感染症は病原性微生物によりもたらされるが、その発症までには、病原性微生物が存在し(感染源)、その微生物が伝播されてヒトに感染し(感染経路)、感染者の免疫機能が低下していたりすると病気を発症する(感受性宿主)という過程がある。したがって、微生物による感染症を予防するには、これらの過程のどこかに対して対策することが基本であり、感染源対策、感染経路対策、感受性宿主対策と呼ばれる。
感染源となる病原性微生物は、ヒトや動物に寄生あるいは共存しているものと環境中に生息しているものとに分けられる。感染源対策は、ヒトからヒトへと感染するもの(結核菌、インフルエンザウイルスなど)とヒトからヒトへの感染はしないもの(レジオネラ属菌など)により対応が大きく分かれるが、予防策は感染経路対策と密接に結びついている。感受性宿主に対しては、易感染者にとっては治療にも関わることであることから、感染予防策として環境の清浄化や滅菌や消毒、無菌的操作の徹底、感染経路対策が重要となり、感染経路対策は、接触感染、飛沫感染、空気感染の3つの感染経路を念頭に置いて行う。
感染予防対策は、病院における院内感染防止対策として考えられることが多く、CDC(米国疾病管理予防センター)の改定ガイドライン1)をもとに実施されている。このガイドラインは、標準予防策(スタンダードプリコーション)と感染経路別予防策の2つから成り立っている。標準予防策は、病院内のすべての患者に対して行われる予防策で、基本的な考え方は「すべての湿性生体物質(血液、体液、分泌物、排泄物)には感染の危険がある」とみなし、手洗いや手袋の着用、個人保護具の使用、バイオハザードマークによる分別と処理、針刺し事故防止対策等を実施する。一方、感染経路別予防策は標準予防策に追加して行うもので、3つの感染経路のほか一般媒介物予防策と昆虫予防策が含まれる2),3)。3つの感染経路予防策としては以下のようなものがある。接触感染予防策では、①患者を個室に入れる②手袋と手洗いの徹底③ガウンの着用④患者の移送制限⑤患者専用器具の使用があげられる。飛沫感染予防策では、①標準予防策の遵守②患者を個室に入れるか、他の患者や面会者との間を1 m以上離す③マスクの着用④患者の移送制限があげられる。空気感染予防では、①標準予防策の遵守②病室の空調対策(陰圧維持、換気回数6~12回/時間、高性能ろ過機器を介した排気)③高性能呼吸用保護具の着用④患者の移送制限がある。また、CDCの改定ガイドラインでは、経験的感染予防策や環境からの感染防止の項目も追加されている。
病院以外の室内や建築物での感染防止対策として、換気が大きな役割を持つことが2019年末から始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックによって明らかになった。季節性インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)はヒトからヒトへと伝播するが、SARS-Cov-2の感染経路としてウイルスが付着した手で触れたものを介する場合(接触感染)とともに、ウイルスを含む飛沫や飛沫核が浮遊し、それらを吸入することや、飛沫や飛沫核が口や鼻、眼などの粘膜に付着することが考えられている4,5)。
室内空気質の指標の一つにCO2濃度(1000 ppm以下6))があるが、室内の換気状況の判断にはこの値が使われている。しかし、浮遊する微生物は粒子であり、無機粒子への付着や唾液などの水分をまとったエアロゾルとして存在する。CO2は空気調和設備のフィルターでは捕集できないが、粒子はフィルターによる濃度低減効果が認められており7)、COVID-19防止対策においても空気調和設備に設置されたフィルターにより、還気を含め室内の浮遊微生物濃度の低減への貢献が示されている。
1) Centers for Disease Control and Prevention, 2007 Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings, 2007.
2) 向野賢治、院内感染の標準的予防策、日本医学雑誌、127(3): 340-346、2002.
3) 賀来満夫、標準微生物学第10版(平松啓一、中込治編)、pp.555-561、医学書院、東京、2009.
4) Centers for Disease Control and Prevention (CDC), SARS-CoV-2 Transmission, 2021.
5) 国立感染症研究所, 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染経路について, 2022.
6) 厚生労働省:建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令
7) 倉渕隆、柳宇、尾方壮行ほか、新型コロナウイルス感染対策としての空調・衛生設備の運用について、空気調和・衛生工学会、2021.
(産業医科大学産業保健学部 石松 維世) 2016年4月13日、2022年5月19日更新 ★