地球の大気は宇宙線や地面から放出される放射性気体の作用によってわずかながら電離されている。これらの電離作用によって生成した気相のイオンを大気イオンという。
大気イオンは大気中の様々な中性気体との化学反応(イオン-分子反応)を繰り返しながらその化学組成を変化させ,最終的に正・負イオンの再結合または大気中に存在するエアロゾル粒子への付着によって消滅する(図1).電離による生成と,再結合およびエアロゾル粒子への付着による消滅のバランスから大気イオンの濃度変化は次の式で表される.
ここでn,Nはそれぞれイオン濃度,エアロゾル濃度,q,α,βはそれぞれイオン生成率,再結合係数,イオンのエアロゾルへの付着係数である.右辺第2項,3項はそれぞれイオン再結合による消滅率およびエアロゾルへの付着による消滅率を表している.イオンの生成率は高度によって変わるが,地表付近で約10個cm-3·s-1(海洋上では約2個cm-3·s-1)である。エアロゾル濃度が約103 個cm-3以上になるとエアロゾルへの付着が大気イオンの主要な消滅過程になり,大気イオン濃度はイオン生成率とエアロゾル濃度によって決まる.すなわちエアロゾル濃度が高いほどイオン濃度は低くなる.エアロゾル濃度の比較的高い陸上では大気中のイオン濃度は数百個cm-3程度で,エアロゾル濃度の低い清浄な海洋大気中などでは数千個cm-3に達する.しかしながら様々な中性気体の濃度と比べると大気イオンの濃度は極めて小さな値である.
大気イオンの寿命もエアロゾル濃度によって左右される.エアロゾル濃度が約104個cm-3の大気中では大気イオンは数十秒で消滅するが,エアロゾル濃度が102個cm-3程度の清浄な大気中では大気イオンの寿命は103秒以上になる.
宇宙線や放射性気体による電離エネルギーは十分大きく,非選択的な大気成分の電離が起こる.大気が電離されて最初にできる正イオンはN2+,O2+になる.これらのイオンは空気中の水蒸気と反応して短時間のうちにH3O+(H2O)nへと変化する。これ以降の正イオンの組成変化は基本的により陽子親和力の大きな分子へのプロトン移動反応によって進み,アンモニアやアミンなど陽子親和力の大きなイオンが形成される.
一方大気分子が電離された際に放出された電子は周囲の中性分子に付着して負イオンO2-を形成する.O2-はその後空気中の成分とのイオン-分子反応を経て,安定なイオンであるNO3-やHSO4-へと変化する。大気イオンは地表付近の環境では数個程度の水分子が結合したクラスターイオンを形成していると考えられている。
図1.大気イオンの生成から消滅までの過程
参考文献
Israël, H., Atmospheric Electricity, Israel Program for Scientific Translation (1973)
Gringel, W., et al. Electrical structure from 0 to 30 kilometers, in “The Earth’s Electrical Environment” National Academy Press, 166-182 (1986)
Viggiano, A.A., In situ mass spectrometry and ion chemistry in the stratosphere and troposphere, Mass Spectrom., Rev., 12, 115-137 (1993)
日本大気電気学会編,大気電気学概論,コロナ社(2003)
長門研吉,空気中の放電で発生するイオン種と化学反応過程,静電気学会誌,35,102-107 (2011)
Hirsikko, A., et al., Atmospheric ions and nucleation: a review of observations. Atmos. Chem. Phys., 11,767-798 (2011)
(高知工業高等専門学校・長門研吉) 2016年5月3日 作成、2022年5月25日リンク更新