) 牧輝弥,雨もキノコも鼻クソも 大気微生物の世界 気候・健康・発酵とバイオエアロゾル,978-4-8067-1627-3,築地書館 (2021)
2) 牧輝弥,小林史尚,岩坂泰信,長距離輸送される黄砂バイオエアロゾルの特性,エアロゾル研究, 35(1) 20-26 (2020).
細菌
原核生物に属し,通常0.5 µm~10 µmの大きさの単細胞生物であり,球形や棹型の粒子として空気中から検出される。耕作地および都市部,森林,砂漠,外洋,沿岸海域,極域などの大気中から検出されており,主に地表面や水域表面に生存する細菌群に起源を発すると考えられている。一方,強風や砂塵などが生じると,大気中を浮遊する細菌群は,異なる環境から運ばれてきた細菌と入れ替わり,その群集構造(種組成)は複雑に変化する。特に,上空数千mでは,複数の発生起源の細菌が混在するため,群集構造が一新されることもある1)。大気粒子から検出される細菌の群集構造は,地表面環境の細菌群によって主に構成されており,Actinobacteria, Firmicutes, Bacteroidia, Alpha-proteobacteria, Beta-proteobacteria, Gamma-proteobacteriaおよびCyanobacteriaに属す細菌群を含む1)。
1) T. Maki, K. Hara, F. Kobayashi, Y. Kurosaki, M. Kakikawa, A. Matsuki, C. Bin, G. Shi, H. Hasegawa, Y. Iwasaka, Vertical distribution of airborne bacterial communities in an Asian-dust downwind area, Noto Peninsula, Atmospheric Environment 119, 282-293. DOI:10.1016/j.atmosenv.2015.08. 052, 2015.
真菌
真菌にはカビやキノコ,酵母が分類される。真菌は胞子を風で拡散させて生殖域を広げるので,胞子がバイオエアロゾルになりやすい。さらに,地上に沈着した胞子は,糸状の細胞を形成し,糸状細胞が集合した菌糸体を形成する。菌糸体の先端は,断片化されると,数 µmの粒子になり,バイオエアロゾルとして風送されると考えられている。キノコの一種であるヤケイロダケ(Bjerkandera adasta)は,高度1,000 mの大気粒子からでも分離培養され,培養株を用いた動物実験の結果,黄砂の鉱物粒子のみで生じるアレルギーを10倍に増悪することが報告されている1)。よって,黄砂時に真菌を吸引すると,アレルギーの相乗的な悪化が懸念される。
1) 市瀬孝道,牧輝弥,ヤケイロタケのアレルギー学的基礎研究,アレルギーの臨床,2014年7月臨時増刊号p34-39.
大気中での環境ストレス耐性
細菌の細胞は,粗大粒子へ付着した状態,あるいは細菌細胞同士の凝集体として大気中を風送される。細菌は鉱物粒子などの粗大粒子に付着あるいは潜り込むことで,乾燥および紫外線,過酷な温度変化などの大気環境ストレスを軽減し,高高度の大気中であっても生命を維持できる。このため,黄砂などの鉱物粒子は,「微生物の空飛ぶ箱船」と言われる1)。
一方,細菌は,増殖に適さない生息環境に置かれた時,その環境ストレスに耐えるために細胞形態を変化させ,「芽胞」へと変化する。例えば,Bacillus属の細菌は,通常,ソーセージ型の棹状細胞で増殖するが,周辺環境が悪化すると増殖をやめ,球形細胞へと変形し,芽胞を形成する。芽胞は,熱湯に入れても死なず,乾燥にも耐え,環境が改善されると,再び棹状細胞へと形を変え,増殖を開始する。よって,芽胞の状態になり,過酷な大気環境に耐え,長距離を風で運ばれやすくなる。
なお,Bacillus属には納豆菌が属しており,納豆菌も芽胞を形成する。実際に,能登半島3000 m上空の大気粒子から納豆菌が分離培養され,その菌を使って納豆を作ることもできた。この納豆は,臭いと粘りが通常の納豆にくらべ弱く,味がまろやかなのが特徴であり,「そらなっとう」として商品化されている。
1) 岩坂泰信,空飛ぶ納豆菌, PHPサイエンスワールド新書, 2012.
そらなっとうのパッケージ
氷核活性微生物
雲形成に欠かせない氷晶核としてはたらく微生物の一群を意味する。氷核活性微生物は,雲の性質や降水量の変動に間接的に影響を及ぼしている可能性があり,気候変動の観点からも重要な研究対象となる。特に,氷核活性微生物であるPseudomonas syringae(細菌)やFusarium acuminayum(真菌)は,-20°Cでも凍結しない水滴(過冷却水)を,比較的高い温度(-5°C以上)で氷晶に変換でき,氷雲が生じる一因となり得ると考えられている。氷核活性微生物の多くは,植物の感染菌として知られている。一説では,感染菌は自ら形成した氷で植物細胞を破壊し,植物体内に入り込み,枯死させた植物から再び大気中へと放出され,雲を形成し雪や雨を降らせ,再び植物表面に戻っていくと言われている。
(近畿大学・牧 輝弥) 2022年3月21日 ★