アスベスト(石綿)は、SiO2の基本構造を持つ結晶構造を持つ天然の繊維状物質(径と長さの比(アスペクト比)が3以上)であり、Si2O5(OH)4の構造を持つ蛇紋石族(クリソタイル)と、Si8O22(OH)2の構造を持つ角閃石族(アモサイト、クロシドライト、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライト)に分けられる。石綿は、非常に耐熱性、耐摩耗性、断熱性に優れ、その機能性の高さゆえに人類は古くから使用してきた。しかし、その機能性の高さや細長い形状ゆえに、空気中に浮遊した石綿は肺の奥(肺胞)まで吸入されやすく、そこで沈着する。通常、粒子が吸入されて肺のどの位置に沈着するかは、その空気力学的直径に依存する(呼吸器沈着モデル)。吸入されて肺胞まで到達し、沈着した石綿は、肺胞表面の液体に溶解しにくく、またその長い形状により、貪食細胞などによる排泄機構を逃れ、肺内に長時間滞留する。肺は異物に対する反応として、殺菌作用のある物質を放出するが、当然石綿は死ぬことはなく、正常な細胞が傷ついてしまい、がんが発生したり、修復の過程で線維化が起こり、ガス交換の機能に重篤な影響をおよぼす1)。IARC国際がん研究機関の発がん分類ではグループ「1」であり、“発がん性が認められる物質”とされている2)。
日本でも職業性の曝露だけでなく、過去には工場近隣の住民への石綿曝露(クボタショック、2005年)も明らかとなり、石綿の有害性が広く認識されている。労働者に対しては、1971年に特定化学物質障害予防規則(特化則)が制定され、第2類物質として規制されてきた。また現在では、非石綿製品への代替化が進み、石綿及び石綿をその重量の0.1%を超えて含有する全ての物の製造、輸入、譲渡、提供、使用が禁止されることとなった(全面禁止、特化則の製造禁止物質)。石綿は製造禁止物質となったが、石綿などを取り扱い、または試験研究のため製造する屋内作業場での使用は許され、また、石綿を含んだ建材で建てられている既設の建築物や船舶を解体する作業における石綿曝露も懸念された。2005年には特定化学物質障害予防規則から独立した石綿障害予防規則が制定され、石綿にかかわる管理濃度や曝露防止のための集じん・排気装置や呼吸用保護具の使用3)、健康診断について定められた。代替化によって石綿製造全面禁止となってから、製造などにおける労働者の石綿曝露はほぼなくなるが、石綿による健康影響は、曝露から数十年を経て発症する場合もあり、現在、発がん以外にも、石綿肺、中皮腫、良性石綿胸水、びまん性胸膜肥厚が、石綿曝露により引き起こされる病気として認められており、一定の基準を満たせば、労働災害にも認定される4)。
現在許容されている作業場における国の定めるその管理濃度は、0.15繊維/mlと定められている5)。一方、日本産業衛生学会の勧告する許容基準であるが、発がん物質については、許容濃度はなく、過剰発がん生涯リスクレベルという形で労働環境濃度を示している。これは、人が一生で発がんする確率に比較して、どの程度の曝露を受けると何人に1人の確率で過剰発がんが起こるかという指標である。針状の形態で難溶解性の角閃石族のクロシドライト、アモサイトは、カール状の蛇紋石族のクリソタイルより、生体影響が大きいことより、1000人に一人の割合で過剰発がんが起こるレベルを、クリソタイルのみの時は、0.15繊維/ml、クリソタイル以外の石綿繊維を含むときは、0.03繊維/mlとしている6) 。
発がん性分類や管理濃度や許容基準は見直されることもあるので、毎年最新版を確認されたい。
石綿の代替化は進んだが、同等の機能性を持つ繊維状の代替製品がすべて無害であるのか、懸念されるところである。石綿と同様な機能を持つ繊維状物質は、また石綿と同様の有害性を持っていても何ら不思議はない。これについては「人造鉱物繊維」のところで述べる。
文献
1) Hesterberg TW et al., Biopersistence of Synthetic Vitreous Fibers and Amosite Asbestos in the Rat Lung Following Inhalation, Toxicol. Appl. Pharm., 151, 262-275, 1998.
2) IARC monograph on the evaluation of carcinogenic risk of chemicals to man, vol. 14, 1977
3) 解体作業の指針、マニュアル、2015.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000093993.pdf
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000199663.pdf
4) 厚生労働省労働基準局、石綿による疾病の認定基準について、2012.
5) 厚生労働省労働基準局、管理濃度等検討会報告書、2004.
6) 日本産業衛生学会、石綿の過剰発がん生涯リスクレベルに対応する評価暫定値(2000)の提案理由、産業衛生学雑誌、42:177-186、2000.
(産業医科大学 産業生態科学研究所 大藪 貴子) 2022年3月 20日 ★